保阪正康のレビュー一覧
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コロナ禍の混迷の中、石橋湛山氏がクローズアップされる。
軍国主義の時代に合っても民主主義国家を主張。
戦後GHQにも屈しなかった。
その一貫した姿勢が、リーダーシップの強さとして求められている。
ただ本書は石橋湛山氏の今日的価値を表すのに成功したとは思えなかった。
本書の描くのは戦後日本政治の政争の歴史であって、政策の歴史ではない。それは戦後日本が、米国の傘の下、「小日本主義」でやってこれた結果である。まさに吉田茂総理が軽防衛・米国依存で「経済優先」の国家戦略の賜物である。
戦後復興のときに、自立・自尊を国家戦略とするのは、理念としてはあっても現実的ではない。
あのとき国民は飢えていた。
高度成長を成し遂げ、成熟の停滞下にある日本が、コロナ禍という非常時を迎えた今、改めて「真の自立」を必要とする。それを本書で訴えるのが保阪正康氏の狙いであろう。
石橋湛山氏の3つの柱
①小日本主義
②反ファシズム・平和主義
③論理主義(科学主義) -
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シリーズ第2弾。
昭和のキーパーソンを7人取り上げて、その人物評、エピソードをまとめたもの。
今回取り上げられているのは以下の7人。
1.三島由紀夫
2.近衛文麿
3.橘孝三郎
4.野村吉三郎
5.田中角栄
6.伊藤昌哉
7.後藤田正晴
7人中3人知らない、だと…!
無知をさらけ出してしまいました。
か、かろうじて半分以上は分かるからセーフ?
いちばん興味深く読んだのは田中角栄でした。
高校では日本史主選択だったんだけど、近現代史ってだいたい時間なくってさらっとになるよね。
だから田中角栄といえば、「今太閤、日本列島改造論、ロッキード事件」ぐらいの上っ面しか知らなくて。
改めて良くも悪くも影響力のすごい人だなあと。 -
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ネタバレ●→引用、他は感想
●かつて頭山が持っていた北海道の炭鉱が75万円で売れたそうだ。明治時代である。これを聞きつけた全国の頭山崇拝者たちが大喜びで、次々に頭山邸にやってくる。(略)頭山はどんな話にもいやと言わない。なんでも頼みを聞く。瞬くまに75万円は無くなった。(略)それでも頭山邸には居候を決め込む書生、壮士、無頼人が居残った。頭山の腹心が、こんな連中は追い出したほうがいい、そうでなければ先生の一家が野たれ死にしますよ、と忠告したという。すると頭山は次のように答えたと夢野は書く「まあそう、急いで追い出さんでもええ。喰うものが無くなったらどこかへ行くじゃろ」それまではここにいるといいさ、というわけだ。食料が尽きると、足早に去っていくだろう、と見ている。こんな連中でも食事くらいはあたえてやるがいいさ、というのは確かに大物だ。同時に景気の良い他人にたかる輩はいつの時代にもいるのであり、たかり尽くすと逃げ足だけは早いということになるのだろうか。逆に逃げ足の遅い、つまり死ぬまでその地に止まるのはよほどその地を離れるのが怖い、あるいは事情があって離れることができないということになるのだろうか。
●民俗学者の柳田国男の書(「明治大正史」)によるなら、酒を毎日飲むのは古い作法ではなく、日本の伝統的なしきたりでなかったというのだ。「以前は明らかに悪癖の一つに数えられ、今でも養生とか慰安とか、訊かれもせぬ言訳をしている者が多い」と書く。幕末に日本にやって来た外国人は識字率の高さに驚くと同時に、反面で酔っ払いの横行に驚いたらしい。自分たちと飲み方が違うというのだ。そこで禁酒運動などを起こそうとなるのだが、柳田国男は、(略)単に目の前の酔っ払いを見て、禁酒運動など進めても無理、というのである。柳田によるならば、共同体には必ず地酒の伝統があり、幕府が禁じたとしても密かにその伝統は守られて来たという。加えて酔うならなんでもいい、飲んでみようという庶民はいつの時代にもいた。やはり柳田の一文を引用して、酒飲みはいつの世も決してなくならないとのご宣託を確認しておこう。「酒が飲む者を忘我の境に誘うことは、近ごろ始まった悪徳でもなんでもない。近ごろ始まった現象は居酒と独酌の連続、それから酒が旨くなりまた高くなったことと、国家が小民の何を飲んでいたかを、ついうっかり忘れてしまったこととである」柳田は名文家である。ところが酒飲みについて触れる部分では、文章は回りくどい表現になる。「酒」が主語となる文章では、意外にも柳田先生も酒を飲みつつ書いたのかもしれない。
”近現代の名作に刻まれた一文を手掛かりに多彩な史実をひもとき、過去から未来へと連鎖する歴史の本質を探り出す”という、今まで読んだ保坂著作とはちょっと毛色が違うエッセイ集。手元に置いておいて、気が向いた時に読んでみたい本である。 -
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2020/10/03 負けてたまるか!日本人 丹羽宇一郎 保阪正康
1.リベラルアーツの意義 専門バカに任せると危険 倫理的判断 ex原爆のマンハッタン計画
2.シビリアンコントロールどころか軍事が政治を制す倒錯 専門知への敬意がない
全てが曖昧で、総無責任体制 大失敗から学ばない
3.安倍内閣の高い支持率 特に若い世代 経済政策・特に雇用拡大を評価
4.日銀の金融緩和 国債の購入、ETF・REITの購入 Exitをどうするか?→無い!太平洋戦争と同じ
5.日本社会の閉塞 戦略が小粒・縦割り 国体レベル→オリンピック・レベルへ
6.「知」への敬意が無くなった
昨日、日本学術会議の候補者の否認事件が起きた -
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歴史とは所詮人間の意思や行動の積み重ね。法則が出来上がってくる。歴史は繰り返すとはこういうこと。前後の歴史学分野の考え方は答えありき。筆者は実証で検証すべきと。でも物理や数学と違って、歴史は語る人や登場人物それぞれに事実があって、どれも正しくどれも間違いなのだと思う。近代歴史が14年周期で展開するというのは面白い。前半は短期現役士官制度出身者や、戦中戦後の著名人を中心に話が進められるが、私は、彼らが凄かったのではないと思う。戦国時代ならいざ知らず、複雑な政治経済外交関係がある中、たまたまその時それができる位置に居た、という流れのもたらす結果だと思う。中盤は天皇制を主軸に戦争を、後半はファシズム、排外主義など、体制中心に描かれており、現在のコロナ騒動へ繋げている。天皇制の記述は予想外だったが、大正末期の空白の五年間の話は面白かった。天皇不在では正式な軍が動かせず=軍が天皇を利用できず、また共産主義や市民運動が生まれる。緊急事態宣言はある意味私たちの権利に踏み込んでいるのではないかと思っている。よって後半のファシズムへの懸念は同意するが、コロナ対応を戦争と表すのは断固反対。戦争は何があってもやってはならないと学んできた。学者ぽい文章なのでなかなか読みづらいかったが、はじめにの内容を意識しながら読むと、より身につくと思う。
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第1部は識者6人による座談会。
第2部は6人それぞれの補遺的文章。
あの戦争で当時のメディア(新聞とラジオ)が果たした役割はとてつもなく大きかった。開戦を賛美し、国民を扇動熱狂させた。恐ろしい!
終戦の日はいつか?
ポツダム宣言受諾を敵国に通告したのは8月14日。
それを国民に伝えた(玉音放送)のは8月15日。
ポツダム宣言受諾文書に調印したのは9月2日。
日本人は「終戦記念日は?」と問われれば8月15日と答えるが、国際的には「9月2日」が一般的だそうだ。
あの戦争の経緯が分かる文書はまだまだ未公開のモノが多い。なぜ開戦したのか?戦争の経緯は? 歴史的な解明はまだまだ先のようだ。 -
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昭和。特に戦前や終戦直後の出来事は、徐々に歴史の奥底に追いやられて行くのを感じる。
当事者が寿命を迎え次々と亡くなっていく中で、歴史の証人が減っていくのだからしょうがない面もある。
しかし逆に言うと、関係者が生きている今の内にこそ、正しい歴史認識を植え付ける必要があるのではないだろうか。
そこから現代に生きる我々が学ぶべきことは、本当に多いのではないだろうか。
著者はそんな使命感で筆を取り続ける。
やはり東条英機と石原莞爾の項目は日本人として必読だと思う。
(もちろん他の書籍でもいいが、この二人の行動言論を考察すること自体に非常に意味がある)
なぜ日本人は勝てない戦争を始めたのか?
さらに、なぜ日本人は敗戦確実になっても戦争を止められなかったのか?
今もって本当に不思議だ。
なぜあそこまでボロボロになり、国民があんなに死んでいるのに、戦争を止めることが出来なかったのか?
広島長崎に原爆が落とされ、その直後の御前会議でも、戦争継続と敗戦受諾が二分して全く結論が出なかったというのだから恐れ入る。
そんな事があるのか?
どう考えても負けは決まっているのに?
単に「日本人の特性」という言葉で語って済む話なのだろうか?
今の会社でも全く同じだ。
スクラップ&ビルドがどうしても出来ない。
「この仕事意味あるの?」ということですら、止めることが出来ない。
意味がないことでも容認して続いてしまう。
これは最早日本人の病気と言えるのではないだろうか?
確かに日本は国家として世界一長く継続している国である。
歴史あるヨーロッパ・中国ですら、何度も国は滅び滅ぼされの繰り返しだ。
国家として約1500~2000年間継続しているのは、世界中で日本だけ。
これは勿論誇る事であるが、あまりにも「守ること・継続すること」に固執をしているのも事実かもしれない。
しかしながら、国際社会が大きく変化していく中で、今まさに戦争当時のような「不安定な状態」と言えるのではないだろうか?
コロナウイルスだって、まったく想像が出来なかった。
こんな世界が訪れるとは思いもしなかった。
そういう意味で、想像力の欠如も日本人の特性かもしれない。
ゼロ戦の性能を最大限引き上げるために、装甲を極限まで薄くする。
これらも敵から攻撃されることを全く想定していないからこそと言われている。
日本人の特性は確かにあるかもしれない。
しかしそれでは負けて滅んでしまうのだ。
そうならないためにどうするのか?
馬鹿な行動を繰り返さないためにも、歴史から学ぶことは多数あるのだと思う。
(2020/6/27) -
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日本の歴史を、特に昭和史を客観的に述べることができる人を挙げるならば、半藤一利氏か、この本の著者の保坂正康氏ではないかという気がします。その保坂氏が昭和史を俯瞰的に時系列で新書のボリュームで解説したのが本書です。
私自身、昭和史を含む近代史は(高校で日本史を選択していなかったこともあり)基本的な知識が欠如している部分もあるので、本書は正直ちょっと難解な印象を受けました。
ただ、非常に印象的であったのは太平洋戦争を始めるにあたりラジオで発表された開戦の詔書の主旨が「東アジアの安定のために日本が努力したにもかかわらず、英、米がその努力を阻止したり、さらにはアジアの制覇を企て、日本の存在に脅威を与えたために立ち上がった」というものであったという部分です。追い込まれ、やむにやまれず立ち上がったという趣旨です。現代に置き換えた時、この詔書に登場する英、米を中国や韓国に置き換えると、こういう論旨で武力衝突に至るケースがあり得ない話とは思えない気がしてきます。
もう一点本書で印象的だったのは、昭和歴代の首相が終戦をどのような年齢、立場で迎えたのかを述べた部分です。明治生まれ、大正生まれ、昭和生まれとグループ分けされていますが、私たちの年代にとって首相と言えば、大正生まれの田中角栄、中曽根康弘、竹下登、宇野宗佑、宮澤喜一、村山富市、そして昭和生まれの海部俊樹、細川護熙、羽田孜、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗、福田康夫と分けられています(本書のもとになった著書は2007年発売のため)。
こうしてみると、政治家がそれなりに存在感を持っていた時代の首相は大正生まれのグループが多い気がします。この年代の人達は太平洋戦争には軍人として参加しており、その経験がその後の政治活動にも影響を与えているようです。
著者も警鐘を本書の中で鳴らしておられますが、日本だけでなく世界の政治指導者が次第に若返り、先の大戦を経験していない年代となりつつある現代は、私たちが政治家の言動に無関心でいると再び戦乱を呼び込む事になりかねない気がします。