保阪正康のレビュー一覧
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この2人の作家はジャーナリスト出身で、15年戦争に至った日本の歴史を冷静に語る著述が多い。彼らが2013年に対談した記録は10年以上を経ているにもかかわらず、先見性のある指摘というか、今も変わらないというか。日本のジャーナリズムの劣化、それが知性の退嬰を招き、民主主義を危機に追いやっており、ファシズムが抬頭していると、昭和一桁年代の状況に似てきたと危機感を共有している。「自虐史観」から「居直り史観」への移行がそれを象徴している。
日本のジャーナリズムの幕末ごろから、現在に至るまでの流れを書いている中で、明治初期が最も政府に批判的な言論が主張され、日清・日露の頃から、政府の情宣紙のように戦争に賛 -
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『正論』の連載を新書にまとめたものだが、25年前には保守派の議論もまだしも穏当なものだったとの感に打たれる。ただ座談形式なので仕方がないのかもしれないが、結構重い話なのに(笑)がついていたりすると、どうにも違和感を拭えない。
ハル・ノートのくだりなどは四人の議論が錯綜し、戦後半世紀を経た評論家の座談会でさえこの調子であれば、中堅幕僚の突き上げを食らっていた当時の政府が完全に当事者能力を失っていたというのも想像に難くない。
半藤が「元首の天皇が大元帥に命令して2.26や大戦を収束させた」と繰り返している(他の参加者はあまり取り合わないのだが)のは、明治憲法の構造上、「大元帥としての天皇」の戦争責 -
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敗戦記念日がまた近付いてきたこともあってか、ふと手に取った。お三方(特に加藤さんと半藤さん)の著作はこれまでにちょくちょく読んでいるので、おさらいという感じで読んだ。
当時の色々な人の色々な思惑と事実とを照合すると、「対米戦を回避する術はあった筈」とやっぱり思ってしまう。
リットン報告書やハル・ノートに対する、冷静さを欠いた威勢がいいだけの感情的な煽りは、発行部数を伸ばすのにはよかっただろうが、亡国ぎりぎりまで民族を追い込んだ、という面では、マスコミの罪はとてつもなく大きいと思う。
また、五・一五事件のあと、実行者の助命嘆願書が百万を超える数集まり、裁判でも実行者が自身の信じる主義主張を -
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「今太閤」と呼ばれる田中角栄元首相の、成り上がりの歴史と功罪入り乱れた政治実績を説明した内容。田中角栄は昭和時代を代表する政治家であり、それまでの対米従属・外需依存から日本の経済的自立と主権回復を図った功績が挙げられる。一方でロッキード事件に代表される金権政治によって失脚し、角福戦争といった派閥抗争など薄黒い面も多分にあったとされている。
田中角栄を語る上で、その戦争経験から入らなければならない。陸軍騎兵隊として満州に送られるも結核にかかって本国に帰還したとされるが、その頃の話が積極的に田中角栄の口から語られることはない。部隊が全滅するような過酷な戦場からいち早く抜け出し、戦時経済下で理研の -
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ロシアのウクライナ軍事侵攻から、イスラエルのパレスチナ自治区へのジェノサイドとも言われる攻撃など、ここ数年は戦争を身近に感じる機会が増え、戦後80年が経過して世の中の大きな変換点に来ていると肌で感じる。
それまでの常識として、他国への軍事侵攻など、今の世の中ではお互いが抑制しあって起きるはずはないと思い込んでいたが、それが一度破られると、至るところで火種が大きくなってきていることを懸念する。また、為政者にも自国第一主義や保護主義を唱えるものが多くなってきていることにも不安を覚える。
当たり前のように二度と戦争は起こさないし、起こらないよう抑制されると思ってはいても、経済が悪化し、不満がたま -
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昭和の時代に入ってすぐ1928年(昭和3年)、最初の普通選挙が執り行われて以来、様々な政治家、財政家、外交家、軍人などがラジオを通じて、自らの意思や考えを国民に伝えてきた。時はまさに後に続く日本にとって最大の国難、太平洋戦争への道のりを歩む時期であり、それはゆっくりとした歩みから、徐々に加速をつけての激走へと変わっていく。その間、1929年世界恐慌、翌1930年のロンドン軍縮会議、更に翌年の満州事変の勃発、五.一五事件など、社会は不安や不満に満ち溢れ、影響力を持つ政治家などの一挙手一投足が自らの政治生命だけでなく、人生の幕を閉じさせるような暗殺という手段により、命を失ったような時代だ。外交面で
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特攻と聞いて先ず考えるのは、将来有望な若者達が命令であれ自分たちの意思であれ、大きな爆弾を抱えて敵の空母や戦艦に体当たりする凄惨なシーンであり、彼らが一体何を考えながら死んでいったのかという事だ。無論、前者のような命令で言ったのであれば、最後まで命令者を恨んだまま逝ったのかもしれないし、後者、自分の意思であったにしろ、死への恐怖を克服する事が果たして出来たのであろうかという事を考える。
私たちは例えば病気などで余命を告げられ、死を目の前に控えた時、どの様な行動に出るだろうか。何を考えるだろうか。数日後、数時間後に水水盃を交わし、エンジン始動と共に整備兵の少年たちが、自機の周りから離れていく。離 -
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昭和史研究の第一人者・保阪正康の著書『歴史でたどる領土問題の真実 中韓露にどこまで言えるのか』を読みました。
保阪正康の作品は、8年近く前に読んだ半藤一利との共著『そして、メディアは日本を戦争に導いた』以来なので久し振りですね。
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尖閣、竹島、北方四島――どう守り、返還させるか? 威勢のいい言葉だけでは進展はない。
解決策は「歴史」の中に書かれている! 明治維新時の領土と、その後の戦争による拡大。
敗戦での急激な縮小と、戦後の枠組み。
それらの歴史の裏側までを厳正に検証する。
21世紀の視点に立った日本の主張!
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