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Posted by ブクログ
新訳も買ってたのに、間違えて古い方で読んでしまいました。が、それはさておき非常に良かった。
複雑なことを考えさせないために、不要な情報の負荷を与え続けることで市井の人を無害化させるというのは、SNSなどで情報の洪水が押し寄せる現代を予見していたようで、読んでいてヒヤッとしました。
まぁ、ただ「辛い状態を麻痺させるため」だと言われると絶対に悪だとも言い切れず、是非の判断は個人にゆだねられるべきだとは思いますけどね。
また、好みのコンパニオン(家族)が画面から派手な映像と共に話しかけてきたり、ストーリーを流したりするのは、AIコンパニオンに依存する人や、今後AIで個人に最適化されたコンテンツが量産される近未来を予見しているようで、こちらもゾクっとしました。
あとは、機械シェパードが怖い。足が多くて蜘蛛のように動く機械が、においを追ってシャカシャカ近づいてきたうえに薬物を打ち込んでくるとか、悪夢以外の何物でもないですよね。
『ゴールデンスランバー』では「お前、オズワルドにされるぞ」と体制のせいで犯罪者に仕立て上げられる人が主人公でしたが、その逆(オズワルド側)からみた、罪の押し付けというのも結構怖いものだなと思いました。
これだけ市井の人の思考力を奪っておきながら、あの機械シェパードが作れたり、終末戦争に至ったりするプロセスは正直よくわからないな、とは思いました。そういった点や、他国が存在する中で、国力を著しく下げる体制を取るという点には大きめの疑問が残りますが、それ以外の未来予想やSF的なディテールで十分に楽しめたので良しとします。
にしても、著者は本好きですよね。本というよりは思索の積み重ねとしてのメディアの大切さと、それを消化し次につなげることの重要性がわかっているのかもしれないですね。
Posted by ブクログ
「世の中に本がなくても困らない」「本を読まなくても平気」な人がいる(このサイトにはいないだろうけど)。そういう人だって情報はないと困るし、ネットニュースやSNSやTVなどで収集しているだろう。この小説で書かれる「書物」と「TV」は情報を得る媒体として何が違うのだろうか? 一つは読書という行為は受け身の人には敷居が高いということにあるのかも。ネットやTVは受け身でも何とかなるが、読書は受け手が何らかの「問い」を持たない限り、行為が発動しないという不親切さがあるのだと思う。この作品で燃やされる書物は、人間の「問い」の直喩であり、その背景にある「知性」のことだと締めくくられている。読む前はもっとシニカルでアイロニカルな文明批評なのかと思いきや、かなり作者の危機感や怒りが率直に感じられて意外だった。ちなみにこの作品で人間を無思考状態に陥らす「壁テレビ」は、従来のテレビではまだ生ぬるかったが、ほぼほぼ今のスマホで代替可能になった。スマホはTVと違って10時間を超える利用も可能。「考えるための余暇」も確実に奪い得るのだから。
Posted by ブクログ
昔のSF小説を読むと、人間社会の行く末を的確に予見した知性の働きに驚く。
本が禁止された世界で、焚書官モンターグの仕事は、本を焼き払うこと。人々は本を読み、物事の本質を捉えることをやめてしまい、物事を考えるいとまを持つこともなく、「幸せ」に暮らしている。
しかし、その世界には戦争が迫っている。テレビやラジオは戦争のことを語らず、のんきな人々は「戦争は誰か他の人が死ぬもの」と思い込んでいる。
実は、この世界では、初めに焚書官がいたのではなく、初めには本を読まなくなった人々がいた。
それから、本を忌み嫌う政権が生まれ、人々が惑わされないようにと本を選び禁止していった。
これは2000年代からの日本の話でしょうか。
本を読まなくなった人々。知性を忌み嫌う政権。
互いを監視し合う自粛警察。溢れる音楽と動画配信。暇や空白の時間を無くし、汲々と効率の良い生活を求め。私たちはせっせとディストピアを自らの手で建設しているように思えてなりません。
Posted by ブクログ
本の所持が禁止された世界を舞台に、見つかった本を焼き払う”焚書官”の仕事をするモンターグの姿を描いたディストピアSF。
以前NHKの「クローズアップ現代」で読書について取り上げられているのを見ました。その番組の中の実験で普段読書をする学生としない学生でレポート課題に取り組む際どのような違いが見られるか、ということが実験されていたのですが、それがこの本の内容とシンクロしているような気がします。
モンターグはふとしたきっかけから衝動的に一冊の本を持ち帰り、その本を読み自分の仕事に疑問を持ち始め元大学教授のフェイバーに話を聞きにいきます。
フェイバーが語る書籍のない社会に欠けているもの。一つはものの本質をつかむ力。二つ目はその本質を消化する閑暇。そして三つ目が先の二つから学び取ったものを基礎において行動する力だそうです。
本が禁止された世界は、この小説の中ではこんな風に書かれています。
まず重要な役割を演じているのはテレビです。テレビは映像や音響の力で人間の想像力を縛ります。
また徹底したカットや編集、あらすじや概要だけを伝える省略化によって、視聴者にその番組の細かいところを想像させないようにし、また次の番組に移るという情報の意味を考えさせない工夫がされています。
また余暇はスポーツを徹底させて組織論を身体に覚えこませ、また身体を動かすことでふと物思いにふける時間を取らせないようにしています。
こんな世界だからこそ、人々は何も考えず与えられた情報をただ消費するだけになってしまい結果的に支配しやすくなるというわけです。
そして自分がNHKの番組とシンクロしていると感じたのはフェイバーが語る3つ目の理由。学び取ったものを基礎において行動する力です。
NHKの読書をする学生としない学生のレポート課題の取り組み方を調べる実験によって明らかになった違い。前者はネットで調べた後、本からさらに課題について知識を得、独自の観点を見つけそこから自分の意見を展開していったことに対し、
後者はネットで調べた多様なテーマをコピー貼り付けし、最終的にその多様なテーマを意見や考察に結びつけることなく簡単に数行で終わらせてしまう結果に終わったそうです。
こうしたところに学び取ったものを基礎において行動する力の限界が見えたように思いました。
ネットやSNSで簡略化された情報が次々と現れては消えていくようになった現代において、60年以上前に書かれたこの小説は今もなお警鐘を鳴らし続けているように思います。
警句的な意味でも名作ですが、ところどころに見られるブラッドベリらしい詩的なイメージや文章もさすが、と思いました。
そして徐々に本の重要性を知っていき、本を守るために命を懸けるモンターグの姿は本好きとして応援せずにいられなくなりました。そういう意味でとても共感しやすかったと思います。
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小説・文芸
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