レイ・ブラッドベリのレビュー一覧
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翻訳だからかSFだからか読みづらさはあるけれど、読み進めていくとハッとする瞬間が散りばめられていた。
1957年刊行の本なのに、機械文明の侵蝕についていけない心が、AIについていけない現代と重なって、今の時代を書いているのかと錯覚する時も多かった。
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• 12歳の少年ダグラスが世界の美しさや死の影に気づいていく過程を書いた本。
• たんぽぽのお酒は、夏の出来事を象徴するモチーフとして扱われている。
◆ 小さな冒険と死の影が同居する夏
• 1957年の長編だが、1940年代から発表されていた短編を縫い合わせた構成。
• 緑豊かな田舎町での小さな冒険、家族の記憶、そして死との対峙が描かれ、**「夏の断片を瓶に詰めたような作品」**と評されている。
◆ “行ったことのない故郷”へのノスタルジー
• 読者が実際に経験していないはずの1928年の田舎町に、強烈な郷愁を抱かせる力がある。
• ユーモラスから切ないもの、時に恐ろしいものまで、短いエピソードが多彩な感情を呼び起こすと評されている。
◆ 全体としての評価
• ノスタルジー × 詩的な文体 × 少年期のまぶしさ
この3つが圧倒的に支持されているポイント。
• 物語というより、夏の記憶を集めた香りのような作品として読まれている。
• 明るさだけでなく、死や喪失、不安といった影があることで、“子ども時代の夏”のリアルさが際立つという声が多い。 -
Posted by ブクログ
SFファンのみなさん!
SFの叙情詩人と謳われたレイ・ブラッドベリの至極の短編集『ウは宇宙船のウ』の新訳版が出てますよ!
うーん、素晴らしい
素晴らしい新訳ですよ中村融さん
だいたいさー
SFの叙情詩人よ?そんなん言われてる人の翻訳なんてごっついプレッシャーやと思うのよ
想像でしかないけど、普通の英文じゃないと思うのよ
それを訳すだけでもたいへんなところをさらに日本語でも叙情感出さなきゃならんのよ
そしてちゃんと出てた!
素晴らしい!
だがしかーし!
旧版の訳者大西伊明さんの業績にも触れたい
何がすごいって邦題よ邦題
原題ね『R Is for Rocket』なの
これさ、わいらみたいなセンスのない人が訳したら、普通に「ロはロケットのロ」とかやりそうじゃない?
そこを『ウは宇宙船のウ』ですよ!
「ロ」と「ウ」ではもう躍動感がぜんぜん違うんですよ!
そしてこの短編は躍動感があるのよ
だから『ウは宇宙船のウ』がビタッとはまるの
あれ?伝わってない?
「ロ」と「ウ」だったら「ウ」のが躍動感あるよね?
ウサギとか(そういうことじゃない) -
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ネタバレブラッドベリのSFやホラーや幻想系の色んな短編が読めて大満足!毎日夜寝る前に1話ずつ読む楽しみにしてました。
特に好きだったお話は『ある老女のはなし』と『集会』の2つ。
『ある老女のはなし』
歌って踊るのが大好きで、毎日を楽しく生きてるおばあさんは、「死」を受け入れることはけしてしない。それでも死の世界からお迎えがやってきて、うっかり寝てる間に魂がぬけて体が死体仮置場に持っていかれても諦めなかった。普通は起こり得ないからと諦めず、自分の信念に基づいて、強く逞しく生き返ってしまう元気おばあさんの話は勇気がもらえた。
『集会』
吸血鬼やコウモリ男、翼を持つおじさん、他人の意識に潜り込める少女など個性豊かな怪物一族の中に生まれた人間のような少年のお話。吸血鬼の母から生まれたのに血は飲めないし暗闇が怖くて兄妹や一部の親戚から出来損ないだとバカにされる。そんな少年が過ごす万聖節の一夜のお話。自分以外の一族は永遠に命尽きることなく毎年万聖節がくるたびに賑やかに祝い続けるのだろう。
「おれたちにとって世界は死んでいる。人生はいちばん少なく生きる者にとって最高なんだ」
「もしあなたが死んだらあなたの骨には指一本触らせない。あなたは永遠に安らかな眠りにつくの。そして万聖節が来るたびにわたしが会いに来て、あなたをもっと安らがせてあげるわ」
切ないお話だし、少年が皆と同じになりたいという願いは叶うことはないんだろうけど、優しい愛が寄り添ってくれていてよかった。そしてこの「集会」の一族のお話は連作短編で1冊の本になっていることに気づいてさっそく購入。読むのが楽しみ! -
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ネタバレレイ・ブラッドベリで最初に手に取ったのが「とうに夜半を過ぎて」で、それはうまく良さを掴みきれず挫折してしまったのですがこれは面白く読めました。
著者はこの作品がSFと言われるのは疑問だと序文で書いているとおり、火星を舞台にした哲学的なファンタジーと言われるとこの小説の雰囲気にしっくりくる。
でもこの幻想的で詩的な中に人間のリアリティがしっかりとある。宇宙旅行が自由になり人間たちは火星へそれぞれ色々な目的で旅行や移住するようになる。その結果、火星の元からあった文明はすべて破壊され、さらに地球では核戦争が起こり火星も地球をも壊してしまうという人間の悲しい罪深さが描かれている。
この小説の核となる7章目の「月は今でも明るいが」はとてもメッセージ性が強く心に残る話だった。
話の中で火星人が、「なぜ生きるのか」という疑問について“考えても答えが得られず、忘れることにした。動物は生に疑問を持ったりしない。生きている理由が生そのものであり、生そのものが答えである。”とあって、私の中で何か腑に落ちた感じがする。
小説の中で、 夏、夜、月、シェリー酒という単語がとても多く出てくる。著者の好きなものなんだろうな
「パパはね、地球人の倫理や、常識や、良い政治や、平和や、責任というものを探していたんだよ」
「それ、みんな地球にあったの?」
「いや、見つからなかった。もう、地球には、そんなものはなくなってしまったんだ。たぶん、二度と、地球には現れないだろうよ。あるなんて思っていたのが、馬鹿げていたのかもしれないな」
ブラッドベリの小説を何作か読んで思ったのは詩的な表現が多すぎてストーリーの輪郭がぼやけていること。恐らく原文では意味が二重にかかっていたり韻を踏んでいそうなところが多々あり、翻訳がかかると良さが活かしきれていないんじゃないかと思う。全ての翻訳小説にはそのデメリットがあると思うが、ブラッドベリの場合は特にそんな風に感じる。
それを味わいと受け取れるか、分かりにくくて読みづらいと受け取るか。私自身何作かは読みづらくて挫折したものもあるけどこの作品はまた読み返したいと思える比較的初心者にも親しみやすい作品だと思う。 -
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「とやかくいわないでください。知りたいとは思いませんから」って、この本の冒頭の作者自身のけっこう長い“まえがき”。
自分的には“童話的SF”または“SF的童話”なんだけど。
確かに、グリムもアンデルセンも擬人化してるんだから、火星を地球化したからといって“サイエンス・フィクション”であるかどうかが議論されることは、ナンセンスだよねって、思うし。
それにしても、長めも短め(たった1ページのもある)もごちゃごちゃなんだけど、なんとなく時系列であることがわかり、且つ、つながっているんだなぁって、感じる。
前半の火星人とのやりとりも良いけど、特に、この短編集のなかではやや長めの「月は今でも明るいが」と「長の年月」、ラストの「100万年ピクニック」で、しっかりとメッセージもあって、やっぱり「ブラッドベリ的」に面白かった。
満足です。 -
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ネタバレ中村うさぎさんが霧笛の話をしており、この本を読もうと思った。読み進めていくにつれ、私はどんよりとした海に呑み込まれる気持ちになった。霧笛は孤独を象徴していると思う。物語に出てくる頸長竜は仲間の声が聞こえたと思って、暗い海の底の底から長い時間をかけ、泳いできた。なのに、仲間の正体は灯台。結局、竜は大きな声で叫び叫び叫び、灯台を壊して、また海の底で眠りにつく。この孤独感は、今作の竜だけではなく、私たち人間も一生背負っていくものだ。いくら友達や恋人や家族がいても、孤独感は消えないと思う。でも、私たちはこの孤独を背負って生きていくのだと、頸長竜が教えてくれた。
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レイ・ブラッドベリ(1920~2012年)は、米イリノイ州生まれ、高校卒業後に新聞の販売をしていたときに書いた作品(共作)でプロ作家となったが、1950年の『火星年代記』で名声を得、1953年に代表作『華氏451度』を発表した。作品にはファンタジックな雰囲気の短編集が多く、幻想作家として不動の地位を築いた。
『火星年代記』は、米国のSF関連雑誌「ウィアード・テイルズ」等に発表された短編群に、書き下ろし作品を加えた、26の独立した短編を連ねて一つの長編とした作品である。年代記の題名の通り、1950年出版のものは、個々の短編に1999年1月から2026年10月までの年月が付され、その順の構成になっていたが、1997年に発表された改訂版では、前書きを新たに書き下ろし、いくつかの短編を入れ替えた上で、全ての短編を31年遅らせて2030年1月から2057年10月の年月が付されている。
大まかなストーリーは以下である。
火星には既に火星人が文明を築いており、地球から派遣された当初の調査隊は全滅させられてしまうが、第4次調査隊が到着したときには、火星人は地球人が持ち込んだ感染症で絶滅していた。その後、地球人は続々と移住していくが、彼らは過去の火星人の文明には全く関心を示さず、地球・アメリカと同じ街を作り、同じ生活を送った。一方、地球では核戦争が勃発し、それを火星から眺めていた人々は、大半が地球に戻り、ほんの一部が火星に残ったが、地球は滅亡し、火星に残った人々も消滅する。そうした中で、僅か二つの家族だけが地球を脱出することに成功し、誰もいなくなった火星で、新たな火星人としての一歩を踏み出す。
私は最近まで、いわゆるSF(&ファンタジー)はほとんど読まなかったが(ディストピア小説でもある『華氏451度』は随分前に読んだ)、最近、有名な作品はひと通り触れておこうと思い立ち、『星を継ぐもの』、『渚にて』、『火星の人』、『あなたの人生の物語』等を読み、本書もその流れで手に取った。
それらを次々に読んでみてわかるのは(今さらだが)、一口にSFと言っても様々な作風があることだが、本書は、科学的根拠を重視するハードSFとは一線を画す、メッセージ性が強い寓話的な作品である。
ストーリー全体を、地球を旧世界(ヨーロッパのような)に、火星を新世界(アメリカのような)に置き換えて読めば、人類(主として西洋人)の歴史と現状を強烈に風刺しており、更に、我々の未来に強い警鐘を鳴らしていることは明らかなのだ。
本書が書かれたのは第二次世界大戦直後で、それから既に70年以上が過ぎている。しかし、今読んでも古さは感じられないのだが、それは、裏を返せば、70年を経てなお人間も社会も文明も大きくは変わっておらず、本書のメッセージが引き続き有効だということなのだ。我々は滅亡・消滅を免れることができるのか(或いは、我々が「新たな火星人」になることができるのか)、今一度考えるきっかけにしたい作品と思う。
(2024年6月了) -
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火星への移住を試み、実際に移住し、最終的に手放すまでの時代を生きた人達の心情に寄り添ったオムニバスストーリー。なんですが、本作の火星は呼吸もでき、地球からの物資持ち込みも容易な設定なので(設定というよりは当時はそういう場所として想像されていたんだと思いますが)、当時の欧米から見た、地球上にある未開の地との交流といった体で読んだ方が楽しめるかもしれません。
どれも詩的な表現に富んだ素晴らしい短編ばかりでしたが、中でもお気に入りは「第二のアッシャー邸」「火星の人」「長の年月」の3編。特に「火星の人」は居なくなった人を求める人間の心情を繊細に描きながら、ラストの「かんぬきをかけた」という言葉で締める表現があまりに綺麗で、そのやるせなさに心が震えました。 -
Posted by ブクログ
ブラッドベリ初読みでした〜。
地球から火星への植民という、作品全体を貫くひとつの設定。それを繰り広げられるSF連作短編集。
いちおうSFだけれど、人間模様や風景の描き方がかなり幻想的で詩的で叙情的。幻想小説といった方がしっくり来る。
火星人も出てくるのだけれど、そのイメージが序盤と終盤ではけっこう違う。後半では火星人は、エルフや何か人外の架空生物のよう。
年代を追うごとに火星や地球人を取り巻く状況が変化してゆくので、続きが気になりつい読んじゃう。
【ネタバレあり】
全体の大きな破滅の中にも一縷の希望があるという終わり方が『華氏451度』を彷彿とさせる。といっても、原作は未読で映画だけ観て抱いた印象なので、積んである原作も読みたい!
時代とともに改変されたとのことなので、旧版もいつか読みたい(別宅にある)。元は1999年から始まる設定だったらしい。時代が作品を追い越してしまうというのはSF作品の宿命だよなあと思う。どれくらい先を「未来」と考えるか、だね。
途中で聖職者が出てくるのが、いかにもアメリカSFという印象。SFは私は原作を読んだ数より映像作品を観た数の方が多いんだけど、必ず神父さんや牧師さんが出てきて、未知の現象への彼らの解釈を拠り所にする人々が描かれるよね。日本に置き換えてみると坊さんとか神主さん的存在なんだよなと思うと不思議な気がしちゃうよね。
噂に違わぬ詩的で叙情的な世界観でした〜。もっと読みたい!!次はやっぱり『華氏451度』かなあ -
Posted by ブクログ
ネタバレとにかくめちゃ怖かった!
ハロウィンに古びた列車で街にやってきたカーニバルは、人々の負の感情を糧に永遠に続く悪夢のような存在。ターゲットにされた人間は時を巻き戻すメリーゴーランドにのせられ、何十歳も年を取り(または若返り)、日常での居場所が無くなり、カーニバルの一員になるしかなくなる。もう2度と戻れない日常に絶望する人間の感情はカーニバルを運ぶ列車の燃料となる。
仲良しな13歳の2人の少年がそのカーニバルに捕らえられそうになる話。
メリーゴーランドに乗ってぐるぐる回ることがこんなに怖い話になるとは…。鏡の迷路で、突然何十年も年を取った自分の姿を見る羽目になるのはこわい。
少年たち2人とも仲良しでやんちゃで悪戯好きで優しくて愛しいので、この2人が不幸になったらどうしようとハラハラしたけど。ハッピーエンドでよかった。やはり親の愛は偉大。
レイ・ブラッドベリの作品初めてだった。けっこう純文学的な表現が多めな印象。ちょっと読みづらいところもあったけど、普段そっけなかったパパが一生懸命息子に語るところは美しい表現だった。
自分がくたびれてる様子でも日々妻と息子を思って善い事をしようとしてるからであって、けして不幸だとは思っていないこと。
息子から見た親は善だけで出来ているように見えるだろうけどそんなことはなくて、父も母も善と悪で出来ているんだよと。でもそんな父と母の善を半分ずつ受け取ってすべてが善の存在がおまえなんだよ。
ってシーンがすごく好き。散々世の中の人間みんな悪があるとか言ってたのに、でも息子だけはキラキラした純粋な善だけで出来てるって心の底から思ってるという。これが親心ってやつなのかな。
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Posted by ブクログ
ネタバレ・あらすじ
2030年代の火星に地球から探検隊がやってくる。
地球からの移住者、火星人たちの文明と滅亡が書かれた火星が舞台の短編オムニバス小説。
・感想
海外SF小説が好きなYouTuberさんがレイブラッドベリを紹介した動画をみて興味を惹かれ購入。
超超有名なディストピア小説「華氏451度」はずっと読んでみたいと思いつつ未読なんだけど、この作品から読んでみようと思い手に取った。
あまり事前情報を仕入れずに読み始めたので「詩的な文章」という私がもっとも苦手とする表現が多く、抽象的というか想像力が必要な作品で序盤は雰囲気を掴むのにちょっと手こずってしまった。
でも「第3探検隊」からの「月は今でも明るいが」が良すぎて、そこからはブラッドベリの魅力を堪能しながら読むことができた。
特に「月は今でも明るいが」がよかったなーー。
「生きるとは」「なぜ生きているのか」という思春期に誰しもが持つ純粋で普遍的、根源的な哲学的な問いと火星人たちの結論。
科学と宗教と芸術の哲学が生活にどのように染み渡っているか〜的な解釈が好きだった。
物質至上主義の地球人と、執着や即物的な欲望から肉体を捨て去ることで脱却し精神世界に全振りすることで解き放たれた火星人の対比。
先住民族の文明・文化を壊し開拓する人間の傲慢さも描かれてるけど、そういう性質は何年経っても変わらないものなんだな。
のちに第3探検隊の面子が出て来た時と彼らの行く末も退廃的で好き。
最後の短編「百万年ピクニック」が綺麗にこの作品を締めくくってて良かった。 -
Posted by ブクログ
レイ・ブラッドベリの1962年発表のダークファンタジー。著者は短篇のイメージが強いですが、これは長篇。1983年にディズニーで実写映画化(映画自体は凡作との評価)。
10月のある夜、田舎町に突然現れたカーニバル。親友同士の少年2人は、そのカーニバルの奇怪で異常な様子を覗き見てしまいます。やがて2人は、そのカーニバルの邪悪な秘密を知ってしまい、その魔の手から逃れようと苦闘して、父親も巻き込みながら物語は佳境に突き進んで行きます…という話し。
人々の弱点である人生における若さや老いを巧みについてくる、カーニバル座長のミスター・ダークと、少年2人や父親の心の動きの描き方が素晴らしく、物語に引き込まれました。また、この手の冒険譚は、子供だけで解決することが多いのですが、この物語は父親がとてもいい役割りをしていたのが印象深かったです。特に、28節にある父と子の会話が秀逸ですね。ラストもいい終わり方だと思いました。
追記:
訳者あとがきによると、スティーブン・キングがブラッドベリの最高傑作と思っているとの発言を引用していました。