あらすじ
華氏451度──この温度で書物の紙は引火し、そして燃える。451と刻印されたヘルメットをかぶり、昇火器の炎で隠匿されていた書物を焼き尽くす男たち。モンターグも自らの仕事に誇りを持つ、そうした昇火士(ファイアマン)のひとりだった。だがある晩、風変わりな少女とであってから、彼の人生は劇的に変わってゆく……本が忌むべき禁制品となった未来を舞台に、SF界きっての抒情詩人が現代文明を鋭く風刺した不朽の名作、新訳で登場!/掲出の書影は底本のものです
...続きを読む感情タグBEST3
Posted by ブクログ
本を焚書する世界の話
主人公は昇火士だがだんだん本に惹かれ、所有してしまう、そして殺人を犯し、追われる。
思考する自由を手近な楽な娯楽で奪う。当事者もそれでいいとおもってる。そうでない人間はおかしいと。
現代に通ずるものがあるとおもって、読み慣れない文章ながら読み進められた。
こんな話1953年に書いていることが凄いとおもった。
Posted by ブクログ
凄く「考える時間」をくれた本でした。
最初詩的過ぎて、景色が読み取り辛く感じていましたが、読み進めていくと喋っている言葉自体は分かりやすく、ストーリーも何ら難しいこともないので、序盤で❝ウグッ❞と思っても是非読んでみてほしい本ですね。
以下は読んでて思ったことを書き連ねてみた。
この世界は人が「考えない」未来を選んだ場合の世界ってことなのかもな。不安に思うこともない。相手のことを考えることもない。馬鹿でいい。低い所で皆一緒。それが幸せ。
人はいつかAIやネットに考える事を任せ、何も覚える事も、考えることもできずに「AIが言ったことしか言えなくなる」そんな日が来る気がしてならない。
言葉は人を結び、読書は考える時間を与え、本は大事なものを遺す為のもの
あと偶然だけど、私の大好きなアニメ名探偵コナン#1194(読み終わる前日の話)で「ファイアマン」て文言が出てきて何となく嬉しくなった。
こういう偶然て大好物です。
Posted by ブクログ
華氏451度の世界では、不快な物を排除し続けた結果、情報は単純化し、人々は快楽をもたらす物にしか関心を示さなくなった。そして、人々はこの世界で起きていることに興味を示さなくなった。人々から好奇心が消えたのだ。その点においてクラリスという少女はこの世界において特異な存在であったと言える。人々から好奇心が失われた世界でクラリスは世界に対する疑問や関心を持ち続けたのだ。クラリスはこの小説における好奇心の象徴であると言える。そしてモンターグはクラリスと関わるうちに、クラリスの持つ好奇心に惹かれていった。真実を知りたいという好奇心がモンターグの心を動かす原動力となったのだ。
そして私も読み進めるうちにクラリスの好奇心に惹かれていった。暫く忘れていた好奇心に火をつけてくれたのだ。この本を読み進めるとどの様な事が書いてあるのだろう、他の本にはどの様な事が書かれているのだろうと。長年忘れていた本への好奇心をクラリスは蘇らせてくれたのである。久々に手に取った本がこの「華氏451度」で良かったと心から思う。
Posted by ブクログ
禁書を燃やす昇火士
社会を丸め込むには、やっぱりメディアに釘つけさせること。
偏った情報を浴びせ続けて情報を管理すること、
何も考えない方が良い、楽しいのがいいと洗脳することなんだ…と。
人間から思考力を奪うこと、、
ディストピア小説を何冊か読んだがどれもそのようなことが書いてある。
このメディアも今のYouTube等じゃないか、
戦争はドローンでしているようなことも
色んなことが予想されている。
ドンピシャで怖い。
考えることをやめたくない、古典を読みたいと思える本だった
Posted by ブクログ
めちゃめちゃ面白かった。私が読んだ中のサイバーSFの作品で一番古いかな?(定かでない)
読んでいる時ニューロマンサーを彷彿とさせた。
レイ・ブラッドベリ、ウィリアム・ギブスン、フィリップ・K・ディックの御三方を勝手に私が選ぶサイバーSFの御三家においてみて、もう一度読みたい。し、好きなテイストなので未読のものもどんどん読み進めていきたい。(こういうのを書いていると、ふと伊藤計劃の新作が読めないことを思い出して悲しい気持ちになる。)
Posted by ブクログ
ぼくたちが幸福でいられるために必要なものは、ひとつとして欠いていません。それでいて、ちっとも幸福になれずにいます。それには、なにかが欠けているにちがいありません。考えてみますに、ぼくたちの手からなくなったものといえば、この十年か十二年のあいだ、ぼくたちの手で焼きつづけてきた書物だけです。そこで、考えました。この不満を補ってくれるのは書物ではないかと
Posted by ブクログ
読んでて何となく1984を思い出した。
全然ストーリーラインが違うものの、世の中で何かを考えたり大衆に向けた正解を鵜呑みにすること、答えが一つである世界の怖さを描いている気がしたため。
主人公が殺してしまった上司は死にたがっていたのか、彼は本に詳しく博識なのになぜ昇火士をしていたのか、という点が気になった。
昇火士をしている人が、本を燃やしつつ本を手放したくない人たちへ罪悪感を持つくだりで「皆一度はこうなる」といった旨の話があったから、本について考えてしまい、世の中の境界に疑問を持つ人が出やすい仕事なのかなと思った。
少女と出会って楽しいと思っていた主人公は、最初からもう世界の正解から外れてしまう運命にあったのかもね、とも思う。
もう一度読もうかな、と思った。
Posted by ブクログ
家に火をつけて楽しんでいるシーンから始まり驚きましたが、どうやらこの世界では本を所持していたらいけないらしいので、家に火をつけていた主人公モンターグはお仕事中だったようです。所謂焚書。それでは人々はどう暮らしているのか?「ラウンジ」という参加型の放送を楽しみ、「巻き貝」というイヤホンみたいなものをずっと耳につけています。現代と同じような生活ですね。レイ・ブラッドベリはこのような未来を予測していたのでしょうか。現代への風刺かな?と思える物語でした。面白かったです。
Posted by ブクログ
久しぶりに再読しました。
とんでもなく面白いです。
手に汗握る展開の連続で片時も目を離せません。
何十年も前の小説なのにとてつもなく現代への風刺が効いててその鋭さに圧倒されます。
とてもシリアスな内容ではありますがな自分にはどこか素朴な手触りを持って読めました
Posted by ブクログ
ハインリッヒ・ハイネがその著書「アルマンゾル」で「本が焼かれるところでは、いずれ人も焼かれるのです」と記し、1933年5月10日にフンボルト大学にあるベルリン・ベーベル広場でナチス学生が反ナチス的図書と勝手に決めつけた2万冊の本を山のように積んで焼き捨てた。日本は第2次世界大戦中に北京の精華大学でナチスの10倍である20万冊の本を焼いた。今も共和党州であるテネシー州の州都ナッシュビルで同じように焚書が行われたが、トランプ狂信者のMAGAが遅れた野蛮な南部で本を焼いている。そのような現代だからこそこの小説を読む意義がある。
違法とされた本が燃やされ、その本が隠されている家も燃やす未来で、主人公ガイ・モンターグは本を燃やす役人=昇火士をしている。ある日、いつものように違法の本を見つけ、その本が隠されている家も焼き払う。その時、その家の住民が焼ける家で焼身自殺をする。これに衝撃を受けたモンターグはこっそり本を家に持って帰る。映画だとデヴィット・コパフィールド。
この時代は、人々は新メディアたる映画やテレビしか観ないようになり、本は関心を持たれなくなった。現代は頭の悪い人々がyoutubeのショート動画しか見ないが、それと同じだ。本は人々を混乱させ精神疾患の元凶とされ焼かれる対象となった。
モンターグは妻のミルドレッドに本の重要性を説くが、ミルドレッドは理解しない。また、モンターグはファーバーという本が禁止される前には英文学の教授をしていた人物と会う。
そうこうしているうちにモンターグが本を持っていることがバレて、同僚の昇火士から本と家を「お前が焼け」と言われ、逆にそれら同僚を焼き殺す。そこから逃げ、ファーバーの案内で知識人集団と会う。この人達は頭の中に本の記憶を持つことで本の知識を生存させてきた。小説の中ではそういう方法があることになっている。その人達と記憶や知識の共有をしている時に、核戦争がはじまり、一夜でモンターグが住んでいた都市が全滅し、住民は死滅する。モンターグ達は生き残る。その後、モンターグ達は廃墟の年に戻り、社会を再建する。
この小説は1953年に書かれ、つまり赤狩りの最中に書かれた。ソ連への恐怖から扇動政治家ジョセフ・マッカーシーに扇動されアメリカが思想弾圧を行っていた時期だ。日本ではレッドパージがあった。これに触発されて書き始めた。
ブラッドベリは芸術至上主義者でマッカーシーのような反知性主義を徹底して嫌った。またマッカーシーや赤狩りを支える一般市民も嫌った。だから本を焼こうとする昇火士も本を焼く社会を支える市民も全員焼き尽くした。
後にマッカーシズムが終わり、1994年にはポリティカル・コレクトネスが表現の自由の敵、と言っているが、恐らくブラッドベリは自由が好きで、自由に表現できない社会やそんな社会を支える一人一人の人間を許せないのだろう。ポリティカル・コレクトネス自体は表現の自由には反しない。誰かを差別しなければ表現できないならそれは表現ではなく、人権侵害で犯罪だ。強盗や詐欺や麻薬売買の権利は誰も持たないことと同じだ。
だがブラッドベリがこの本の結末に書いたように、本を焼く連中こそ焼き尽くさなければならない。
Posted by ブクログ
本を作ること、所有すること、読むことを禁止された世界の話。
本が禁止された世界で考えることをやめる人々の様子が事細かに描かれ、現代と似たものがあると思い、恐ろしさをおぼえました。
考えないから、本は悪だと疑いもせず、なぜダメなのかを知ろうとしない。
誰もがスマホを持ち、本を読む人が減った今、深く考えることが減ったように感じます。
「国民には穀物生産量1位を当てるクイズを出しておけ」とモンターグの上司の言葉がありました。
現代でもランキング形式のクイズ番組が増えたように感じます。
当たると嬉しいけれど、それがなぜ1位なのか実はあまりよくわかっていない、知っているだけということが多い。
本は自分が主導権を握ることができる旨の言葉がありましたが、テレビ(作品中のラウンジ壁)や音楽(巻き貝)は確かに簡単に快楽を得ることができるけど自分が主体ではなく受動的なもの。
対して本はいつ、どこで、どんな風に読むかも自分次第、読む状況によって感じ方もそれぞれ。
考える余地がかなりあります。
現代のテレビ、スマホ=悪ではないが、うまく付き合っていかないと考えない人間になってしまうなと危機感を感じました。
また時間をあけて再読したい作品でした。
焚書の広まったディストピア
米国のSF巨匠レイ・ブラッドベリ氏の作品。
本が禁制品となり、本を焼く職業である"昇火士"のモンターグが主人公。
本を焼く立場である彼だが、とある少女クラリスの出会いからモンターグに心境の変化が生まれる。
単純な情報統制としての焚書だけでなく、人に処理できない量の情報の氾濫など、
現代にも通じるテーマも含まれたディストピア物の傑作の一つ。
Posted by ブクログ
本なんておぞましい。昇火。
科学技術の発達、マナーの向上、福利厚生の充実…
私達の世界は日に日に良くなっている、のだろうか。「昔は良かった」「古き良き時代」そんな言葉は何故生まれるのか。老害という言葉で片付ける事は簡単だ。しかし、便利さ、快適さの代わりに失ったものは少なくないのではないか。
物事の真理を、僕らは追求しなければならない。そしてそれが侵害される時は、権力に立ち向かわなければならない。
Posted by ブクログ
反知性主義批判が主題なのだろう。文系学部不要論や、文化芸術事業の縮小に向けた動きなど、架空世界の話とは思えない。一方で、知識人とされている者がとりがちな悪しき態度に対しても目が向けられており、老人たちは主人公に「自分は重要ではない、何者でもない、という思いを忘れてはいけない。他人より優れているなどと思ってはいけない」ということを繰り返し伝える。老人たちに出会った主人公が、彼らを見て、意外としょぼくれてて精細に欠く人たちだなという感想を抱くところも、響いている。
令和的な感覚で読んでとても気になったのは、市民たちが耳に入れているのは巻き貝ではなくてうどんまたはしめじなのでは……という話ではなくて、未来を託される女性がいないなあという点だ。女性の登場人物は、愚かな妻たちと、意味ありげに出てきた謎の少女と、本とともに燃やされることを選んだ女くらいだった。第三部の焚き火を囲む移動生活者のなかに少しは女性がいてもよいのではと思うが、どうもじいさんばかりのようだった。人類の半分は女なのに!作中には登場しない他のグループにはきっといるのだろうと信じたい(『伝説とカフェラテ』やその続編は、特に意味なく女性が多くて、そういう意味でもやはりグッジョブな本だった。)
訳者あとがきで、ブラッドベリの「ナイーブさ」に少し触れられていたが、昇火士の仕事として女性を焼き払ってしまったことで受けたショックを話しても何とも思わない妻や、戦争が始まったというニュースが流れても何の関心も示さない市民たちを見て、絶望や憤りを覚えることは、ナイーブさの証なのだろうか。ニュースをまじめに見ていると気が滅入って何もしたくなくなる人は、この世界で生きていくにはナイーブすぎるのだろうか。ニュースやそこで報じられる出来事の側のほうが度を越していると感じるのだが。
老人たちの考える、書物を読みさえすれば必ず記憶に残っている、忘れてしまったと思っていても、必要な時には必ず蘇る、という前提が、そこだけ妙に楽観的で、明るくて良かった。
Posted by ブクログ
1953年でこんな世界を描いていたなんて、、、!
人間が愉しいことばかり考え、努力や苦しみからは目を背け続ける(ごまかされるとも言えるかも)様子は、AI、SNSに依存しはじめている現代を痛烈に風刺しているなと。他人事とは思えない内容だった。
たまに色々なことを思案しすぎて、自分が無知だったころに戻れたらなと思う時があるけれど、それでもやっぱり考える楽しさ、他の考えに触れる楽しさ、新鮮さ、その上で自己が更新される嬉しさ、それを知ってしまった以上、考えることで多少不幸になろうと、考える力や時間を奪われたくはないと思った。
【グッときたポイント】
⚫︎"事実をぎっしり詰め込め、自分自身が情報収集能力に満足するような。そうすると自分の頭で考えているような気になる。"
⚫︎"燃焼"の概念について
燃えるとは、ただ物体ではなく、時間や命を燃やすことにもなる。SNSは自分も時間も燃やしてしまうのでできるだけ控えたいと強く思った、、、
【誰かに勧める時用メモ】
⚫︎言い回しは若干回りくどい
⚫︎世界観が特殊なのにその説明が断片的なので、疑問を持ちながら読み進める必要がある(途中で明らかになるから不安にならなくてよし)
⚫︎主人公の思考や想像が、あたかも現実のストーリーかのように書かれていて、惑わされる可能性あり
Posted by ブクログ
本に限ったことではないが出会うかもしれなかったものを人為的に消されるのは喪失感が大きく感じる
思慮深さとか思考の深さは主体的に得ようと努力しないと身につかないと感じた。
Posted by ブクログ
詩的な表現が多くて、思った以上に読むのに苦労した。でも、付箋を貼った箇所は沢山あって、面白かった。ベイティーの言葉が特に好き。ドラマ「女王の教室」を思い出した。確かに私たちはぼーっとしたり考える時間がどんどん減っているよな。気をつけよう
Posted by ブクログ
何事にも興味を持ち、自由に調べられる、勉強できる事の素晴らしさを忘れてはならない
知識と知恵の重要さを考えたり、自分を見つめる時間を改めて作ってくれた本作に感謝したいです
Posted by ブクログ
華氏451度は書物の紙が引火する温度(摂氏233度)。
あらすじ:
戦争間近のとある都市。昇火士のモンターグは、隣に越してきたクラリスという少女に会う。家では薬漬けの妻ミルドレッドがラウンジの壁とおしゃべりするばかりで、自分の生活に幸せを感じない。唯一心を許せたクラリスは姿を消してしまう。
モンターグは昇火現場から本を盗んで読むようになった。かつて読んでいた本の知識を持つ上司ベイティーが、離職しそうなモンターグを牽制し始める。逃げるモンターグはかつて公園で出会った大学教授フェーバーと再会し、昇火士間で揉め事を起こして梵書をやめさせる方法を算段する。
ユスリカのように小さいインカムでフェーバーの指示を受けながら職場に行くと、次の現場はミルドレッドの通報を受けたまさかのモンターグの自宅だった。モンターグは言いつけにしたがって自宅を燃やし、ベイティーも燃やし、仲間(ブラック、ストーンマン)を殴り、機械の猟犬も燃やした。
お尋ね者になって新しい猟犬から逃げながら、ブラックの家に冤罪のために本を隠し、フェーバーの家へ行く。彼の指示に従って川と線路に沿って逃げていくと、同じように身を隠している老人たちと出会う。彼らは書物を隠す代わりに暗記しており、後世に伝える「本」として生きているようだった。モンターグも仲間に入ることを決意するが、しかし開戦したばかりの都市は間もなく爆弾に吹き飛ばされ、早速知識を残すために一行は都市へ戻り始める。
感想:
設定が奇想天外で最初は読み進めるのが難しいが、慣れてくると惹きこまれる。名言が多くていろいろ考えさせられたが、特にフェーバーの言う「本が知識をとどめるためのただの器」という解釈に対して、後半の老人が自分たちをまさに知識をとどめるための器に使おうとしていることに感心した。それにしても、最初だけ登場したクラリスは何だったのか。
あとがきで本小説がプレイボーイに3回にわたって連載されていたことを知って驚いた。あの手の雑誌は小説も官能系なのかと勝手に思っていたので意外……。しかも3回なら結構なページ数なのでは。もうひとつ、今回(新訳版)で「Fireman」を「昇火士」と訳した伊藤典夫氏に大拍手。旧約版では梵書官だったらしいけど、昇火士という新しいワードの近未来感やSF感は素晴らしく、この本に欠かせない!
Posted by ブクログ
便利な現代社会で深く考えなくなっている自分と、思考をコントロールされる作中の人々が重なって感じられた。色んな本を読んで色んな経験をして、考える力を大切にしながら豊かな人生を過ごしていきたいと思った。
Posted by ブクログ
G•オーウェルの『1984年』を想起させるようなディストピア世界。
本を禁止し、焼き、代わりに手軽で刺激的な娯楽に夢中にさせることで民衆から思考力を奪う。
世界観は非現実的ではあるものの、SNSでは真実であろうとなかろうと、短く過激な内容のものばかりがバズる現代にも通ずるものがあった。
今のところこのアルゴリズムは、主に巨大テック企業が自らの利益を最大化させるために使われているようだが、この技術がもし政府によって国民の洗脳のために用いられるようになったら、と考えるととても怖い。
Posted by ブクログ
この作品は現代SNS社会の鋭い予見を行なっていた。
作中でのテクノロジーや少数派からの圧力によって、制限がされているというのは、まさしく現代を予見していると言える。また、自分で考えているようでいて、実際はある価値観パターンに誘導されていることや絶えず刺激を与えることで、考える時間を収奪しているというのも現代の社会問題をうまく指し示している。
作品内では本による表現を守ることが描かれているが、現代社会に差し替えると、考えることをやめてしまってはいないかということを読者に問い続ける作品であると思う。
Posted by ブクログ
「本を表紙で判断してはいかんぞ」
この言葉が物語に関係なく自分に刺さりました。
ひとつの方向に向かって疑問も持たずに生きるのは良くない。
そんな読後でした。
Posted by ブクログ
実は私たちは、本を燃やされてもなんともない社会に生きているのではないか。
レイ・ブラッドベリのSF小説『華氏451度』を読んで、そんな感覚を抱きました。
描かれる世界は、書物を所有するだけで重罪となる社会。
本を焼くことを任務とする昇火士が、家々に押しかけては蔵書を焼き払う。
それによって社会の秩序は保たれる。
誰もが、「こんな世界、ディストピアだ」と感じると思います。
ただ、現代に生きる私たちも、そんなに変わらないのではないでしょうか。
本に触れなくても困らず、失ってもさして心が痛まない。
ブラッドベリは、「書物を軽視する社会」そのものをディストピアだと示したのだと思います。
救いがあるとすれば、私たちの世界には、まだたくさんの良質な本が残っていることです。
これこそ世界と出会い直す、SF的想像力ですね。
Posted by ブクログ
表現が難しい!
ディストピアは好きだが結構読むのに苦戦した。
本があると、異端思想が発生し、不幸な人が出てくるから燃やすべしという世界の話。
本が人の考え方に影響を与えるのはめちゃくちゃ分かるから、まぁそういう考え方(本がない方が統制された幸福を構築できる)になるのかぁ、
Posted by ブクログ
映画を見てから本書を読み始めたため、イメージがある状態で読み進めることができた。内容は一部異なるが、映画より小説版の方が好み。映画ではシュールに感じていた点が本著では丁寧な文体で描かれており、より深く物語に入り込むことができた。逆に小説だけだと世界観に戸惑ってしまったかも。小説だけで理解が難しかった方は映画見るのもおすすめ。
様々な名著からの引用が巧みに用いられており、巻末の引用まとめの数を見て驚き。またあとがき記載されていたが新訳にあたり、消火士→昇火士とした点が見事な訳で素晴らしい。
今はTVはもちろん、スマホの利用が当たり前になった時代で、改めて本のあり方を感じさせてくれる一冊だった。
Posted by ブクログ
暗く饐えた臭いがする街 焚書により書物が失われ、人間の思考力、記憶力が低下したディストピアを描く。ファイアマン(昇火士)の主人公が書物は本当に悪なのか疑問を持つ。
内容にあまりスピード感がない為、単調な印象を受ける。
「きみがさがしているものは、この世界のどこかにある。しかし、ふつうの人間がさがしものの99%を見い出すのは本のなかだ。」 ーp144
「ものの喩えを証と見あやまり、とめどない饒舌を偉大な真理と履きちがえ、おのれのことばを神託と思いこむ愚かさはわれわれに生得のものである」
(ポール・ヴァレリー『レオナルド・ダヴィンチの方法』より引用 本文ーp181)
この引用文にはシビれた。カッコ良すぎる。