門井慶喜のレビュー一覧
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日本史の教科書でおなじみ、郵便制度を作った前島密のお話です。その名前と1円切手の肖像は知ってましたが、元々の名前が上野房五郎だとか5歳で初めて一人旅をしただとか、ほぼ知らないことだらけでした。そういえば大河ドラマ『青天を衝け』で郵便の話があったなぁとうっすら思い出しましたが、創始者たる前島密が当時ヨーロッパ出張中とは……さぞや悔しかっただろうなぁ(^^;
かつて特定郵便局長が地元の名士とか資産家であるというのは知ってましたが、まさか当初は無給だったとはびっくりです。今や日本の郵便は青息吐息ですが、それもこれも民営化のせいですね…前島さんの嘆きが聞こえるようです。
もう少し晩年まで彼の人生を見てみたかったですね、そこがちょっと残念。 -
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ネタバレ宮沢賢治という天才がこの世に生を受け、
旅立つまでを見守り続けた父政次郎の視点で描かれた父子、家族の深い愛の物語。
本書を読んで多くの人が宮沢賢治の人物像のギャップに驚かされたのではないだろうか?
(勝手に人格者と思い込んでただけなんたけど)
まさに私もその一人で、成績は優秀だけど、家業を手伝わせても役立たず、引きこもりで親からお金を無心したりと今でいうとニートだったなんて信じられないですね。
しかも政次郎は超が付くくらいの親バカぶり!
祖父の喜助からは「父でありすぎる」と苦言をいわれてしまうほど子煩悩。
でも、当時の父親像からすると「甘えるな、自分の力で生きてみろ」とか言われそうだけど、
政次郎は少し過保護過ぎ。
まぁ宮沢家の経済力があってこそなんだけど。
本当は喜助のように厳格でありたいと思いつつもついつい甘やかしてしまい、反省したりと息子へのあたたかくて深い父の愛情が伝わってきます。
まるで37才の若さで逝ってしまうのが分かっているかのような愛情の注ぎぶりに感じました。
本書で一番印象的なのは、7章の「あめゆじゅ」
最愛の妹トシとのお別れのシーン。
「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
この台詞はトシが賢治にたのんだ最後のお願いで『永訣の朝』の一文。
この言葉の意味を知った後、何度も読み返し
涙腺か緩みっぱなし。
『銀河鉄道の夜』の最後にカムパネルラが「本当の幸いは一体なんだろう」という台詞があるのだけど本書を読んで何か分かったような気がします。
政次郎が賢治や家族に無償の愛を与えてくれたように賢治は読者は童で自分は政次郎のような父親と言っていた。
トシの最後の遺言にも次生まれてくるときは…
「本当の幸い」とは皆が幸せに暮らしていくことではないでしょうか。
政次郎が家族の幸せを願ったように。
事前に銀河鉄道の夜を読んで予習したのだけど、あまり登場しなかったのが残念、というより本書を先に読んだ方が楽しめたかも。
作家や作品の背景が分かるとこんなにも重みが増すのかと改めて思い知らされた作品。
そして宮沢賢治の著書が読みたくなってしまう力のある1冊、とても素晴らしい本でした。
「ありがとうがんす」 -
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GHQに勝ったのは俺たちじゃない。文字を愛し文字を尊ぶ日本人、日本の歴史そのものなんだ───。
古典は『のこる』ものじゃない、誰かが『のこす』ものなんだ───。
歴史を奪う。文化を奪う。敗戦国となった日本にGHQが無慈悲に吐き捨てる。戦いに負けた側が、全ての罪を負いその贖罪を課されるのは長い歴史の中で、戦の常である。
それでもやはり、歴史は宝だ。文化も宝だ。そしてその記録は、どんな形であっても維持し続けなければいけない。奢りでも、陶酔でもそんなことではなく、各々が母国のルーツを知る手段は残っていなくてはいけない。
今も尚、古典に触れられる。それは先人達の血と涙の滲む努力と、情熱と、不屈の精神の賜物だ。感謝の気持ちを忘れる事なく、大切に読み継いで、未来永劫残して行かなくてはならないと、小さな使命感のような物が湧いてくる。 -
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作家さん達が全国18か所の灯台を巡り、紹介する紀行文。島国である日本人は古くから海と共生してきたが、現在のような西洋式灯台が建設されたのは明治維新以降になってからだという。風の吹きすさぶ岬の突端でポツンと立ちながら必死に灯を届ける様子は、孤高であり浪漫を掻きたてられる。
近代日本の文化遺産として、灯台が見直されつつあり、各地域では新たな観光資源となっている。各地に旅行に行く際に、灯台へふらりと寄ってみるのも楽しそうだ。私の地元の灯台も紹介されていたので、まずはそこから訪問したい。
また、どの作家さんも『喜びも悲しみも幾年月』という映画について言及されていた。近代日本を支えた誇りある灯台守という職業とその過酷な暮らしについて興味が湧いた。 -
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ネタバレちょいと読みづらい部分があったなぁ~越後高田郊外,母一人と暮らす上野房五郎は5歳で糸魚川で典医となっている叔父に無心の使いに出され,聡明さ故に相沢家の嗣子となった。漢方医の学びに飽き高田の儒者・倉石の塾にも飽き,江戸へ出る。儒学の戸沢,医者の上坂,旗本の添田と渡り歩き,叔父の死を知って相沢家の相続争いに勝って三百両で従兄弟に譲って江戸へ戻り,筆耕で糊口をしのいだ。ペリー来航に浦賀奉行の中間となって久里浜へ出掛け,長崎へは糸魚川から山陰を廻る。四国へ渡って和歌山から東海道で江戸へ戻る。旗本・設楽弾正・長尾全庵の知恵袋,次期船手頭と噂される江原に長崎の竹内を紹介される。江戸湾に来た観光に乗って船のしくみは解ったが碇を上げないため,函館行きを決意するが,函館の武田に懇願し昆布を積んで列島一周を達成。長崎で勝と知り合い,二度目の一周を成したが江戸へ戻り,外国奉行・野々山の対馬行きに随行,江戸に戻ると各藩から招聘され松江藩・福井藩の世話になる。オランダは駄目だと判断し,長崎で英語を学び何礼之の従者として洋行の予定だったが,蒸気船の故障で間に合わず,長崎で培社という私塾を経営するが,持ち出しが多く,薩摩に招かれて開成所の教授となったが,兄の死まで留め置かれた。江戸へ戻り目付の平岡から紹介され前島家の末期養子となり来輔と名乗り開成所翻訳筆記方,助教,数学教授,兵庫奉行所,大政奉還後は駿府藩の中泉奉行となったが,勝の誘いで新政府に出仕,民部省の改正掛,大隈の助言機関となった。鉄道の構想を短時日で描いて,好きな仕事を選べる立場となって,飛脚の近代化を図る道を選ぶ。大隈の尻拭いのため洋行している間に密の描いた郵便事業は走り出し,帰国後に各地の素封家を使って郵便局網を造り上げる~郵便の父と言ったら前島密だけど,来歴は知らなかった
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門井慶喜さんの「屋根をかける人」で、建築家のヴォーリズについて知ったところから繋がって、卒業研究を書き上げたら絶対に読もうとワクワクしていた一冊。明治以降のレトロ建徳を二人の博識な作家さんがタッグを組んで巡り、互いのおすすめ建築を見学し、知識を披露しながら楽しい道行き。
この内容で面白くないわけがない。レトロ建築が気になりながら、特に建築に詳しくないし……でももう少し詳しく知りたい。なんなら見学だってしてみたい、という向きにはピッタリの一冊。私も辰野金吾やヴォーリズ、コルビジェくらいはふわっと知っているけど、もう一歩深く知ってるとは言えない、門前の小僧になりそびれている小娘であって。それでもちゃんとついていける、わかりやすくて面白い本だった。
関西の三都。大阪・京都・神戸から始まって、横浜に東京、そして台湾のレトロ建築を巡る。大阪は知る人ぞ知る味のある建築が残る街で、実は非常に瀟洒な一面を持っている。京都でも、和の街の顔だけでなく、時代が飴色に磨き上げたようなレトロな近代建築が残っている。神戸は2つに対して、若々しく進取の軽やかさがある洒落感が漂っていて、異人館がすぐに思い浮かぶところだが、のみならず、公庁舎や大企業の重鎮の邸宅など、こんなところにもと驚く建物で、文化財として価値の高いところが多い。
さすがに東京になると、学士会館のエントランスや有楽町駅、講談社社屋など、見知った場所も多くなり、東京駅もあることだし…等々。
この本を読むと、日本近代建築の礎を担った東大の建築学科が育んだ、数々の名建築家の仕事にも目端が利くようになってきて、読みながら
「ここのあれは誰のだろう。調べてみたいな」
なんて思い出して、もっと知りたい欲求もむくむく湧いてくる。万城目学さんと門井慶喜さんの建物に対するお好みの差や、見学の際の着目点も興味が湧いて、おのずと
「ああ、こういうところに注目しながら見ると良いのか」
「予習が大事なんだなあ。旅する目的にしてみたいな」
なんてことも考える。
レトロって言葉を、敢えて私は使ったけど、
「可愛い」
「綺麗」
「懐かしい」
「おしゃれ」
という、使いがちで単純な言葉で、さらっと分かったような気にならないで、これらの建物を守っていく意識を、私達自身が持つのは大事だと思う。個人所有の建築の場合、維持費は所有者持ちで、残したくても残せないで、老朽化に対抗できず取り壊すケースも、正直見受けるので、
「わぁ、すごーい。わぁ、おしゃれー」
ばっかり言ってないで、見られる時に、味わえる時に。しっかり味わって、美しいもの、価値のあるものを次の世代に残せる方法はないか考えたい。
偉そうなことを書いたけれど、美しい建物はやっぱり、眼福であって。理屈はともかく、見ると目が喜ぶし、そういう建物のある街並みを歩くときは、おしゃれもしたくなる。言葉遣いも美しくいたくなるし…。
建築が人を育んでくれるってことは、書中、『横浜共立学園』のところでも言われているけど、一般の我々にだって言えることだと思う。
ああ、もっと知りたい。訪れて身を置いてみたい。私こういうの、ホントは大好きだったんだ。うふふ。新しい『好き』発見しちゃった!