吉田修一のレビュー一覧
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映画化が決まる前にこの本を読もうと購入した。しかし、時代劇のような「ですます調」が肌に合わず、すぐに諦めてしまった。
映画は大ヒットし、3時間以上あるのにあっという間だった、という言葉を半信半疑で観に行った。目を離せる場面など一切ない、近年稀に見る傑作であった。
その興奮のままもう一度原作にあたった。やはり読みづらさはあったものの、頭に残像がある状態だったため、なんとか読み進められた。不思議なことに、その世界に引き込まれ、気がついたらこれまた最後まであっという間に読み終えた。原作と映画で異なるところは多々あるが、それぞれにおもしろさがあり、比較するとなおさら楽しい。 -
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ネタバレ赤と白がすごい印象に残る作品だった。色んな意味で普通では無いからこそ、色んなものの対比の表現が所々出ていて、白と黒ではなく赤の意味も血に由来する表現や女性に当たる表現で強調されていた。一方で白は主人公の直向きさや雪、無を表現、強調されていて構成もすごいと感じた。
本編としては最後の最後まで芸の道を極めた結果だったり、人生も全て賭けて高みを目指し、その全てを亡き父(悪魔?任侠?芸?)に捧げた。自分の中で解釈が難しく、それでも本当の最後はやはり父の仇を取りたかったのかと思うと。その全てが人生が役者だった?のかとか考察してしまう。
ちょっともやもやの部分があっては正妻と弟子の関係を仄めかすシーンは裏 -
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今でこそ歌舞伎俳優さんたち、みなスマートで金銭的にも社会的な地位という意味でも高いところにいらっしゃるが、おそらく歴史的に見ても興行の世界はやくざと近かったり、河原乞食と言われてきたように見下されたり不遇の時代もあったり、そんなこの生業の真の顔をしっかりと捉えた本作。役者の道から逃れられない人々の業やそれこそ血、きれいごとでは語れないえぐみ。「遊びも着るもんも、食うもん飲むもん、全部一流のもんや。そやなかったら、あんな舞台、恐ろしゅうて立てますかいな」と言う俊ぼん。「喜久雄、お前のことはもう諦めた。これはな、お前が真人間になるのはもう諦めたっちゅう意味や」と半二郎に言われる喜久雄。細やかな背景
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歌舞伎の文字描写を読むだけで、多くの読者が感じたであろう『歌舞伎を鑑賞したくなる』が納得です。
が、自分は想像力が乏しすぎてこの描写の素晴らしさが文字ではイマイチ伝わらなかったからに他なりません。
映像で観たいです。
特に『源氏物語』2パターンを吉沢亮さんと横浜流星さんで。
って完全に映画に影響されとるやないかい!
映画では描ききれなかった、
最後まで欠かせなかった人物の徳次、
年齢を経てからの喜久雄と周囲の人々、
俊ぼんの生き様、
何より水槽の中の錦鯉のようになってしまった《芸》という生物であった喜久雄、
人間国宝という人が人を公式に評価する難しさ等、読み応えある作品でした。
喜久 -
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国宝が大ヒットしているので吉田修一さんの好きな作品の感想を今さらですが書いてみます。
この作品は台湾に頻繁に出張していた約十年前に読みました。
当時一緒に働いていた台湾の仲間の中には日本に憧れる方や日本に留学されてた方や毎年日本に旅行に行く方がいました。一方で日本からの出張者の気持ちは自分自身がよく分かります。自分と彼ら彼女らを映し出してくれる作品でした。
吉田修一さんらしい景色の描写も実際に行った事のある場所だと本当にまたそこを訪れた気になれました。
また、台湾では新幹線を使って頻繁に移動していましたので作中の登場人物と実際の新幹線導入に携わった皆さんに感謝です。
個人的には吉田修一さん -
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自分は映画が先です。
映画もとてもよかったですが、原作とは別のものということでどちらも自分は高評価です。
まず、映画では冒頭の新年会で歌舞伎舞踊を舞った喜久雄の相方・徳次は、ほぼここだけのシーンの人物でしたが
原作では全編を通して重要人物です。
映画では吉沢亮さん、横浜流星さんの歌舞伎の舞に重点を置いたもので、お二人の芸は本当に見事でお二人が
顔だけの役者ではないことを実感しましたが
原作に注目すると、喜久雄・俊介以上にこの徳次の存在が重要になり《歌舞伎の舞で観客を魅せる》こととの両立は無理ということになったのだろうことが窺い知れます。
さて、上巻は地方の若い子たちの普通ではない生い