保阪正康のレビュー一覧
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満州事変〜太平洋戦争開戦までの流れと当時の日本の社会状況などが口語中心で非常に読みやすく、分かりやすく書かれている。
ただ、あくまで初学者向けの概説書、かつ各話者の解釈が全面に出た内容なので、巻末の年表を含む史実と照らし合わせながら自分なりの思考を持って読んだ方がより深い学びになる。
加えて、巻末の参考文献集は大いに参考になる。
この一冊を入門編と位置付け、さらに同時代を扱っていたり、本書で出てきた用語や概念(日独伊三国同盟や満州事変、二・二六事件など)をテーマにした新書を3冊以上、可能なら単行本や研究書を2,3冊追加で読んでいくのが本書の使い方かなと思う。
繰り返しになるが、この時代の日本社会や政策決定の舞台等を学ぶための入門書として有意義な一冊である。
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Posted by ブクログ
世界大戦やそれにまつわる出来頃がなぜ起きてしまったのか、そこから日本人の気質が見える。戦争を感情的な部分だけで考えず、しっかりと「歴史」を見て同じ轍を踏まないよう分析的に考えることが必要だと改めて思った。
「南北戦争は日本の戊辰戦争と同じく国家統一を目指す戦争であり、日本とアメリカは、世界史と国際社会の中にほぼ同時期に登場してきたのである」(p68)というのはとても興味深い事実だ。
「巣鴨プリズン、東京裁判には、未だ語られていない史実が幾つかある。私は関係者の証言を聞いていて、GHQ側に意図的に伏せられている史実(例えば、A級戦犯に対するある処遇)があることに驚いた。そうした史実が公開されるべきだとの思いは消えない」(p121)とあるが、その伏せられている史実というのが一体何なのか非常に気になる。 -
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本書は、歴史的な取材の蓄積を背景に、「保守」という言葉を政治家の実践から捉え直そうとする意欲的な一冊です。石橋湛山という人物を軸に据えた構成は説得力があり、現在の政治状況への危機感も伝わってきます。
ただし、タイトルに掲げた「真の保守とは何か」という問いに対して、日米関係と天皇制という二つの核心的な論点が最後まで明確な結論を与えられないまま終わる点は、物足りないところです。新書としての紙幅を考えれば無理からぬことかもしれませんが、読者としてはこの二点にこそ著者自身の踏み込んだ見解を聞きたかったところです。
【目次】
はじめに 「真正保守」の再興を求めて
第一章 高市自民党は本当の保守なのか
第二章 軍部と闘う石橋湛山
第三章 アメリカと闘う石橋湛山
第四章 池田勇人が継いだ湛山精神
第五章 後藤田正晴という保守的「護憲」政治家
第六章 日本の保守はなぜ親米なのか
おわりに 「真正保守」にとって天皇とは何か -
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保阪正康氏は政治家を含めた国民の「知性の劣化」を指摘。それは歴史を理解し、日々の事象を冷静に分析し、整理する能力を磨く事が薄れてきていると言う事だ。戦後80年、戦争を体験した人はほぼない現代は戦争の悲惨さなど分かるはずもなく、安倍政権を踏襲した高市首相の動きの中で注目すべきは「戦争に巻き込まれない政策・構え」から逸脱しないか心配なことだ。 安倍政権では憲法改正、集団的自衛権、日本版NSC、武器輸出などがあり、高市政権では議会政治を無視した決断にならないか恐怖を感じる。それは、国政選挙の投票率を低迷させ、圧倒的数での与党独裁特権から国会議論を無視し、閣議決定を優先させている事だ。結果、市民の声を無視し、市民権利を失わせ、民主主義の理念をも覆し始めている現状は「戦争は政治の失敗から始まる」と言う史上でも実証された方向に現政権が向かないことを祈るばかりだ。
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Posted by ブクログ
冒頭から今の日本の状況を非常に的確に分析されていると思いました。
本書で紹介されている歴史上の人物の紹介や評価については、私の知識不足もありその是非までは評価できなかったので、何人かもう少し詳しく知りたいと思いました。
新自由主義改革で格差を拡大させた小泉内閣や、格差をさらに拡大させ権力を私物化したような安倍内閣に今の状況の原因があると言えるかもしれませんが、私個人の経験から言えば、安倍内閣の頃は仕事も安定していて特に不満はなく、小泉内閣の時に至っては勢いのある話し方をする人と言う薄ぼんやりとした記憶しかありません。
結局のところ人間がその時には正しいと思った選択や行動も後から見ると間違いだったということが、長い目で見てみれば良くあることなだけなのかも知れません。
高市政権や参政党を支持する人たちも別に悪気があって支持しているわけではなく、それが正しい事と信じて支持しているところに難しさがあります。
読み終わった後に少し前に読んだユダヤ教の本に書いてあった教えを思い出しました。
それは、老人が実がなるまで時間のかかる果物の木を植えた時に、ある人からあなたはその実を食べられないかも知れないのになぜその木を植えたのか?と聞かれ、その老人は自分が子供の時に食べた果実も私の祖先が植えてくれたものだから私も同じようにする。と言う教えです。
歴史を学びそこから洞察を得ようとする行為は、少しでも現在を良くしようとする行為だと思いますが、今を良くするだけでなく、未来にも良い選択ができるような人間になれるように、これからも歴史を学び続けたいと思いました。 -
Posted by ブクログ
2025年の戦後80年だったこともあり、ついつい太平洋戦争にまつわる書籍を読んでしまう。
今回は「あの戦争は何だったのか〜大人のための歴史教科書」(著者:保阪 正康)に挑戦。
今年はほぼ同名タイトルの辻田真佐憲氏版がベストセラーになったが、まずは保坂氏版に手を伸ばしてみた。
本書は2005年発行だから、当時は戦後60年ということになる。
20年前の2005年は、あの戦争をどう見ていたのか。
あれから20年以上経った2025年に生きる我々は、あの戦争をどう見ているのか。
何かが変わったのか。何も変わらないのか。
そんなことも考えながら、本書を読み進めた。
戦後60年から20年経って、戦争を体験した人は益々減っているだろう。
そんな中で、いつまで「戦後」という言葉を使うのか。
不思議にも感じつつ、いつになったら我々はあの戦争に対して一区切りできるのだろうかと思ってしまう。
識者の中には「日本が次の戦争を行うまで」と言う人もいる。
その通りかもしれないが、ロシア-ウクライナの戦火を見ていても、やはり戦争は起きてほしくないし、起こすべきではないと感じてしまう。
私自身は戦争研究者でもないし、こういう書籍があるとたまに手に取る程度だ。
それでも、私は今50代後半であるが、「戦争」という歴史に対して、興味を持っている方だと思う。
周囲の同年代や、それよりも若い世代は、学校の教科書で習った程度のことで知識が止まっている人がほとんどではなかろうか。
毎年夏に戦争に関するテレビ番組が放送されるが、それを見て補完されるくらいのことはあるとしても、それも今後は番組数が減っていくだろうし、番組を制作しているのも、戦争を全く知らない世代なのだから、あの戦争を語り継ぐのは益々難しくなっていくのだろう。
いつまで戦後を引きずるのかという議論もあるが、少なくとも何も学ばずにいることは止めた方がいい。
もしまた次の戦争が起きた時に、日本は太平洋戦争で起きた時のようなことを繰り返してはいけない。
本書にも色々と書かれているが、今の感覚からすると信じられないような、数々の杜撰な作戦が実際に実行されてしまった。
なんでそんなことが起きてしまったのか。
それが戦争という極限状態だからだ、と言って切り捨てることもできるかもしれないが、少なくともこんな杜撰な作戦を実行したのは、歴史上日本軍だけなのだ。
記録が残っているだけでも数千年分の戦争の歴史がある中で、太平洋戦争末期の日本軍の作戦遂行は奇行としか言いようがない。
あまりにも常軌を逸した行動ゆえに、米軍も日本軍に対して徹底抗戦することになったのだろうが、普通に考えてもここまで辿り着く前に、どこかで戦争は終着していたはずである。
なぜ我々日本人は、暴走を自ら止めることができなかったのか。
行き着くところまで行っても止められないこの性質が、日本人としての気質の根本原因のような気がしている。
あまりにも周囲の空気を読み過ぎる、強固な「同調圧力」が働く中で、「恥」を何よりも恐れる文化の中で、今後も暴走を「止める」ことは本当にできるのか。
私個人的には疑わしいと思っている。
そもそも杜撰な作戦を立てなければよいということでもあるが、極限状態の中で、果たして我々は冷静な判断をできるのか。
今でも会社で仕事する中で、「なんでこんな凡ミスが起きてしまうんだ」ということが少なくともある。
よくよく調べてみると、最初の計画の杜撰さもあるが、それを実行していく中で「これはヤバイ」と誰かが気がついても、止めることができずに致命的なことになるまで突き進んでしまう。
戦争とは異なるから、単純比較はできないと思うが、何となくこの気質が共通しているようで、そら怖ろしく感じてしまうのだ。
太平洋戦争では、戦果についての隠蔽が横行し、正しい情報が参謀本部に上がらなかったことも、敗戦の原因の一つであった。
果たして我々は、あの戦争から何かを学んだのだろうか。
本質的に日本人の中身が変わったとは到底思えない。
現場の状況をきちんと知らない上層部が問題で、その上層部が作戦を作成しているから失敗したのか。
それでは、作戦作成の上層部に、なぜ正しい情報を上げなかったのか。
レポートラインと承認プロセスの組織課題のように感じるが、そんな単純な話ではない気がする。
他国の軍隊も同じような組織形態でありながら、日本軍だけがなぜか機能しない。
その根底に流れる日本固有の原因とは何なのだろうかと考えてしまう。
名著「失敗の本質~日本軍の組織論的研究」(著者:戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎)でも説かれているが、どうにも我々はもっと真剣に自分自身とも重なる日本人の本質と向き合った方がよさそうだ。
あの戦争とは、本当に何だったのだろうか。
著者の保阪氏も語っているが、我々は単純に「戦前」「戦後」と分けてしまったために、前後が違うものだという錯覚をしてしまっている。
戦争が終結したという区切りはあるとしても、時間軸はシームレスに流れている訳で、前後で大きな違いがあったとは到底思えない。
さらに言えば、戦後もすでに80年。
単純に「戦後」という一括りで、同じものとして扱ってよいのかというのも、十分に疑わしい。
戦後10年・20年・・・80年が、本当に一括りなのか。
そんな単純化してしまって、本当によいのか。
本当に大事な部分を、我々は見落としているのではないだろうか。
当たり前であるが、戦争は絶対に起こしてはいけない。
それはその通りだと思うのだが、それでは他国から攻められた時に、どう対処すればよいのか。
杜撰な作戦が立案されて、実行されてしまいそうになるリスクを、我々は自ら止めることができるのか。
本書を読むと、戦争の悲惨さよりも、我々日本人の思慮の浅さが際立ってしまう。
なぜ我々日本人だけが、あんな愚かな戦い方をしたのか。
疑問は尽きることがないのだが、それを考え続けることが重要なのだろうと思う。
いつまで「戦後」という言葉が続くのかは分からない。
しかしながら、少なくとも我々は、戦争の歴史を最低限でも学ぶ必要がある。
それは結局、未来をより良く生きるために必要だからだ。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」もまた真なり。
改めて、学び続けることの大事さを実感した次第である。
(2025/10/20月) -
Posted by ブクログ
「先の大戦で多くの人命が失われ、また、我が国の戦後の平和と繁栄が、このような多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず、戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切であると思ってきました。 平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています」(二〇一八年十二月)
平成天皇が天皇としての最後のお誕生日に際して仰られたお言葉です
はい、本作は昭和史研究家である保阪正康さんが平成天皇(現上皇)と美智子皇后(現上皇后)との全6回の「雑談」の内容を中心に、両陛下のお言葉をまとめたものです
平成の天皇、明仁天皇と美智子様は、わいの尊敬する人ベスト10にご夫婦でランクインしている2組目のご夫婦ということになります
そして明仁天皇は日本の歴史上初めて象徴天皇として即位した天皇でもあるわけ
そもそもね象徴天皇って何よ?ってところからのスタートだったわけなんだけど今ではもう象徴天皇って何?との問いには全日本国民が自信をもって明仁天皇やがな!と答えてOKというはなまる百点の存在なわけです
わいが明仁天皇を尊敬するところは、徹底した現場主義なんよ
被災者や障がい者など弱者のもとに赴き目線を合わせて勇気づけ、先の大戦の慰霊でも現地を訪れ祈りを捧げる
常に国民に寄り添い共に歩む
そして「平和」であることを最優先に日々公務をされていたように思います
これが、日本が世界に誇る象徴天皇ですよ!
日本に生まれて良かった〜と思える存在です!