川上未映子のレビュー一覧
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冬子は、社会の中でうまく人と関われず、あまり光の当たらない人生を送っている。そんな冬子がカルチャースクールで、見知らぬ人に自分から話しかける場面が印象に残った。
「すいません」と声をかけるとき、男性の目ではなく「顎のあたりを見て言った」という描写がある。目を合わせることすらできない冬子の人との距離感が、この一文から伝わってくる感じがして、とても印象的だった。
もう一つ印象に残ったのがお酒のシーン。家でお酒を飲めないのに無理して飲むうちに、次第にお酒にハマっていく。そして、ゴミを捨てるときには、自分が飲んだ缶や瓶でゴミ箱が埋め尽くされていたという描写がある。
ここは自分も若い頃はかなりお酒が好きだったので、妙にリアルに感じた。
「光」という言葉が作品の中で何度も出てくるけれど、描かれているのは、いわゆる華やかな人生や美男美女の恋愛だけではない。むしろ、普段はあまり光が当たらないような人の人生に光を当てている。
いろいろな人に、それぞれの人生がある。そんなことを感じさせてくれる作品だった。 -
Posted by ブクログ
読んでいて苦しい。川上未映子さんの文章の、いきなり迫ってくる感覚が好きで、ひとつの流れで胸が焦燥感を急激に得る瞬間があると、それだけでその本は特別だと残ってしまう。今作はその点は最後に近い下りであったけれど、それまでに主人公を見ていて大変生々しくて見ていられないという苦しさに苛まれていたので、これまで読んできた他の作品ほどのものは感じられなかった。
客観性の欠けた女性が緩慢ながら客観性を最終的に得るように見えたのでそれはとても良かった。あっさりとした、もしくは人によってはちょっとと思う終わりかもしれないけど、私にとってはこの終わりで良かった。
設定的に入り込めなかったので評価は少し下がるが、たまにならこういうものを読んでもいいなと思いました。
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Posted by ブクログ
百瀬とのやりとりに、心底腹が立つしこの人話通じないなって感じなんだけど、道徳的な面からみるとそう思うのだあって、言ってること自体は間違ってないのが余計に腹立たしい。 二ノ宮にも同じくらいムカつくけど。
全体的にいじめ描写が多くて読んでて相当辛くなる。でもやっぱ未映子好きだなーって思う。
僕とコジマの関係性っていうのは、お互いいじめられた者同士、仲間だ支え合っていこうみたいな感じ。手紙のやり取りやお出かけとかを重ねて辛いながらも強くなっていく様はいいんだけど、だんだん2人の認識にもズレが生じて…
コジマは、そうした状況を受け入れるしか無いみたいな感じで百瀬に近いのかな?いじめる側と同じ考えになってどうすんだよとも思ってしまう。僕は、百瀬に立ち向かって見たり、そこでのやり取りを経て少しずつ抵抗していく勇気をもち始める。私はやっぱり僕の方を応援したくなるな。コジマの行動は、一時的にはいじめっ子を怯ませることができるけど、長期的に見れば「あんなことしちゃうバカなやつ」みたいに結局は周りを変えることなんかできないんじゃないかって思う。
僕にとっては、最終的に救いや希望のある話でよかったなって思う! -
Posted by ブクログ
ネタバレ読み終わったら出る一言目は「うーん」だった
それは良い意味でも悪い意味でもない
恋をしている人の感情を大胆に書かれていて
恋を忘れてしまった私からするとなんだか久しぶりの感覚を教えてくれる教科書みたいでよかった
三束さんは何を考えていたのだろう、
私も冬子みたいに考えたけれど何も分からなかった
三束さんはずっと大人な人だと思っていたけれど、
ちゃんと人間らしいところもあって
それは年齢が「愛」においては関係ないことを表しているみたいだった
誰かを愛するということ、こんなにも辛いのだな
辛くて、だから苦しくて、それでも朝の光かいつもより輝くように見える
そんな情景まで思い出せるような な本だった
私が愛を忘れてしまった時、また読みたいと思う
愛とは、きっと苦しくて悲しくて涙が止まらない
それでも、何気ない日々が色濃く見える
冬の薄暗い、でも心地の良い風と
春になっていく気持ちのいい晴れた日を想像した
美しい本だった
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いじめはダメだやっぱり。百瀬の理論は、理論的には正しいし同意。たまたまなんだ全部。ただ、規模を大きくしただけでそこまで機械的に動けない人間の要素を除外してるし、それぞれの解釈を集合させないといけない時に倫理観が試されると思う。つまり、机上の空論で都合が良すぎる。もっと人と人、人と集合はままならない世界観に放り込まれていると感じた。コジマの耐えるべきが正しいはどこか「夜と霧」を思い出した。2人が手紙を交わし合いながらお互いが関係性を深めていく過程で、痛みの象徴を共有し合い、残すことに、痛みに価値を据えている有様は自分にもよくわかる。ラストシーンのコジマの自己を削った狂ったような美しさ、主人公の斜視を直したことによる世界の美しさに気づくシーンは、痛みを駆動力にして生まれる美しさか、痛みを取り除いて生まれる美しさの対比が描かれていた。個人的には、主人公の美しさの気づくシーンは過剰でそこにトラウマやしがらみの解放も見て取れたけど、どちらかというとそう思い込もうとして、感動することで痛みを必死に遠ざけてるように見えた。コジマが、いじめの原因だと思っていた要素が取り除かれた世界でどう生きていくのか、想像させられる終わり方だった。
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Posted by ブクログ
『娘について』の短編が、終始じっとりと怖い感じがした。
人間のこころの中で起こる怖い部分をじっくり炙り出されている感じがした。
昔自分が人にしたひどいことを、あとから思い起こさせられる怖さ。
母親のコンプレックスの捌け口として過干渉された娘。
世間知らずな友達がどう考えてもヤバイ男に引っかっているのに、その友達は優越感すら覚えていることを話聞きながら感じること(友達の低い自己肯定感が原因で、才能を認められた云々の甘い言葉でコロっと落ちているアホさにドン引きしながらも、聞き役に徹しないといけない状況)。
努力している自分が夢を叶えられないのに、隣で遊んでばっかりの友達が夢を叶えそうな現実に耐えられなくて、最悪の手段で邪魔をしていく自分。
若い頃は特に何の実績がなくても自分のことを非凡な存在だと思っている。
なのに何者でもない凡庸な人間になってしまったことへのコンプレックスがずっとどこかにあって、それが拭えないから自分の娘に昔の自分の夢を託したい気持ちと、それすらも邪魔したい気持ち などなど。
見砂も、ネコさんも、よしえも全員こわい。
友達に昔ひどいことをした罪悪感に駆られて、最後に起こす行動もえええ、、こわ、、ってなった。