保阪正康のレビュー一覧
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最近、大きな問題としてクローズアップされている、日本の領土問題について、3代続けて外交官の東郷氏が、外交官としての北方領土の解決にあたった経験を踏まえての交渉等を含めて説明している。
内容としては1部は東郷氏が、北方領土、竹島、尖閣諸島について、それぞれの歴史的経緯、それぞれの宣言などについて説明し、外務省としてはどのように当たってきたかを解説している。2部は保坂氏との対談形式で、それぞれの問題について、意見交換をしている。
読んでいて、国ごとの交渉というのは、どこかで妥協点があるわけで、その意味では原則論だけに則るのはどうかなと思った。また、欧州の交渉だと領土にはこだわらない解決法を考える人もいるようだ。それぞれの場所の歴史的経緯を考えると、北方領土は「歴史的問題」、竹島は日本にとっては「領土問題」であるが韓国にとっては「歴史的問題」である、尖閣諸島は領土問題(資源問題)と考えることもできる。
人でも2者間の妥協点を探すのは大変だけれど、国家同士でも大変だなあと今更ながら思った。領土問題は、知っておくべきだと思う。 -
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北方領土、竹島、尖閣諸島。これらの問題を同一に考え、強行に抵抗することの危うさを指摘した良書だと思った。北方領土は歴史問題を孕み、竹島は政治問題を、尖閣諸島は資源問題を内包している。強行であることの危うさは、「北方四島」というコトバがその原因かもしれない。歴史上あった「面積等分」や二島返還が実らなかったのはよ四島への固執が原因だったのかもしれない。領土問題はこれまでの歴史の熟知なしには相対することのできない問題。日本、韓国、中国、その発言する順序でさえも重要なファクターになりうるように。今後、外交関係の発言に注視したいと思った。「時間が解決する」のではなく「時間が経つほどに危機的状況を迎える」と認識し、まずはこの本の上梓後、急に緊迫感を帯びてきた尖閣諸島の問題にたいしては、いかに戦争を回避するかに慎重になるべきであり、石油資源の共同開発をも視野に入れた解決を討議すべきだ。そういう意味で、中国へのファイティングポーズをむき出しにする日本のマスコミは非常に危ういと思った。
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著者は,昭和史の史実を確かめるために,これまでに何人かの政治家に話を聞き,またその家族にも話を聞いている。
政治家の家族に関しては,取材を通して2つのタイプに大別できたという。
ひとつは,政治家としての歴史的評価や客観的分析とは別に,家庭内の夫や父の姿にとどめる,公と私を明確に区別するタイプ。
もう一つは,公私の区別がついてなく,自分たちの感情と歴史的評価を混ぜあわせにして証言するタイプ。
どちらかと言えば,歴史的に負の評価を受けている政治家の家族は後者の傾向があるという。
犬養毅,東条英機,鈴木貫太郎,吉田茂ら激動の時代を駆け抜けた首相の家族からみた姿が記載されている。
特に,終戦時の首相である鈴木貫太郎の人柄,考え方には感銘を受けた。 -
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昭和十年代の日本(大日本帝国)の版図は、今よりもずっと広かった。北海道・本州・四国・九州に琉球列島・千島列島(占守(シュムシュ)島〜国後島)を加えたものが「内地」であり、朝鮮半島・台湾・樺太南部、それに関東州(遼東半島先端の旅順・大連)、南洋諸島(グアム、サイパンなどのマリアナ諸島・パラオ諸島・トラック諸島・マーシャル諸島)、そして新南諸島が「外地」であった。(新南諸島は、現在中国・ベトナム・フィリピン・マレーシアなどが領有権を争っている南沙諸島のことである。)後発の帝国主義国家であった日本は、新たに獲得した領土で皇民化教育を推し進めていった。当時の日本が領土の獲得にいかに熱心だったかは、現在の領土問題を考える上でまず押さえておかなければならないだろう。
本書は、北方領土・竹島・尖閣諸島についての歴史的背景を解説したものだ。それぞれに論点が異なるので、解決のための共通の処方箋はなく、ケースバイケースで考えていかなければならない。
北方領土に関する歴史は、幕末の1855年、日露通好条約(下田条約)にまで遡る。このとき、日本とロシアとの国境は択捉島とウルップ島の間に定められた。1875年(明治8年)に、「樺太千島交換条約」によって千島列島の全てが日本領となった。さらに、1905年(明治38年)、日露戦争後のポーツマス条約によって南樺太(および関東州)も日本領となった。したがって北方領土は、歴史上一度もロシア領になったことがない。
1945年8月18日、ポツダム宣言を受諾して武装解除した日本軍に対して、ソ連軍は千島列島北端の占守島への攻撃を開始した。8月28日に択捉島に入ったが、このときにはソ連軍との戦闘はなしに日本兵は降伏し、将校はすべてシベリアの抑留所に送られた。そして、9月5日までに、千島列島には含まれない色丹島・歯舞諸島をも占拠した。
尖閣諸島は、1895年(明治28年)に日本領として編入されたが、そのときに清国は何のクレームも付けなかったらしい。清国は台湾にすら興味を示さなかったのだから、これは本当なのだろう。けれども1968年に尖閣諸島周辺に石油資源が埋蔵されている可能性が指摘され、それ以降中国および台湾が尖閣諸島の領有権を主張するようになった、というのが本書の立場である。
竹島はもっと微妙である。竹島は1905年、中井養三郎という一人の漁師の熱意によって島根県に「編入」された。けれども韓国側は、これを韓国への侵略の第一歩とみなす。他にもいくつかの論点があるが、日韓双方の言い分はいつまで経っても平行線をたどり、決して立証も反証もできない。したがって、「竹島は、歴史的事実に照らしても、かつ国際法上も明らかに我が国固有の領土」とは言えず、日本政府の主張は強すぎる。
ただし、結局のところ、竹島問題が存在するのはサンフランシスコ平和条約で帰属が曖昧にされたからであり、それは日韓の間に紛争の火種を残しておいた方がいいという米国の思惑が働いたからである。竹島問題で熱くなっている人は、アメリカの掌の上で踊らされているに過ぎないのだ。 -
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ネタバレ「不毛地帯」を読んでいる間にも何度も感じたことだけど、山崎豊子氏の描く「壱岐正」なる人物はあまりにも理想化されすぎていて、どこかリアリティに欠けていた(そうであればこその「物語」ではあるかもしれないけれど)ように思うんですよね。 で、その「壱岐正」のモデルとしてある意味で一世を風靡した「瀬島龍三」なる人物に関して興味を持ったわけだけど、この本を読んでみての感想は「やっぱり壱岐正は現実にはいなかった、フィクションだった」ということでしょうか??
個人的には瀬島龍三という人物に関して、実際に会って話したことも一緒に仕事をしたことがあるわけでもない KiKi 自身は肯定でも否定でもない立ち位置にいるつもりなんだけど、こと山崎豊子氏の作品に関する評価としては、題材をリアル世界に求めるのは構わないとしても、氏の作品が世論に及ぼす影響に関してもう少し慎重であってもよかったんじゃないのかなぁと思わないでもありません。
もしも瀬島龍三氏が保阪氏がこの本で言っているように自分のイメージを巧みに「壱岐正」にすり替えていったようなところがあったとしたなら、そんな欺瞞行為に走った瀬島氏ももちろん褒められたものではないけれど、彼自身にも生活があるわけで、自分と家族が戦後を生き抜いていくために格好の「復権イメージ」、しかもどう読んでも自分をモデルにしているとしか読めない人物像がそこにあり、尚且つ世間がそのイメージを称賛していたとしたら、それを意識しないことは難しいだろうし、ましてそのイメージを壊すようなことはなかなかできるものではないというのもわからないではありません。
KiKi 自身がこの本を読んでいて一番納得がいかなかったのは、彼が「第二臨調」のキーパーソンであったにも関わらず、彼には一切の「国家ビジョン」と呼べるものがなく、いわゆる調整役に徹していたというくだりで、人生のスタートを国費をかけた教育の恩恵を受け(もちろんそのために必死に勉強したという個人の努力はあるものの)、あの戦争の時には大本営作戦参謀、軍刀組というエリート集団の中に身を置き、その後敗戦を経験し、シベリア抑留なんていう人並み外れた体験を生き抜いてきた人物にしては、小者感が漂うなぁ・・・・・と。
もちろん彼の立場は国民による選挙で選ばれた議員でもなければ、行政府の大臣でもないわけだから、ある意味でそういう立場の人たちとは一線を画した立ち位置であることを意識して「自分の意見を語らない」というスタンスをとっていたとも考えられるけれど、だとしたら彼が(実質的には中曾根さんが・・・・かもしれないけれど)推進したとされている「裏臨調」の行動はあまりにもあまりにもの越権行為にしか見えないわけで、そういう面では瀬島氏の立ち居振る舞いに好感を持つことだけはできそうにないなぁ・・・・と。
一般の日本国民があの戦争のことを忘れ、バブルで踊れ弾け、「土光さんのイメージ」に酔っている裏でうごめいていた日本の行く末を見据える「長期計画策定」とでも言うべき場所で力を振っていたのが実は旧海軍人脈だったというあたりも、正直なところ違和感を感じます。 もちろん彼らがある時代のエリートであったことは事実だし、そういう世の中の動きにまったく興味を持たず、ひたすら利己的に自分の利益を追求していた KiKi に彼らを批判する資格はなかったし、今もないわけですが・・・・・ ^^;
この本全体の論調は伝聞系をベースにしていて、噂話やらあやふやな証拠から導いたように受け取れる少々強引な解釈もあったりで、この本自体は「ノンフィクション」とカテゴライズされているものの、どこかに「エンターテイメント・チック(≒噂話チック)な臭いもするだけに、ここに書かれていることだけを信じるのは危険な感じがしないでもありません。
ただ、この本の優れているところは、著者はどう考えても瀬島氏の欺瞞を追求しようという意欲からこの本の取材を始めているにも関わらず、必要以上に彼を貶めたりダーティー・イメージを強調していないことで、彼の面倒見の良さやら生真面目さもきっちりと書き記しています。 そうであるだけに KiKi なんぞは
「エリートも、一皮むけば、こんなもの」
的な感慨を持ったりもするわけです。 考えてみると西欧貴族社会においては、「ノーブレス・オブリージュ」(≒身分の高い者はそれに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務があるという、欧米社会における基本的な道徳観)が歴史的に培われてきたようなところがあるけれど、日本型エリートという人々は恐らく本人自身が「身分が高い」とか「高貴な存在」という意識があるわけじゃなくて、どちらかというと「自分が苦労して得たポジション」という意識が強いし、そうであるだけに本来ならそこに発生するべき「社会的責任、義務」という意識が薄いものなのかもしれないなぁ・・・・・と。 -
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本書は、著名な歴史家4人による対談形式の本であるが、昭和史をわかりやすく概観できる良書であると思った。
昭和史は、侵略と戦争の時代と平和な戦後史にはっきり分かれると思うが、戦後世代にとって戦前の昭和史は、よく知らない別世界の出来事のように思えてしまうのが実感だろうと思う。
その戦前期の昭和史全体を鳥瞰するような本書は、興味深く読めた。
しかし、「昭和天皇の英明」という視点だけはどうだろうかと思った。本土決戦を叫ぶ陸軍を退けて「聖断」を下した事実を取り上げた評価なのだが、「英明」な君主だったら敗戦のような事態にはならないだろうと思われる。
しかし、本書は左右のイデオロギーに加担しない冷静な歴史認識の良書として高く評価できると思った。 -
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ネタバレ【書評】
本書の筆者である、ロシア担当の元外交官が語る声には重みがある。領土問題を語る場合、現在の日本がおかれた状況に、筆者は並々ならぬ危惧を抱いている。筆者が深く関わった北方領土返還交渉を始め、竹島、尖閣諸島を巡って、一連の関係国の日本への風当たりはどれも強くなっている。これは、日本の対外的な力が落ちていることを意味するとともに、世界が異なる秩序に入りつつあることを示している。
実務家として領土返還交渉に携わった筆者によると、北方領土交渉の失敗の幾つかは日本の側に帰せられ、戦後の日本政府と外務省の進めた領土交渉は「ミッドウェーに匹敵する敗北」を喫してきた。「交渉者の判断を曇らせた大きな要因は、歴史の大きな力関係の中での、日本の力に対する過信である」(p69)。
そして、日本は周りの環境が著しく変化する中でも、領土問題へのアプローチは「敵」の不当性を叫び、我が方に正義有りと「一貫」したものでありつつけている。しかし、領土問題への解決は、時間によっては果たされないどころか、日本の相対的国力の低下によって不利に働いている。「今なによりも必要なことは、交渉敗北の事実を仮借なき眼で見据えることである。それができなければな、今後の交渉にいかなる展望も開き得ない。起きる結果は、一層の敗北のみである」(p67)。
【感想】
複雑な背景を持った領土問題に関心のある人は少ないか、関心があっても自国の正当性を疑わず、頑な態度を変えない人であるかのどちからだ。どちらの態度も領土問題解決にブレーキをかける存在となることを認識した上で、基本的な歴史的経緯を抑えつつ、枠にはまらないアプローチはないか模索した本であると言える。本書では、政治的、歴史的、法律的に絡まり合ったそれぞれの領土問題の特色が分かりやすい。基本的な歴史文脈を説明した上で、決して有利には働いていない現状を打開するために、幾つかの提言が成されている。
それら提言は必ずしも、日本にとって耳障りの良い物でもなく、日本の正義を疑わない人には面白くない内容だろう。しかし、そうやって、かつての主張にしがみ付くことが解決につながらなかったことは火を見るより明らかであり、時間は有利には働いていない。実務家として実際に交渉に携わり妥結一歩手前までこぎ着けた者の主張には、少なくとも敬意を払うべきものがある。特に北方領土交渉に関しては、日本の国際社会でおかれた状況、そしてその弱さを冷徹に見つめるリアリズムが必要であり、その上で共同開発などで自然保護などを通して日本のルーツを探る必要もあるのかもしれない。もう残された機会の窓は多くはないのだから。 -
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ネタバレ日本の領土を如何に守り解決するか? 太平洋戦争終結後、日本は一貫して領土問題を避けて来た。 いや、逃げて来た。 もし私が結論を出せと言われるならば、淺知恵といわれてもひとつの結論を持っている。 まず、領土問題は、北方四島・竹島・尖閣諸島を並行して処理する方法。 まず、北方四島(択捉・歯舞・色丹・国後)は、歴史問題からしても、まず間違いなく日本の領土であり、譲る事は出来ない。 ロシアの不法占拠である。 尖閣諸島も歴史的にもこれも日本の領土である。 日本が実行支配してる。 しかし、竹島に関して言えばICJに訴える方法もあるが、韓国は竹島に関しては、非常に強行だ。 まず、韓国と妥協して竹島を認めるが商業権も認めさせる。 さらに、北方四島・尖閣諸島に関しては日本側の味方に付ける交渉をするべきである。
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本書は、ゴルバチョフ以降、ソ連・ロシアと領土返還交渉に携わってきた東郷和彦氏が前半に3つの「領土問題」についての経緯並びに現状を解説・論評を行っている。後半は東郷氏と近現代史に造詣の深い保阪正康氏の対談。
お互いにタブーを恐れず、何故それぞれの問題に進展がないのかを忌憚なく討論している。対露では「四島一括」の一人歩き、竹島・尖閣では「日韓併合」「日清戦争」がキーワードであるとしている。
北方は新プーチン政権のサインを見逃さないこと。竹島については政府間交渉が現状不可能であることから、学術や文化交流のレベルでの信頼醸成を図ること。尖閣については非常に武力衝突が危ぶまれることを指摘しながら、ここ30年自衛隊幕僚長クラスと人民解放軍佐官クラスが定期的交流を行い。緊張が強まる時期も中断せず行っていることに注目をしている。
中身はかなり「タブー」と言われる事に踏み込んでおり、関係者には必読の書である。また、内容も平易でわかりやすく一気に読むことができた。 -
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ネタバレ●:引用
●「父」と「子」の相克 このような構図を見ていくと、そこに父と子という対立が生まれているということがわかる。この対立は、天皇という制度が不可避的に抱えているものであり、歴代の天皇は必ず父と子との関係で相克を起こすともいえるのではないか。誤解を恐れずにいえば、それは天皇と皇太子の個人的な感情という次元ではなく、それぞれの天皇は常に時代とともにあるがゆえに、皇太子には、父の時代にあってやがて来るべき自らの代にどのような軌道修正を行うかといった発想が、ごく自然に生まれるということでもあろう。むしろこのことは天皇制のバランスを保つための知恵ということにもなるはずだ。(中略)明仁天皇もまた昭和天皇に不満を持ったとしても不思議ではない。天皇家の父と子は、感情を抜きにして、天皇としてのその時代に対するそれぞれの責任、皇太子としてのそれぞれの目からの批判というものが必ずあるということであろう。この「父と子」という宿命の相克に対して、皇太子は父・昭和天皇の軌跡を理解しようと努めた。(中略)皇太子は前述のように父親・昭和天皇への不満を克服するために、改めて昭和史の基礎文献を昭和三十年代のある時期から徹底して読んだ、との証言がある。そして少しずつ、昭和天皇が置かれていた状況を理解していったように思われる。
●最大の平和勢力となる天皇家 昭和天皇が体感したあろう教訓のひとつが、皇統を守るためには二度と戦争という手段を選んではならないという決意ではなかったか。逆説的にいえば、天皇制は平和を堅持するための最大の勢力になる宿命をもったということになるのかもしれない。私は、現在の日本にあってもっとも純粋で、そして崇高さを兼ね備えた平和勢力は明仁天皇である、との理解をもっている。それが国民的諒解になることが望ましいとも考えている。すでに外国ではそのような理解があるとも聞いているが、このような視点をもって私たちは、明仁天皇の軌跡を見つめていくべきではないかとも思うのである。 -
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「あとがき」で著者が書いているが、「東京裁判」と聞いただけで「高い山」と思っていたうちの一人である。本書を読んでみて感じたことは、「東京裁判」を読み解くことで、なぜ日本が無謀な戦争に突入していったかをある程度体系的に理解できるということである。
別件ではあるが、この20年来、著者の史観に共感を覚えてその著書を読み続けているのだが、ここに来て、本当にその史観に共感することが正しいのかをあえて疑ってみたいと思っている。しかし、あの右翼的史観(昨今におけるAPA論文の選者や小林よしのりの考え)は生理的に受け付けず真剣に読む気がしないのもまた事実である。誰か両方の史観を客観的に論じてくれないものか? -
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【読書】昭和史の研究家、保阪正康氏が昭和を生きた人々・親族等から聞き取った証言集。そのメンバーは本当にすごい。歴史の教科書で出てくるような人ばかり。犬養毅の孫、東条英機の妻、瀬島龍三、斎藤六郎、鈴木貞一、後藤田正晴等々。しかし、中には必ずしも歴史上は有名な人物ではないが、現代から見て非常に示唆のある出来事を目撃している人もいる。保阪氏の取組はそうした歴史に新たな光を差し込んでいる。色々と注目すべき人物の証言があったが、いくつかコメントすると以下のとおり。
鈴木永二氏。一橋大学卒。元三菱化成社長で、日経連会長。90年第三次行革審議会会長等も歴任。その人のコメント。「企業は人なりであり、資本の論理で全てをみるのではなく、人間を大切にしなければならない。」大学の先輩という親近感もあるが、戦中と戦後を生きた人の言葉は重い。
また、大本営情報参謀であった堀栄三氏。 大本営参謀の情報戦記の著者。「情報あっての作戦であるべき。そうであれば、あのような戦争にはならなかった。」「人は一度しか生きられない。あとは辛抱して生きる姿勢が必要。」
さらに、共同通信の記者、森元治郎氏。ポツダム宣言受諾のスクープをした記者。終戦を拒む陸軍の将校から殺される可能性がある中で密かに海外放送で流す。その報が流れることにより日本本土への爆撃が少なくなる。緊張あふれるコメント。
中国で孫文を助けた山田良政氏。外国人で中国革命のために犠牲になった最初の人物。北京の日本公使館の駐在武官の通訳であり、孫文の思想と人間性に共鳴を覚え、中国革命の意義を清朝政府軍説いて処刑される。このような人物がいるとは知らなかった。 -
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筆者のポイントは、昭和史に重要な影響を与えた瀬島氏が、現在までにその重要な歴史的事実を正直に正確に語っていないということ。
「不毛地帯」の良いイメージを自分に重ね合わせるだけで事実を語らない。
・大本営参謀としての対ソ戦、南方作戦の立案経緯、情報にぎりつぶし
・昭和20年8月19日のソ連側との停戦交渉
・ソ連側証人としての東京裁判
・商社時代の第一次国防計画にからむグラマンとの交渉
・臨調、行革審への影響
特に中曽根のブレーンとして各種行革審の小委員会の委員長として裏で全体をコントロールしていたと。
本当に頭が切れる人なんだろう。時代を動かすのは天才的な参謀。