保阪正康のレビュー一覧
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東条英機、石原莞爾、犬養毅、瀬島龍三、吉田茂たち昭和を代表する人物たちについての驚くような事実。東条が首相になった理由、東条と石原の確執の遠因、石橋が日中戦争・太平洋戦争に反対の立場だったこと、犬養毅が最後に放った言葉「話せば分かる」は実際には「話を聴こう」だったとの孫・犬養道子の証言。犬養一族の前で犬養について話をする著者への道子の反応は実に興味深い。道子は日本人のありのままの姿を見ようとしているためとの著者の感想が瀬島のソ連スパイ説の真相と大きな嘘の数々、小説「不毛地帯」の壹岐正に自分を重ねようとして日付まで嘘をついていた!吉田茂にとっての憲法9条の重要性。著者の冷静な視線での記述が鋭く歴史の陰の部分を明るみに出してくれているように感じる。
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ネタバレ【書評】歴史を学び、人のふり見て我がふり直しませんか?『昭和の怪物 七つの謎』
日本の歴史は皆学校で習うが、つまるところテストのための暗記科目と化している。
ただ歴史から学べることは多くあり、「人のふり見て我がふり直す」のにうってつけの科目である。
本書では歴史の教科書で語りきれなかった、歴史的人物の人間面を浮き彫りにする。
特に注目なのが、「東條英機」と「石原莞爾」の比較だ。
東條は自分の味方だけで人事を固めたり、課題を精神論で解決しようとしたり、とても国のトップになるような人ではない。
対して石原は東條とは真逆の思考である。
それがために、東條とは対立している。
石原は兵士を「人間」として扱い、東條は「軍備」として扱った。
今の社会に必要なリーダーは石原の方であることは明らかだろう。
本来必要とされている力が、人間関係によって発揮できないことで歴史が大きくマイナスに動く。
これほど悲しいことはないだろう。
繰り返すが、「歴史を学ぶ」ということは決して過去の出来事を暗記することではない。
過去の出来事を知り、「自分だったらどうするか」ということを考えることが大事なのではないだろうか。 -
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領土問題。
政治問題、歴史問題、資源問題。
感情論に走ると収集がつかないのは当然だが、見る角度によって変わってくるよなー。
太平洋戦争後、サンフランシスコ平和条約を基準にするのか、その後の各共同声明、日露共同、日中友好か。はたまた、1903年か、1905年か。
最初に見つけた方が所有者、実行支配した方が所有者、最初に見つけたという現存する歴史書がある方が所有者...
仲良く出来んかね。北方四島の時には共同開発の妥協案が出たが、日本敗戦後のプライドなのか強引に撥ね退けたな。
遡れば、パンゲアなんて大陸が地続きだった時代は誰のものでもなかったのにな。市場経済主義に戦中戦後の歴史問題が絡むと果てがない。白人の開拓精神しかり、日本の満州しかり。アメリカだって、マルコポーロのものでもコロンブスのものでもなく、ネイティブ・アメリカン達の土地だったのにね。アメリカなのに、ニューイングランドなんて名前が今じゃそのままだし。
国境。国連憲章で一国が持てる面積はこれだけ。緯度経度は何度から何度までとか決めりゃ良い、なんてのは暴論ではあるけどもさ。
グローバル社会で、金の流れだけは国境越えて世界中飛び回ってるけど、民族アイデンティティってのはあるのが当然か...
問題提起の一冊。飲み屋で触れる話題じゃないだろな。 -
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北方領土、竹島、尖閣諸島の問題は、考えるたび虫の居所が悪くなるというか、気持ち悪い、すっきりしない、…どういう表現が適切なのかわからないのだが、とにかく嫌な気分にさせられる問題である。しかし、本当に最近の動向は憂慮すべき状況であり、少しでも見識を深めなければと思い、読んでみた。
「(2008年の教科書と竹島問題に関する)韓国の反応は、韓国事情をフォローしている人から見れば、予見されたものといってよいと思う。
しかしながら、である。この韓国世論の盛り上がりぶりのなかに、考えこまざるをえないものがあることも、否定できない。戦後の日韓関係全体のなかで、日本がけっしてこの問題を大上段にふりかざしたことがないことを、韓国側は、理解しているのだろうか。竹島の周りで起きている軍事演習や、喧伝される『独島戦争』で盛り上がる韓国世論を、一度もそんなことを考えたことのない日本人が、けげんな眼差しで見ていることに、思いをはせたことはないのだろうか。
教科書についても、自分の教科書にあれほど明確に書いていることを、それよりも比べものにならない地味な表現で書こうとしていることに対して、かくも激昂することが、『二重基準』だと、冷静に思うことはないのだろうか。
この袋小路から抜け出す方策が、一つだけあると思う。
民間の研究者・有識者のあいだで、相互の認識のギャップについて、冷静に意見交換をすることである。」
「大まかにいえば、北方領土は『歴史問題』であり、竹島は『政治問題』、そして尖閣諸島は『資源問題』ではないかと思う。」 -
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対談。なぜ戦争になったのか。どこで間違えたのか。こういう本を読むと、自分がいかに知らなかったということを痛感する。そしてこういう本を読んで思うのは、過去のこととして知識にするのではなく、今、自分のいるまわりに活かせることはないか、ということなんだよね。
大正七年の原敬首相から昭和七年犬養毅が五・一五事件で暗殺されるまでを日本の政党政治の黄金期という。
では、原敬の何がすごかったのか。
偉大だったのは、としていわれること。
原敬日記をひいて、すごくこまめに軍人に会っていることを指摘している。
こまめに、ひょっとしたら自分と反対意見の人とも会って、パイプをつくっていたことが、強い力を持つことになったということだろうか。
意見が違う人とも、交流する。それによって単純に自分や自分の側の利益を押し通すのではなく、より多くの人が満足する道をさぐる。それが大きな仕事をするうえで肝要なのではないかな。
少なくとも、自分に反対する人間に対して「こんな人たちに負けるわけにはいかない」というのは、スケールが小さいんだなと思う。 -
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唯一の被爆国日本も行っていた原爆開発。理論、技術、資源、国力全ての点に於いてアメリカに及ばなかったため、ついに作ることは出来なかったが、それは加害者にならなかっただけであり、その可能性はあったということである。
筆者は原爆開発に携わった科学者たちに対して、そもそも原爆は作れないとわかっていて研究していたと多少好意的に書いてはいるが、陸軍、海軍の要請で開発の研究をしていたことに変わりはなく道義的責任は免れないと思う。
被爆国日本で原爆開発があったことをどれだけの人が知っているだろうか。原爆の悲劇を伝えることと同じように、この事実も合わせて考えるようにしなければ、真の原水爆廃絶は実現しないだろう。 -
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『あの戦争は何だったのか』の保坂氏の本をもっと読みたくて買った。
まず、驚かされるのは、本書は膨大な資料と、取材に基づいている。その意味で、かなり説得力のある書になっている。
太平洋戦争当時、日本も原爆の開発が行われていた。東大の仁科教授を中心に行われていた「二号」研究がその一つだが、本当に原爆が開発できるとは思っていなかった。第二次大戦中に世界中のどこかの国で原爆が開発されるとも思っていなかった。
だから、アメリカが広島に原爆を落としたとき、仁科教授は「負けた」と言っている。アメリカに研究者として負けたという意味だ。
時流に乗り、国から研究費を取り、好奇心を満たすための研究を行うという科学者の姿勢は、その後も変わっていない。
例えば、国策として原発の研究に関わった科学者は、原発が良いものか悪いものかということは考えず、研究を行ったのではないか。その成果を見たいがために、原発の安全神話を作ったのではないか。
科学は絶対ではない。科学者も絶対ではない。
科学信仰はそろそろ捨てて、新たな時代性精神を構築するときだ。 -
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保坂正康氏と姜尚中氏が2011年10月30日に北海道新聞ホールで行った講演会の講演録。
歴史は、記録者の都合の良いように記憶される。
勝利者の記録のみが正しい記録として、後世に伝えられる。
歴史は改ざんされ、記憶はねつ造されるという内容を、第二次世界大戦、広島長崎の原爆から、福島原発事故までを例にとり説明される。
米国では、ヒロシマ、ナガサキ、フクシマと列挙することにより、意図的な大量殺人と(人災の側面を除いて考えれば)事故である原発事故の区別をつきにくく、そして大量殺人の罪を薄めて考えるように仕向ける傾向がみられる。
両名の講演のあと、学生参加による質疑応答が掲載されているが、そ講演の内容を踏まえたうえで、しっかりした質問をしているのが非常に頼もしい。
と思われせるような質問を選んで掲載しただろうという点を差し引いて考えても。