安部龍太郎のレビュー一覧

  • 信長はなぜ葬られたのか 世界史の中の本能寺の変

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    後半はキリシタン大名についてが多く割かれていて、本能寺の変以降の動きについて書かれていましたが、前半の信長はなぜ葬られたのかについてはとても面白かったし興味深かったです。私が思うストーリーに近かったので納得しやすかったということもあります。著者がキリシタンについてかなりのページを割かれていたように、キリシタン、イエズス会の影響力というのは想像以上で驚きました。現代の某学会みたいだなと思いました。私は本能寺の変は信長があっさり殺られたことより、なぜ光秀が裏切ったのかに興味があるのですが、やっぱりただ都合よく利用されて捨て駒にされたんだと悲しくなりました。

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    2018年09月09日
  • 信長燃ゆ(下)

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    安部龍太郎氏の小説をはじめて読みました、信長燃ゆ、下巻です。武田家が滅亡するところを、武田の視点から書かれていて興味深くよめました。

    この本を読むことにより、信長は絶頂期において、有名な「三職推任=征夷大将軍・関白・太政大臣」を断りましたが、本当は征夷大将軍になることで権力を握り、将軍の座を譲って、天皇家に嫁がせた猶子の生んだ子供を天皇にさせることで、太上天皇になることで、朝廷・幕府の両者の権力を握ることで日本を変えようとしていた、という著者である安部氏の考え方はよく理解できました。

    歴史の勉強をしていただけでは学ぶことのできない、小説を読みながらの楽しい授業を受けている気分になりました。

    以下は気になったポイントです。

    ・朝廷に対して、庶民(おおだみから)の敬慕や尊崇の念しか頼るべきものしかない、そうした心情をこの国に扶植するために、朝廷には、宗教・文芸・芸能などあらゆる分野を主導し、庶民に範を示してきた。なので武家政権を打ち立てた者も、朝権そのものにまでは手を付けることをはばかった。信長は異なるが(p63)

    ・朝廷では、古来より、不破・鈴鹿・明石の外は、異邦の地だと考えてきた。畿内(きだい)とは朝廷の意向が届く範囲という意味であり、その外側は外国である。なので都でのように細々とした仕来りに縛られることもない(p101)

    ・バスコダガマがインドに到着した11年後の1509年、ポルトガルの艦隊は、インドのディウ沖海戦で、イスラム教国の連合艦隊を破り、インド洋交易の支配権を確立した。それ以後、インド洋沿岸の港に要塞を築いて交易を支配し、内紛に介入して植民地化していった(p125)

    ・近衛前久は、本願寺を拠点として、信長滅ぼすために暗躍する。比叡山延暦寺が浅井・朝倉についたのも、本願寺が禁をおかして一向一揆に挙兵を命じたのも、彼の根回しの結果である(p189)

    ・人は何のために生きるのか、信仰心というものがなければ人は決して満足できない、なぜなら心の奥底に眠る記憶が、前世や来世があることを知っているから。いかに法度をきびしくしたことろで、信仰心がなければ人は決して心底から従いはしない。罪も報いもこの世限りのことでしかないと思うなら、人は我慾に負けてどんな罪でも犯すだろう(p195)

    ・近衛家の祖神である天児屋根命(あまのこやねのみこと)は、天照大御神から瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の統治を助けよとの命を受けてこの国に下った、以来、中臣・藤原・近衛と、姓こそ変わったが、一貫して朝廷を守り通してきた(p203)

    ・信忠を将軍にしたら、足利幕府にならって三管領家を設置し、信雄・信孝と、徳川家を充てる。こうすれば織田家の天下が揺らぐことは無い(p253)

    ・信長公が葬られた理由は、朝廷の上にたとうとしたから(p270)

    ・足利幕府を再興して義昭を上洛、細川・斯波・畠山の三管領家、一色・山名・京極・赤松の四識家に檄を飛ばして、決起をうながしている(p280

    ・家康の饗応役は、光秀が急に出陣することになったので、信長自らが後任を務めた。厳しい役目を与えたが、このことを伝え聞けば光秀も意のあるところを分かってくれるはずであった。家康と梅雪は、恐縮したことであろう(p372)

    ・信長の計画では、幕府は安土ではなく、大坂。海に開けたところでなければ、イスパニアには対抗できない(p374)

    ・打倒信長と足利幕府再興を誓う血判状を出したのは、三管領・四識家、その上に信長によって所領を奪われた大名であった、めぼしいのは、武田元明・朽木元網・京極高次であった(p377)

    ・吉田神社は、春日大社・大原野神社と並ぶ、藤原家氏神三社のひとつである(p387)

    ・神社ばかりか寺院までが、二重三重の周到さで朝廷の権威を結びついていた、石山本願寺までが、顕如のころから坊主を九条家、近衛家の猶子として、門跡寺院の格式を手に入れて権勢の支えとしていた(p429)

    ・足利尊氏でさえ、結局は北朝を擁立し、帝の命によって幕府を開くという形でしか混乱を収拾できなかった(p431)

    ・百年かかってもきっちりと落とし前をつけるところが、公家社会や五摂家体制の恐ろしさである(p506)

    2018年9月9日作成

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    2018年09月09日
  • 信長はなぜ葬られたのか 世界史の中の本能寺の変

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    桶狭間の戦い・本能寺の変・関ヶ原の戦いは、私にとってずっと追いかけていきたい歴史上の興味ある事件です。どの事件も、最終的な勝者の検閲(意見)が反映されたと思われる歴史書による解説は多くなされていますが、本当のところはどうたったのか、を同じ人間として興味を持っています。

    最近の研究によれば、勇ましい武士の姿とは別に、それを聞いて私も少し安心できるような「本当かもしれなかった姿」が明らかにされてきているように思います。今回のテーマの、本能寺の変、では信長の生きた時代、日本だけでなく世界(特に、ポルトガルとスペイン)がどのように動いていたかを把握したうえで、信長暗殺にどのように絡んでいたのかという考え方が示されています。

    従来言われてきた、明智光秀の単なる怨恨説はあまりにも単純であるような気がします。原因の一つとしてそれがあったかもしれませんが、この本で示されている様に、日本史の事件を、世界史の中の出来事としてとらえる見方は、今後、世界史を掘り下げていきたいと思っている私にとっては、絶好の指南書となったと思います。

    以下は気になったポイントです。

    ・イエズス会とスペインを敵に回したために、信長政権はとたんに不安定化した、キリシタン大名(高山右近、中川清秀、黒田官兵衛)や南蛮貿易で巨万の富を得ていた豪商たちが、信長を見限り始めたから(p17)

    ・キリシタン大名は、イエズス会と協力し、信長が光秀に打たれた直後に決起、光秀を討つことで羽柴秀吉に天下を取らせる計略を立てた、秀吉の中国大返しは、こうして実現した(p19)

    ・江戸時代の史観によって戦国時代史を語っているために、本当のことがわからなくなっている、その中核を成しているのは、鎖国史観・士農工商の身分差別史観・農本主義史観・儒教史観である(p20)

    ・二条御所で信忠が討死したのを聞いた、清玉上人は、光秀に申し出て信忠と家臣たちの遺体を引き取った、清玉上人は正親町天皇の勅願僧に任ぜられたほどの高僧なので、光秀も無下に断れなかった、また清玉上人は信長の遺骨を引き取り、本能寺から逃れる僧たちにまぎれて脱出した(p29)

    ・信長は三好三人衆を討つべく、将軍義昭を総大将とした負けるはずのない戦であったが、9月12日に突然、石山本願寺が反旗を翻して、一向一揆の軍勢が信長軍に襲い掛かった、このとき浅井・朝倉三万も南近江へ乱入して、宇佐山城を守る織田信治・森可成を血祭りにあげた(p82)

    ・比叡山延暦寺までも半信長となり、絶体絶命のピンチにたった信長は、正親町天皇の勅命により、浅井朝倉、比叡山に和睦を承諾させた、この9か月後には、比叡山を焼き討ちにした、勅命・聖書も反故にした(p84)


    ・朝廷を支配下におくためには、猶子としていた五の宮を皇位につける方法があった、そうすれば信長は名目的には天皇の父となり、太上天皇となって院政を行うことができる。こうした地位に挑戦しようとしたのが日本国王と称した足利義満である、義満は37歳で将軍位を嫡男義持にゆずり、次男義嗣を親王に準じて内裏で元服させて、やがては皇位につけようとしたが、急死した(p100)

    ・武田討伐事には、信忠を大将とする5万の軍勢(伊奈口)、徳川家康3万(駿河)、北条氏政3万(関東から甲斐・信濃)、信長本隊は7万の、総兵力は18万余(p105)

    ・戦国大名にとってもっとも重要なことは、劉通路を押さえることであった、川・海の港を押さえ、関銭(関税)や津料(港湾利用税)を徴収した、この収入はコメの売買から上がる収益よりもはるかに大きい(p119)

    ・普通は、先にお茶、次にお菓子と思うが、お茶の作法を、ミサの作法にならったとすれば納得がいく(p124)

    ・信長はイエズス会の仲介によってポルトガルと親交を結び、南蛮貿易によって硝石や鉛などの軍事物質を得ていたが、ポルトガルがスペインに併合されたために、スペインと親交を結ばなければ南蛮貿易を円滑に続けられない状況に陥っていた、スペインの要求は、1)民国征服の軍勢を出すこと、2)イギリス・オランダと絶交すること、であった、これを拒否して、イエズス会と絶交し、キリスト教を禁じた(p134、140)」

    ・秀吉が明国征服を明言した天正14年(1588)には、スペインと同盟すれば勝てる見込みがあったが、その時には前提が崩れ去っていた、イギリスとドーバー海峡で戦い、無敵艦隊の3分の2を失っていたから(p147)

    ・一般には足利幕府は義昭が都を追われた元亀4年(1573)に滅亡とされているが、最近では彼が出家した天正16年(1588)で終焉とする説が主流となった、鞆の浦を拠点とすることで、瀬戸内海の流通経路を押さえ、西日本の経済掌握により、大名達を味方に引き入れることもできた(p186)

    ・戦国時代に来日したイエズス会の宣教師達は、一向宗(浄土真宗)の教義があまりにもカトリックの教えに似ていることに驚いた、そして一向宗を潰さなければ、この国で布教を成功させることはできないと思った、なので信長を支援して一向宗の弾圧をおこなわせたという説がある(p204)

    ・戦国時代にキリスト教があれほど多くの信者を獲得し、江戸幕府の弾圧にも屈することなく命脈を保ったのは、キリスト教的な信仰が「景教」という形で日本に深く浸透してからかもしれない(p204)

    2018年8月15日作成

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    2018年08月15日
  • 等伯(上)

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    ネタバレ

    重々しい話かとおもったら、意外とライトで読みやすい。人が何人も死んだり辛いことが色々とあるのだけど、信春(等伯)の性格のせいかな?絵の才能はすごいけど、見たい知りたい欲が強くて、悩んだり恨んだり、調子に乗っては痛い思いをして反省したり、柔軟で人間らしくてとても魅力的。妻や子を思う優しい気持ちも。登場する絵を実際に見てみたいなあ。下巻へ続く。

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    2018年05月15日
  • 生きて候 下

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    安倍龍太郎の登場人物は、不器用で己の生き様を貫く。この作品は本田正信の養子に出された次男、倉橋政重が武辺者の生き様を通しながらも、為政者への目覚めが描かれている。
    無益な慶長の役の不毛さや、徳川政権へ移行期のせめぎ合いに読み応えがある。
    兵站のロジスティック面や、武家や朝廷の駆け引き、派閥争いのディテールもよい。

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    2018年05月12日
  • 信長はなぜ葬られたのか 世界史の中の本能寺の変

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    安倍龍太郎の本を読むのは、「等伯」に次いで2度目である。学校の先輩である著者が、「本能寺の変は、朝廷と室町幕府の復権を狙って光秀を動かして起こさせたもので、その黒幕は太政大臣近衛前久だ」という持論を証明するために、この時代の歴史的文献を読み解き証明していく姿勢には、学生時代の姿を知る私からすると大変驚きであった。

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    2026年01月17日
  • 銀嶺のかなた(二) 新しい国

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    秀吉の時代になり、これまでの朋友から主従の関係に変わる中で、最大の信頼を得ながら利家が北陸の地で礎を築いていく。利家の活躍は他の作品でもよく知っていたが、その子利長については本作で知ることができた。領民ファーストの生き方がこの後どうなるかを続巻で見ていきたい。
    また、今秋、北陸旅をするので前田家の足跡を訪ねたい。

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    2026年01月17日
  • 銀嶺のかなた(一) 利家と利長

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    これまで、この時代の主役となる信長や秀吉の作品を読んできたが、初めて脇役に視点を当てた作品を読んだ。
    独裁者の信長の下で、利家は古い考えに固執する勝家が間にいる主従関係の中で生き抜いていくのは大変であっただろう思う。続編では、それを脱皮していく姿が見られると思うと楽しみである。

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    2026年01月17日
  • 等伯(上)

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    長谷川等伯の松林図屏風は何度見ても吸い込まれるように見入ってしまう。描かずに霧靄、水蒸気、空気を表現し、それ以上に寂寥感、無常観まで感じ取らせる墨の世界。どのような境地で描いたのか、歴史的背景を含めて知りたくなり読んでみようと思った。

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    2018年01月22日
  • 関ヶ原連判状 下巻

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    緩急ある展開と結末は戦国時代ならではなのかな、と思った。合戦場ではなく、策略や陰謀に焦点があたっている。他の視点からの戦国ものも読みたい。
    2018/1/16

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    2018年01月16日
  • 冬を待つ城(新潮文庫)

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    東北武士の意地が中央勢力に反発する。武力の差に敗けは明らかな中、人々の生活を守るために奮闘する。様々な戦争、国と国との争いの根本にある欲望の醜悪さ、儚さを感じる。2018.1.3

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    2018年01月03日
  • 関ヶ原連判状 上巻

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    足利の亡霊…本来であれば将軍職ことに着くこともできたはずなのかもしれない細川幽斎。ただ本当の説なのかは知るはずもない。武人と呼べずに文人の足掻きとはどうも男らしさを感じられない。武力を持っての交渉ではなく、この話の中での幽斎の交渉術というのは好きになれない。

    すべての身内であれ、中心であっても己の利のために捨てられる。本当にこの時代を代表する文化人であると言えるのだろうか?

    「関ヶ原連判状」

    安部龍太郎先生の作品は好きだが、やはり細川家は好きになれない。常に時代の覇者をを天秤にかけ生き抜く姿は立派なのかもしれないが、その行動に武を感じることがない。危なくなったら調停を利用して保身を図り、そして家康に保身を図る姿は哀れ以外の何物でもないような気がした。

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    2017年05月04日
  • 関ヶ原連判状 下巻

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    足利の亡霊…本来であれば将軍職ことに着くこともできたはずなのかもしれない細川幽斎。ただ本当の説なのかは知るはずもない。武人と呼べずに文人の足掻きとはどうも男らしさを感じられない。武力を持っての交渉ではなく、この話の中での幽斎の交渉術というのは好きになれない。

    すべての身内であれ、中心であっても己の利のために捨てられる。本当にこの時代を代表する文化人であると言えるのだろうか?

    「関ヶ原連判状」

    安部龍太郎先生の作品は好きだが、やはり細川家は好きになれない。常に時代の覇者をを天秤にかけ生き抜く姿は立派なのかもしれないが、その行動に武を感じることがない。危なくなったら調停を利用して保身を図り、そして家康に保身を図る姿は哀れ以外の何物でもないような気がした。

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    2017年05月04日
  • 等伯(下)

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    ネタバレ

    上巻で、あんなに苦労して。
    みつけられて、描いて、いたのにぃ。

    下巻になって…
    よく、言えば、人間らしく。欲を隠さずに…
    そして描く。
    〜「業が深くて」〜

    秀吉との勝負画…【松林図】
    が、描けたこと。に、心からむかえたこと。

    か、な。下巻。

    利休との対話
    〜(それが死んだ者を背負って生きるということだ)〜

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    2016年02月09日
  • 蒼き信長(上)

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    安部龍太郎さんの「信長燃ゆ」が好きだったので、それの青年時代の話かと思って手に取ったのだけれど、あんまりだった。

    さらっと、信長誕生前後の父親の活躍から桶狭間の少し後までを少ないページ数で扱っているので、歴史の教科書みたいで、何の感想も持てなかった。。。

    信長燃ゆを楽しんだだけに、残念。

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    2015年11月23日
  • 生きて候 上

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    主人公の政重が、それほどかっこよくない。
    上巻は、架空設定と思われる女性が登場してくる。この女性とのロミオとジュリエット的な恋愛にあまりときめかず。だからか、上巻は少し退屈。
    下巻で、関ヶ原が始まると、ドキドキして、読むスピードが速まった。

    それよりかっこよく描かれているのが、宇喜田秀家。
    純粋で一本気で、かっこいい。それに妻の豪姫との間に交わされる愛情も素敵。

    三成が関ヶ原で敗北に向かう様子は誰の本で見ても、かわいそうで、泣けてくる。今回の三成は、豊臣家からも見捨てられ、たくさんの虚偽を一人で飲みこんで、同情を禁じ得ない。小柄さを強調しており、頼りない三成の姿が痛々しく、また性格がかわいい。

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    2015年11月05日
  • レオン氏郷

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    名前は聞くけどよく知らない蒲生氏郷が主人公。氏郷がいい人すぎて、癖がない分、あっさり進む。もうちょいぐおおーって爽快感がほしくなる。

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    2015年10月03日
  • 下天を謀る(下)

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    いまいち、徳川家康に重宝されていた感じがしっくりこず。
    確かに命を救われたということも大きいのだろうが・・・

    大阪夏の陣での家中の討死の多さは悲惨。

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    2015年06月16日
  • 下天を謀る(上)

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    藤堂高虎が主人公という、なんとも意外な小説。

    始まりは小牧長久手の戦いから。
    こんな武辺者のイメージはなかったので、
    とても意外なキャラクターとして描かれていた。

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    2015年06月16日
  • 幕末 開陽丸 徳川海軍最後の戦い

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    幕末の頃、幕府は海軍を持っていたらしい。北前船みたいなものではなく、当時のオランダの最新鋭艦で西洋色の軍服を着た船員がいて、射程距離が数千メートルの大砲を26門も積んだ近代海軍幕開けの戦艦だったらしい。
    260年鎖国を貫いてきた徳川幕府の幕臣が、この軍艦の船室ではコーヒー、紅茶(ブランデーを入れた!)、ワインが飲まれていたみたい。
    幕府の近代化にも驚いたけど、そもそも維新とは全面的に正しかったのか、帝国主義への迷走や、太平洋戦争の敗戦は、維新の時の新政府の失策では? というところまで踏み込まれていて、結構驚く発見がある本だった。

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    2015年11月09日