渡部昇一のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
-不平不満が多い世の中ですね。
わたしも不平不満しかないですが。
だからこそ、この本をもう一度読んでみようと思いました。
-私が特にハッと思わされたのは「不満の解消に頭は使うけど神経は使わない」。
-確かに、人間関係とか仕事が嫌だなー面倒だーって思っことって神経が研ぎ澄まされるからなんだろうなと思いました。
さらに、それに対して解決策がなかったり、どうにもならないことが多いから。
-前に天海祐希も「解決しないことは悩まない」って言ってたなーと。
-そして、この本には改めてうまい生き方を考えさせられる一冊でした。
-個性的な人ほど、新人の時には個性を出さずに従順である。
-これも、私も若い時にトゲトゲしてて、良く先輩に揶揄されてたなと。
-今思えばそこで気づかせてくれて、ひたすらに失敗してひたすらに悩める時間があってよかったと思います。
-あの時素直に従順していたらと思うともしかしたらもっと違う今があったのかもと思う。
-世の中的にはギリまだ若手なので、まだまだ素直に、そして、悩むなら代案を考えることを意識しようと思います。
-最近うまくいかない人も、よかった人も、年末年始に自分を見つめ直すきっかけとして読んでみてください! -
Posted by ブクログ
ガリバー旅行記は不死の国への旅。不死=不老ではない。おいても死ねないのはむしろつらい。
晩酌の習慣のある記者で本を書いた者はいない。
最終講義ができない学者がいる。
知的生活は、好きだけでなく、楽しくなければ続かない。好きだけだと定年退職したらやめてしまう。
健康の秘訣は、毎日規則正しい生活。仕事と運動。脳も規則正しく活動させられる。
正常なストレスは鍛えるために必要。脳も同じ。研究成果も芸術作品もストレスの結果。
老人ホームは都会のほうが刺激があってよい。
本田静六の方法は、収入の3/4で生活し、臨時収入はすべて貯金。利子は3/4は使ってよい。天引き貯金の威力。
お金は使ってこそ集まる。
脳ではホルモンが作られるから、脳を働かせることは全身の健康につながる。
知を求めて生きる。どうせ死ぬと思ってあきらめない。
「浜までは海女も蓑着る時雨かな」
パスカル「パンセ」神は存在すると思って生きたほうが合理的。
英語は漢文と韓国語の2面ある。読む英語と話す英語の違い。
戦後の総理大臣は東大出が圧倒的に多かった。 -
Posted by ブクログ
学問こそが教養である 渡部昇一氏
1.購読動機
渡部先生は2冊めです。
戦国武将の名将言語録。
これが○のため、二冊目セレクト、読みました。
2.本書内容
学者であった故渡部先生の持論の展開です。
専門分野を留学の経験まで遡り改装している書籍です。
福澤先生の学問のすすめのようなイメージで購読を、、、と想定していたため、その意味においては想定外の内容でした。
共感したのは以下のくだりです。
「教育の環境を整えるは、平等の権利です。
一方で、生徒側の能力には開きがあるのですから、能力にわけて教育をするも重要です。
学校が物足りないならば、塾へいけばよいですし、塾も補習、専門分野などいくつか領域があってよい。」
「能力は平等ではない。
それを平等に扱おうとするから、軋みがでる。」
たしかにそうかもしれません。 -
Posted by ブクログ
ネタバレタイトルからはまったくもってして想像しにくいけれど,良い意味での個人主義を勧めている一冊。
訳者もそうだったようだけど,現在できて,過去そうできなかった人が読んでみても納得がいくんだろうなあ。ただし,現在そうでない人が読んでも,理屈としてこういう風にすれば,楽なんだろうな,というのはわかるけれど,行動にはなかなか結びつきにくいのではないだろうか。要は出来る人が書いた,ただ出来ていることを書いた本のような気がしてならない。「それが出来れば苦労はしない」のである。
この本では,理不尽な対応に対する対応について書かれているけれど,この本の通りの対応をされたらどうなるのか,どうすれば良いのかについても知りたいものだ。 -
Posted by ブクログ
*自分の感情を人のせいにするというのはまさに間違った選択であって、すべての感情は自分の考え方、見方を深めることによって全部選択できるものである。感情を人のせいにしないということが「自分のための人生」の一つの出発点になる。
*人の評判とか評価は本人の自由にならないものである。自分の意思で何とかなるのは、他人の評価に対する自分の態度だけだ。
*今やれるのにやらないで延ばすというのも、現代に特有の誤った考えなのである。完全を求めて何もできなくなるということがあまりにも多いのではなかろうか。始めから完全を投げ出すというのはよくないが、完全を求めつつ、しかも完全というものはないという諦観を持たねばならない。
*誰のものでもない、自分自身の人生なのだ。自分のやりたいように生きることだ。
*その瞬間を費やす価値のあることのために一瞬一瞬を生きているのなら、そういう人こそ「知的な人」だといえる。最低限、「不幸を選ばない」ということをわきまえている人こそが、「真に知的」なのである。
*自分でも意識しないうちに不幸になったり、腹を立てたり、傷ついたり、イライラしたりするのは、それまでの長い期間を通じてそういう考え方をするようになっていたからである。
*❝今を存分に生きる❞。金縛りと戦う一つの方法は、「今を生きる」ように心がけることである。今を生きるということ、今という時間とつながりを持つことが、よりよい生き方の核心になる。
*モチベーションは、自分に不足しているものを補おうとする必要性よりも、むしろ成長しようとする欲求から生じるようだ。
*自分がこうなったのは環境が悪いからだ、と文句ばかり言う人がいる。私は環境なんて信用しない。この世間で立派にやっている人物は、自分から立ち上がって望むような環境を探したか、あるいはそういう環境を自分で作り出したという人たちなのだ。
*非難をうまく処理するのが面倒なののくらべて、賛成してもらえるような態度を取るのは簡単である。この簡単なほうを選ぶと、自分で行った自己評価よりも、自分に対する他人の意見のほうが重要であると見なすことになる。つまり、人の意見に支配されるということだ。
*「鉄の意志」をつくるもの。人間関係の難しさの一つは、簡単に言えば、全員の気に入るようにはできないということだ。事実、50パーセントの人が気に入っているのなら、非常にうまくやっていると言える。これは不思議でも何でもない。事実、自分がかかわっている世間の人の少なくとも半数は、あたなの言うことに全面的に賛成するわけではない。これが正確なら、自分の意見を述べるときは常に、だいたい半々の確率で反対を受ける可能性があるわけである。こういう知識を武器として持っていると、他人の反対にも別の方向から光を当ててみることができる。自分の言うことに誰かが反対したとき、それで傷ついたり、コロコロ意見を変えたりしないで、自分に同意しない50パーセントの人間の一人に出くわしたのだと思うようにすればよい。自分が感じたり、考えたり、話したり、行ったりすることには、必ず多少とも反対があるものだと心得ていれば、絶望しなくてすむ。反対があることを予期していれば、そのために傷ついたりはしなくなるだろうし、同時に、自分の考え方や感じ方が否定されたのは自分自身が否定されたことと一緒だ、などと考えなくなるだろう。人の反対を避けて通ることはできない。どんな意見に対しても、それとはまったく逆の見方というものがあるのだ。
*無心に生きる。一番他人の賛同を得そうな人は、決して賛同を求めず、望まず、そんなことに心を奪われたりしない人なのである。だから、他人の賛同を得たいのなら、皮肉なことだが、賛同を得たがらないこと、そのあとを追いかけないこと、みんなに賛同を要求しないことがもっとも効果的な方法なのだ。
*不安には、未来を変える力はまったくない。不安を拭い去るもっとも強力な武器は、自分の人生において、前に進もうというみずからの決意なのである。生きるべき瞬間は❝今❞をおいて他にないのだ。
*柔軟性のない人間は決して成長しない。いつもどおりの同じやり方で、ものごとを片づけるだけである。
*自分とは違うタイプの人に多く会えば会うほど、今まで自分がどれほど損をしていたか、自分の恐怖心がどれほど愚かなものだったか、よくわかるだろう。
*他人には他人の考えがあってけっこう、自分とは関係ない。
*ものごと(環境、状況、できごと、世間)というのは、おのずからよくなるなどということは決してないのである。人生の問題が以前よりうまくいくようになるとしたら、それはあなたがそうしようとして積極的に行動を起こしたからにほかならない。
*退屈するということは、すなわち、「今、このとき」を自分なりに豊かに過ごす能力がないということである。
*愉快なことを理解できない人間に、世の中の深刻な事柄がわかるはずがない。世の中全体においては、あなたが何をしようとーあなたが腹を立てようが立てまいがーそんなことはナイアガラの滝にグラス一杯を投げ込んだ程度の影響しかない。自分や自分の人生のことをあまりに思いつめると、深刻に考えすぎることのバカバカしさを、客観的に気づくことができなくなる。
*自分が自分の権利を主張するように、他人にだって行動を選択する権利があることを認めよう。
*人生の達人が100%実行している「極意」。第一に明らかなことは、こういう人は人生のどんなことも「楽しんでいる」ということだ。何においてもおもしろく工夫し、不平をこぼしたり非現実的なことばかり願って時間を浪費したりすることがない。楽しくないのに楽しいふりをしているのではない。現実をそのままスマートに受け入れるのであり、現実を楽しむ特別な能力を持っているのである。こういう人たちのそばに何年一緒にいても、彼らが自分を非難したり、かないようもない願いごとをするのを決して耳にすることはないだろう。黙々と自分の思うところを実行するだけだ。彼らはいつも生徒であって先生ではない。いくら学んでも学び足りないので、知識をひけらかしていばったりはしない。そんなことはしたいとも思わないのだ。
*他人のことをあれこれ言うのではなく、他人とともに語り合う。彼らは「行動する人」であって、「批評家」でもなければ、「不満屋」でもない。
*社会は自分の人生において重要なものであると思ってはいるが、社会に振り回されたり、奴隷のように服従させられたりするのは拒む。