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「苛められ、暴力をふるわれ、なぜ僕はそれに従うことしかできないのだろう」 善悪の根源を問う、著者初の長編小説。
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Posted by ブクログ
『ヘブン』に響く、痛みの哲学 第一章:出会いと「しるし」 学校という閉ざされた地獄の中で、理由のない「いじめ」を受け続ける「僕」と「コジマ」。二人の出会いは、必然だったのかもしれません。 コジマは、自分が受ける苦痛を、他者とは違う特別な「しるし」なのだと言いました。痛みをただ恐れるのではなく、傷...続きを読むつくことでしか手に入らない「優しさ」がある。それを気高く「受け入れる」彼女の姿には、圧倒的な「強さ」が宿っていました。 ------------ 第二章:初めての外出、そしてハサミ 二人だけの初めての外出。現実の苦痛から逃れたあの美術館で、僕たちは確かに「ヘブン」を見ていました。 僕は、彼女の拠り所、切るという行為をサポートします。 僕は、コジマに髪の毛を差し出したのでした。 少しずつ、2人の距離は近くなりました。 しかし、現実は容赦なく押し寄せます。クラスメイトの手によって、いじめはエスカレートするばかりです。 僕は、鼻が曲がるほどの重症を負うのでした。 僕は、いじめの取り巻きである、二宮に質問します。 なぜ、いじめるのか? 二宮の答えは、「そこに意味なんてない」という冷徹なものでした。 嫌ならば、逃げろ、怖いならば、声をあげろ! 僕の中で、何が壊れ、再構築がされ始めます。 ------------ 第三章:別れを乗り越えて、見えてくること やがて訪れる、コジマとの決定的な別れです。 「僕」は斜視の手術を受け、コジマと共有していた外見的な「しるし」を失います。 コジマも去り、二人だけの季節は終わりを告げました。 ラスト。 包帯を解いた「僕」の目に飛び込んできたのは、まばゆいばかりに輝く緑の並木道でした。 過酷な日々を「乗り越えてわかる」、新しく見えてくること。 それは、世界は残酷であると同時に、息をのむほど「美しい」という事実です。 たとえ傷が癒え、すべてが過去になっても、コジマの想いは胸に込み上げ、彼らの意味は永遠に変わりません。 そう、読者のひとりとして、信じてやみません。
いじめの描写があまりにも生々しくて、読んでいて胸がヒリヒリしてしまいました。かなりビターな内容ですが、学校のいじめの物語にとどまらず、人が理不尽さや矛盾とどう向き合い生きるかを問われているようで、強く引き込まれました。 読みながら考えたのは、 人はなぜ集団になると残酷さに鈍感になり、正当化してしま...続きを読むうのか、ということです。本来、人が人に暴力をふるう権利なんてないはずなのに…、理不尽な暴力の場面に何度もやるせない気持ちになりました。 特に印象に残ったのは、百瀬が語る「世の中の仕組み」と「世界はひとつじゃない」という言葉です。 認めたくはないけれど、 身近な人間関係だけでなく、歴史の中で繰り返されてきた争いや現在の殺伐とした世界情勢を思い浮かべてみても、 「人はそれぞれの立場で都合よくふるまっている。」 という指摘を完全には否定できないような気がしました。 だからこそ作中の「自分の気持ちは自分で考えるしかないんじゃないの?」という言葉にも静かに頷かされました。 他人を変えられなくても、自分が変わることができる。選択肢もある。そして、自分の生き方の優先順位を自分で決めることもできる…。 主人公が自分と向き合い、踏み出す一歩は大きくはないかもしれませんが、かすかな希望や救いを感じて、読み終わって、なんとなくホッと胸を撫で下ろしました。
斜視を理由にイジメにあっている男子中学生。 ある日、「私たちは仲間です」と書かれている、差出人不明の手紙が届く。 互いにイジメられている者同士が、男女の垣根を超えて奇妙な仲間関係となり… 家庭環境も色々あり、他には誰にも言えずにイジメに耐えていく二人。 けれど、斜視が手術で治せると知って…。 善悪や...続きを読む強弱の価値観を一人一人に問い、それぞれが出来ることと出来ないことの境目、一人一人の行動や発言の意味など、世の中の全ての価値観において深く考えさせられる。
百瀬の言ういじめ論なかで説明される「欺瞞と嘘で塗り固めた暴力性」に違和感があった。たしかに、彼の主張には誤りが多く含まれる。それを一つ一つ反論し説き伏せることもできる。しかし、それを乗り越えても、納得させられそうな気持ち悪さを拭うことはできない。なぜか。 川上未映子曰く、 "創作の動機...続きを読むとして、常に倫理全般への欲望があります。信仰や善悪や生命倫理……その中でも生殖は発端という感触があります。妊娠して出産をするというのは、いったい何が何をしていることなのか。それはいいことなのか、そうでないのか、あるいはそういった評価と関係ないことなのか。書くことで理解したいとかではなく、自分が問題だと思うことを、その時できる技術の限りをもってやっておきたい" ここを出発点にしていろいろ考えたい。生殖はいいことでもわるいことでもない、ただそうしたいからという欲望の帰結であるけど、その帰結のつながりや組み合わせが信仰とか善悪を生む。生殖そのものが中立だとしても、「他者を産み落とした瞬間、苦痛と暴力に参与させる」のだとしたら、生殖は中立でいられるのだろうか。生殖がウロボロスの出発点となり、因果を循環させる。なら、生殖は無関係とはいえず、無垢で尊い営みではない。それはあまりにも残酷な他者への仕打ちとさえいえる。 百瀬のいう「欺瞞と嘘で塗り固めた暴力性」とはまさにそこを突いている。善人の振りをしているけど、ヒトは自分の欲望のために、大なり小なり他者へ苦痛と暴力を与える。あなたは振るわないかもしれない。それは運がいいだけか、自分の暴力に鈍感なだけだ。誰しも暴力からは逃れられない。だから、そこを突かれると気持ち悪さを拭いきれない。 そうだとして、すべてのものが弱肉強食で支配されることに肯定するのか。欲望に従うことを肯定するのか。そうではない。欺瞞と嘘であるかもしれない善がなぜ社会や個人に存在してしまうのか。そしてそれに従うとはどういうことなのか。なぜ従えるときとそうでないときがあるのか。これら問題に答えを出せて初めて欲望をただ肯定するべきなのかに答えを出せる。これを無視することは、川上未映子のいうまさに『おめでたい人』なのだ。
ちょっと理解できるような、、
虐められる側の「受け入れる」と言う考え、たしかにそれは弱者ではなく勝者に感じた。
役立たないけれど、役立つこと達
私たちが社会に役に立つものを求めるとき、 私たちも役に立つものであることを求められる。 これはきわめて当然だけれど、 私たちは役に立つものばかりから できているわけではない。 私は私自身の役に立たない部分を かえって私のアイデンティティを 表すものとして、「最後まで」 愛することがで...続きを読むきるだろうか。 また、私は、私だけで私であるわけではない。 私を生み出してくれた者たちも 私の一部である。 私は、私の一部が不完全であっても かえってそれを愛せるだろうか。 〇〇は、後ろめたくて 自分に大きな穴ができたように感じる行為 かもしれないが、意外と戦略的で 原罪とも呼ばれるものの暴発を回避して 守るべきものを守る強い力になりうるもの かもしれない。 〇〇が怪我をして血を流すのを読んだとき、 読者としての私は、主人公に復讐や逆襲を そそのかしたい気持ちを冷まされた。 突発的な凶事も、ないに越したことはないが、 もっと大きな取り返しのつかないことから 自分たちを守ってくれるものとなってくれる こともあるようだ。 〇〇の凶事や、〇〇に芽生えた強さが、 勇気を持ち始めた主人公のその勇気の、さらに 先にある何かを示しているようだ。 私たちは交流する間に、たとえ 強く幸せに結びつくことができなくても ばらばらでいるのに、それぞれが成長して 違っているのに、それぞれの成長を なんとなく感じて安心できることが あるように感じる。 役に立たなさそうでいて、 役に立つこともあるようですね。
#ハッピー #切ない #ダーク
川上未映子氏のブッカー賞最終候補作品。 「夏物語」「きみは赤ちゃん」のあと読んだため振り幅というか高低差はなかなかデカかった。 壮絶な苛めがテーマだが、根底にあるのは「世界感」や「価値観」。百瀬の認識が苛める側の真理ならコジマの認識も苛められる側の真理。 読んでいる途中は息苦しさを覚える。”僕”とコ...続きを読むジマが夏休みに美術館に赴く平和で幸福な描写はそのあと訪れる残酷な悲劇を予感させ、最後の壮絶な出来事はコジマが必然として受け入れ耐え忍んできた「世界」が残酷な事実を突きつけ、キャパシティを超過し負の達観が訪れる。 苛めに対してはカタルシスのないまま終焉を迎えるが、「斜視」がある意味キーワードとなり、二次元から三次元となった世界の美しさに”僕”は涙を流し物語は幕を閉じる。 「ヘヴン」という架空の世界を描いたコジマに対して、本作品は唯一無二で無常な現実を突きつけながらも、見方を変え行動を起こすことの意味を問い苛められる側を励ます作品となっている。
凄かった。 正しさとは。人の数だけ、正しさもある。 分かってるけれど、百瀬の言い分に歯痒さ、気持ち悪いとまで思ってしまった。 お母さんが素敵なお母さんで良かった。
すんごいしんどい話だった。 人間サッカーとかもう吐き気すら感じる。 百瀬が正しいわけないのに否定しきれない芯のある考えとかコジマの印とか正しさがどんどんわからなくなっていく。 お母さんの包容力には読者まで安心感で満たされた。僕の斜視が治った後の綺麗な世界にコジマがいたらなぁって悲しくなった。
読み進めるうちに、なんだか現実の感覚がふわふわしてくるような、不思議な没入感に引きずり込まれた。 とにかく、いじめの描写が壮絶。なのに、どこかファンタジーのような、現実離れした静けさを感じるのはなぜだろう。主人公の「僕」が、あまりにひどい現実から自分を切り離して、どこか遠くから自分を眺めているよう...続きを読むな「俯瞰の視点」のせいかもしれない。 特に印象に残ったのは、百瀬のニヒリズム。 「強い者が弱い者を踏みにじるのは、ただの自然現象だ」という彼の理屈は、残酷だけれど、私たちが目を背けている世界の真理を突きつけてくるようで、否定しきれない怖さがあった。 一方で、唯一の味方だと思っていたコジマの存在。彼女がいなければ「僕」は壊れていたかもしれないけれど、同時に、彼女の「耐えることに意味がある」という純粋すぎる信念が、彼をいじめの沼に深く繋ぎ止める重りになっていた気がしてならない。救いという名の呪縛のようで、読んでいて本当に苦しかった。 ようやく、物語の最後に「僕」が見たもの。 それを「ヘヴン」と呼ぶのだとしたら、それはあまりにも静かな光景だった。
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川上未映子
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