西尾維新『恋物語』の新聞全面広告から。『ひたぎサラマンダー』の「サラマンダー」のわけも読んでみて分かった。しかしガハラさんの言う通りこれをボーイミーツガールとは読めない。クラリスは凄く好きになっただけに出番が序盤だけだったのが残念。
焚書について扱った小説。『1984年』、『沈黙の春』とかと同じ系統になるのか。1950年代から見た未来で現在だと違和感があるところも。管理体制が甘さが現代からみると考えにくい。車の延長線上の高速マシンはあるが、監視カメラがまったくない。携帯のような端末もなくラジオがポータブル化したものがあるだけ。これは作者の予想が間違っていることを指摘するものではなく現実における社会の変化の激しさに驚くもの。今から50年後の未来も想像とは全然違ったものになっているだろうし。
舞台となっている場所が地理的にアメリカなのは分かるが政府の存在が薄い。また戦争をしている相手もよくわからない、解説では内戦と書かれていたが詳しい説明は無かった。西暦にすると何年になるのかも分からない。
焚書の対象がほぼすべての本というのも謎。特定の思想や民族に関する本だけというのなら歴史上あったことがだ無差別に全てが禁止ということはあり得るだろうか。学校は映像教育のようで本を書くことも禁止。そうなると高い文化レベルを維持しているのがなぜかという疑問が出てくる。
実体のない映像を写し人々を骨抜きにする作中の「テレビ」は現代のテレビやゲームに当てはまるところがある。それを見ているときは楽しいが裏返すと考える時間を奪われ現状に満足してしまう。本を読む大切さは現代においてますます増していると思う。
最後に、文の中に現実と夢の区別が付きにくかったりして読みにくい個所があった。また訳が変にひらがなが多いのも気になった。