鳥飼茜のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
いろんな人の性への考え方があって、理解できるものもあれば出来ないものもあった。
自分の性に対する考えをもっと整理したいと思った。
藤野可織さんの話は首がもげるほど共感できた。
特に共感した部分。
「私は自分が子どもを望んでいるのかどうかわからなかった。いくら考えてもわからなかった。私は体力がなくて、だいたい無気力で、まともな生活もできず、一般の人よりも劣っていると言う感覚があった。子供なんて産んでしまったら責任のある決定をたくさんしなければいけなくて大変だし面倒だし疲れるだろうと思った。」
「私は、自分をコントロールできるということに振り回されていた。当たり前でありながら得難い素晴らしい権利に気持ちをぐちゃぐちゃにされ、一瞬ごとに子供がいてもいいと思ったりいたら終わりだと思ったりしていた。自分が情けなかった。」 -
Posted by ブクログ
“自分を変えるタイミングは、誰かのためではありえない。
自分が自分をそこから救い出そうとする時だけだ。”(p.101)
“自分を譲り渡すことは、相手が「私」を無理やり強奪するようなやり方ではなく、大体はなんとなく自分が合わせたほうが「丸い」かな、っていう微妙な譲りが発端になる。
譲りが常態化してくると、関係性は固定されるものだ。譲りの一つ一つが余りにも小さいため、また周りでも親でも女が譲る姿をたくさん目にしてきたために、それが 「譲りを強いられている」状態とは誰も思わない。好きで「自分譲り」をやってるんだろう、そんな姿は女らしいな、と思う人さえいる。
本当はどっちもが、相手が自分譲りしすぎてないかに細心の注意をしなくてはいけないのだが、気が緩み切ってそれが見えなくなるんだろう。”(p.55)
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Posted by ブクログ
名前は存じ上げている漫画家さんの、3回目の結婚にまつわるエッセイ……かと思って気軽に読み始めたら、ガチめのフェミニズムの本だったので、ちょっとびっくりした。
選択的夫婦別姓、家父長制など、著者の書きたいことが溢れすぎていて、重い読後感。
はっきりは書いていないけど、前の結婚は、ちょっとモラハラ気味の配偶者だったようで、相当いろんなことを我慢していたんだろうなぁ。
2回離婚して、それにまつわるいろんなゴタゴタも体験して、それでもまだ結婚のカタチに期待し、挑戦していくメンタルは、強靭としか言いようがない。
ただ、夫婦のカタチ、家族のカタチは千差万別だから、著者のもつ不満が女性全体の不満かというと、違うような気もする。
完全に同意はできないけれど、こういう考えの人がいるということが知れて良かった。 -
Posted by ブクログ
『私の身体を生きる』で読んだエッセイがとてもよくて、また実写映画『先生の白い嘘』を視聴したこともあって気になる作家の一人なのだけれど、漫画作品を読む前にこちらから読むこととなった。
結婚、おもに改姓にまつわる悲喜交々で、読みながら勉強になることが多かった。
自分のときのことを思い返すと、とくに元の苗字に愛着がなかった点は同じで、けれどまだ社会に出たてで名義変更の煩わしさはほぼ発生せず(改姓後の苗字で初めて契約するほうが多かった)、新しい名前をただ当たり前に受け入れていった気がする。
当時はフェミニズムや夫婦別姓の主張も浸透していない時代で、配偶者のことを人前では「主人」と呼ぶのが自然だと思ったりしていた。うう、怖気が走るわ。
著者はバツ2で、それでも三度目の法律婚をする理由としてこう述べている。
「私は、相手の男性をひとりの人として信頼したり愛したりする前に、男性の放つ威圧感に負けて何度もまともなコミュニケーションを諦め、放棄してしまった。」
「だから今のパートナーを前に、私は口をつぐむわけにはいかないのだ。」
「結婚はコミュニケーションだから。どんなことがあっても二度と放棄はしたくないから。」
こうした三度目ならではの内省や、強い決意、持論に勇気づけられた。人間同士の相互理解を諦めないガッツがある。
私は今ところ結婚はもう懲り懲り(まだ離婚していないが)と思ってるけど、旧態依然の結婚ではなく、失敗と経験を踏まえてよく考えたうえで入籍できるという点においては、再婚にも意味があるように思える。
また、“父性”についての考察も、幼少時の記憶などが重なる部分が多く、とても興味深いテーマだった。父親の家庭での振る舞いや接し方が、娘の将来にどのような影響を与えるか。
父親はなんのために要るのか。一人の女性の中に圧倒的味方の男を存在させることの必要性について、娘をもつ親として詳しく知っておくべきだと思った。 -
Posted by ブクログ
新聞の書評で評判が良かったので読んでみる
前半は、選択的夫婦別姓やジェクサーバイアスの問題より、依存的な傾向がある人の独白?と思える流れ
職場の、いつもビクビク・オドオドしながら、なぜか頼まれてもいないのに余計なことをやって周りの仕事を増やしてしまう人のことを思い出しながら読む
彼も似たような気持ちで職場に来てるのかなぁ?
読んでて気が重くなる
後半、依存的傾向に見える言動がジェンダーバイアス基づく防御的なアクションであったことが説明されて腑に落ちる
フィミニストと評価されることをプライベートのパートナーとの衝突を回避するために回避していた、という告白にはびっくり 自由が奪われる関係になってしまうのは辛かろうと思う
終盤、結論を出せなくても自分を縛るしがらみから抜け出せたあたりから、まとまらなくても自分で考えていることを表現できる自由を楽しんでいるみたいで、読んでいるこっちも気が楽になる
また読み返すと思う