レイ・ブラッドベリのレビュー一覧
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レイ・ブラッドベリ(1920~2012年)は、米イリノイ州生まれ、高校卒業後に新聞の販売をしていたときに書いた作品(共作)でプロ作家となったが、1950年の『火星年代記』で名声を得、1953年に代表作『華氏451度』を発表した。作品にはファンタジックな雰囲気の短編集が多く、幻想作家として不動の地位を築いた。
『火星年代記』は、米国のSF関連雑誌「ウィアード・テイルズ」等に発表された短編群に、書き下ろし作品を加えた、26の独立した短編を連ねて一つの長編とした作品である。年代記の題名の通り、1950年出版のものは、個々の短編に1999年1月から2026年10月までの年月が付され、その順の構成になっていたが、1997年に発表された改訂版では、前書きを新たに書き下ろし、いくつかの短編を入れ替えた上で、全ての短編を31年遅らせて2030年1月から2057年10月の年月が付されている。
大まかなストーリーは以下である。
火星には既に火星人が文明を築いており、地球から派遣された当初の調査隊は全滅させられてしまうが、第4次調査隊が到着したときには、火星人は地球人が持ち込んだ感染症で絶滅していた。その後、地球人は続々と移住していくが、彼らは過去の火星人の文明には全く関心を示さず、地球・アメリカと同じ街を作り、同じ生活を送った。一方、地球では核戦争が勃発し、それを火星から眺めていた人々は、大半が地球に戻り、ほんの一部が火星に残ったが、地球は滅亡し、火星に残った人々も消滅する。そうした中で、僅か二つの家族だけが地球を脱出することに成功し、誰もいなくなった火星で、新たな火星人としての一歩を踏み出す。
私は最近まで、いわゆるSF(&ファンタジー)はほとんど読まなかったが(ディストピア小説でもある『華氏451度』は随分前に読んだ)、最近、有名な作品はひと通り触れておこうと思い立ち、『星を継ぐもの』、『渚にて』、『火星の人』、『あなたの人生の物語』等を読み、本書もその流れで手に取った。
それらを次々に読んでみてわかるのは(今さらだが)、一口にSFと言っても様々な作風があることだが、本書は、科学的根拠を重視するハードSFとは一線を画す、メッセージ性が強い寓話的な作品である。
ストーリー全体を、地球を旧世界(ヨーロッパのような)に、火星を新世界(アメリカのような)に置き換えて読めば、人類(主として西洋人)の歴史と現状を強烈に風刺しており、更に、我々の未来に強い警鐘を鳴らしていることは明らかなのだ。
本書が書かれたのは第二次世界大戦直後で、それから既に70年以上が過ぎている。しかし、今読んでも古さは感じられないのだが、それは、裏を返せば、70年を経てなお人間も社会も文明も大きくは変わっておらず、本書のメッセージが引き続き有効だということなのだ。我々は滅亡・消滅を免れることができるのか(或いは、我々が「新たな火星人」になることができるのか)、今一度考えるきっかけにしたい作品と思う。
(2024年6月了) -
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火星への移住を試み、実際に移住し、最終的に手放すまでの時代を生きた人達の心情に寄り添ったオムニバスストーリー。なんですが、本作の火星は呼吸もでき、地球からの物資持ち込みも容易な設定なので(設定というよりは当時はそういう場所として想像されていたんだと思いますが)、当時の欧米から見た、地球上にある未開の地との交流といった体で読んだ方が楽しめるかもしれません。
どれも詩的な表現に富んだ素晴らしい短編ばかりでしたが、中でもお気に入りは「第二のアッシャー邸」「火星の人」「長の年月」の3編。特に「火星の人」は居なくなった人を求める人間の心情を繊細に描きながら、ラストの「かんぬきをかけた」という言葉で締める表現があまりに綺麗で、そのやるせなさに心が震えました。 -
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ブラッドベリ初読みでした〜。
地球から火星への植民という、作品全体を貫くひとつの設定。それを繰り広げられるSF連作短編集。
いちおうSFだけれど、人間模様や風景の描き方がかなり幻想的で詩的で叙情的。幻想小説といった方がしっくり来る。
火星人も出てくるのだけれど、そのイメージが序盤と終盤ではけっこう違う。後半では火星人は、エルフや何か人外の架空生物のよう。
年代を追うごとに火星や地球人を取り巻く状況が変化してゆくので、続きが気になりつい読んじゃう。
【ネタバレあり】
全体の大きな破滅の中にも一縷の希望があるという終わり方が『華氏451度』を彷彿とさせる。といっても、原作は未読で映画だけ観て抱いた印象なので、積んである原作も読みたい!
時代とともに改変されたとのことなので、旧版もいつか読みたい(別宅にある)。元は1999年から始まる設定だったらしい。時代が作品を追い越してしまうというのはSF作品の宿命だよなあと思う。どれくらい先を「未来」と考えるか、だね。
途中で聖職者が出てくるのが、いかにもアメリカSFという印象。SFは私は原作を読んだ数より映像作品を観た数の方が多いんだけど、必ず神父さんや牧師さんが出てきて、未知の現象への彼らの解釈を拠り所にする人々が描かれるよね。日本に置き換えてみると坊さんとか神主さん的存在なんだよなと思うと不思議な気がしちゃうよね。
噂に違わぬ詩的で叙情的な世界観でした〜。もっと読みたい!!次はやっぱり『華氏451度』かなあ -
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ネタバレとにかくめちゃ怖かった!
ハロウィンに古びた列車で街にやってきたカーニバルは、人々の負の感情を糧に永遠に続く悪夢のような存在。ターゲットにされた人間は時を巻き戻すメリーゴーランドにのせられ、何十歳も年を取り(または若返り)、日常での居場所が無くなり、カーニバルの一員になるしかなくなる。もう2度と戻れない日常に絶望する人間の感情はカーニバルを運ぶ列車の燃料となる。
仲良しな13歳の2人の少年がそのカーニバルに捕らえられそうになる話。
メリーゴーランドに乗ってぐるぐる回ることがこんなに怖い話になるとは…。鏡の迷路で、突然何十年も年を取った自分の姿を見る羽目になるのはこわい。
少年たち2人とも仲良しでやんちゃで悪戯好きで優しくて愛しいので、この2人が不幸になったらどうしようとハラハラしたけど。ハッピーエンドでよかった。やはり親の愛は偉大。
レイ・ブラッドベリの作品初めてだった。けっこう純文学的な表現が多めな印象。ちょっと読みづらいところもあったけど、普段そっけなかったパパが一生懸命息子に語るところは美しい表現だった。
自分がくたびれてる様子でも日々妻と息子を思って善い事をしようとしてるからであって、けして不幸だとは思っていないこと。
息子から見た親は善だけで出来ているように見えるだろうけどそんなことはなくて、父も母も善と悪で出来ているんだよと。でもそんな父と母の善を半分ずつ受け取ってすべてが善の存在がおまえなんだよ。
ってシーンがすごく好き。散々世の中の人間みんな悪があるとか言ってたのに、でも息子だけはキラキラした純粋な善だけで出来てるって心の底から思ってるという。これが親心ってやつなのかな。
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ネタバレ・あらすじ
2030年代の火星に地球から探検隊がやってくる。
地球からの移住者、火星人たちの文明と滅亡が書かれた火星が舞台の短編オムニバス小説。
・感想
海外SF小説が好きなYouTuberさんがレイブラッドベリを紹介した動画をみて興味を惹かれ購入。
超超有名なディストピア小説「華氏451度」はずっと読んでみたいと思いつつ未読なんだけど、この作品から読んでみようと思い手に取った。
あまり事前情報を仕入れずに読み始めたので「詩的な文章」という私がもっとも苦手とする表現が多く、抽象的というか想像力が必要な作品で序盤は雰囲気を掴むのにちょっと手こずってしまった。
でも「第3探検隊」からの「月は今でも明るいが」が良すぎて、そこからはブラッドベリの魅力を堪能しながら読むことができた。
特に「月は今でも明るいが」がよかったなーー。
「生きるとは」「なぜ生きているのか」という思春期に誰しもが持つ純粋で普遍的、根源的な哲学的な問いと火星人たちの結論。
科学と宗教と芸術の哲学が生活にどのように染み渡っているか〜的な解釈が好きだった。
物質至上主義の地球人と、執着や即物的な欲望から肉体を捨て去ることで脱却し精神世界に全振りすることで解き放たれた火星人の対比。
先住民族の文明・文化を壊し開拓する人間の傲慢さも描かれてるけど、そういう性質は何年経っても変わらないものなんだな。
のちに第3探検隊の面子が出て来た時と彼らの行く末も退廃的で好き。
最後の短編「百万年ピクニック」が綺麗にこの作品を締めくくってて良かった。 -
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レイ・ブラッドベリの1962年発表のダークファンタジー。著者は短篇のイメージが強いですが、これは長篇。1983年にディズニーで実写映画化(映画自体は凡作との評価)。
10月のある夜、田舎町に突然現れたカーニバル。親友同士の少年2人は、そのカーニバルの奇怪で異常な様子を覗き見てしまいます。やがて2人は、そのカーニバルの邪悪な秘密を知ってしまい、その魔の手から逃れようと苦闘して、父親も巻き込みながら物語は佳境に突き進んで行きます…という話し。
人々の弱点である人生における若さや老いを巧みについてくる、カーニバル座長のミスター・ダークと、少年2人や父親の心の動きの描き方が素晴らしく、物語に引き込まれました。また、この手の冒険譚は、子供だけで解決することが多いのですが、この物語は父親がとてもいい役割りをしていたのが印象深かったです。特に、28節にある父と子の会話が秀逸ですね。ラストもいい終わり方だと思いました。
追記:
訳者あとがきによると、スティーブン・キングがブラッドベリの最高傑作と思っているとの発言を引用していました。 -
ネタバレ 購入済み
散文ファンタジー
不意にSF小説が読みたくなり、おすすめをググった結果出会った一冊。散文形式と、あまりに科学考証が乏しいので、読み出してすぐにどうしたものかと悩みましたが、一応読破。そんな読者にとって、SFとはスペース・ファンタジーなのだと思い至らされた一冊でした。架空の世界で、書きたい主題を取り扱うのに、「考証」がどれだけ必要なのか? 必要ありませんよね。
人類に対する悲観的で、不信感をまとった話の運びのなかに、理由はないけど、ヒトはそれでも生き残るのだという、不思議な万能感を示した一冊。
イーロン・マスクは本当に火星を目指すのか?? -
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短編集。SF。ファンタジー。ミステリ。ホラー。幻想。
多様なジャンルの作品を詰め込んだ一冊。
『火星年代記』収録の「イラ」「夜の邂逅」「やさしく雨ぞ降りしきる」は再読。初読のときより楽しめた。
好きな作品も嫌いな作品もあり。やはりSFが好き。ホラーもなかなか。
全体的な満足度は☆3くらいだが、「万華鏡」「霧笛」「やさしく雨ぞ降りしきる」が傑作だと思うので、気持ち甘めに☆4に。
「草原」ヴァーチャルリアリティ。オチが良い。
「歓迎と別離」切ないファンタジー。永遠の少年。
「メランコリイの妙薬」不思議な話。ちょっとイカれてる。
「イラ」火星。とある火星人のファーストコンタクト。
「小ねずみ夫婦」奇妙な隣人。よく分からない。
「夜の邂逅」幻想小説in火星with火星人。
「骨」ホラー。自分の骨を恐れる男。微妙。
「万華鏡」宇宙漂流SF。人間の醜さと宇宙の美しさ。宇宙で死ぬときに、何か良いことができるのか。15ページと短いながらも感動的。
「日と影」ユーモア?イカれた男。
「刺青の男」ホラー。オチは読めたが、奇抜な設定が印象的。
「霧笛」恐竜。センチメンタル。
「熱にうかされて」SFホラー。ジワジワと怖さが迫る感じ。なかなか良い。
「やさしく雨ぞ降りしきる」SF。無人の家と機械。哀愁漂う。
他13作品、全26作品。 -
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レイ・ブラッドベリの自選傑作集。
怪奇小説、SF、心温まるようなものまで。たんぽぽのお酒は、選り抜きとはいえ文庫で読めるのはこれくらいなんじゃないでしょうか。
レイ・ブラッドベリの入門に最適な一冊です。
私は今まで二冊程しか読んだことがないので、メキシコものを読んだのは初めてです。
特に気に入ったのは表題作の「万華鏡」です。宇宙船が砕けて、宇宙に放り出された乗員たち。推進器具もないので、全員がどんどん離れて、無線電話で届かなくなるまで会話します。極限の状態で人間としての差を見てしまい、一人っきりで悩みます。自分に何ができるだろう?そんな言葉と、最後のおちの文章でなんともいえない気分になります。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ・レイ・ブラッドベリ「万華鏡」(創元SF文庫)に は「ブラッドベリ自選傑作集」とある。書名通り、表題作を初めとして、作者自選の「草原」「メランコリイの妙薬」「刺青の男」「霧笛」等々の26編を収め る。この中には「たんぽぽのお酒」や「火星年代記」のエピソードも含む。本当に作者選りすぐりの短編集である。特定のジャンルに偏ることもないので、ブ ラッドベリのさまざまな面を知ることができる。おもしろい。本書扉に、「天才作家の幅広い創作活動を俯瞰できる、最大にして最適の一冊。」とある。この先 にも、これだけの内容のブラッドベリの短編集は出ないだらう。たぶんこの一文は正しい。
・巻頭第一作「アンリ・マチスのポーカー・チップの目」は個人的にあまり好きではない。なぜかういふ作品を巻頭に持つてきたのかと私としては疑問に思つて しまふのだが、こんなことを考へる私は「世界はなんと想像力に欠けているのだろう」(29頁)といふ、その「世界」の住人だからなのかもしれない。次の 「草原」、子供の豊かな創造力が大人を食ひ殺す物語である。子供達の両親もまたこの「世界」の住人であつたがゆゑに、子供達の想像力を恐れ、それに食ひ殺 されたのである。子供達の名前がピーターとウェンディであるのは十分に考へられた結果なのであらう。ピーターは永遠の少年といふつながりで次に「歓迎と別離」が置かれてゐるのであらうと思ふのだが……この物語の主人公ウィリーは「十二歳の小柄な少年。ただし、スーツケースには四十三年前に生まれたことを示す出生証明書がはいっている。」(63頁)見かけは少年、「身長四フィート、ひげを剃る必要はな」(64頁)い。肉体的に永遠の少年である。精神的には、 しかし、「ぼくにも仕事があるんだ。孤独な人々をしあわせにする仕事。(中略)ぼくがやらなければならないのは、母親のいいつけを守る息子、父親の自慢の種になることだけ。」(72頁)と考へる立派な大人なのである。それゆゑにその永遠の少年が発覚しさうになると、ウィリーは新たな居場所を求めて旅に出 る。その繰り返しである。私達の「世界」の住人はこの永遠の少年を認めない。人は老いて死ぬ。老いて死なぬこと、いや老いることのないことを認めない。 ウィリーはそこを出るしかない。これは例の萩尾望都「ポーの一族」と同じ設定ではないか。こちらが1953年発表であるからには、この二つに何らかの関係 があるとすれば、こちらが本家なのであらう。ピーターパンのやうにこの「世界」と孤絶して生きてゐなければ、永遠の少年の運命はかくの如きものであらう。 その意味ではいささか平凡と思はれる物語だが、ブラッドベリの嗜好がよく分かる作品である。実は私はこれが最もうれしかつたと書く一方で、「たんぽぽのお酒」がその一部しかないのは残念だと思ふ。と言つても本書が自選短篇集であるからには、さうせざるをえなかつたのは分かる。本人もそのあたりを悩んだのか もしれない。それでも、私はやはり永遠の少年たるブラッドベリの物語が好きである。ただ、表題作の「万華鏡」や最後の「やさしく雨ぞ降りしきる」のやうな終末の如き物語も好きである。「やさしく」は2026年の物語である。「火星年代記」の一部だが、地球の終末を描く。現在からすると近い将来だが、発表された1950年からすれば十分に遠い未来であつた。未来はかくも機械化されてゐるといふわけで、それが人間がゐなくても動き続ける世界である。「万華鏡」の登場人物が何もない宇宙に放り出されて消えるしかない運命にあるのと対になる。幅広い作品の中で、私にはやはりかういふのがブラッドベリだと思ふ。 -
Posted by ブクログ
米国のSF・幻想文学作家のレイ・ブラッドベリによる1953年発表の作品。
ジョージ・オーウェルの『1984年』などと並び、代表的なディストピア小説のひとつと言われる。ディストピア小説とは、SFなどで空想的な未来として、理想郷(=ユートピア)の正反対の社会(=ディストピア)を描いた小説で、その内容は政治的・社会的な様々な課題を背景としている場合が多い。
華氏451度とは、摂氏では233度にあたり、紙が自然発火する温度というが、本作品は本の所有や読書が禁じられた近未来の物語である。
主人公は「焚書官」として、人類の叡智の結晶である本を焼き尽くす仕事をしているが、その一方で人々は超小型ラジオや家の大型テレビで絶え間なく娯楽を提供されている。彼らが生きている社会では、ホイットマンもフォークナーも聖書も禁書とされ、人々は権力者の都合のいい刹那的な娯楽により飼いならされ、自ら考えることを自然に奪い取られている。
主人公は、その後、謎の少女クラリス、元大学教授フェイバーと知り合い、自分の仕事に疑問を持つようになり、書物の重要性に目覚めて、自分の上官を焼き殺して逃走する。そして、最後に、書物を自分の頭に焼き付けて未来へ伝承しようとしている老人の一団に出会う。
現代の世の中は(少なくとも日本は)、体制側の明示的な意図によって、個々人が自らの考える材料や機会を制限されることは殆どない。しかし、TVをつければ大多数のチャンネルでお笑い番組が流れ、ネットを見れば多くの人がアクセスしたサイトや、過去の自分のアクセス・購入履歴に基づいたサイトが自動的に表示される。。。体制側の焚書官がわざわざ書物を焼かなくても、自らが考えることを放棄するような状況を作り出しているのではあるまいか。。。
まさに現代において考えるべき、重いテーマを扱った作品である。
(2013年1月了)