竹田青嗣のレビュー一覧

  • 恋愛論

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    相手のことを想って胸を焦がすような「恋愛」という体験の意味を、実存的な観点から解き明かそうとする試みです。

    われわれは恋から醒めた時点から振り返って、プラトニックな愛にのぼせ上がって「現実」が見えていない状態だったと考えたり、あるいは恋愛の本質は単なる肉の欲望であり、それを「恋愛」を呼ぶ人は事実を覆い隠す美しい虚構に酔っているにすぎないと考えたりします。しかし恋愛のただなかにある者たちは、相反するはずのプラトニズムとエロティシズムをまったきひとつのものとして生きています。本書がめざすのは、こうした特権的な時間と、それが醒めた後の日常的な時間との間にある大きな齟齬のもつ意味を解明し、「恋愛」の実存的な本質を取り出すことです。

    人間社会は、他者とのかかわりのなかで自己の「アイデンティティ」を勝ちとるゲームにほかなりません。社会のなかで「自由」を実現しようとする自己は、何らかの「自我理想」を掲げ、他者からそうしたアイデンティティを承認されることで、自己の「自由」を獲得することになります。ところが、かけがえのない欲望の対象である恋人の心を得るということは、「自分が自分である」という理由だけで愛される、純粋な可能性を意味していると著者はいいます。それは、自己が掲げるロマン的な理想が、いっきょに自分の生として現実化される可能性を与えるのです。また著者は、こうした愛し合う恋人どうしの間でのみ許される「美」を侵犯することにエロティシズムの本質があるという主張を展開します。

    このほか、著者はコンスタンの『アドルフ』やスタンダールの『赤と黒』、さらにトルストイやドストエフスキーの文学作品を手がかりに、「美への希求」と「情欲」が一つになる恋愛が、実存にとってどのような意味をもつのかということを追求しています。とくにドストエフスキーの作品は、このような実存のありようそのものに対する問いかけが認められると著者はいい、その重要性を明らかにしています。

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    2017年11月30日
  • 超解読! はじめてのカント『純粋理性批判』

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    カントの『純粋理性批判』の内容を著者がわかりやすく語りなおし、随所で補足説明をおこなっている入門書です。

    本書の解説でとくに優れているように思ったのは、弁証論の難解な叙述を思いきった仕方で整理し、独断的な形而上学に対する批判の意義を明確にしている点でした。同じ新書サイズの入門書としては、国際的に高い評価を受けているカント研究者の石川文康による『カント入門』(ちくま新書)という優れた入門書がありますが、本書はよりカント自身の議論につきしたがうかたちで、弁証論の議論の流れをたどっています。

    一方、前半の感性論や論理学に関しては、やや問題があるのではないかという気がします。著者は、カントの批判哲学が独断的な形而上学への批判であることについて明瞭に語っており、人間の認識能力によって「物自体」を認識することはできず、「現象界」という経験的世界を認識することしかできないという点に評価のポイントを置いているように見えます。しかし他方で、カントの批判哲学のもつ超越論的な批判としての意義を十分に説明していないのではないかと感じます。カントの超越論的哲学が経験の可能性の条件を問うことを可能にしたという点を見落としては、その意義を十分な仕方で把握したとはいえず、ともすれば認識の成立する心理的なプロセスを解明したものと誤解される余地があるように思いました。

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    2017年12月07日
  • 哲学ってなんだ 自分と社会を知る

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    比較的若い読者に向けて書かれた哲学の入門書です。ただし、著者自身の哲学的立場が前面に押し出されており、「岩波ジュニア新書」が想定しているはずの中高生の読者に適切な入門書といえるのか、若干疑問もあります。同じ「岩波ジュニア新書」からはバークリの研究者である戸田剛史の『世界について』も刊行されていますが、一般的な哲学の問題に触れるためにはそちらの本を手にとったほうがいいかもしれません。

    著者はすでに『自分を知るための哲学入門』(ちくま学芸文庫)という入門書を刊行しており、近代哲学における認識論のアポリアをフッサールがどのように乗り越えたのかという点に焦点を当ててみずからの哲学的主張を開陳しています。それに対して本書では、近代哲学における「自由」の問題に焦点を当て、とくにヘーゲルにおいて各人の自由の追求が相互に支えあうことのできるような社会への展望が示されたことを高く評価しています。

    また本書では、フロイトの精神分析についても考察がおこなわれています。著者は、フロイトの説は人間の心についてのひとつの信憑の表明でしかないといいつつ、無意識と呼ばれる欲望のかたちによって、われわれが世界に向きあう仕方が規定されていることがフロイトによって明らかにされたことを評価します。そのうえで、みずからの身体性や欲望、あるいは著者自身のいう「エロス」がどのような対象へと向けられているかを深く了解することで、自分自身を知り、また自己の自由を世界のなかで実現していく可能性が開かれていくと論じています。

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    2017年11月30日
  • 中学生からの哲学「超」入門 ――自分の意志を持つということ

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    語り口は軽妙だけれど、本当に理解するのには、ある程度の哲学的な問題意識と素養が必要。

    フーコーやレヴィナス、分析哲学への批判は、なるほどと思える。哲学と宗教の違い、科学との親近性も面白い。

    アーサー王伝説から自分の意志を持つことの重要性、そして最後のファンタジーと論としては面白いが、どこまでアクチュアルたりうるか疑問だ。

    ・人間は希望や目標が強く明確になるほど、意味と価値の秩序がしっかりし、そのことが時間のリアリティをますます濃くする。
    ・宗教には「ここに何かほんとうのものがある」という人々の信憑を土台にした「真理を求めるゲーム」という性格がある。哲学は、むしろ「普遍性を求めるゲーム」。
    ・宗教は、それが大きくなればなるほど、できるだけ重々しい「権威」づけを行い、この権威をみんなで厳かに守る「権威のゲーム」になる傾向をもっている。
    ・ルソー:財の蓄積のないところでは、戦争の理由がないはずだ

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    2016年05月27日
  • 中学生からの哲学「超」入門 ――自分の意志を持つということ

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    著者がどのようにして哲学の道に入っていくことになったのかを振り返りつつ、著者自身の哲学をわかりやすい言葉で語っています。

    著者は、現象学を独自に受け継いだ「欲望論」ないし「エロス論」と呼ばれる立場を標榜しています。本書の後半では欲望論の観点から、われわれがこの社会のなかで「幸福」を追求することの意味について解き明かそうとしています。とくに、自己自身の欲望のあり方と社会のルールを編みなおしていく可能性を示すことに、著者の努力が傾けられているように思います。

    ただ個人的には、著者やその盟友の西研らが、ここで語られているような考え方を「元気の出る思想」として提出していることには、おめでたさを感じてしまいます。むしろそのような仕方で自己と社会に関する理解を編みなおしていかなければならないことに倦怠感を覚えてしまいますし、それが現代思想の流行を支えた心情的な背景になっていたような気がするのですが。

    ところで、著者は『現代思想の冒険』や『言語的思考へ』(ともにちくま学芸文庫)などでくり返し現代思想への批判をおこなっていますが、本書でも随所に現代思想に対する不満が述べられています。ただ、個人的には著者の現代思想批判には納得できないところがあると感じています。本書ではレヴィナスやその影響のもとにある他者論について、「まずいちばん注意すべきは、哲学的な装いをとっているものの、この「他者」の考えの核にあるのは、不遇な立場にある他者へ憐憫、道場、そして利他的なものを生活の基本にしようという、古くからの人間観だということです」と述べ、またそうした他者論を一種の「ロマン的思想」と特徴づけています。しかし、レヴィナスをはじめとする現代思想の他者論は、まさにそうした他者の理解を批判するというモティーフをもっていたのではなかったかと思います。

    おそらく著者自身も、その程度のことは十分に承知しているはずです。そのうえで、著者自身の欲望論の観点から、現代思想の他者論を導いている「本質」を観取した結果、それは一種のロマン主義にほかならないと結論づけているのだろうと思われます。

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    2017年11月30日
  • 完全解読ヘーゲル 『精神現象学』

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    分かりやすくてなかなか良かった。カント批判も、なるほどと思わせるが、ぼくとしてはやはりカントのほうに心が向く。

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    2015年10月17日
  • ニーチェ入門

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    竹田青嗣がニーチェの哲学について解説している本です。

    おもしろく読めましたが、著者の立場にニーチェ引きつけすぎているような印象があります。たとえばニーチェは、『反時代的考察』の中で文化批判をおこない、人類の文化の目標は「より高い人間の範例」を生み出すことにあると主張しています。竹田はこのことに触れて、ニーチェの意図していたところは「人間のありかたをつねに「もっと高い、もっと人間的なもの」へと向かわせるための、いわば励まし合いの“制度”なのだ」と解説していますが、こうした解釈は、ニーチェのもっていた「毒」を微温的なものへと変えてしまっているのではないかという気がします。

    そのほかでは、「永遠回帰」の思想に関して「生の一回性を利用して世界と生そのものへ復讐しようとするルサンチマンの欲望を“無効”にする」という解釈を示し、また「力への意志」を竹田欲望論の文脈に引きつけて解釈しています。とはいえ、竹田欲望論とニーチェの哲学がどのように切り結ぶのかを知ることができるという意味で、個人的にはおもしろく読むことができました。

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    2017年11月29日
  • プラトン入門

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    最近の私は、プラトンとアリストテレスが2度目のマイブームを迎えていて、10年以上前に読んだものを引っ張り出して読み直している。世の中のあらゆる理論的対立は、プラトンとアリストテレスの対立と構造的に同型なのではないかと思い始めたのがその理由。これは、演繹的推論に基づく主張と帰納的推論に基づく主張の対立、と置き換えることもできるが、そこまで単純化してしまうのも危ないところ。人間が行う演繹的推論は(意識するか無意識かは別として)帰納的推論なしでは実行不可能だし、そもそも演繹的推論を表す論理モデルは気の遠くなるような帰納的推論を通じて得られたものである。ただ、ありえない理想に向かって演繹的に物を考える人と、客観的な事実のみを信じて帰納的に物を考える人の間には、どうしても埋めがたい溝が存在してしまうし、溝を埋めるのがいいとも思えないし、どうしたものだろう? 半年に1度、社長が全社員の前でラファエロの名画「アテナイの学堂」を見せながら講演するたびにそう思う。

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    2015年08月10日
  • 超解読! はじめてのヘーゲル『精神現象学』

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    難解で知られる『精神現象学』の筋書きを “表象として” おおまかに把握するのに役立った。

    ヘーゲルが問うたのは、個人と社会、公と私、理想と現実……これらの対立をどうするかということであった。今なお問われ続けている普遍的なイシューである。

    カント倫理学を手厳しく批判した第4章が特に読みごたえがあった。

    “しかし実際には、ここ〔カントの思想〕にあるのは、純粋な「普遍性」(理想)と「個別意識」(現実)とが、いかなる条件で一致するかを洞察する思想ではなく、この統一(徳と幸福の一致)が “存在してほしい” という単なる欲求なのである”(p203)

    “両者〔感性と理性〕の一致あるいは統一と言っても、その内実は、あくまで「感性」が「道徳」に従い、寄り添うことが求められているのだ”(p204)

    “つまるところ、カント的「道徳思想」の底には、「道徳的な人間ほど幸福であるべきだ」という暗黙の要求があることが分かる。しかしじつはこの要求は、(……)ただそういう〔不道徳な〕人間に「幸福」をもたらしたくないという「嫉妬」から現れていると言えないだろうか”(p214)

    カントの絶対的・普遍的な「道徳」に対して、ヘーゲルは相対的・個別的な「良心」という概念をアンチテーゼとして示す。

    “正しさについての「理想」をもち、したがって何が「正しい」かは明らかであり、自分のみならず他人もそれにしたがうべきだ、と暗黙のうちに考えている人は「道徳の人」である。これに対して、「良心の人」は、世の中の現実はさまざまな事情が複雑にからみあっているので、「何がほんとうに正しいことか」についての絶対的な「知」は存在しえない、ということを自覚している。「社会についての全知はありえないが、それでも自分は自分の信念に則って正しいことを行いたい」と考えるのが「良心の人」なのだ”(p226)

    “「道徳の人」は、自分の信念の基準を、いわば理性の論理、つまり「かくあるべし」という論理的判断からの要請においている。これに対して、「良心の人」は、その基準を「もろもろの衝動と傾向」にしたがう「自然的な意識」においている。つまり自分の「感性」においている”(p227)

    思うに、根源的な理論としてはカントが正しいのだろうけど、現実的な実践としてはヘーゲルが正しいのかと。カント倫理学に共感を寄せる者として、カントのアンチテーゼの代表格であるヘーゲルは、是非とも理解しておきたいのだけど、まだまだ理解が不十分と感じる。別の解説書にも当たってみようと思う。

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    2015年07月12日
  • 超解読! はじめてのヘーゲル『精神現象学』

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    ネタバレ

    古書。初ヘーゲルだが、これをそれに含めてしまってよいものかどうか疑問も残る。巡り合わせというのは書物と関わっていく上では意外に重要で、以前読んだハイデッガーの入門書同様、ヘーゲルとの巡り合わせも相当悪い部類に入るようだ。精神の遍歴を逐一記述していくという体裁(多分)の『精神現象学』を平易に読み解くという荒行に挑んだのが本書。懐疑主義、啓蒙に関する部分は大いに唸らされたが、後半(特に終盤の「宗教」辺り)は余りに一面的過ぎるし粗が目立つ。カントを乗り越えようという必死さは十二分に伝わったけど!

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    2015年05月16日
  • 超解読! はじめてのフッサール『現象学の理念』

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    『完全解読フッサール『現象学の理念』』(講談社選書メチエ)と同じく、フッサールの『現象学の理念』を著者がやさしく読み解いた本です。

    『完全解読』よりもいっそう大胆にフッサールの議論をパラフレーズしており、読みやすくなっているように思います。また『完全解読』と同様、フッサール現象学のキモは「確信成立の条件」を明らかにすることにあるという著者自身の現象学理解が示され、その立場からフッサール自身の議論の流れにそくして解説するという構成になっており、著者の解釈の成否をある程度読者自身が確かめることでができるようになっています。

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    2017年11月30日
  • 完全解読 フッサール『現象学の理念』

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    フッサールの中期の思想がコンパクトに示された『現象学の理念』を、著者が読み解いた本です。フッサールの議論構成をたどりつつ、著者が分かりやすくパラフレーズし、さらに用語解説やポイントごとのまとめも置かれています。

    「あとがきにかえて―現象学の再興」では、著者自身の現象学解釈の要点と、現代の現象学批判や誤解に対する反論がなされています。著者は、フッサール現象学の中心課題は「確信成立の条件」を解き明かすことにあるという立場に立っており、そこからデリダをはじめとする現代思想の現象学批判が当たらないことを説いています。また、新田義弘や谷徹など、現代日本を代表する現象学研究者の解釈に対する疑義が提出されています。

    なお本書刊行後に、著者の盟友である西研から、本書での「内在」「超越」の説明がフッサール自身の説明と違っているという疑義が寄せられ、著者もそのことを全面的に認めたことが、『超解読! はじめてのフッサール『現象学の理念』』(講談社現代新書)で明らかにされています。

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    2015年05月14日
  • プラトン入門

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    プラトンの唱えるイデア説。哲学はこうであってほしい。宗教とはちがい、自分の幸福を自分で探索していく姿勢。幸福とはなにかを考えることによって、自らの知を幸福のために使おうとする。学びの楽しさを体験できる。

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    2014年10月25日
  • 中学生からの哲学「超」入門 ――自分の意志を持つということ

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    中学生からの、というタイトルだけど、中学生、読むのかなあ。
    哲学はなんぞやを知るのに、非常に役立った。宗教と哲学の違いとか、わかりやすい。下手にニーチェとかから入んないほうがいいな。
    1章は著者の体験談で、主観ありまくりで、失敗したかなあと思ったけど、あきらめないでよかった。

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    2014年04月23日
  • 中学生からの哲学「超」入門 ――自分の意志を持つということ

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    人間社会は自己ルールに基づいた個と他者との承認ゲームである。自己ルールは自身の生い立ちや欲望と深くかかわっており、欲望の実現のためには他者との承認ゲームを勝ち進んでいかねばならない。資本主義では”金”がゲームの勝敗を握っており、欲望のまま金儲け一辺倒に走ると、ゼロサムゲームへと発展。8割が負け組みとなる世界を創ってしまう。そもそも欲望を作り出す自己ルールは家族や社会が作り出すものであり、我々がもっと豊かな価値観を目指した場合にはWinWinゲームが出来るのではないか。そのような提言を感じました。

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    2013年08月31日
  • 天皇の戦争責任

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    ネタバレ

    日の丸・君が代から始まった加藤・橋爪の毎日新聞の論争が、司会の竹田を交えた鼎談である本著を生みました。左からの主張ともいうべき国際関係論の加藤は「もし責任があるとすれば、戦後真実を語らなかった責任だとして、家永三郎・井上清・丸山真男ではなく、三島由紀夫こそ、その責任を正しく追及した人だ」と展開する。また、死んだ300万人の日本人たちへの責任はまずアジアで死んだ2000万人への責任に真直ぐに向かうことから始まると。これに対して右からの主張ともいうべき社会学の橋爪はむしろ天皇機関説的な立場から「天皇という場に選択の余地がなく座らされた個人の責任を追及したくない、それは主権者である日本国民としてのプライドでもある」と主張する。2人の立場から考えられる一見常識とは逆転したような主張が逆説的で面白く、日本国憲法の成り立ちについても学ぶことが出来る内容の濃い、ずっしり読みごたえの有る極めて真面目な本です。

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    2013年08月25日
  • 知識ゼロからのニーチェ入門

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    ネタバレ

    ツァラトゥストラを数ページで断念した、知識マイナスと言っていい自分でもスルスル読めた。
    「神は死んだ」という言葉が強烈で、何となくニヒリズムの権化、「超人」というワードからは力の信奉者のようなイメージがあったけれど、全くそんなことはなかったぜ!と気持ちいいほどに誤解が解けていき、その透徹した人間への眼差し、「生の肯定」に対する真摯で愚直な姿勢に感動さえしてしまった。
    真理とは錯覚に過ぎない、形而上学は捏造に過ぎない、禁欲主義的理想は究極のニヒリズムである。
    …あえて茨の道を掻き分けて進むような思想に、敬服する。

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    2013年06月03日
  • 図解 哲学がわかる本 哲人たちが「何を考えたのか」をわかりやすく解説!

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    竹田さんは高校時代から結構ファンで、ほぼすべての著作を持っている(と思う)。
    コンビニに行ったらたまたま見つけたので買ってきました。
    まあタイトルや売り場から容易に想像できるように、有名哲学者の思想のエッセンスを簡単に述べるという内容。
    「世界」とか「神」とかのカテゴリー分けをしてるところが新しいのかな。

    にしても、まあこの内容で500円って、大丈夫か?
    どうやって儲け出してるんだろう、と余計なことについて哲学してしまうのであった。

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    2013年03月20日
  • プラトン入門

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    ホントの入門書としては良い。一通りプラトンの書籍と思想について紹介されているし、はしがきのプラトンの思想のまとめも良いと思う。
    プラトンが求めた思想は「絶対的真理」でなく、「普遍的真理」だ、というのが本書の要旨のようだが、よくわからん。ニーチェの思想と対比させた考察も浅い印象だ。

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    2012年06月27日
  • 中学生からの哲学「超」入門 ――自分の意志を持つということ

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    まえがきには本の構成が簡潔にまとめられていました。
    後半は例などを用いて説明されていたので読みやすかったと思います。
    ただ"中学生からの~"と言うには、前半は少し難しいかも。

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    2012年05月09日