姜尚中のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ「悩む力」という本書のタイトルに興味を感じ読んでみた。
ふつう、我々は「できるならば悩みたくない」と感じていると思う。悩むような出来事からはできるだけ避けたいと思う。
しかし、著者は「悩むこと」を推奨する・・・というよりも、悩む先に幸福がある。悩むことを喜びとさえとらえようという、ある意味発想の転換を促す本だろうかと思う。
おそらく、在日であることで、子どものころから得体のしれない偏見などと闘いながら、葛藤の人生を歩んでこられ、そうした中で強い母の姿に励ましをもらいながら、様々に悩み、そして自分なりの方向性を見出されてきたことを本書にまとめられたのではないかと思う。
学者としてマックス・ウェーバーを学び、また日本の文学として漱石を読み、そこに自身との共通点を見出し、共感を得、また現代の世相とウェーバーや漱石の時代との共通点もとらえることができたその体験から、「自我」ということ、「お金」のこと、「働く」ということ、「愛」とは、「死」とは、いうような身の回りにある悩みのテーマについて、読者に自分自身で考えてみるきっかけを与えてくれる本ではないかと思う。
私自身も、「悩む先に幸福がある」とい考え方には共感できる。悩みから逃げるのではなく、真正面から悩み、そこから自分の手で自分を確立していくところに幸福があるというメッセージととらえました。
目次
序章 「幸福論」の終わり
第1章 漱石とウェーバーに何を学ぶか
第2章 どうしてこんなに孤独なのか
第3章 漱石が描いた五つの「悩みのタネ」とは
第4章 漱石の予言は当たったか
第5章 ホンモノはどこにあるか
第6章 私たちはやり直せるか
第7章 神は妄想であるか
第8章 生きる根拠を見いだせるか
終章 それが最後の一日でも、幸せは必ずつかみ取れる -
Posted by ブクログ
ネタバレ「悩む力」の続編。夏目漱石とマックス・ウェーバーに心酔する著者が、その哲学的思想を存分に披露するのは前作と同様。ただ、東日本大震災のわりとすぐ後に書かれたものであり、著者の悩みがより一層深まっているようだ。
まず、とにかく「暗い」。思考が非常にダークである。そもそも哲学的思考が強い人は、楽天的・楽観的な思考を蔑み、深く思考することが善という考え方であり、血を吐くような苦しみで精神を病むほど悩み、そこから復活を遂げる「二度生まれ」という概念を非常に重視している。しかし、そこまで苦しんでまで人生の真理を追い求めるよりも、何も悩まずに楽に一生を終えることができればそれはそれで幸せなのではないだろうか。私とは根本的に考え方が違うので、「何事も小難しく考える人が書いた本」という風にしか見えない。
それでも、資本主義がもたらした「安定した収入、伴侶と家族、健康、老後のたくわえ」といった「幸福の概念」を否定し、人生の「態度」を追い求めることを理想とする考え方や、「過去」を大事にすることが大切で、「人生」はその蓄積なのだ、という考え方など、共感できる部分もたくさんあり、思考回路が違う人の考え方を学ぶことも視野を広げる上では大切だ、ということをあらためて考えさせられる。 -
Posted by ブクログ
著者自身がモデルと思われる大学教授の「わたし」が、西山直広(にしやま・なおひろ)という大学生から手紙を授かります。そこには、友人の恋を踏みにじったのではないかという彼の悩みが綴られていました。「わたし」は彼の真剣な悩みに向き合いながら、現代の日本が直面している問題と、その中で苦しみながらも前を向いて歩んでいく青年の姿に感銘を受けます。
西山青年は、白血病で死んでいった「与次郎」というあだ名で呼ばれていた親友の長与次郎(ながよ・じろう)から、一通の手紙を託されていました。それは、西山や与次郎と同じ演劇部に所属する黒木萌子(くろき・もえこ)という女性への恋文だったのですが、与次郎と同じく萌子に心を惹かれていた西山は、けっきょくその手紙を萌子に渡すことのないまま、与次郎の死の報せに接することになります。
与次郎を裏切ったという思いに苛まれる西山ですが、その一方で萌子はしだいに彼に親しげな様子を示すようになり、ますます西山は良心の呵責を覚えるようになります。萌子はゲーテの『親和力』を現代の舞台に翻案した劇を作成し、「わたし」はそこに含まれる「自然」と「反自然」の関係に瞠目します。
その後、東日本大震災が起こり、海中の遺体を引き上げるヴォランティアに従事することになった西山は、人の死とは何かという大問題に直面することになります。「わたし」はそんな青年の一途さに心を揺さぶられながらも、彼のナイーヴな心が孕んでいる危うさを心配します。やがて『海の棺』と題された彼らの劇が上演されることになり、西山はそのクライマックスで「生」への希望を語ります。その後彼は、萌子の気持ちと向き合うという、もう一つの試練を迎えて、物語は終幕となります。
最初は、反時代的な煩悶する青年像に戸惑いを覚えましたが、「自然」と「文明」が「国土」という中間項によって平板に接続されてしまうところに、「生」と「死」という垂直軸が切断をもたらすという構図を描けば、本書のテーマが捉えやすいのではないでしょうか。言うまでもなく夏目漱石の『こころ』を踏まえた物語ですが、「解説」で佐藤優が指摘するように、私小説的な構成を取っています。佐藤が述べようとしているのは、状況の中で悩み立ち尽くす青年を「わたし」が導くのではなく、「わたし」も青年の悩みに寄り添う一つの実存として描かれているということでしょうか。それはちょうど、物語の終わりに描かれる西山と萌子の関係とパラレルなものとして理解するべきなのかもしれません。 -
Posted by ブクログ
保坂正康氏と姜尚中氏が2011年10月30日に北海道新聞ホールで行った講演会の講演録。
歴史は、記録者の都合の良いように記憶される。
勝利者の記録のみが正しい記録として、後世に伝えられる。
歴史は改ざんされ、記憶はねつ造されるという内容を、第二次世界大戦、広島長崎の原爆から、福島原発事故までを例にとり説明される。
米国では、ヒロシマ、ナガサキ、フクシマと列挙することにより、意図的な大量殺人と(人災の側面を除いて考えれば)事故である原発事故の区別をつきにくく、そして大量殺人の罪を薄めて考えるように仕向ける傾向がみられる。
両名の講演のあと、学生参加による質疑応答が掲載されているが、そ講演の内容を踏まえたうえで、しっかりした質問をしているのが非常に頼もしい。
と思われせるような質問を選んで掲載しただろうという点を差し引いて考えても。 -
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ジュニア新書なので本来は中学生向きだが、大人にもさくっと読める。これから夏目漱石を読もうという際の予習となる。漱石は読みどころがよくわからなかったので、参考になった。
次の5冊を紹介している。
吾輩は猫である
ユーモアの影に、明治の社会に対する漱石の批判が書かれている。
三四郎、それから、門
前期三部作、年代を引き継ぎながら、登場人物は違うが続きの話のようにテーマがつながっている。愛と友情、その結果の姦通がテーマ。
こころ
上中下の3編からなり、先生と私、両親と私、先生と遺書 。
多くの死が登場するデスノベルである。
死にゆく者から次の世代への魂の相続の物語と読める。 -
Posted by ブクログ
「悪の力」
姜尚中の悪に対しての考察である。
古くは聖書から、その他古典的な文学から考察した悪に対しての考察である。
キリスト教的な考えが強く、ベルゼハブやヨブ記についての考察が印象に残る。
そして、資本主義が悪を生み出す根源ととらえているようで少々行きすぎのような気もする。
しかしながら、空虚に悪が忍び寄るというのはわかるような気がするが、人間はそれほど高潔なものでも悪魔的なものでもないだろう。
むしろなぜそういう悪の考えや行動が生まれるのかの科学的な知見が必要なように思える。原罪だの心の闇などと言っても何も解決にはならないし、そもそも解決できる問題なのだろうか。