芥川龍之介のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
事をなそうとする人には、逆説が有用な警句を与える
しかし怠け者には、逆説が言い訳をもたらす
「侏儒の言葉」は、いろんな意味で芥川的だ
後世の批評を、ほとんどこれで先取りしてると言っても過言ではあるまい
「西方の人」「続西方の人」
芥川は若いころから聖書を愛読していたらしい
しかし、キリスト教の信徒というわけではなかった
彼が愛したのは、あくまでイエス・キリストとその物語で
「悲しき天才」としてのキリストに、どうものめりこんでいたフシがある
…しかし悲しき天才ということで言うならば
たとえば、イエスに洗礼を与えたバプテズマのヨハネも悲しき天才だったし
芥川に言わせれば、ゴルゴダにおいてイエスを罵った盗賊や
殺戮者バラバも同じく悲しき天才だった
キリストとは、世界変革の可能性を持って生まれ
それゆえに世間から葬られてきた「悲しき天才」たちのことであり
それは歴史上に何人も存在すると芥川は言う
それら多くのキリストたちと、イエスをはっきり区別するのは
マリアの存在であると言えるだろう
すなわち、処女の母親である
イエスは、マリアにとって必ずしも「愛の結晶」ではなかった
なにせ、行為もなにもなく、いつのまにか身ごもっていた子供なのであるから
そしてまた、自らを聖霊の子と自覚したイエスは、両親に対して冷たい態度を隠さない
そのようなイエスの家庭環境に
芥川が、自らの複雑な少年時代を重ね合わせたとしても、まったく不思議はあるまい
イエスを「古代のジャアナリスト」と呼ぶに至っては、もう完全になりきっている
しかしその夜郎自大にも見える語りは
芥川自身の、生きてゆくむなしさを吐露しているようでもあるのだった -
Posted by ブクログ
「道徳の与えたる恩恵は時間と労力との節約である。道徳の与えたる損害は完全なる良心の麻痺である」(修身:p11)
「軍人は小児に近いものである。英雄らしい身振りを喜んだり、所謂光栄を好んだりするのは今更此処に云う必要はない。機械的訓練を貴んだり、動物的勇気を重んじたりするのも小学校にのみ見得る現象である。殺戮を何とも思わぬなどは一層小児と選ぶところはない。殊に小児と似ているのは喇叭や軍歌に鼓舞されれば、何の為に戦うかも問わず、欣然と敵に当ることである。
この故に軍人の誇りとするものは必ず小児の玩具に似ている。緋縅の鎧や鍬形の兜は成人の趣味にかなった者ではない。勲章も―わたしには実際に不思議である。なぜ軍人は酒にも酔わずに、勲章を下げて歩かれるのであろう?」(小児:p19)
「最も賢い処世術は社会的因襲を軽蔑しながら、しかも社会的因襲と矛盾せぬ生活をすることである」(処世術:p99)
「わたしは金銭に冷淡だった。勿論食うだけには困らなかったから」(わたし:p120) -
Posted by ブクログ
芥川晩年の3作品。
中でも、「三つの窓」は生前最後に発表された作品なんだとか。
「河童」は精神病者の語る体験を筆記したという体で書かれた作品。
その精神病者「第二十三号」は河童の国に行ったことがあるそうで、その体験がとうとうと述べられる。
そんな冒頭部だけを知って、興味を持ち、いつか読もうと思っていたわけですよ。
綾辻行人さんの『フリークス』なんかでも、こういった手法はとられており、
要するに一つの手法として固まったやり口なわけですな。
でも、こういう不可思議な体験談を筆記した作品は、例外なく面白いことを僕は知っているわけです(笑)。
うひょー楽しみだ!ってな感じで読み始めました。
さて、その河童の国のシステム面において、芥川の日本への皮肉が込められており、
なかなかユニークでございます。
今でこそ、ありがちな感もないわけではないけれど、それでも十分楽しめた。
やっぱり芥川ってスゴイ!
イロイロと目を引く手法なんかもあったりして、
あー小説ってこういうふうに書けるのかーって今さらながらに再認識。
【目次】
河童
蜃気楼
三つの窓
解説 吉田精一
芥川竜之介略年譜