保阪正康のレビュー一覧
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先日お亡くなりになった半藤一利氏と保阪正康氏の対談集である。
保阪氏は「名将の条件」を、「理知的であること」「原則論に振り回されないこと」と、陸軍士官学校をはじめとする陸軍教育の弊害をあげて話す。半藤氏は、「決断を下せること」「目的を部下に明確に伝えられること」「情報を直につかむこと」「過去の成功体験にとらわれぬこと」「現場に身を置くこと」「部下に最善をつとめさせること」としている。お気づきのように、まさにリーダー論である。
おなじ陸軍士官学校でも、アメリカは違うようだ。『ウエストポイント流 最強の指導力』では、危機に立ち向かうリーダーの三原則として、「リーダーは誰でも危機に直面する」「リーダーは誰も攻撃的でなくてはならない」「リーダーは誰でも自分の組織を勝利に導くため、全力を傾けなくてはならい」となる。半藤・保阪氏の名将論には、「勝つ」という視点がないが、ウエストポイント流ででは、「勝つ」ために強くなることを学び、「強い」ために恐怖を克服し、人格を陶冶し、組織に血を通わせ、失敗から学ぶことを知る。勝たなければ名将とはいわない。負けた武将への判官びいきがある我が国との違いかもしれない。
ちなみに「愚将」の条件は、「責任をとらないこと」らしい。毎日ニュースで愚将たちを見ていることになる。
あの戦争を率いていた軍事官僚たちの生死から学ぶことはおおい。 -
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昭和史を勉強すると、瀬島龍三(せじまりゅうぞう)という名前がチラつく。「司馬遼太郎が瀬島龍三と対談しているのを読んで、司馬に非協力的になった元軍人がいた」というような話から、瀬島龍三とはどういう人物なのかに興味を持った。
瀬島龍三は陸軍幼年学校、陸軍士官学校、陸軍大学校と進み、陸軍大学校をははな首席で卒業したエリートである。参謀本部の作戦課に長く在籍し、多くの作戦に関わった。
終戦後はシベリアへ11年間抑留され、東京裁判の証言のために一時帰国。その後、昭和31年に正式に帰国。繊維メーカーに過ぎなかった伊藤忠商事に就職し、大手商社にのし上げた実績から、会長にまで上り詰めることになる。
半藤一利著『昭和史』の最後の部分で著者は、官僚への批判を行なっている。
「太平洋戦争は左官クラスによって引き起こされ左官クラスによって負けた」と言われるのは、若手の参謀が机上で決めた作戦を現場に押し付けた結果が終戦につながったからだ。
官僚には現場がない。それ官僚の特徴である。その意味で参謀はまさに官僚である。
そして、現場なき官僚は必ず、現場よりも内向きの論理を優先する。その積み重ねが、敗戦へと至ったのだ。
P153ページより引用。
太平洋戦争は3年8ヶ月余も続いたが、陸軍にあってこの作戦指導を実際に進めたのは左官クラスであった。ちょうど30代から40代前半にかけての陸大出のエリートたちが、陸軍省や参謀本部の中枢に座って戦争遂行の中心的な役割を担った。 -
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保阪正康氏の本は何冊か読んだがハズレがない。膨大な調査の上に書かれていて信頼できる。
しかし、本書を読み始めてすぐに、自分が昭和の通史を知らないことを痛感して、半藤一利『昭和史』を読むことにした。
『昭和史』を読みながら、本書の関連する箇所を読んでいた。よく分かる。やはり大雑把にでも通史をおさえることが大事だ。何事も全体像をつかんでから部分をおさえることが大切なのだ。
本書で保坂氏は、集めた事実から「確実に言えること」を推論する。そのように推論しようと試みている。
それには高い知性が必要だ。集めた情報の断片から分からないところを推論するのは容易ではないからだ。
本書の最後には保坂氏と原武史氏の対談が収められている。原武史氏の存在は先日知ったばかりだ。氏の『滝山コミューン1974』という著書を偶然に購入していたのだ。結果、この『滝山コミューン1974』を読む意欲が高まった。
本書をきっかけに『昭和史』を読んだのは必然である。しかし本書をきっかけに既に購入していた『滝山コミューン1974』への期待が高まったのは全くの偶然である。
そうなのだ。歴史とは必然と偶然が重なり合って紡ぎ出されるのだ。そのことを本書で知った。
米国大統領がルーズベルトからトルーマンに代わっていなければ、おそらく日本は米ソの2カ国に分断的に統治されていた。そのことを本書の解説で中山隆志氏が明確に記している。 -
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保阪正康(1939年~)氏は、北海道生まれ、同志社大文学部卒の作家・評論家。2004年、菊池寛賞受賞。昭和史に関する著書多数。
本書は、1999年に単行本で出版され、2002年に文春文庫、2020年に朝日文庫から刊行された。
本書は、題名の通り、1947年に『きけわだつみのこえ』の元となった『はるかなる山河に』(東大版)が発行されてからこれまでの、『きけわだつみのこえ』を取り巻く歴史を辿ったものである。
著者は「あとがき」で次のように書いている。「『きけわだつみのこえ』(東大版、光文社版、岩波文庫旧版)は、戦後日本の文化的遺産である。この書がこれまでに三百万部近くも売れたという事実が、それを裏づけている。・・・本書を書こうと思ったのは、1995年12月に刊行された「岩波文庫新版」を手にとったからである。それまで私たちが読んでいた各社版の『きけわだつみのこえ』に、時代の制約による削除などがあったことは仄聞していたし、私なりにその事実をたしかめてもいた。したがって、「新版」には期待していたのだが、それはかなえられなかった。現在のわだつみ会の幹部たちは「新版」刊行時に、これが『きけわだつみのこえ』の「完本」だと胸を張ったが、これまでに多数編まれている戦没学徒たちの故人遺稿集と読みくらべても、「新版」には首をひねらざるをえないような個所が数多くあるのだ。」
そして、
第1章:『きけわだつみのこえ』の誕生~学業半ばで死んだ息子、兄弟、友人の霊を慰めたいという初心に早くも政治の影が
第2章:バイブルへの道~安保闘争のなかで『きけわだつみのこえ』は反戦を叫ぶ若者たちの「聖典」になった
第3章:倒された「わだつみ像」~既成秩序の破壊を叫ぶ学生たちは、学園に立つ知性と平和の象徴をひきずりおろした
第4章:「反天皇制」の中で~わだつみ会は昭和天皇の戦争責任を問う声を大きくあげることで会員を増やしていく
第5章:戦没学徒の「戦争責任」~一部会員たちは死んだ学徒にも戦争責任があると言い張り遺族たちを怒り悲しませた
第6章:追放された遺族~「わだつみ」を支えつづけた人々を「インテリ」たちが陰険なやりくちで追い出した
第7章:わだつみ学徒、五十年後の「死」~岩波文庫に収録された「新版」は戦没学徒の遺志を踏みにじる欠陥だらけのものだった
という展開で、『きけわだつみのこえ』が、いかに政治的に、或いは一部の集団の恣意的な独断によって利用されてきたのかを、明らかにしていく。
私は、『きけわだつみのこえ』には関心がありながら、これまで手に取ることはなかったものの、本書を読む前に、先入観なく触れておきたいと思い通読したのだが、家族や友人への愛、死に対する無念と覚悟、日本の将来への願い、(たまたま検閲を免れたと思われる)戦争や軍部への批判など、全篇に溢れつつも、学徒それぞれの境遇や個性を反映した思いには、強く共感を覚えた。
そして、本書を読んで思うのだ。『きけわだつみのこえ』に載っている戦没学徒の遺稿自体になんの罪もないし、その価値が減ずるものでもない。巻末の「解説に代えて」で片山杜秀氏が述べている。「死者の声を独占して政治利用することの虚しさは、明治国家以来の靖国神社の歴史にまず示され、戦後のわだつみ会の歴史においても残念ながらついには反復された。われわれは死者の声を一色に染め上げようとするあらゆる作り話に抗さねばならない。」全く同感である。
(2020年12月了) -
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☆☆☆2020年9月☆☆☆
社会全体の倫理観が損なわれていることが恐ろしい。
「五・一五事件」でテロリストが礼賛されたことを指している。「動機が正しければ殺人も許される」という空気。それが毎年のように繰り返されるテロやクーデターにつながり、軍国主義が収まらなくなった原因の一つと考えられる。
僕は、「赤穂事件」が美化されているところにも
日本人の倫理観のおかしさを見る。
翻って現代はどうか? 「自粛警察」など、相互監視社会は続いているし、ちょっと変わった人を皆でたたいて「スッキリした」なんて番組もある。
弱いものいじめ、空気を読めない人の排除、それが日本社会に根付きつつないか?
歴史を学び、私たちはどのような心構えでいるべきか、それをもっと社会全体で共有しないといけない。 -
購入済み
Part1より面白そう
現在読み進めていますが、私の親類(故人)に関わるエピソードが、この本に載っていたことに、驚きと同時にこの本との距離感が縮まった様な感覚を覚えました。昭和史の謎を解き明かすことが益々困難である今日、教科書にない事実を可能な限り知って、誤った認識を押し付けられることのない、確固たる近代日本の歴史観を持てる様、今後も学んでいきたいと思います。
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現代の日本の状況を憂慮する、丹羽宇一郎と保阪正康が対談する。
同じ過ちを繰り返すのが人間だから、戦争をするなと言うのではなく、「戦争に近づくな」と、丹羽氏は訴える。
日本は感情的な国なので、過去の戦争も感情論から始まったし、曖昧模糊、無責任体制、権限・責任の不明確さという精神風土はいまだに変わっていないと。
その証左として、安倍首相の「任命責任は私にあります」の言に転じる。
言葉だけで終わらせないように「任命責任で5回間違ったら首相を辞める」とか、ルールを作ったらどうかと提案する。
役人についても、5回間違ったらクビとか。
アメリカ駐在や中国大使を経験した丹羽氏は、
「同じコップの中に同じ水が入ったままだったら、水だって腐ります」
「新しい水のコップに入るのに一番いいのは、海外に出ること」と、日本の若者に提言する。
強硬論がまかり通る世界で、中国や韓国との関係においても、自意識過剰となっている日本を懸念するこの熱論は、もっと読まれるべきだろう。 -
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面白い面白いと聞いていたけど、これはスゴ本だ。下手なスパイ小説や戦争モノを読むよりよっぽどヒリついててスリリング。
東條英機、石原莞爾、犬養毅、渡辺和子、瀬島龍三、吉田茂についての膨大なインタビューをもとに、それぞれに問題提起をしつつ実像に迫っていく本。
東條英機はホンモノのクズだったっていうのは本当に膝の力が抜けるくらい悔しいというか腹が立つというか。全くのグランドデザイン無しに非科学的な思想のみでこいつは一体何人の人間を死に追いやったのか。「東條英機とは戦争というものを全く理解していなかった日本陸軍という組織の結晶のような存在である」という風な批判が引用されていて、なるほどそれならば確かに学ぶべき貴重なサンプルではあると思う。
犬養毅の孫娘である渡辺和子氏( 前ノートルダム清心学園理事長)の回顧は胸が熱くなった。この方の著作も読んでみたいと思う。
それにしても・・・五・一五事件、ニ・二六事件という軍人の蜂起で政党政治が崩壊し軍部主導の統治が始まり大東亜戦争を引き起こし、そして『日本のいちばん長い日(岡本喜八監督版)』をこの間観たのだけど、玉音放送の寸前まで日本軍はクーデターを起こしている。
日本人が「軍人」という職につくと本当に始末が悪い。そしてそれを嫌というほど自覚しているから今の憲法があってシビリアンコントロールの仕組みが出来上がってるというのに、日の丸に富士山デザインのマスクを着けたり、背広を脱いで自衛隊の訓練に参加したりする、内向きコミュニケーションしかし取れないSNS大好き中学生みたいな馬鹿が自衛隊トップを務めたりしている現実にはウンザリだ。
この本を読み、『日本のいちばん長い日』『ザ・レポート』『マーシャル・ロー』を観て悟った。日本という国は、日本人は、この国の政治は「軍」を持てるほど成熟していない。
「次も」絶対に失敗するから、軍は持たない方がいい。 -
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ネタバレ私にとっての昭和史は、子どもの頃の「記憶」と大人になってからの「知識」が交錯しています。
子どもの時に見聞きした事件や人物について
「もっと知りたい」
「詳しく知りたい」
「本当のところはどうだったんだろう」
「どんな意図があったのだろう」
と感じると、すごく興味を持ちます。
本書は、興味のある人については面白かったです。
野村吉三郎の章では、電報遅延の内幕になるほどと思いました。
田中角栄は、子どもでも印象強い人物で、興味深く読むことができました。
本書で最も面白かったのは、伊藤昌哉氏。
「自民党戦国史(上)(下)」
「池田勇人とその時代」
「自民党「孫子」―孫子理論による政治力学の解明」
を読んでみたいと思いました。 -
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三島由紀夫、近衛文麿、橘孝三郎、野村吉三郎、田中角栄、伊藤昌哉、後藤田正晴の7人を取り上げる。大戦前後の近衛、橘、野村から始まり、最後の護憲派といわれたカミソリ後藤田まで。意外な真相の解明が楽しい。近衛が東條に首相の座を譲った真の理由、戦争終結へむけた動き、野村大使の真珠湾騙し討ちとなった真相、また「自民党戦国史」の著者、伊藤プーさんが実は角栄が嫌いで、大平を守ろうと動いていた…。その田中の社会主義者的な側面など、興味の尽きない話の数々だった。なかでも著者と後藤田の築き上げた信頼関係から出てくる後藤田の姿は他の本では知り得ない話ばかりだと思う。後藤田から著者の奥さんに感謝の電話があったというのは驚き!