竹田青嗣のレビュー一覧

  • 超解読! はじめてのヘーゲル『法の哲学』

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    ヘーゲルの『法の哲学』の構成にそって、テクストをパラフレーズしつつ、随所で著者たちの解説を付している本です。

    ヘーゲルの議論の要点をまとめることでその概略を読者に示すというスタイルが採用されており、じっさいに『法の哲学』を読んでみようとする読者の手引きとなることがめざされているように見えます。ただ、とくに竹田が執筆を担当しているところでは、しばしば彼自身の欲望論との接続を意識した説明のしかたがされているのが気になりました。

    たとえば第124節の注解の議論を、まずは「「主体の特殊性の権利」、いいかえれば「主体的自由の権利」こそ、近代と古代の「善」(道徳性)とを区分するもっとも重要な概念である」と紹介したうえで、「「私はかくありたい」という自分の欲望を実現しようとする自由な意志こそ、近代の「善」の本質をなす」という解説が付け加えられています。ヘーゲルの「自由」の概念は、まさしく本書の冒頭でも「法の理念は自由であって、それは真に把握されるためには、それの概念においてと、そしてこの概念の定在において、認識されなければならない」というテクストが引用されているように、カント的な自律をあらかじめ取り込んだものとみなさなければなりません。そのうえで、こうした「自由」をたんに悟性によってではなく、弁証法的にとらえようとすることがヘーゲルのもくろみであり、「近代的自由の権利」はその具体的な実現と理解されています。

    本書は、『法の哲学』についての概略を得るという目的にはじゅうぶんにこたえられていると思いますが、ところどころ上述のような解釈上の問題点が含まれているようにも思いました。

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    2021年12月03日
  • 哲学とは何か

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    哲学を「普遍認識」の方法であるという著者の考えが示されるとともに、そうした課題を喪失している現代哲学の諸潮流を批判している本です。

    著者は現代における哲学の混迷が、「認識の謎」についての正しい理解が欠けている点に求めています。そして、ニーチェとフッサールの二人によってこの謎が解明されたと主張するとともに、彼らの仕事の意義についての理解を欠いているために、あいかわらず相対主義と独断論の両極に引き裂かれているポストモダン思想や言語分析哲学、新しい形而上学などの批判をおこなっています。

    著者のフッサール解釈は、アカデミズムにおけるフッサール研究になじんでいる読者には不満を感じるところがあるでしょうが、『現象学入門』(1989年、NHKブックス)などの著作を通じて「竹田現象学」に触れている読者にはおなじみのものだと思われます。現代哲学の相対主義に対する批判も、これまでの著作でおこなわれてきた主張と同様のものですが、とりわけ「普遍認識」の重要性を強調しているところに本書の特色があると見ることができるかもしれません。

    他方、本書の最後でとりあげられる社会哲学・倫理学・実践論にかんしては、主著となるべき『欲望論』の第三巻で本格的に論じられることになるであろう内容の展望が示されています。

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    2021年01月21日
  • 中学生からの哲学「超」入門 ――自分の意志を持つということ

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    中学生向けなので、なるべく平易な言い回しで哲学を語っている。ただ、決め打ちが多く、参考文献や引用文献の記載が巻末にないので調べるのが面倒(笑) 宗教、経済などからの視点を変えた論旨は興味を持たせるが...。純粋に哲学だけで勝負しても良かったのでは?

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    2020年08月11日
  • 哲学とは何か

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    いままで読んできた哲学を論旨とする書籍の中で最高級。
    フッサールとニーチェのことだけ軽くしっておけば、哲学を学ぼうとする誰にでも有用な本です。

    「認識の謎」「存在の謎」「言語の謎」の3つに整理し、
    ・哲学の力
    ・哲学の功績
    ・いま哲学は何を考えるべきか
    を明確に記載して、哲学全体をとらえようとする本がありがちな哲学者を並列して解説を加えていくスタイルとは一線を画します。

    序盤からして「宗教は物語、哲学は言語ゲーム」という惹きが魅力的。
    哲学について学ぼうとしなくてもよいので、そして流し読みでも良いので、教養として当著を読んでみてほしいです。
    当たり前と当たり前の矛盾について、深く考察する良い機会になります。

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    2020年06月29日
  • 哲学とは何か

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    ありがちな昔の哲学者の紹介だけでなく、哲学に新たな視点を付け加えるという意気込みはよく伝わってくる本でした。

    でも、結局のところ「本質観取」と「熟考」、「普遍認識」と「熟議を通じたコンセンサス」に違いはあるの?という身も蓋もない読後感を持っております。私の読解力の問題かもしれませんが。

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    2020年05月20日
  • 超解読! はじめてのフッサール『現象学の理念』

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    時間意識の問題についての解説がけっこう楽しく読めた。
    意識と知覚などなど現象学における認知の扱いは難しいけどおもしろい。

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    2019年10月07日
  • 超解読! はじめてのカント『純粋理性批判』

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    4つのアンチノミーの詳細な解説。感性と時間の関係、ヒュームとの比較など(110ページあたり)はけっこうおもしろかった。

    それと理性の実践としての「純粋理性」というふうに感じたのだけど、やっぱりこの著者は「実践」方面のかたなのね。

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    2019年10月07日
  • 中学生からの哲学「超」入門 ――自分の意志を持つということ

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    人間の本質を考える方法が、哲学。人間は何のために生まれてきたのか、この問題が永遠にわからないたむ、ずっと考え続けることになる。だから、自分の意志が大事。

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    2019年09月14日
  • ニーチェ入門

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     ニーチェの名前をよく目にするようになったので、少しは知っておいた方がいいかと思い、本の帯にある「最も読まれている入門書です。」という言葉にひかれて買いました。

     さて、著者は、恐らく大変分かりやすくニーチェの思想を解説してくださっているのだと思いますが、残念ながら、私にはほとんど理解できませんでした。もちろん、まだ1回読み終わっただけですので、再度、再々度と読み直せば、もう少し私の理解が進むのかも知れません。しかし、予備知識のない身には、理解するには厳しい内容、というのが率直なところです。

     そもそも、ニーチェの時代と今の我々とではおかれている環境があまりにも違います。ですから、同じことを考えたとしても、受け止め方に相当違いがあるはずです。p.157に、こんなことが書かれていました。『ところで、現在のわたしたちにとっては、これがなぜそれほど戦慄すべきものであるか受け取りにくい面があるかもしれない。というのは、無宗教が常識になっている社会の現代人なら、誰でもうすうすは、「世界の外側」に「超越的な意味」など何も存在しないし、したがって「死んだらそれきり」であるという感覚をもっているからだ。』これは、「永遠回帰」について説明されている途中に出てくるものですが、キリスト教的な考え方が支配的な当時と、無宗教が常識になっている現代とでは、発想が違って当たり前だと思うのです。ですから、発想のベースが違うので、理解が難しいのです。多分。

     とはいえ、道徳に対する考察や、永遠回帰、あるいは美や芸術における「力の意志」という発想は、新しい視点に気付かされた瞬間もありました。これであきらめるのではなく、もう少し探究してみたい気分ではあります。せっかくの10連休ですので、普段は読むことがないであろう本に挑戦できたのは、よい収穫でした。

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    2019年05月03日
  • 欲望論 第2巻「価値」の原理論

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    第2巻では、著者自身の理解するフッサールの発生的現象学の方法にもとづいて、われわれがこの世界のなかに「善」や「美」をはじめとするさまざまな価値を見いだすようになるプロセスを解き明かそうと試みられています。

    著者は、ハイデガーやレヴィナス、フロイトやラカン、さらにカントをはじめとする西洋美学史を幅広く参照していますが、彼らの思想はいずれも、ニーチェとフッサールによって清算されたと著者が主張する「本体論」と「相対主義」のアポリアに陥ってしまっていると断じています。あいかわらず大鉈で西洋哲学史を割り切る議論というべきで、それぞれの思想をていねいに検討しているとは、とうてい思えません。

    むしろ本書の見るべき内容は、著者の主張するエロス的な感受性の形成史が詳細に論じられている点にあるように思います。とくに「母」と「子」の関係のなかから、もっとも原初的で身体的なエロス的感受性が弁証法的に高度な段階へ向かっていくプロセスが詳細に論じられています。

    また、ロマンティシズムやエロティシズムの本質を、著者の理解する現象学的な本質観取の方法によってとりだす試みもなされています。これについては『恋愛論』(ちくま学芸文庫)でも論じられていましたが、著者の欲望論の体系のなかにあらためて位置づけなおされており、興味深く読みました。

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    2018年07月12日
  • 欲望論 第1巻「意味」の原理論

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    多年にわたる研鑽を経て形成された著者の現象学および欲望論の立場を包括的に論じた本で、著者の思想の集大成ともいうべき内容になっています。

    著者の主張のすべてに賛同できるわけではないとはいえ、これまで著者の仕事を比較的丹念に追ってきた者としては、それなりに期待をもって本書を読みはじめました。ただ正直なところ、すこし期待しすぎだったかと感じています。

    思えば、これまで著者が刊行してきた著作の大きな魅力として、フッサールやニーチェといった西洋の哲学者の思想を、他の著述家にはなしえないきわめてクリア・カットなしかたで説明し、読者を哲学の世界へと誘ってきたことにあります。ところが本書では、著者の現象学および欲望論の立場についての解説は、他の入門的著作と同様に「欲望相関性」というシンプルな原理が提示されるにとどまっています。その一方で、仏教や古代ギリシア哲学、近代哲学、ハイデガーやウィトゲンシュタイン、あるいはポストモダン思想やメイヤスーなどの現代的な思想などが参照されているのですが、それらのいずれもが独断的な本体論か、もしくは相対主義的懐疑論にすぎないという大鉈で裁断することに終始しており、個々の思想の内実に踏み込んで積極的に思想的対話をおこなう姿勢を欠いているといわざるをえません。

    元来わたくし自身は、欲望論の原理そのものには哲学的な議論としては詰めが甘いと感じており、むしろその応用可能性にこそ見るべきものがあるというスタンスをとっていることもあり、700頁超にわたるこの大著を読み終えて、徒労感が残ったという感想をいだいてしまいました。

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    2018年06月17日
  • 中学生からの哲学「超」入門 ――自分の意志を持つということ

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    哲学、宗教、科学の違いと価値、自分とは何者か、生きる意味、ルールとは何かなど、自ら思考することの大切さを説いた本。中学生向けに書かれていて平易な言葉で説明されていて、なんとなく分かっていたつもりになっていた事柄が、よりよく理解できたと思う。資本主義、宗教、科学のバランスが、最近なぜ崩れつつあるかということも、本書の説明で納得。「欲望はいつも必ず向こうからやってくる」「宗教最大のライバルは資本主義」「一般欲望だけでなく、固有欲望を持つことのススメ」

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    2018年06月03日
  • 自分を活かす思想・社会を生きる思想  思考のルールと作法 対論

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    文芸批評家で哲学者の竹田青嗣と、社会学者の橋爪大三郎が、社会や文化、国家などの問題についてそれぞれの考えを語りあった対談を収録しています。

    竹田は、フッサール現象学を独自のエロス論に読み替えた「欲望論」の提唱者として知られていますが、さらにヘーゲルの社会哲学と接続することで、市民社会的な自由にもとづく思想を構築しています。一方の橋爪は、ウィトゲンシュタインの言語ゲームのアイディアをたくみに取り入れた「言語派社会学」の立場を標榜しています。両者はともに、ポストモダン思想の一部に見られるような、社会についてのニヒリスティックな態度に批判的であり、人びとがよりよい社会のありようへと向かって進んでいくことができると考えている点では、近い立場に立っており、本書においてもそのことが随所で確認されています。

    ただし、実存的なエロス原理にもとづいて社会思想を立ち上げる竹田と、ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」に依拠する橋爪では、社会のルールの根底についての考え方に大きな違いがあるのではないかと思えるのですが、本書ではそうした問題について十分に掘り下げられていないように感じました。

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    2018年04月21日
  • 完全解読ヘーゲル 『精神現象学』

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    ヘーゲルの『精神現象学』の解説書です。本書の後に刊行された『超解読! はじめてのヘーゲル『精神現象学』』(講談社現代新書)とおなじく、ヘーゲルの叙述を二人の著者がわかりやすくパラフレーズしています。

    『精神現象学』における精神の歩みを、近代的な「自由」にめざめていくプロセスとして読み解くという著者たちの立場から、ヘーゲルの錯綜した叙述の意味を統一的に解釈しています。

    もっともわたくし自身は、竹田の『人間的自由の条件』(講談社学術文庫)におけるヘーゲル解釈には問題が含まれていると考えており、本書にも同じような問題があると感じています。もう少し具体的に述べると、竹田はカントが「超越論的」と呼んだ問題の哲学史的な意義を把握していないのではないかという疑問をいだいており、それが本書におけるヘーゲルのカント批判についての解説にも当てはまるように感じています。

    とはいえ、本書が『精神現象学』の入門書に求められる役割を十分に果たしており、読者をヘーゲル哲学の中核へと連れ出す優れた手引きであることは、疑いの余地がありません。

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    2018年03月08日
  • 超解読! はじめてのヘーゲル『精神現象学』

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    竹田青嗣と西研の二人が、ヘーゲルの『精神現象学』の内容をわかりやすくパラフレーズしている解説書です。

    『精神現象学』の入門書としては、加藤尚武編『ヘーゲル「精神現象学」入門』(講談社学術文庫)が有名で、わたくしも以前読んだことがありますが、多くの執筆者が参加しているために全体像が少し見えづらいような印象がありました。本書は、竹田と西の二人が分担執筆していますが、両者は思想的に非常に近い立場に立っており、ほとんど二人のあいだの齟齬を感じることなく、『精神現象学』の全体像がクリアに描きだしています。

    西は『ヘーゲル・大人のなりかた』(NHKブックス)で、竹田は『人間的自由の条件』(講談社学術文庫)や『哲学は資本主義を変えられるか―ヘーゲル哲学再考』(角川文庫)で、それぞれの関心にもとづいたヘーゲル解釈をおこなっており、本書にも若干そうした両者の立場からの解釈が見受けられるようにも感じますが、おおむね『精神現象学』そのものの叙述にそった解説になっています。生命主義的な観点を強く打ち出している長谷川宏の『ヘーゲル『精神現象学』入門』(講談社選書メチエ)よりはニュートラルな解説だと感じました。

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    2018年03月08日
  • 人間的自由の条件  ヘーゲルとポストモダン思想

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    ヘーゲルの『精神現象学』や『法の哲学』の議論から、自由な個人の相互承認に基づく承認ゲームとしての社会思想をつかみだし、その現代的な意義をあらためて検討しなおす試みです。

    本書は、カント倫理学をポストモダン的な「他者」へと接続することを試みた柄谷行人の『トランスクリティーク』への批判からはじまります。わたくし自身も、後期柄谷のカント主義への傾倒は『探究Ⅰ・Ⅱ』の到達地点からの後退ではないかという疑問をいだいているのですが、その批判の方向性に関しては、著者の示す道にしたがうことはできないと考えています。著者の主張をひとことでいえば、カントの倫理学になお見いだされる「超越的なもの」「聖なるもの」の残滓を抜きとることで、「自由な欲求の体系」としての近代社会の本質が明瞭になるというものですが、著者の考える近代社会の本質は功利主義的なものにすぎず、カントの倫理学が道徳感情論を克服することを通じて確立されたという事情を忘却しているものといわざるをえません。

    そもそも著者は、カントによる「超越的」と「超越論的」の区別が近代以降の哲学にもたらした射程を正確に理解していないように思われます。それは、著者のフッサール解釈の問題点にもなっており、また本書においては著者のハーバーマスに対する誤解の原因ともなっています。著者は、ハーバーマスのかかげる「コミュニケーション的理性」が、けっきょくは「イデオロギー対立」へと陥らざるをえないとしていますが、こうした議論はハーバーマスの論じた超越論的な妥当性に対する著者の無理解を明瞭に示しています。

    東浩紀は『一般意志2.0』において、著者と同じくルソーを読みなおすことで現代的な社会哲学の可能性を論じていますが、わたくしの解釈では、東はそこでデリダ的な「散種」の思想をヒントにして、カントと柄谷の倫理の「超越論性」を複数化することをめざしているといってよいように思います。柄谷の政治思想を超越する方向性としては、むしろこうした議論の可能性がさぐられるべきではないかと考えます。

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    2018年02月04日
  • 哲学書で読む 最強の哲学入門

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    すごく網羅的で書き方も平易で、良書だと思うのだけど、なんとなくこういった造りの本の功罪を感じてしまう本でもある。
    てのは、哲学者の思想をものすごく単純化して、その単純化したものに対して「ここは違う」とか「残念だ」とか断罪してしまう部分。
    ほんとはそんな単純なものじゃないんだろうけどなあと思いながら一意見として読むにはいいんだけど、本書を読む特に若い人なんかは、たとえば「そうか、バークリーっちゅうのは哲学者としてはアレなのか」みたいに思い込んじゃうかもしれない。

    てことで、コンパクトにまとめることの功罪を思う読後でございました。

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    2017年12月24日
  • 人間の未来 ――ヘーゲル哲学と現代資本主義

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    『人間的自由の条件』(講談社学術文庫)のテーマを改めてていねいに論じなおすとともに、現代におけるグローバル資本主義の矛盾に対してどのような処方箋が可能かという問題についての考察を展開している本です。

    著者は、ホッブズとルソーの社会契約説をみずからの観点から解釈し、彼らの仕事によって近代市民社会的な「自由」の哲学的な意味における本質が明瞭に取り出されたことを評価します。そのうえでヘーゲルの『法の哲学』や『精神現象学』を読みなおすことで、市民社会的な自由の相克を調停する普遍的なルールをつくり出すことに近代国家の理念を見いだそうとしています。

    一方で著者は、近代国家の理念と現実が乖離していることにも言及し、『精神現象学』における「事そのもの」についての議論や、アレントが『人間の条件』において論じている公共空間における活動についての議論を手がかりに、‌近代的な「自由」の相互承認に基づくルールが実現されるための道筋をさぐっています。

    著者は、ホッブズの「万人の万人に対する戦い」からヘーゲルの市民社会論に話をつないで、市民社会における「自由」の哲学的本質を取り出そうとしています。これは、フッサールの現象学の立場を「方法論的独我論」とみなすとともに、主観的確信の条件を「エロス原理」へと拡張する著者の認識論にはっきりと対応しているということができるように思います。しかし近代的な「自由」の哲学的本質を論じるのであれば、シャフッベリやハチソンといったスコットランドの道徳感情論を批判して実践理性の自律を掲げたカント倫理学の意義を見落とすわけにはいかないはずなのですが、著者の議論にはそうした視点は欠如しています。そしてこのことが、著者のヘーゲル国家論解釈が、極めて功利主義的なものに貶められていることの原因になっているように思われます。

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    2018年02月04日
  • 超解読! はじめてのフッサール『現象学の理念』

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    2017.07.10 現象学はなかなか難しい。輪郭は掴めたかもしれないが、十分な理解には程遠い。難しいが面白い。

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    2017年07月12日
  • 完全解読 カント『実践理性批判』

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    カントの『実践理性批判』を、本文の構成にしたがってパラフレーズした解説書です。

    著者は「はじめに」で、カントが実践理性の根本法則を「君の意志の格率が、常に同時に普遍的立法の原理として妥当するように行為せよ」という定言命法によって規定したことに触れて、「その内実は、いくつかの理由で近代社会の倫理の本質を表現している」と述べています。著者の『近代哲学再考』(径書房)などを読むと、近代社会における「自由」の本質について著者自身は独自の考えをもっていることがわかりますが、本書ではそうした著者の思想を開陳することは抑制されており、もっぱらカントの文脈の中で「自由」の概念がどのように規定されているのかということがていねいに論じられています。

    著者自身の思想に関心のある読者のなかには、本書と同じ「完全解読」シリーズから出ている『完全解読フッサール『現象学の理念』』(講談社選書メチエ)に比べると少し抑制が効きすぎているのではないかという印象を抱く向きもあるかもしれません。

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    2017年11月30日