安部龍太郎のレビュー一覧
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第4巻は、長篠の戦に勝利した家康が、宿敵武田を滅ぼすまで。
ここでは、「この世を浄土に近づけるために生きてみよ」と諭した登誉上人の教えを守ろうとする家康が描かれる。
「この世を浄土に近づけるとは、家臣、領民が幸せに暮らせる国、戦いに怯えることなく安穏に暮らせる国を築くことだ」と考えるまでの高みに至った家康。
彼は浄土を信じているのに対し、信長はそうした心はない。
その信長が湯殿で家康に語る場面がある。
土地の私有と人の自由が、戦乱を拡大させてきたと、信長。戦いのない世を作るには、かつて大和朝廷がものした制度=律令制を取り入れ、すべての土地と領民は国のものとする=公地公民制にする必要があり、これが天下統一を果たす方法だと、語る。
歴史にifは禁句だが、本能寺の変がなく信長が天下統一を果たしていたら、後の日本の姿はずいぶん変わったものになっていたかもしれない。 -
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桶狭間の戦いから説き起こした家康物語。
大概の歴史小説は会話もそれらしき言葉で綴られるが、本作は現代語で語られる会話が多く、歴史小説は初めてという読者には取り組みやすいか。一方、コアな歴史小説ファンにとっては、重みが感じられないか。
家康も自分自身を「俺」と表現し、現代言葉が多用されている。年若い正義感の持ち主として、青年家康を象徴するひとつの手法か(途中から「わし」になるが)。
この家康、「人はなぜ殺し合い、奪い合うのか。なぜ欲や敵意から離れられないのか」と、悩みながら闘いの日々を生きる。
そんな家康であるが、やがて相手の人の良さを弱点と見做し、逆手にとって勝ちにつなげる冷静さを身につけてゆく。
また、家康を取り巻く女性たちー母の於大の方や正室瀬名の方それに信長の妹お市ーそれぞれが、自己主張が強くたくましく描かれているのが、安部版家康の特徴か。
史実的にはあり得ないが、お市が家康の寝所にもぐり込み同衾してしまう。小説としては面白いが(笑)。 -
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学校で教える表面的な歴史ではなく、当時の歴史の本質的な部分を学ぶことができる一冊です。
織田信長がその時代にいち早く鉄砲を取り入れ、それによって天下を取ったことは学校で習いますが、鉄砲に必要な火薬や鉛の弾をどうやって手に入れたかということは学校では教えてくれませんでした。
信長が単純にいち早く他の大名よりも優れた武器を手に入れたから天下をとれたということではなく、それらの武器を使うために資金調達、物流、貿易といった基盤を掌握できたからこそ大事を為し得たのだと改めて考えさせられました。
現代のビジネスに通じる視点も学ぶことができる良書でした。 -
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作者のデビュー作。1日1短編、ゆっくり読み進めたが、どれも面白い充実したラインナップ。
どの話も物語の形式や語り手の目線が同じでないのが面白い(例えば「団十郎横死」や「俺たちの維新」のように目玉の人物目線で描くものもあれば、「山門炎上」のように全く無関係の第三者目線から描くもの、「鬼界ヶ島」や「比叡おろし」のように語り口調のものなど)。
特に好きなのは「銭屋丸難破」と「孝明天皇の死」。前者は全く知らなかった金沢の商人の話であり、「守りに入ったら負けなのだ」という死や失敗を恐れぬ信念がビジネスマンの私には刺さった。後者は文学作品の質が高い。孝明天皇と対立し、過去には死んでくれればと思ったことも、死んだことでこれで世界は変わると思ったこともある岩倉具視が死の直前の孝明天皇の手紙を読んで酷い後悔を覚えるシーンは非常に印象深かった。 -
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ちょうどNHK大河ドラマ「麒麟が来る」では、これから信長が朝倉義景を討つための出陣前夜である。信長は帝から、天下を平定し平和な世を構築することを目的とした戦を認められ、戦の大義名分ができた。
信長は朝倉を討つ戦いに、幕府の後ろ盾を求めたが、将軍足利義昭は朝倉を討つことに難色を示し、幕府の後ろ盾を得られないままの出陣というところで、前回の放映が終わっている。
本書は、本能寺の変での信長暗殺に関する、著者の説が述べられたものである。本能寺の変まで、まだまだ幾つもの山場を控えた大河ドラマの倍楽しく観るための予習ということになる。ドラマは、安部氏の推理を採用しているのか否か、そういう楽しみ方もできる。
著者の説は、いわゆる「朝廷黒幕説」である。当時、信長は朝廷を支配下に置こうという姿勢が露骨で、朝廷はそれに強い危機感を感じ、明智光秀を動かしたというもの。その朝廷黒幕の張本人を時の太政大臣・近衛前久と推理している。
大河ドラマでは、本郷奏多が演じているが、なかなか上手く策士キャラを表現しているように思う。本書を読み出してから、ドラマの過去5回分くらいを思わず見直してしまった。
これから、浅井長政の裏切りによる信長敗走、姉川の戦いでの再起、石山本願寺との抗争、焼き討ち、など信長も様々な紆余曲折を経て、最終的に天下統一に手が届くところまで行く。
その時の「天下布武」のストーリーが、著者によれば鮮明に浮かび上がってくる。信長がどういう天下統一を考えていたのか。信長は、幕府のトップ将軍職に就くことや、朝廷の要職となって帝の権威で天下を動かすことに収まらず、その両方を成し遂げるストーリを描いていたという。しかもその布石を着々と打っていたというのだ。
その裏付けを、例えば安土城の造りから分析していく。
著者の分析や推理は、そういう古文書などの史料の解読などを積み上げていき、しかも辻褄のあう説を述べるので説得力がある。面白さと納得の両方が伴うのである。
そうした信長の天下統一についての思想(=朝廷をもコントロールする)は、朝廷黒幕説へと結びついていく。
果たして、明智光秀はドラマの中で、この朝廷による信長暗殺計画に巻き込まれていくのだろうか。果たしてまた、光秀は、その朝廷に利用されたのち、責任を押し付けられて一人死んでいくのだろうか。
安部氏の推論が非常に現実的であるだけに、ドラマの展開との比較がとても楽しみである。
もう一点、著者の視点で独創的なのは、信長暗殺にキリシタンの影響があったという点。信長のキリスト教禁止令に伴い、キリシタンの黒田官兵衛や細川藤孝らが反信長勢力に加わったという。
本能寺後も、黒田官兵衛の関ヶ原の合戦における戦略、すなわち九州をまず平定し、中国地方を攻め、その上で関ヶ原の勝者と決着をつけて、最終的な勝利を獲得しようというストーリーは、キリスト教布教が前提となっていたという。
あるいは関ヶ原での吉川広家(毛利方)の沈黙もキリシタンの連携(吉川は勘兵衛の指示がなかったから動かなかった)によるものだったという推理など、とても興味深かった。
著者の他の著書に興味がわき、大河ドラマの今後に対する関心も増した。 -
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終盤では、鎌倉から都に返された静御前を、義経らが奪還して共に奥州に逃げるというストーリーに描かれている。この辺りは確かな資料が残っていないだろうから、このような解釈もよいと思う。そして義経の物語をハッピーエンドで締めくくるというスタイルはとても斬新に思えた。
義経の妻としては静御前のほか河越重頼の娘と平時忠の娘がいたことが知られているが、時忠の娘が意外な形で登場してびっくりする。さすがにこれは筆者の創作だろうが、感情移入できる粋な演出である。一方で河越重頼の娘はほとんど話に出てこない。重頼の娘こそが義経の最後まで寄り添った妻であるとする説もあるので、そこは少し残念だ。 -
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ネタバレ一昨年の、明治維新から150年を記念したイベントが目白押しだったころから、「本当に江戸時代は暗黒時代だったのか。明治維新で世の中はよくなったのか」に疑問を呈するような本がずいぶんと出版されるようになったと思う。
この本も、その一冊。
第二次大戦直前の、反日感情渦巻くアメリカで、イェール大学の歴史学教授として勤める朝河貫一は、数々の嫌がらせを受けながらも、その地に踏みとどまるのだった。
日本が批判を受ける、手段を選ばない軍国主義、帝国主義については、かねてから論文を通して批判をしてきたところだが、学問の場である大学で、いわれのない差別や嫌がらせを受けるのは間違っていると、こちらについても断固として主張する。
しかし、彼を取り巻く環境は日に日に悪化し…。
朝河貫一ー日本人初のイェール大学教授だそうですが、寡聞にして知りませんでした。
父親が戊辰戦争を戦った二本松藩士であるということも含めて、ほぼ史実に則った小説というのに驚きました。
歴史学者として、軍国主義へと舵を切った転換点を明治維新と見るのは、ありだと思います。
勝てば官軍、力が正義。
勝つためには手段を選ばない。
薩長を筆頭とした明治政府軍は、そういう戦い方をした軍隊で、戊辰戦争に勝ってしまったことが、それを「正しいこと」に塗り替えてしまったのだと思います。
長州がなぜ、あれほどまでに会津を目の敵にしたのか。
それは京都で多くの長州藩士が、京都守護職である松平容保率いる会津藩士たちに誅殺されたから。
だけではない、というのも、この小説の一つの肝。
長州藩が官軍を名乗るためには、絶対に会津藩をつぶさねばならなかった。
なぜなら、朝敵であるはずの松平容保こそが孝明天皇に信頼されていたのだから。
その信頼の証と共に会津を倒さないことには、長州の立場こそが危うくなってしまう。
あり得ることだと思いました。
この辺のことについて書き始めると、読書感想を通り越してしまうのでやめますが、私にとっては非常に納得のいく理由でした。
”「もともと武士は領民を守るために戦の矢面に立った。逃げる時にも常に殿(しんがり)をつとめた。それゆえ領民から信頼され尊敬され、殿(との)と称されるようになった」”
降伏した敵兵を人間の盾として使い、さっさと自分達だけ戦線離脱するような薩長とは違う、と死んでいく二本松藩士。
民間人を盾にしてさっさと日本に帰国した日本陸軍の姿が浮かんでしまう。