いとうあつきのレビュー一覧
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ネタバレ肺病でどんどん弱っていく妻。
妻の家族と4、5年も闘争して、やっと娶ることができて、母と妻との間で苦痛な時間を過ごしたあと、やっと夫婦二人きりになれたのに、妻は病気になってしまった。
もう良くならないと、心の片隅にでも思っているのなら、彼は、毎日もっと優しくしてあげればいいのに。妻が言うように、隣で仕事をして、片時も離れない位に甘えさせてあげればいいのに。
妻が始終不満を伝えていたが、彼はちょっと冷たいと私も思った。
彼女のわがままを檻の中の理論と呼んで、もう死ぬかもしれない妻から逃げるように仕事とお金を言い訳にするのは、本当は鬱陶しいと思っているだけで、余り大切に思っていないんじゃないかと思ってしまう。
この妻は、言いたいことをちゃんと言えたのかな?
我慢し過ぎないで死ねたのかな?
それが気がかり。
もう死ぬんだから、照れ隠しとかしないで、彼はもっと優しくしてあげなよと思ってしまった。
私だったら、仕事なんかしないでずっとそばにいてってもっと主張しそうな気がする。
色とりどりの花々を乗せた舟の表紙の絵がとても魅力的。温かで柔らかな絵が、夫婦の想い合う少しぎこちない心を映し出しているようで、心に染みた。
乙女の本棚シリーズは、文学作品をより印象深く味わえる。今も毎月のように新刊が出ているようなので、未読のものを早く全部読みたい。 -
Posted by ブクログ
イルミネーションに飾られた小さなサーカステントにキッチンカー、お腹のなるようないい香り。出会えたらあなたは運がいい。そこは期間限定で現れる幻のビストロ「つくし」。
あなただけのために作られるスペシャリテ。素晴らしい芸術と味わう料理は、世界でいちばんおいしい料理。
芸術ある場所に現れる幻のビストロ「つくし」と、そこを訪れるお客様の姿を描くおいしくて優しい小説です。
某文学系イベントに行った際購入した、出版社さんの福袋に入っていた一冊。
本当にタイトル通り「すきだらけ」にふさわしく、数々の美味しく美しい料理、素晴らしく情熱的な芸術、優しく温かな人々と「好き」なものに満ちたお話。また、シェフやお客様たちもどこか「隙」があるのも人間らしくて愛おしい。
各地を巡りながらおいしい料理を提供し、訪れた悩める人たちの背をそっと押してくれる、一歩踏み出す勇気をくれるような小説です。
静かな夜に、ワインでも飲みながら読んだらきっと素敵だろうな。
こんなビストロがあったら、ぜひぜひ行ってみたい。
出てくる料理もどれも美味しそうなんですが、私のフランス料理知識が薄いせいでどうも脳内でぼんやりとしか想像できないのが悔やまれます。 -
Posted by ブクログ
1898/3/17〜1947/12/30 利一忌
1926年作
病気で自由にならないその身の悔しさと最期が近づく苦悩。その病気が言わせるワガママを夫に放つ事ができる素敵なカップルだなあと思うのです。
それでも 看病と経済に疲れを感じつつある夫。
医者から、いよいよ現実的な最期を知らされた夫は死について考える。
この作品のいとうあつきさんの夫婦の絵が、美しいなあ、と思う。春がやってくるようなコラボ。
スイトピーが馬車に乗って春をまきながらやってくる。春はやってきて、苦しみは消えて、妻の鎮魂歌。
横光さんの体験から。駆け落ちのように暮らし始め、同居後間も無く結核となり、亡くなった後入籍としたようです。 -
Posted by ブクログ
誰にでもいつかはやってくる別れの日。その後にもしも、誰かに会いに行くことができたとしたら、最後に会いたいと望むのは誰だろう。そんなことを考えさせられる一冊でした。
『さよならの向こう側』は、死んでしまった人が生まれ変わりをする前に二十四時間だけ、現世に戻って会いたい人に会うことができる、という不思議な場所。けれど、大切な条件が一つ。それは、自分が死んでしまったことを知っている人には会えないということ。
次々に訪れる死者たちは、案内人の説明を聞いて驚いたり、嘆いたり、投げやりになったり、様々な感情をあらわにしながら、死んでしまった自分と、そんな自分が最後に会いたいのは誰なのかを探っていきます。手元に残されているのはたった二十四時間。自分の死を知らない人にしか会えないという縛りの中で、彼ら、彼女らが最後に望んだ会いたい人。
十人十色、一人一人に色々な出会いや生き方があって、別れがあった。そんな人生を垣間見るような切なくて、どうしようもなく愛しい最後の物語を読ませてもらえる作品でした。
誰かの死が、誰かの生が、他の誰かに影響して広がっていく。この物語の登場人物たちのように、自分にももしかしたらそんなつながりが誰かと持てたのかもしれない。これからも持つことができるのかもしれない。そう思ったら、これからの人生も大切に生きていきたいような気持ちになりました。
もしも、このお話のように、命が終わってしまったその後で、誰かに会いに行くことができるのなら。
最後の時に会いたいと思える人が、私にもいてくれたらいいなと思います。