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Posted by ブクログ
出版当時は、瀬島龍三も生存し、著者としては、歴史の真実を語って欲しい、語っていない、隠している、とのトーンに終始している。
ただ、瀬島が他界し、それも叶わない中で、この本を読むと拍子抜けの感にもなる。
瀬島は、相当に意思の強い人物であるからして、墓場まで持っていかざることも多々あったのだろうし、それも理解できる。
(戦中の数々の疑義に対し、おそらく著者が推測していることの大半が真実に近いのだろう)
それを離れ、瀬島がどのような人生を送ってきたのか、特に戦前、戦中、戦後と世の一線に身を置いてきた人物に対して大いに関心がある。それは良い悪いではなく。
陸軍という特殊な集団で、どのように頭角を現してきたのか?、また陸軍の組織の弱みは?
興味深いところは、伊藤忠時代。
よく、戦後の復興、特に企業活動について、陸海軍の組織論が活かされている、と聞くが(それが発射台を高くしていた)、まさに彼が伊藤忠で組織を動かす際に使っていた要諦は陸軍で仕込まれた仕組みだ。
以下抜粋~
・戦争とか騒擾の要因は、歴史をひもとけば三つしかない。思想・宗教、食料・水、そして燃料、このうちのひとつが要因となって戦争は起こる。
・「一人一人に「もっと勇敢にやれ」というようなことは、いうものじゃないんです。組織全体にひとつの勢いをつけるということが大事なんです。勢いさえつければ、人間の心理からしてみんなが最大限に全幅の努力を傾注し能力を発揮するようになるものだと私は信じます」
・「戦術の失敗は戦略で補えるが、戦略の失敗は戦術では補えない」
Posted by ブクログ
昭和史を勉強すると、瀬島龍三(せじまりゅうぞう)という名前がチラつく。「司馬遼太郎が瀬島龍三と対談しているのを読んで、司馬に非協力的になった元軍人がいた」というような話から、瀬島龍三とはどういう人物なのかに興味を持った。
瀬島龍三は陸軍幼年学校、陸軍士官学校、陸軍大学校と進み、陸軍大学校をははな首席で卒業したエリートである。参謀本部の作戦課に長く在籍し、多くの作戦に関わった。
終戦後はシベリアへ11年間抑留され、東京裁判の証言のために一時帰国。その後、昭和31年に正式に帰国。繊維メーカーに過ぎなかった伊藤忠商事に就職し、大手商社にのし上げた実績から、会長にまで上り詰めることになる。
半藤一利著『昭和史』の最後の部分で著者は、官僚への批判を行なっている。
「太平洋戦争は左官クラスによって引き起こされ左官クラスによって負けた」と言われるのは、若手の参謀が机上で決めた作戦を現場に押し付けた結果が終戦につながったからだ。
官僚には現場がない。それ官僚の特徴である。その意味で参謀はまさに官僚である。
そして、現場なき官僚は必ず、現場よりも内向きの論理を優先する。その積み重ねが、敗戦へと至ったのだ。
P153ページより引用。
太平洋戦争は3年8ヶ月余も続いたが、陸軍にあってこの作戦指導を実際に進めたのは左官クラスであった。ちょうど30代から40代前半にかけての陸大出のエリートたちが、陸軍省や参謀本部の中枢に座って戦争遂行の中心的な役割を担った。
Posted by ブクログ
筆者のポイントは、昭和史に重要な影響を与えた瀬島氏が、現在までにその重要な歴史的事実を正直に正確に語っていないということ。
「不毛地帯」の良いイメージを自分に重ね合わせるだけで事実を語らない。
・大本営参謀としての対ソ戦、南方作戦の立案経緯、情報にぎりつぶし
・昭和20年8月19日のソ連側との停戦交渉
・ソ連側証人としての東京裁判
・商社時代の第一次国防計画にからむグラマンとの交渉
・臨調、行革審への影響
特に中曽根のブレーンとして各種行革審の小委員会の委員長として裏で全体をコントロールしていたと。
本当に頭が切れる人なんだろう。時代を動かすのは天才的な参謀。
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