保阪正康のレビュー一覧
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最近ときどき「関口宏のもう一度!近現代史」という番組を見ている。学校の授業ではおろそかになりがちな近現代史をじっくりたどってくれる番組なんだけど、解説役として出演している保阪さんの書いてる本を読んでみたいと思って読んでみた。
番組では関口宏の言うことを「そうですね、そうですね」と受けている好々爺って感じなんだけど、やっぱりそれは識者の余裕ともいうべきもので、この本のなかでは言うことちゃんと言っているというか、明治以降で日本は成功したようで実は迷走していたんじゃないかなとか、個人としての明治・大正・昭和・平成天皇の実像とか、やっぱり軍事をのさばらせちゃいかんなとか、いろんな示唆を与えてくれる。
大要としては「歴史から学べる」ということなんだと思う。よく言われることではあるけれどこの本を読んで思ったのは、歴史から学ぶとは、かつての失敗を振り返り分析することで、いま直面している課題を乗り越えられる策が導ける(ことが多い)ということ。 ところが、わりとかつての成功にすがるかのようになぞることで物事を進めてしまうことって、私にも、安倍君にも、日本の会社や社会にもよくある気がする。大切なのは、失敗したことにしろ、成功したことにせよ、確固たる思想……とまでいかなくても考えの軸をもって振り返りとらえ直すこと。
2020年のコロナ下で書かれたので、太平洋戦争の反省点を踏まえたコロナ克服の展望としてこんなことが挙がっている(p.227)。
①相手方(「敵」となるのだが)の実態をくまなく知る。
②対抗する手段(戦略、あるいは戦術)を考える。
③対抗しうる国力、戦備を持っているかを検討する。
④開戦を国民に納得させる。
⑤戦いの現状とその経過を正確に伝える。
⑥戦いの終結の目処を伝える。
いったん新型コロナウイルスの蔓延が落ち着いたような2021年11月のいま、上記6点を踏まえてこの2年ほどを振り返ると、どう考えたって「できてない!」って思っちゃうよね。特別なことをせずに過ごしてきたつもりの自分としてあえて客観的にいえば、日本政府も日本の多くの国民もあの頃と変わらず同じような轍を踏んだんだねと思う。
小見出しがふんだんについていて、細切れで読めそうだけど、これはたぶん編集者が勝手につけたんだろう。ひとつの話がぶつぶつ切られているような箇所が散見され、かえって読みにくい。ひとまとまり読み終えたつもりが読み終わってなかったみたいなことになる。だいたい、小見出し以降の文の冒頭が、小見出し以前に出ていたものの代名詞で「この○○は」「あの△△については」みたいになるってなしでしょ。 -
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ネタバレ最近昭和史を改めて勉強しており、何冊か読んだ上で保阪氏の著書にトライ。結果、難しいところも多々ありつつも理解出来、非常に面白いと感じた。(逆にいうと初見でこの本は厳しいかも…)
東条英機、石原莞爾、犬養毅など、興味深いものばかりだったが、
ニ・ニ六事件で父を惨殺された渡辺和子さんの「ニ・ニ六事件は私の赦しの対象から外れている」という言葉が衝撃的だった。
もちろん良い意味での衝撃なのだが、いやそうだよなと。そう思うからこそあの生き方が出来たんだろうなと、ひしひし感じました。
そして無知ゆえ、犬養毅の息子・犬養健さんがゾルゲ事件に巻き込まれていたことを初めて知った。その首謀者の尾崎からソ連切手を託されていたっていう、もう昭和史の中枢にいないと出来ない体験をしている道子氏の、「世間とはこういうもの」(お母様の発言なのだが)という言葉が突き刺さる。いつの時代も一緒。なんでテロの被害者側が傷つかないといけないのかね。
なんだろうな、昭和史って正直すごくセンシティブというか、扱いにくいし難しいからこそ、学校や世の中できちんと教えていかなあかんと私はずっと思っておるのです。人の考え方や、その人で構成される組織がここまでおかしくなると、ここまで国は変わっていくということが、もう滲み出て実感出来るのが昭和史というか。ニ・ニ六事件や五・一五事件なんて今の視点から見たら恐ろしすぎる事件だけど、これが起きて当たり前の世界が日本にあったという、それはきちんと教えないといけないんじゃないかなぁと、私はつくづく思っております。(ただの呟き) -
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ネタバレ冒頭の日本の戦前軍教育や体制などの部分は少し眠く感じましたが、本社を読み進める上でとても大事な部分だと後から気がつきました。
本書はタイトルにあるように太平洋戦争と呼ばれる戦争が何だったのか…という答えを書いているわけではありません。
歴史的に起きたことを書き記しながら、あの戦争が「なんだったのか」を考える必要性を説いています。
読んでるうちに、軍にも、天皇にも、国民にも、戦争国にも、全てに腹が立ってくる感覚がありました。
結局のところ日本人に欠けているのは、やはり自分で論理的に考え抜く力と、それを柔軟にコントロールする力なのではないかと思いました。
ある意味、戦争敵国に対しての狂気的な反抗心などはあったと思いますが、誰もそれを感情論なしで説明できず、明確な理由(客観性を持った理由)を持ち合わせておらず、ただただ「そりゃこうなってるんだから、こうだろう」という場当たり的、責任転嫁的に考えているように思ます。責任を持った自害など、私には究極の責任逃れのような気がしてなりません。 -
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なぜ日本は戦端を開いてしまったのか。比較的簡潔に、丁寧に知ることができる良書です。日本人なら一読すべきだと思います。
本書では、中国との開戦以前から米英との開戦までを時期を章ごとに分けて議論し、章末に保阪氏による解説が記載されている。冷静な分析で議論をリードしていく加藤氏と、熱くも丁寧に語る半藤氏・保阪氏の対談はとてもバランスが良く、読みやすかった。三者の話を読んでいる(聞いている)と、「なぜ日本は戦争という道を選んでしまったのか」という理由が、朧げながらも全体像を掴めたような気がする。
【梗概】
"軍部・マスメディアの罪と大衆の不勉強"
日本が米英との開戦を迎えるまで、国内の世論はまさに熱狂に近いもののように思えた。陸軍とりわけ関東軍の暴走とも呼べる中国への侵略行為は、どの視点から見ても肯んずることはできない。軍部は自らの領地(と称する満州国)への中国側の侵略したとして、日中戦争ではなく支那事変と呼称する。これは戦争ではなく自衛なのだ、とすることで天皇の承認を得ずとも戦線を拡大していった。帝国主義による領土・権益拡大を推し進める為に、軍部は自らを正当化し、マスメディアにその正当性を国民へ煽るよう圧力をかける。それによって二・二六事件や五・一五事件のように反戦勢力をテロリズムによって消沈させることもでき、自国民を守るはずの軍部がテロ集団と伍してもおかしくない状態が生まれた。軍部からの情報の統制・歪曲によって世論は戦争へ熱狂していく。常識ある国のトップ(天皇を含む)は軍部の圧力に屈してしまった。軍部には、軍教育による勝つまで戦えという考え方が蔓延り、政治的な知識を持ち合わせない。そうした人間らが国策に意見をし、トップらはそれを飲み込むしかないという権力構造がポイント・オブ・ノー・リターンまで運ばせてしまった。
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最近よく、政府のコロナ対策が「太平洋戦争の時の作戦と同じで、その教訓を活かしていない」とか言われているので、ちょっと興味を持って本屋さんで目に付いた本を選んだ感じです。
2017年の終戦の日のラジオ対談を書籍化。2017年というのは、盧溝橋事件が起きた年から80年になる節目ということもあったのでしょう。1931年の満州事変から1941年の真珠湾攻撃に至るまでの、太平洋戦争突入前の10年間をいくつかのターニングポイントごとに、原因や判断や起因するもの、そして結果と検証していくのですが、ラジオ番組らしくわかりやすく読めます。
コロナ対策がどこか戦争の時の対応と似ているというのは、戦略がないなど、いろいろあるのだろうけど、この本では戦争突入前の時代なので、個人的に感じたことは、「相手がある事なのに自分の都合がいい結果になることを想定して(信じ切って?)決定を下している点」は、確かに似ているかもしれません。
GoToにしても五輪にしても、実施の判断ではなく、やる事の理由付けが先に来てしまっている、その判断や決定のプロセスは、楽観主義というよりご都合主義みたいでもあり、次第に感染者が増えていき(次第にアメリカとの関係が悪くなっていき)そのあとの対策を狭めてしまっている感じを受けました。
って感想を書いていたら菅総理辞任のニュースが入ってきた。 -
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陸相であった下村定が”敗戦”の文字をみて、「”敗戦”ではなくて、”終戦”としてほしい」と注文をつけたのに対して、当時の東久邇宮首相は「何を言うか、”敗戦”じゃないか、”敗戦”ということを理解するところから全てが始まるんだ」と一括したという。
当時、わかっている人はいたのだ。でもいまだに終戦という。これが永続敗戦というやつか。ちょうど、終戦記念日という文字をみて、思い立って本書を読んだだけに、なおさら「終戦記念日」というものについて、あれこれ考えたな。
太平洋戦争とは何だったのか。負けることがわかっている戦争をなぜ始めたのか。後世を生きる人間には、首をかしげるばかりの歴史だ。歴史と言ったって、俺の親が生まれたころの話であり、記憶に残る祖母は今の俺よりわかかったくらいなときなのだ。本書を読んで、俺に太平洋戦争とはなんだのか、わかったかといえば、正直まだ腑に落ちたわけではない。著者は膨大な資料をあたり、本書を書いた結果、怒るべくして起こったのだというが、えー?そうなの?という部分はあるんだよね。なぜかというと、当時の指導層の愚かさばかりが目につくから、どこかでいや、俺ならそんな愚かなことはしないよ、と思っちゃうところがあるんだろうな。もちろん、そんなことを言えるのは、後世に生きているからで、その時代に生きていたなら、俺もこれはやらなければならない戦いなんだ、と乗っかってただろうけどさ。歴史的事実を並べたら遠い話も、自分の祖父母を思い浮かべて、あの人たちより自分が賢いか、っていったら、そんなことは思わないから。
あの戦争は起きるべくして起こった。あの時代にはガス抜きが必要だったのだ、と著者はいう。終わり方を想定していなかったのは、お粗末でしかないけれど。
著者のまとめ方としては、そんなところだろうか。いや、もっといろいろあったし、その後もたくさんの本を出されているわけだから、一口には言えないだろうけど。もっとあれこれ読まないといけないな、と思ったね。 -
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<目次>
序章 太平洋戦争とは何か
第1章 関東軍の暴走~1931満州事変から1932満州建国まで
第2章 国際協調の放棄~1931リットン報告書から1933国際連盟脱退まで
第3章 言論・思想の統制~1932五・一五事件から1936二・二六事件まで
第4章 中国侵攻の拡大~1937盧溝橋事件から1938国家総動員法制定まで
第5章 三国同盟の締結~1939第二次世界大戦勃発から1940日独伊三国同盟まで
第6章 日米交渉の失敗~1941野村・ハル会談から真珠湾攻撃まで
第7章 戦争までの歩みから、私たちが学ぶべき教訓
<内容>
ノンフィクション作家の保坂正康を中心に、作家の半藤一利と東大教授加藤陽子が鼎談をしつつ、日本のアジア・太平洋戦争に突入するまでを分析し、第7章(本当はこの章立てはない)で「学ぶべき教訓」を三者がまとめた。もともとは、NHKラジオの番組の書籍化。今年2月に半藤さんは亡くなったが、この戦争前後は彼の著書が多く、保坂さん、加藤さんも専門家なので、専門書ほど深掘りしていないが、わかりやすい分析となっている。 -
Posted by ブクログ
昭和21年3月、アメリカ軍は関東への上陸作戦を計画していた。昭和20年11月に、九州南部への上陸作戦オリンピック作戦に続くもので、上陸地域は相模湾と九十九里浜の予定だった。 終戦により、この計画は実行されなかったが、もしこれが行われていたら、日米で500万人以上の戦死者を出し、ソ連の参戦により日本が二つに分割され、現在の朝鮮半島のような二つの国家に支配されることになっただろう。 この本では、実際に防空壕の構築に当たった人たちの証言、指揮官たちの考え方、上層部の思惑と著者による現場視察なども含めて、この作戦について考察している。 本土決戦については、以前話を聞いたことはあったけれど、その具体的な内容までは知らなかった。圧倒的な米軍の兵器物量に対して、日本軍は特攻しか対抗手段がなく、爆弾を抱えて戦車の下に潜り込むゲリラ戦、竹槍を300万本用意して民間人を兵士に仕立てる、神風を待ち焦がれたり、精神論で戦うという考え方が最後まで幅を利かせていたらしい。 軍人たちは、この戦争をどうやって終わらせるか、その方法を模索するが良いアイデアがない。 負けを認めることは、軍人のプライドに傷がつく。 結局、民間人を犠牲にして、自己保身に走った軍人たちが本土で一矢を報いる幻想を見て、だらだらと戦争を続けてしまったことがこの結果になった。 天皇の決断がなければ、この戦争はもっと悲惨なことになっていただろう。
ちなみに九州上陸のオリンピック作戦が実行されていたら、私の父母も巻き込まれ、私はこの世にいなかったかもしれない。そう思うと早く終戦にしてくれて良かったと思う。未だに、もし○○だったらと言う空想戦記小説を書く人がいるが、そのもしが現実になっていたら、書いた本人は存在しなかったかもしれないということも知っておくべきだろう。