レイ・ブラッドベリのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
少し前にNHKでラジオドラマをやっていたのを聞いて、まあまあ面白かったので原作を読んでみました。
まず、1953年にこれが書かれたのが驚き。
「読書離れ」だけでなく、読書を禁じ、見つけた本は火で焼くというディストピア。
焚書は、それこそどこの国でも古代からあったことなんだろうけれど、キリスト教の国で「火で焼く」ことの恐ろしさというのは、きっとワタシの想像の及ばないような「罪」の代名詞なんだろうな。
とはいえ、そうやって禁止するまでもなく、人々自ら読書そして思考することから離れている世界というのは、陳腐な表現ながら「現代への予言」?
小説としては、ところどころ冗長さを感じる説明はあったけれど、それはラジオドラマであらすじを知ってしまっていたからかも。一読の価値ある古典SFです。 -
Posted by ブクログ
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「さよならをいうのは嫌いなの」
SFの叙情詩人が若い読者のために選んだ17編を新訳で贈る
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だいぶ前に読んだので全く内容を覚えておらず。苦笑
YouTubeでレイブラッドベリを知り、
気になっていたときに新刊コーナーで見つけました。
タイムサファリツアーに参加する「雷の音」
ずっと雨が続く「長雨」
が印象的でした。
1940〜50年代の作品が多いようですが、
全く色褪せず読めました。
何より海外文学を読めるようになったことが嬉しい!笑 -
Posted by ブクログ
ネタバレ何かしっかりしたSF小説を読もうと思い、本書を手に取りました。随所に出てくる巻貝なるイヤホンやTVがけたたましく放送されているラウンジには現代的な描写として受け取れました。スマホ、AI、がある今のテクノロジーの発展からは少しズレますが、焚書せずとも本に興味がなくなる大衆とは正に今現在の情勢かもしれません。
1950年代当時でも未来には戦争はあるということで爆撃機のシーンもあります。本質的に人間は変われないのか、本があれば不死鳥の如く薪を積み上げ火を放ちその中に飛び込むことはなくなるのか、そんな時がいつかくるのか、そんなことを考えさせられます。 -
Posted by ブクログ
過去に何度挑戦しても読み切れなかった作品。
現在の社会がこの作品と近しい状況になりつつあると知り、読み切ることを目標に再挑戦しました。
挫折した第1部を終えてからはするすると読め、作品の面白さを感じられたように思います。
表現が難しく、イメージしにくい箇所も多かったのですが、名称は異なるものの、身の回りで見たことのあるものを想像させるものが登場するため、慣れてくると情景が頭に浮かぶようになりました。
また、主人公を取り巻く環境や一般化している思想、政治のこと…所々知っている感覚が恐怖を抱かせ痛いところを着いてくるかのごとく胸に刺さってきます。
しかしその分、先人たちの言葉にはきっと大丈夫だと思わせてくれる力があり、主人公の背中を押しつつ、こちら側にも勇気を与えてくれているように思いました。
私たちの生きる社会がこれ以上作品とリンクする前に、主人公と同じように考える頭を持ち続けなければと感じさせてくれました。 -
Posted by ブクログ
全体的にポエムっぽい文章と引用が多くて少し読みづらかったけど、内容は面白かった。
特に印象に残ったのは、みんながダイジェスト版でしか物事を受け取らなくなった社会の話。要約動画やまとめ記事が当たり前になった今の時代と重なる部分が多く、自分も普段からそうしたものを利用しているだけに考えさせられた。本来は文章を読んで、自分の中で噛み砕いて理解する過程にこそ価値があるのかもしれないと思った。
あと、本を燃やす理由が単なる政府の情報統制ではなく、「平等な社会」を守るためだったのも印象的だった。考え方の差による争いをなくすために、その原因になる知識や教養まで排除しようとした結果、人々は考えることそのものを手放してしまうという怖さを実感できた。不平等な社会は望ましくないけれど、考え方の違いまで消そうとする平等も危ういのかも…?この作品は本が重要というより、考えることが重要だよということを教えてくれる作品だった。 -
Posted by ブクログ
この手の名作がいつだってそうであるように、この本は数十年前に出版された昔の本にもかかわらず提起される警鐘は今でも通用する。「本」が許されない世界。本作では、本が消されていた理由は、思考を促すため。本は政権に、社会に、歴史に、批判的な思考を促してきた。現代社会を映すように「」に入る単語を変えるのであればなんだろうか。独裁政権では分かりやすい。「」に入るのは情報。インターネットが普及した現在では本が担ってきた役割がインターネットによって一部置換されている。そのインターネットが運ぶ情報の内、独裁政権では都合の悪い部分を検閲している。民主主義社会はどうだろうか。あからさまな検閲はないにせよ、現代では逆にSNSのショート動画に依存させる事で、思考を促す力が奪われているような気がする。この本が繰り出すディストピアは決して身から離れた遠い世界の話ではない。自覚を持っていきたい。