吉田修一のレビュー一覧
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飄々とかつ一生懸命に人生を楽しむ男、横道世之介。
現在は東京郊外にある下宿屋「ドーミー吉祥寺の南」で、家主のあけみや4人の店子たちと共同生活を送っている。
暮らし向きが豊かでないのは相変わらずだけれど、やはり毎日が楽しそうだ。
世之介不惑の歳までの約1年間を描くシリーズ最終作。下巻は、後半の半年間の物語。
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世之介は39歳を迎えた。カメラマンをしながら東京郊外での下宿屋暮らし。大家で妻のあけみと、気心の知れた3人の店子たち。そんな平和な空間にやってきたのは引きこもり男子高校生。名を一歩という。
一歩は世之介が仕事で知り合った中学教師の一人息子で、誰ともコミュニケーションを取ろうとせず、不満があれば下宿中に響く爆音で音楽を流したりする。
両親ですらお手上げ状態の一歩なのだったが、下宿屋のユルい空気の中で徐々に変化が訪れる。
また、世之介やその周囲でも、人生に新たな希望が芽生えはじめていた。
全7章で「三月」から「八月」までをひと月ごとに描いた本編と、エピローグとしての「15年後」からなる。
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下巻の中心になるのは世之介の溢れる人間味です。適宜挿まれる二千花との日々。もう涙なくしては読み進められませんでした。
まず、世之介の好意を察知した二千花が余命2年を告げるシーン。世之介のリアクションがいかにも世之介で、安堵の笑みが漏れます。
結婚式場でのウェディングドレス体験に゙二千花が応募する話もいい。タイムアップのときが刻々と迫る人生を精一杯生きようとする姿が美しい。また、彼女を懸命に支える世之介のふわっとした優しさがよかった。
そして、海辺での2人のシーン。もう言葉にならないほどです。
世之介のよさは、二千花の余命をカウントダウンしながら彼女に接する、ということをしないところです。
世之介が見ているのは目の前にいるいま現在の二千花だけ。だから二千花も、その時の体調に合わせた過ごし方を世之介に伝えるだけ。瞬間瞬間をきちんと生きようとする2人が胸を打ちます。
心が繋がっているような密度の濃い2年間でした。
また、世之介の両親の出会いから世之介誕生の日のことまでの描写も印象的です。
「世之介」命名の意味もストンと腑に落ちました。「名は体を表す」のことばどおり、まさに世之介の生き方そのものだったからでした。
あとは運命の日に向かって物語が盛り上がりを迎えていきます。
世之介の日々は明るく希望に満ちた展開であるだけに、読んでいて却って辛くもなります。
ブータン人のタシさんの言葉。
〈私が誰かに生まれ変わる。そしたらその生まれ変わった誰かは、きっと今、私が愛している人たちの生まれ変わりにとても愛されるんだと思います〉
目の前の人を愛する。助ける。でも決して押しつけない。誇らない。得意にならない。まことの愛は輪廻転生を越え永遠に受け継がれていく。
世之介にはタシさんのような確固とした哲学はないと思います ( 偏見です、ごめんなさい )。けれど、本能というか根っこのところで、世之介にはタシさん同様の行動原理が備わっている気がします。そんな天然の「愛の使徒」っぽいところに人は惹かれるのだろうと思いました。
世之介と関わった人たちは皆、素直で優しい愛でもって周囲に接するようになります。その展開の心地よさこそ本作のかけがえのない余韻なんだと思います。
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世之介は、宮沢賢治さんの詩「雨ニモマケズ」を体現したような人だなあと、ずっと感じていました。亡くなるその瞬間まで世之介は、「サウイフモノ」だったと思いました。 -
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飄々と、そして一生懸命に、人生を楽しむ男、横道世之介。
現在はカメラマンとして生計を立てつつ、「ドーミー吉祥寺の南」という東京郊外の下宿屋で、家主のあけみや3人の店子たちと共同生活を送っている。相変わらず暮らし向きは豊かでないけれど、やはり毎日が楽しそうだ。
世之介不惑の歳までの約1年間を描くシリーズ最終作。上巻は、前半の半年間の物語。
◇
前巻から14年ほどが過ぎ、世之介39歳を迎える年。カメラマンとして (かろうじて) 身を立てられるようになっている。
現在の住居は東京郊外の下宿屋。でも店子というわけではなく、寝起きするのは家主のあけみの居住スペースである。
あけみと入籍はしていないので、内縁の夫という位置づけだ。だけど2人の醸す雰囲気からはまったく不安定さを感じない。
あけみのサバサバした性格も大きい。けれど、何と言っても世之介の魅力でもあるフレンドリーさが主たる要因だろう。
店子は3人。気さくな営業マンで元芸人の礼二さん、書店員で何やらとっつきにくいところのある大福さん、純で気弱な大学生の谷尻くん。
狭い生活空間ではあるけれど、世之介を中心に、付かず離れずの絶妙な距離感で暮らすメンバー。ドーミー吉祥寺の南は毎日が平和である。
ところがある日、そんな下宿屋の空気にそぐわない入居者がやってきた。
全6章で9月から2月までをひと月ごとに描いていく。
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付添カメラマンとして修学旅行に帯同している世之介が、男子中学生のザコ寝部屋で写真撮影をするシーンから物語は始まります。
イキがる中坊を茶化すことなく飄々と受け止めていく世之介の姿に、ああ変わってないなあとうれしくなりました。
この上巻でもっとも注目したのは、世之介とあけみさんの関係。というか世之介の恋愛事情。これまでの祥子ちゃんや桜子さんのときとは違う世之介を見られるのではと期待しました。
祥子ちゃんとは学生らしい初々しい恋人関係でした。「布団が吹っ飛んだ」でウケまくったり、長崎の世之介の実家に押しかけて世之介の両親や友人たちと仲よくなってしまったりする祥子ちゃんが実に微笑ましい。でも世之介は、そんな祥子ちゃんに常に押されっぱなしだったのを覚えています。
桜子さんとは格が違っていたのか、世之介は土俵にすら上げてもらえなかったように思います。
そして今回のあけみさん。どしっと構えた素敵な女性。気立てがよくさっぱりしているし、心遣いも細やかです。
けれど、世之介も女性をしっかり受け止められるようになっているではありませんか。内縁ではありますが、あけみさんとおしどり夫婦の関係です。
前巻から14年。世之介もいい感じに成長したのですね。
ところで、あけみさんと知り合う前、世之介には二千花という恋人がいたのです。二千花は不治の病に冒されており、2年間にも満たない恋愛期間だったけれど、世之介にとっては最愛の女性として永遠の存在になっています。
でも恋人とこんな別離を経験すると、なかなか違う女性を好きにはなれないし新しい恋にも踏み出せないのが普通であるように思います。
けれど世之介は、あけみさんとの新生活に踏み切ります。しかも「いちばん好きなのは二千花」とあけみさんにことわったうえで。
あけみさんから言い寄ったのだし、あけみさんの気持ちを世之介がまじめに受け止めたというのはわかります。でも世之介が逡巡したとの描写はないのです。
別に『好色一代男』になぞらえたわけでもないでしょうが、一般的には誠実さが疑われる行動なのに違いありません。
それでもこちらの世之介には、嫌悪感どころか違和感さえ感じない。そんなところが、横道世之介の横道世之介たる所以なんだろうなと思ってしまいました。
本文中に、世之介の人生観を象徴する次のようなことばが出てきます。
人生の最後に、どんなことを思っていたいかについて。
「そうだなー。おれだったら、こう思いたいかなー。『あー、いっぱい笑った。あー、いっぱい働いた。いっぱいサボって、そんでもって、いっぱい生きたなー』って」
1年後に訪れる世之介の運命を知っているだけに、強烈なインパクトを感じることばとして印象に残りました。 -
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ネタバレ・とりあえず読んでみてよかった!!最後はよく分からないけど鳥肌が立った。こうして文章にまとめることにも意味があるんだと思った。
・「音のない世界」って、たぶん想像できない。怖い。
・〝情報というのは、不思議なものだ……〟(P.54L2〜)取材の人も必死なのがよくわかる。情報の価値の違いとか、考えたことなかった。
・アパートで起きたいざこざ、よく分からなかった。誰が悪いんだろう……?
・とにかく、気付かされることが多い!実体験なのかな。
・読んでるとき「これは記憶しておけばいいか」って思ってメモしなかったこともあるけど、きっと忘れちゃうんだろうな、人間って。だからこそ覚えようとするんだろうか。
・響子がいなくなったあたりとか、面白くなってきたー!って感じ。
・ラストの方、気になりすぎて一気読み不可避。
・何かを伝える仕事って素敵。やり方はなんであれ、〝伝える〟って大切。
・最後は「え?!なになに?!」ってなった。もう少し経ってから読み直したい。今までどうして知らなかったのか…… -
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毎日のように 本は読んでいますが 星5をつける本に出会うのは年に1、2回あるかないかです。けして辛口 だからではなく深い感動を得る本に、そう簡単には出会わないと思っています。
しかしその星5を読み始めからすぐに確信したのがこの「 国宝」です。
読み終わったのは 明け方の4時です。一睡もせずに読み切りました。読み終わるのがおしくて最後のページを何回も何回も読みました。
朝日新聞の連載小説なので、新聞で読み続けていた方は、最後のページを読んだあと感動で立ち上がれなかったのではないでしょうか。
歌舞伎の女形、花井半二郎の生涯‥と簡単に言ってしまえばそれまでです。そんな生易しいものではない。これでもかと火の粉が降りかかり、意図せずに 周りを不幸にしながら、芸道に突き進んで行きます。
そして、芸の道に精進するものは時として「他に何もいらないから芸を上手くさせてくれ」と、幸せと引き換えに悪魔と取り引きして祈ります。
真っ直ぐで一途な者の凄味を、これでもかと味わい、ページをめくる手が止まりません。
作者ご自身が実際に舞台の黒衣となっていくつもの歌舞伎を裏から見続けたそうです。ですから歌舞伎場面の臨場感は半端ないです。圧巻です。
このお話に幕切れはありません。幕は下ろさなくていいのです。なぜなら、読者は読み終わってもその余韻がいつまでも続くからです。それを一番望んでいるのは花井 半二郎その人なのです。芸に幕切れはないのです。あるのは、けして幕の下りることのない舞台へと続く花道だけです‥‥。 -
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吉田修一さんのエッセイ読むの、意外にも初めてかも。
人間というものの切なさ、愛おしさが感じられる簡潔な文章はエッセイでも健在で、ああ吉田修一ってやっぱいいなあ、と思いながら読んだ。
特に好きなのは『お盆・花火・長崎』。
長崎ではお盆に墓場で花火したり、精霊流しで100本以上も爆竹を鳴らすのは初めて知った。故人を賑やかに送るの、楽しそうで、どうしようもなく切なくて、最高。
吉田修一さんは、盛大な爆竹と共に精霊船を流し終えた後、宴会に向かって、高揚と虚しさが入り混じったような足取りで歩きながら、亡くなった家族や友人のことを話すのが好きだそうで、それもすごくいいなあと思った。 -
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ネタバレ吉田修一の短編小説集で『逃げろ九州男児』『逃げろ純愛』『逃げろお嬢さん』『逃げろミスター・ポストマン』の4作が収録されている。
どの話も実際にあった事件を彷彿とさせる内容で、個人的には『逃げろお嬢さん』がとても良かったと思う。夫が大麻取締法違反で捕まった舞子が逃亡し、その舞子をかつて推していた宿の経営者宮藤康太がひょんなことから舞子を助け「テレビのドッキリだな」という壮大な勘違いをしてしまい、その結果、大騒ぎになるというもの。
クスッと笑ってしまう表現とハラハラする表現の塩梅が最高でのめり込むようにして読んでしまった。
また、吉田修一は社会的弱者とされる立場の人たちの描写をこちらの心が痛くなるほど上手にしているが、それは作者本人がそのような立場の人たちに本気で寄り添いたいと強く願うからこその裏返しだとも思った。この作品も読み終えたときに自然と優しい気持ちにもなれる不思議な作品だった。 -
購入済み
なるほど、そういうことか!
世之介の人生において、前作には書かれなかった部分のお話。
前作との繋がりは殆ど無いに等しいので、本作だけ読んでも充分楽しめます。もちろん、前作ファンの方は必読です。