竹田青嗣のレビュー一覧

  • 中学生からの哲学「超」入門 ――自分の意志を持つということ

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    とっつきにくい哲学をわかりやすく書いた本。著者によれば哲学も宗教の科学の違いは世界の説明の方式。その中で哲学は人々の異なる信念や価値観の中から共通項を取り出すような考えだと述べる。違う言葉でいえば、自己を押し付けるのではなく自己と他者と相互承認のうえに哲学は成り立つ。
    自分自身について自分で深く考える方法が哲学のエッセンスとも説く。各々は・・したい や ・・になりたい といった欲望を持つが、それは各々の自己ルールによって規定されている。自分の欲望や自己ルールを省みることが自分の意志を持つということである。

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    2017年01月09日
  • 意味とエロス ――欲望論の現象学

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    著者の初の思想論集です。竹田現象学・欲望論の基本的な発想や、著者のポストモダン思想批判の基本構図まで出揃っており、ほとんど完成に近いかたちで著者の思想が提出されているように思います。

    たとえば、デリダや柄谷行人の思想が、現象学の本当の意義を把握していないことに対する批判が、すでに明瞭に示されています。著者は、ポストモダン思想はけっきょくのところ、客観的世界との一致という近代哲学の枠組みを本当の意味で乗り越えてはいないと断じます。それらは、主観と客観の一致という近代哲学の基本的な枠組みを踏まえたうえで、その内部の論理を突きつめていくことで到達した立場にすぎないとされます。

    これに対して現象学は、客観的世界との「一致」という近代哲学の基本的な枠組みに変わる、新しい哲学の枠組みを提出していると著者は主張します。それこそが、「確信の成立条件」を解明するという問題設定にほかなりません。われわれの前に展開される現象の世界は、自己が生きているなかでたえまなく発動している意味志向に適ったり適わなかったりというかたちでのみ存在しており、「真理」とはそうした営みのなかで妥当することになります。ところが、このような志向的な体験の間主観的な構造のなかで、事物世界の客観的存在という信憑が生まれ、そこから折り返されるかたちで、客観との一致はどのようにして保証されるのかという問いが生じると著者は考えます。こうして現象学によれば、人が「事実」とか「現実」とか呼んでいるものは、存在妥当をめがける自己の志向的なありようからもたらされたものとみなされます。

    こうした自己は、具体的に生活しているなかで「世界」の構成をおこない、存在妥当をめがけています。このことに気づいた晩年のフッサールは、知覚し認識する「純粋な意識」から、「生活世界」への移行をおこないました。それは、具体的な生活のなかで形成されたさまざまな志向性の連関構造のなかに、特定の存在妥当や意味妥当を置きなおすことを意味していました。著者はこうした考えをさらに推し進め、自己のエロス的な欲望によって、自己と世界の意味が相互に開示されることを解明しようとしています。

    このほか、岸田秀の心的唯幻論や笠井潔の『テロルの現象学』について考察した文章も収められています。

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    2017年11月30日
  • 中学生からの哲学「超」入門 ――自分の意志を持つということ

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    分かり易く、読みやすく、面白い内容だと思います
    が、この内容が中学生から読めるかというと。。。
    そんな中学生がいたら驚異的だと思いました。
    息子が読めたらかっこいいなあと思いますが。

    フッサールやハイデッカーの現象学の立場から
    近代以前の神学・近代哲学・ポストモダン・現代哲学
    までの流れや、宗教と科学と哲学の整理。
    自己欲望と自己ルール、一般欲望。
    自分の意思を持つことの重要性。他者とのかかわり
    、形而上学の扱い。。。
    それぞれ分かり易く書かれてあります。ただ、大人が
    読んでも何度も読み返すか、そういう話に接し
    続けないとなかなか腹には落ちないのではと思います。

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    2015年08月20日
  • ニーチェ入門

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    19世紀末頃のドイツの哲学者ニーチェ。
    それまでのキリスト教的モノの見方によって作られていた、
    常識や思考のひな型のようなものを、
    ニーチェは批判し、破壊する言説を発しました。
    ヨーロッパ的にいえば、
    ニーチェという点の前後で、
    キリスト教的か現代的かに分けられる。
    象徴的なのは、ニーチェの著作にある
    「神は死んだ。」の言葉です。

    入門書で助かったなあという感想ですねぇ。
    多くのニーチェの文章が引用されていますが、
    ほとんどその意味がわかりません。
    解説を読むとわかるのですが、その解説が
    どう導き出されているかも、
    うまくわからないのです。
    やっぱり哲学書って難しいもんです。
    途中、ドゥルーズのニーチェ解釈の文章も引用されていたのですが、
    そこは現代に近いからわかるかなと思いましたが、
    甘かったですね、「境位」がどうたらなんて
    言葉が出てきましてお手上げです。

    でも、まぁ、解説のおかげで
    いろいろと勉強になる部分はありました。
    たとえば、超越は無い、とする態度。
    僕流の喩えですが、
    宝くじだとか馬券での大穴だとかで大金をゲットするのって、
    ニーチェ的に言うと超越であって、
    そこで超越は無い、つまり当たりっこないんだとわかった上で、
    さらにそういうときにやってくる
    ルサンチマン(弱者の嫉妬や恨み)にとらわれずに、
    力を尽くして生きていくことが大事ってことはわかって、
    頷いたところでした。

    また、重要概念の「永遠回帰」についても、
    こういうものも関係あるのかな、と考えました。
    同じところをぐるぐる回っているようで、
    少しづつ上へと上がっていっているのが
    わたしの人生だと思いたいっていう人、
    けっこういると思うしぼくもそうなんですが、
    そんな「らせん」の人生って、
    ニーチェのいう「永遠回帰」と関係があるんじゃないか、
    と思って読んでました。

    それと、これはどうかという思想もあって。
    血統や遺伝を重んじる優生学的な主張だとか、
    強者と弱者の分離を進めていくという考えだとか、
    問題だと考えた方がいいところがニーチェにはある
    (まぁ、ちょっとは知ってたんだけど)。
    ナチスに利用された可能性うんぬんって言われるけれども、
    そんな簡単に思いつくものでもないし、
    やっぱり利用されたっぽいように感じます。

    結びのところで、この本が出た当時の94年ころ、
    ポストモダンの論者たちが、いかにニーチェを語っていながら、
    そのニーチェの根本のところからかけ離れていたかという
    ことが書かれています。
    それでも、「超越」についてはこのあいだ送付した自分が書いた小説が
    ニーチェを意識せずにそういうテーマを含んでいるし、
    「永遠回帰」が人生の「らせん」的進歩になぞらえることができるならば、
    ニーチェの思想や哲学って、
    現代では実はすごく身近にあるものじゃないだろうか。
    いまや、こんな一般人の素人の人生とともにある考えです、と感じられる。

    最後に、一番気に入ったのは、
    中盤でも出てきたことは出てきたんですが、
    もっとも最後のページにあった一言でした。

    ニーチェの文章だと、
    ______

    ――あるがままの世界に対して、差し引いたり、除外したり、
    選択することなしに、ディオニュソス的に然りと断言することにまで――
    ______


    この入門本の著者のその直前の文章だと、
    ______

    この世界の「あるがまま」を否認し打ち消そうとし反動へと向かうより、
    それを是認しそのようなものとして世界に立ち向かうことの方が
    いつでも必ず「生」にとって良い結果を生むのだ
    ______

    になります。
    つまり、俺は境遇が悪い、運が悪い、弱い、だとかって思いつめて
    腐っていって、俺はそんなはずはないっていう気持ちで、
    誰かを呪い始めたり、社会を恨んだりするんじゃなくて、
    そんな自分であっても肯定して生きていこうよ、っていう、
    万能な自分、理想な自分を本当の姿としないで、
    今の自分が本当であることを認めたうえで愛していこう、
    みたいな考え方なんですよね。
    それって、ぼくもそういう考え方を持っているところがあるので、
    まったくもって、共感した次第です。

    ニーチェに興味のある方は、
    まず本書くらいのレベルから足ならしして、
    彼の思想や哲学のアウトラインをなぞっておくと、
    勉強しやすいかもしれないです。

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    2025年06月28日
  • 中学生からの哲学「超」入門 ――自分の意志を持つということ

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    ネタバレ

    以下、心に留った点
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    誰でも自分の心を内省して、ここまでは確実、それ以上確実なことが言えないという分岐点がある。誰でもそれを意識できるし、言うことができるという点に、「現象学」の確信がある。

    あるところから先は、決して確実なことがいえない…懐疑論、相対主義
    確実なことが言える…真理主義や客観科学主義
    現象学は正しい認識という問題をどの程度確信と納得の状態があるか、という枠組みに置き換えた

    事実を知るということと納得する自己了解するというのは本質が違う

    人間や社会の問題では、何が「真理」か誰が「真理」を持っているか、と考えてはいけない。たくさんの人間がそれぞれ自分の確信をもち、その確信を交換し合っている。そういった多様な確信が、どのような条件があればうまく交換され、共有されるのか、ということをはっきりさせることが認識問題の本質である

    ヘーゲルの「不幸の意識」理想には憧れるけど、自分は到底そこまではいけない。それで引き裂かれて挫折がおこる。
    =世界が壊れる経験
    そこからの世界の自己修復

    人間は希望や目標が明確になるほど、意味と価値の秩序がしっかりとして、そのことが時間のリアリティをますます濃くする

    竹田さんの「欲望論」
    事物の存在の性格や意味が、それに向き合う人間(主体)との関係によって変化することを、関係が相対的だという。
    欲望がなければ、世界の意味の秩序は形成されない。ただしまた、世界の秩序が形成されてはじめて、われわれは自分の欲望ののなんであるかを知る=欲望相関性

    2章 宗教も哲学も「世界説明の方法」

    宗教 人間は自我に存在の不安をもつ。それを克服するためにあらわれた
       物語がある。教祖がいて、「真理」に近づく真理のゲーム
       共同体の知恵。人間の生活が多様になることであまりうまく働かな   くなってきた。
       弱点 激しい競争と権威のゲームへの推移

    哲学 タレス 世界の森羅万象は「水」「アルケー=原理・起源」
       原理を提出する言語ゲーム
       方法の特質は概念を使うこと、原理を置くこと、再出発(幾度でも   新しい原理を提示できること) 
       これによってより「共通了解」に近い原理(キーワード)を推し進   めていく
       弱点 難しくなっていく
          懐疑主義(相対主義)物事は見方を変えるとなんとでもいえ                る。確実なことなど何もない  

    神の問題を通さなくても人間の問題を考えることができるようになった。(例えば、社会や人間欲望や実存)それが哲学において「神が死んだ」という意味

    自由の相互承認による宗教の受け入れ合う世界

    本質=イデア 「真理」とは違う。それぞれのものごとにあるもの
           一番大事なポイントをなんと言えばいいか
    ※
    アルケオロジー=考古学=起源の学
    アナクシマンドロス 無限なものトアペイロン
    アナクシメネス   空気プネウマ
    イオニア自然学派

    詭弁論
    ヘラクレイトス 「人は同じ川に二度は入れない」
    エレアのゼノン 「アキレスは亀を追い越せない」
             無限は何よりも大きいということではない

    第3章 ルール
    なぜ人を殺してはいけないか
    社会のルール 自分の自由を投げ捨てる行為だから(相互承認がなければ       確保されない)
    道徳的側面  見つからなければOK?自分は全うな人間だと自分自身に言       えなくなる

    自己とは何か?実存哲学 キルケゴール、ニーチェ、ハイデガー
    そしてヘーゲル
    自己価値の欲望 自己のルールの束

    他者との承認ゲーム。どのような承認ゲームを作ろうとするかは、その人の生への欲望にかかっている。それは、自己ルールによって決まる。
    ※
    母親からいわれるよいわるいが最初のルール。ということは、親のもつ教育の責任はとてもとても大きい

    第4章
    根本原因と派生原因。
    資本主義社会が悪いのではない
    資本主義社会は持続的に生産を拡大させる経済のシステムであり、それは同時にすべての人間に「自由」を解放する近代社会と切り離せない社会
    無限競争にならないウィンウィンゲームにいかにしていくか

    一般欲望 たくさん愛されたい、評価されたい、人の上に立ちたい、偉くなりたい…
    競争の中で実現される欲望である以上、ほとんどの人は挫折する
    そこで必要なのが「自分の意思を持つこと」ではないか?
    =自分の幸福の条件を、才能や運にゆだねるのではなく、自分でよくつかみ直すこと、言い換えれば、自分で自分の「自由の条件」を考え、作り直すこと

    ある欲望が本当に自分を生かすような欲望であるかを自ら考え直すことには重要な意味がある
    自分の感情は本当の自分ではないそれはファンタジーだ
    ※
    金岡新さん

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    2014年08月17日
  • 完全解読ヘーゲル 『精神現象学』

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    暇な時期があったので、ヘーゲルの『精神現象学』を読もうと画策するも、一番わかり易いと言われる長谷川宏の訳本を読んでも、全く歯が立たず。そこで、名著『ヘーゲル・大人のなりかた』の著者の西研と、竹田青嗣の解説書である本書の助けを借りることになる。

    元ネタの訳文の雰囲気をかなり残しながらも、大事なところを選んでギュッと圧縮して、うまくまとめている。適宜、砕いた解説文が入っていて、だいぶわかりやすくなっている(それでも後半からは、段々疲れてくる)。タイトルの様に「完全読解」したとは思えないが、気になったところだけ書いておきたい。

    まず、有名な「自己意識」の「ストア主義・懐疑主義・不幸の意識」の部分。社会と関わらずに、自分の中にこもってあれこれ考えている限り、右往左往した挙句、結局ほんとうの意味での幸福感は得られないよ、という主張。確かにこんな困った人いるな、自分も昔はこうだったなと、具体的に記憶が思い浮かんでくる、短いけれど面白いところ。

    「理性」の章の後半部分。いつまでも実現できない(というか、完全に実現してしまうと逆説的に道徳性がなくなってしまう)「純粋義務」をベースに人間の行動を縛ろうとするカントの議論は、ここで批判されている弱点があるだけでなく、そもそも普通の人には無茶ぶり。むしろ、個々人は自分の認識の絶対的な正しさは証明できないけれども、「良心」にしたがい、勇気を出して決断して行動しよう、そして社会からフィードバックをもらい、「ほんとうの良いもの」をみんなで目指そう、というヘーゲルの議論の方が、何が正しいという確証が無い現代社会では現実的だと思うし、特に、評論ではなく実践・結果を求められる、ビジネスに関わる人にとってはそうだと思う。

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    2014年03月31日
  • 知識ゼロからのニーチェ入門

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    ニーチェのことを知らなくても、漫画で構成されているので入門編としてはいい。でも漫画のコマに台詞が詰め込まれていて文字量が多いので、時間は掛かる。

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    2013年06月24日
  • 哲学ってなんだ 自分と社会を知る

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    哲学とは一体何なのか?という単純素朴な疑問がありこの本を読む。近代以前の絶対君主的な社会から相互に契約を結ぶという「自由」を主とした社会に変革する中で、宗教的な"物語"ではなく普遍的に了解される原理を導き出すこと。これこそが哲学の本質的役割だということだろうか。
    絶対的に正しい世界というものは存在せず、世界を自分がどう理解するのか、また自分と他人との関係性をどう理解するという「視点」の転換が面白い。絶対的な社会が存在することを前提に、それを見つけ出すことこそ(そしてそれには知識が不可欠であること)が哲学だと思っていたから。そうだとすれば、哲学は一部の学者の高尚な学問ではなく、誰もに関わりうる、というか精神的な困難に陥ったときに自分を支えてくれるものだと理解できる。

    哲学の本なんだけど、文学について書かれた次の箇所が心に響く。まさに。

    p11 表現を通して、同じような事態にぶつかって苦しんでいる人間に、それがじつは多くの人が共有している理由のある苦しみだ、ということを文学は示唆する。そこに文学の大きな力がある。そこに必ずしも解決策があるわけではない。でもそれが生き生きと表現されているということだけで、ふしぎなことに人間の苦境を救う。

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    2013年06月18日
  • 中学生からの哲学「超」入門 ――自分の意志を持つということ

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    ヘーゲルの人間社会観に基づく自由主義的社会理論や、資本主義の洞察など、竹田青嗣の哲学が平易な言葉で語られている。
    中学生には分からないかもしれないが、高校生や大学生の哲学入門としては良書だと思う。

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    2013年01月08日
  • 中学生からの哲学「超」入門 ――自分の意志を持つということ

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    頭のよさそうな文章で、ときどきはっとさせられるフレーズがあり、興味深かったです。みなさんのレビューにあるとおり、中学生には難しいです。高校卒業したあたりでぜひ読んでおきたい本。

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    2013年01月02日
  • 哲学ってなんだ 自分と社会を知る

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    岩波ジュニア新書からの出版なので、この本は中高生向けの本ということになっている。

    しかし、哲学のテキストなどで参考文献として紹介されていたりして、内容的にはかなり質の高い入門書である。

    特に近代から現代にかけての哲学が紹介されており、生活感覚に則した説明でわかりやすい。

    「自由」というテーマで、近代以降の哲学者の紹介も、今日的な問題解決のための指針となり得るものであるし(第4章)、自己とは何かをヘーゲルとフロイトの思想から、展開する章(第5章)も哲学と生きていくことの関係を理解できる内容である。

    ところで、私は入門書が好きである。
    これまでに何冊もの入門書を読んだ。

    入門書には、事柄の説明の他に「語り口」が学べる。

    研究者の方々は、入門書を読んでわかったような顔をするのは、勘弁ならぬことかも知れないが、生活の中の必要性から考え、また他者に語らなければならない一般人には、やはり役に立つ。

    ただ、入口の知識だけで全てを理解したような錯覚だけは避けたい。

    謙虚な姿勢は忘れないようにしたい。

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    2012年07月25日
  • 人間の未来 ――ヘーゲル哲学と現代資本主義

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    常に批判に晒されてきた現代資本主義が、どのような希求の元に、どのような“哲学”のもとに、どのような人間の「自由」の意味の下に、生まれてきたのかを説く。ヘーゲルの説く人間の「自由」が社会を形成する様。ポストモダンの皮相な弱点。

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    2012年06月04日
  • 意味とエロス ――欲望論の現象学

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    ネタバレ

    かなり満足。同じ著者の「現象学入門」を読んで以来、ぼくには「竹田現象学」はかなり肌に合いそうだと思っていたのだが、この本を読んでその想いを強くした。

    内容は全編にわたって現象学の解説、現象学に対する誤解の払拭、現象学に対する批判への「反批判」。
    前半の固い解説口調も良いが、後半の少し叙情的なエッセイやコラム形式も悪くない。
    前半と後半で内容の重複が多く見られ、主題の繰り返しも多いが、現象学の(一見)込み入った概念を腹落ちさせるためには、これくらい何度も同様の説明をされるのも良いだろう(少なくともぼくにはそうだった)。おかげで、フッサールやハイデガーが難解な用語を尽くして語っていたことが、実は意外なほど身近な事柄について論じていたのだ、と気づくことができた。

    ただ、現象学に対する批判がほぼ全て「誤解」「的外れ」という論調に思えたことが、少し「本当だろうか」という不安を残した。これをそのままうのみにするなら、世界中で、フッサールを正しく理解しているのは、筆者を含め極小数だ、ということになるが・・・本当だろうか?
    そういう不安が残ったということで、星は-1。

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    2012年05月14日
  • 人間の未来 ――ヘーゲル哲学と現代資本主義

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    哲学者にしては珍しく資本主義社会を肯定的に評価している。哲学者が、特に形而上学に比重を置いたそれが、その学問の無意義を恐れて、経済社会を論じることは多い。そして古代からの人間精神の歴史を独自に解釈して、現代社会を批判する。その批判する哲学者の姿は遊びであればおもしろおかしく笑うことも出来るのだが、本気で批判しているとなると哀れさと惨めさで見ていることが出来なくなる。
     経済発展とは野生から脱した人間社会の進化論そのものであり、哲学でなく人間の欲望の相互作用として化学変化を起こしつつある姿に過ぎない。したがって、学者にある哲学上の観点から社会は「~しなくてはならない」という忠告・警告はほとんど意味はなく。それよりも欲望に根ざした社会モデルのアドバイスのみが社会形成にいくばくかの影響力を持つ。
     社会とは精神的ではなく、経済的である。したがって経済学的視点のみが社会を最小の誤差で観測できる。もちろん、経済学というものが完成しているわけではない。しかし、経済的視点というレンズを磨いたり・交換したりしてより精度を上げることができるのが、哲学と異なる部分である。
     そしてその経済学さえ結局のところ社会の進展を強制的にある方向に変化させることは出来ない。それはカオス的・フラクタル的構造を持つ社会の宿命であって、蝶々効果のようにわずかばかりの考動も社会に影響を与えるが、どういう影響を与えるかは実質的に不可能である。
     この社会の予測不可能性を考慮に入れるならば、哲学は過去にのみ焦点を当てて後出しジャンケン的解釈ゲームを楽しんでいればいいし、未来について言及するなら観客が恥ずかしくないように演じて欲しい。

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    2012年04月29日
  • 中学生からの哲学「超」入門 ――自分の意志を持つということ

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    ネタバレ

    中学生には多分難しい。
    けど読めないことはない。

    社会とは相互承認で作られている。
    犯罪的な裏取引も、そこにお互いが認めたルールがあるから成り立つ。
    (悪の組織もルールを守っているから成り立つなんて…)

    子供時代は親や周りのごく親しい人との間だけで、自分のルールを作っていく。
    大学や社会に出て、自分と異なるルールを持つ相手と出会い、衝撃を受け、お互いのルールを少しずつ変えていきながら社会を作っていく。
    (衝撃を受け、自己ルールが崩れて組み立てなおしになる人も多いそう。私自身もいままさにそういう状況だったので染み入った。)

    幸せの話、みんなが求めているものを人間は欲しくなるけれど、みんなが求めているものは手に入りにくい。
    (可愛いくて若い女の子に愛されたい!大金持ちになってみんなに尊敬されたい!)
    本当に自分が欲しい物を突き詰めていくと、幸せは意外と手に入りやすくなる。
    (本当は愛されたいだけ。なら美人じゃなくても、自分自身を理解してくれて愛してくれる人でいい。
    尊敬されたいだけ。ならお金持ちにならなくても心がけ一つで立派な人間になれるかもしれない)

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    2012年04月18日
  • プラトン入門

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     近代哲学における基本像を通して見ると、ヒュームは独我論者であり、ヘーゲルは形而上学汎神論者であり、ニーチェは解体主義者であり、フッサールはこれまた、絶対的真理の擁護者である。そして、プラトンは形而上学的性格の絶対源流だ。

     著者の竹田青嗣は、こういった近代哲学の基本像を真っ向から否定する。哲学の本質はそれが方法的な思考法にあるとし、最も革新的な理念は普遍性という概念で示されると主張する。

     普遍性は、しばし誤解されているように、あらゆることに妥当する完全な認識や知のあり方、ということを意味しない。普遍性の本質は、異なった人間同士が言葉を通して共通の理解や共感を見出しうるその可能性という点にある。

     プラトンにおいてそれは、まず言葉の本質の取りだしという場面から始まり、イデア論や想起説という独自の形をとり、さらに後期における存在的探求に至る。この作業によって、プラトンはそれまでの哲学の至高の中に萌芽として存在していた原理的な思考と普遍的な思考という概念の核を深く掘り下げ、それを方法とした。プラトン哲学は、それが方法的な思考法なのだ。

     現代の思潮と真っ向から対決する姿勢をみせる著者のプラトン観。著者の竹田青嗣に私淑している僕としては、哲学という"方法"の原点に立ち戻る為の手段としてのプラトン哲学を学んで行きたい。

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    2011年10月24日
  • 超解読! はじめてのカント『純粋理性批判』

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    11/06/20。
    現代思想は、反哲学であることからスタート。コントしかり、マルクスしかり、ヴィトゲンシュタインしかり。

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    2011年07月03日
  • 超解読! はじめてのカント『純粋理性批判』

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    新書なので、講談社メチエから出てる「完全解読」よりは読みやすいと思う。翻訳書は途中で挫折したので、これを参考にもう一回トライ。

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    2011年06月17日
  • 完全解読 カント『純粋理性批判』

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    いろいろと批判があるようですが、すくなくとも私にとっては新しいものの見方・考え方を導いてくれたのでよかったと思います。

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    2011年06月04日
  • 哲学ってなんだ 自分と社会を知る

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    [ 内容 ]
    哲学というとなんだかむずかしそう。
    けれど、偉い人の立派な考えを学ぶのが哲学ではない。
    何か困難にぶつかったとき、ものごとを根本から考えてみたいとき、そこにはたくさんのノウハウがつまっている。
    哲学者たちは自由や社会、そして自己についてどう考えてきたのか。
    自分をよりよく知るための役に立つ哲学入門。

    [ 目次 ]
    第1章 哲学との出会い
    第2章 哲学の「方法」について
    第3章 哲学の難問
    第4章 近代の哲学者たち(近代哲学がめざしたこと 自由をつきつめる)
    第5章 「自己」を哲学する(「自己」とは何か-自己意識と無意識 他者関係の現象学)
    おわりに 再び哲学とは何か

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

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    2011年03月24日