竹田青嗣のレビュー一覧
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ネタバレ難解なヘーゲルの『法の哲学』の解説書。解説してもなお抽象的ですぐに理解できる箇所ばかりではないが、部分部分で解説コメントが入っており、挫折しないように工夫されている。
『法の哲学』の最も重要な起点は、人間が欲するものの本質は「自由」であるという点である。自由といっても、欲求のままに行動するということではなく、より高次の幸福を実現するために普遍化を続け、より普遍的な善いものを追求することこそが「自由」とされている。普遍化を続けることは、やがて市民社会や国家を生み、法や国家は、個々人の自由を相互に実現させるべきものであるとされている。
国家の一体性が非常に強調されているので、国家主義的なものを想起させる面もあるが、国家の存在意義を宗教的な説明に頼らず、自由や福祉の実現という事柄で説明していることは間違いなく歴史的偉業である。
また、ヘーゲルは家族、市民社会、職業団体、国家と順を追って説明しており、説得力がある。「自分=家族」などと小さい単位での一体性の説明はイメージしやすく、その延長線上で国家が語られているので、納得できる部分が多々あった。 -
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「力への意志」の概念は非常に良かった。世界とは客観的に存在する事実ではなく、主体によって解釈されているだけのものである。その解釈の仕方は、主体の欲望に根源を持つ(力への意志)。それは弱者にとってはルサンチマンになったりキリスト教的世界観になったりする。しかしそういった「否定」や「他者」に生の根源を求めるのではなく、強者(超人)が持つような生命感情に「力への意志」を目標として持ち、生と世界を肯定しながら生きていく、それが何のために生きるのかへのニーチェの解答であると理解した。
「私たちの知性に権力と安全の感情を最も多く与える仮説が、この知性によって最も優遇され、尊重され、したがって真と表示されるのではなかろうか?」P201
それまでの価値を顚倒させるような上記の認識とかもアツい。
一方で、永遠回帰の思想は結局よく分からずじまいであった。思考実験としては面白いが、それがニーチェの批判するキリスト教的世界観と形而上的概念として何が違うのか理解できず。永遠回帰を手段として使うというのであれば理解できる。
「「永遠回帰」が単なる「救済の物語」ではなく、一つの生への深い了解でなくてはならないということを意味する。」P178
これって結局そういうもんとして根拠なく信じることと違わないのでは?と思ってしまうが、多分理解不足。個人的には好きな解釈だけど。
ニーチェも「性欲」とか「陶酔」、「恍惚」に根源に近しいものを持ち出してきてお手上げです。2025/06現在マジで理解できません。
これがないから、純粋に生を肯定できないんだよなー、と。
最終的にニーチェの思想は、ルサンチマン等に代表されるような生の一回性を利用した否定などに傾かないで、「力への意志」に従うことで善く生きることだと理解した。
なんなら「力への意志」どころか「欲望=身体」に正直に生きることとも読み替えられるかなと。
異論に対しては
「事実なるものはない、ただ解釈だけがある」
と返します。 -
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ニーチェの入門的な内容がわかった。
まず、永遠回帰という内容は理解はできるが、日本人かつ無宗教の自分にはあまり刺さらない内容だなと感じた一方で、当時の科学の発展と共にキリスト教の失墜は、インパクトがかなり大きかったんだろうなというのも容易に想像できた。
ニヒリズム的な思考は現在、増えている気はしている。特に格差が大きくなり、親ガチャという言葉が発生し、運命論に逆らえないようなこの思考はまさにニヒリズムと言ってもいいような気がする。
ルサンチマンの内包には私は常日頃から気を付けており(この本を読む前から)、さらに超人という目指すべき姿は、環境に左右されない強い理想像として私に刺さるものがあった。
まあ分かった気になっている気がするけど、正直難しかった。入門とは書いてあるけど難しい。自分なりに落とし込んで、50%でも理解できていたらなと思う。でも興味深い、特に現代人にも刺さるような内容だなと感じた。 -
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「自己意識」は、他者の関係のなかでは、自分が相手から対象化されていること、またつねに相手が気になることで、言うなればつねに一種の「自己喪失」の状態にある。そこで、自己意識が本気で「自己自身」たろうとすれば、「相手の存在を否定することで自己の自立性・主体性を守る」という態度をとることになる。
この一文の本質について語る前にまずは前提として、自己意識が本気で「自己自身」たろうとすること、すなわち自己意識の確立とそれへの「他者」の関わりについて、ヘーゲルの「哲学史講義」を引用することで明らかにしていこう。
その真髄は、「他者を自覚するものは他者と同一の存在であり、だからこそはじめて、精神は他者のうちにあっても自己を失うことがない。」という一文に現れている。
これの説明は少々面倒なのだが、かいつまんで言えば、人間の自己意識の確立は精神の「発展」によってなされる。そして、「発展」の定義は、そのものが目に見えない潜在状態から、目に見える顕在状態へと変化することである。これを例えると、潜在状態の胚珠から芽が出て花が咲くというとき、芽や花が顕在化したということである。加えて、発展するとき、そのものは潜在状態から顕在状態になりつつも同一のままにとどまり続けるということができる。つまり、胚珠から出た芽が花になって、そこについた果実からはまたしても胚珠が生まれるということである。発展し、変化しつつも最後には同一のもの(ただし、別の個体)に戻る。
しかし、これを精神に置き換えた時、つまり精神の「発展」については、植物のそれとは根本的に異なる事態が生じる。
というも、精神の発展においては潜在状態の私と、顕在状態の私とが、植物で言う胚珠とそこから生まれた胚珠とは異なり、全く同一のもの(同一個体)でありつづけるのである。これはある意味当然のことで、自己意識なき獣的な田中くんに、自己意識が芽生えたからといってそれで田中くんが山下くんに変身するわけではない。田中くんはあくまで田中くんなのである。
そして、ヘーゲルはここに自己意識確立の鍵があるとした。つまり、人間精神は、顕在化(他者化)して潜在状態(自己)ではなくなるものの、しかし、それでも両者が同一の存在(同一個体)であり続けることによって、つまり他者がいることに気がつく(自覚する)ことで、自己が自己という存在であることを知ることができ、なおかつ、自己を失わずに済むのである。
ヘーゲルは「精神現象学」においてはこのことを「無限性」として表現している。何が無限なのかというと、様々な形で他者と関わり、影響されつつも「無限」に自己へと戻ってくることができるからである。かなり抽象的な概念だが、ヘーゲルはこの論を生物全般が、様々に区別されつつも(哺乳類と魚類とか)根源的に「生物」としての統一を保っていることにも適用している。
つまり、自己が他者と関わりつつも自己を保つという概念はより普遍的な「無限性」の一つの例であるというのが正しい見方だろう。
さて、長々と人間精神の特異性、自己意識確立への道筋について語ってきたが話はまだ終わらない。まだ例の一文に辿り着く前に話すべきことがある。
というのも、ヘーゲルは「自己意識」について、自己の個別性を意識している状態、にとどまらない「他の否定」を通して自己の絶対的な「個別性」を確保しようする独自の欲望であると述べている。これはつまり、自己意識はそもそも欲望であり、だから我々はその確立を目指し、そして他者との関わりも、この欲望の正体が、他者による自己の承認の欲望、つまり、「承認欲求」を指していることに端を発するということを示している。
この現代人を悩ませる厄介な欲望について、ヘーゲルが17世紀に最初に言及したのだとしたら、その偉大性たるや凄まじいという他ないだろうが、とにかく今重要なのは自己意識が「欲望」であり、「承認欲求」であり、そしてそれは相互の承認をかけた戦いを招くということである。そしてようやく、例の一文につながる。
「自己意識」は、他者の関係のなかでは、自分が相手から対象化されていること、またつねに相手が気になることで、言うなればつねに一種の「自己喪失」の状態にある。そこで、自己意識が本気で「自己自身」たろうとすれば、「相手の存在を否定することで自己の自立性・主体性を守る」という態度をとることになる。
最初、自己意識確立の話は、他者と関わりながらも地道に頑張る己?といったどこか牧歌的な雰囲気を漂わせていたが、その実が果てなき欲望の賜物であると分かった途端に、見方は他者との熾烈な争いに一変する。そこで一度は自己を「喪失」しながらも再度「本気」で「自己自身」たる必要が生じる。この、一度は自己を喪失しながら、再度の自己意識の確立の必要性が生じるというのは、一度は自由を喪失しながら、再度の自由の確保=成熟の議論を少なからず想起させることについては言うまでもないだろう。 -
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Mrs. GREEN APPLEの歌詞が
ニーチェの思想があるんじゃないか?と
誰かが考察していたので気になって読みました。
ほんとに全くニーチェのことがわからなかったので
初心者向けとある本から読ませていただきました。
カタカナが多くて、名前なのか地名なのかとか
そこすら曖昧な私です、、、。
マンガになっている部分が、
ギャグ感あって楽しく読みすめめる事ができました!
ところどころ難しい部分もありますが
初めて読むにはいいなと思いました。
「神は死んだ」という言葉も
耳にしたことはありましたが
意味などを考えたことがなかったので
いい勉強になりました。
ルサンチマン!学校で習ったような気もしましたが、、
覚えていませんでした。笑
身近にルサンチマンいるので
共感が凄かったです、、、( ˊᵕˋ ;)
どうにかならないものか。
ニーチェの思想よきです。
1日で読みました。
Mrs. GREEN APPLEの歌詞
たしかに通ずる部分があったように感じます✨ -
Posted by ブクログ
相対主義や詭弁を退け、あくまでベタに真摯に、言葉による普遍洞察=哲学の道を探る。まさに竹田哲学の集大成ともいうべき書だ。簡単に読み進むのは難しいが、哲学という大きな思考の軌跡をゼロから確実に理解できるはず。
近代市民社会を肯定する。その言葉が凄い。
「近代社会の原理は、歴史上はじめて登場した、万人に自由と価値の多様性を保証する社会システムである。その政治原理は一般意志統治(民主主義)であり、その経済システムは普遍市場(資本主義)経済であって、この組み合わせは代替不可能である」(p30)
現代社会や現代学問の課題に真っ向から取り組もうとする氏の姿勢には、感服するしかない。宮台真司氏や東浩紀氏らと通底するものを感じる。