あらすじ
華氏451度──この温度で書物の紙は引火し、そして燃える。451と刻印されたヘルメットをかぶり、昇火器の炎で隠匿されていた書物を焼き尽くす男たち。モンターグも自らの仕事に誇りを持つ、そうした昇火士(ファイアマン)のひとりだった。だがある晩、風変わりな少女とであってから、彼の人生は劇的に変わってゆく……本が忌むべき禁制品となった未来を舞台に、SF界きっての抒情詩人が現代文明を鋭く風刺した不朽の名作、新訳で登場!/掲出の書影は底本のものです
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Posted by ブクログ
ぼくたちが幸福でいられるために必要なものは、ひとつとして欠いていません。それでいて、ちっとも幸福になれずにいます。それには、なにかが欠けているにちがいありません。考えてみますに、ぼくたちの手からなくなったものといえば、この十年か十二年のあいだ、ぼくたちの手で焼きつづけてきた書物だけです。そこで、考えました。この不満を補ってくれるのは書物ではないかと
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読んでて何となく1984を思い出した。
全然ストーリーラインが違うものの、世の中で何かを考えたり大衆に向けた正解を鵜呑みにすること、答えが一つである世界の怖さを描いている気がしたため。
主人公が殺してしまった上司は死にたがっていたのか、彼は本に詳しく博識なのになぜ昇火士をしていたのか、という点が気になった。
昇火士をしている人が、本を燃やしつつ本を手放したくない人たちへ罪悪感を持つくだりで「皆一度はこうなる」といった旨の話があったから、本について考えてしまい、世の中の境界に疑問を持つ人が出やすい仕事なのかなと思った。
少女と出会って楽しいと思っていた主人公は、最初からもう世界の正解から外れてしまう運命にあったのかもね、とも思う。
もう一度読もうかな、と思った。
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家に火をつけて楽しんでいるシーンから始まり驚きましたが、どうやらこの世界では本を所持していたらいけないらしいので、家に火をつけていた主人公モンターグはお仕事中だったようです。所謂焚書。それでは人々はどう暮らしているのか?「ラウンジ」という参加型の放送を楽しみ、「巻き貝」というイヤホンみたいなものをずっと耳につけています。現代と同じような生活ですね。レイ・ブラッドベリはこのような未来を予測していたのでしょうか。現代への風刺かな?と思える物語でした。面白かったです。
Posted by ブクログ
久しぶりに再読しました。
とんでもなく面白いです。
手に汗握る展開の連続で片時も目を離せません。
何十年も前の小説なのにとてつもなく現代への風刺が効いててその鋭さに圧倒されます。
とてもシリアスな内容ではありますがな自分にはどこか素朴な手触りを持って読めました
Posted by ブクログ
ハインリッヒ・ハイネがその著書「アルマンゾル」で「本が焼かれるところでは、いずれ人も焼かれるのです」と記し、1933年5月10日にフンボルト大学にあるベルリン・ベーベル広場でナチス学生が反ナチス的図書と勝手に決めつけた2万冊の本を山のように積んで焼き捨てた。日本は第2次世界大戦中に北京の精華大学でナチスの10倍である20万冊の本を焼いた。今も共和党州であるテネシー州の州都ナッシュビルで同じように焚書が行われたが、トランプ狂信者のMAGAが遅れた野蛮な南部で本を焼いている。そのような現代だからこそこの小説を読む意義がある。
違法とされた本が燃やされ、その本が隠されている家も燃やす未来で、主人公ガイ・モンターグは本を燃やす役人=昇火士をしている。ある日、いつものように違法の本を見つけ、その本が隠されている家も焼き払う。その時、その家の住民が焼ける家で焼身自殺をする。これに衝撃を受けたモンターグはこっそり本を家に持って帰る。映画だとデヴィット・コパフィールド。
この時代は、人々は新メディアたる映画やテレビしか観ないようになり、本は関心を持たれなくなった。現代は頭の悪い人々がyoutubeのショート動画しか見ないが、それと同じだ。本は人々を混乱させ精神疾患の元凶とされ焼かれる対象となった。
モンターグは妻のミルドレッドに本の重要性を説くが、ミルドレッドは理解しない。また、モンターグはファーバーという本が禁止される前には英文学の教授をしていた人物と会う。
そうこうしているうちにモンターグが本を持っていることがバレて、同僚の昇火士から本と家を「お前が焼け」と言われ、逆にそれら同僚を焼き殺す。そこから逃げ、ファーバーの案内で知識人集団と会う。この人達は頭の中に本の記憶を持つことで本の知識を生存させてきた。小説の中ではそういう方法があることになっている。その人達と記憶や知識の共有をしている時に、核戦争がはじまり、一夜でモンターグが住んでいた都市が全滅し、住民は死滅する。モンターグ達は生き残る。その後、モンターグ達は廃墟の年に戻り、社会を再建する。
この小説は1953年に書かれ、つまり赤狩りの最中に書かれた。ソ連への恐怖から扇動政治家ジョセフ・マッカーシーに扇動されアメリカが思想弾圧を行っていた時期だ。日本ではレッドパージがあった。これに触発されて書き始めた。
ブラッドベリは芸術至上主義者でマッカーシーのような反知性主義を徹底して嫌った。またマッカーシーや赤狩りを支える一般市民も嫌った。だから本を焼こうとする昇火士も本を焼く社会を支える市民も全員焼き尽くした。
後にマッカーシズムが終わり、1994年にはポリティカル・コレクトネスが表現の自由の敵、と言っているが、恐らくブラッドベリは自由が好きで、自由に表現できない社会やそんな社会を支える一人一人の人間を許せないのだろう。ポリティカル・コレクトネス自体は表現の自由には反しない。誰かを差別しなければ表現できないならそれは表現ではなく、人権侵害で犯罪だ。強盗や詐欺や麻薬売買の権利は誰も持たないことと同じだ。
だがブラッドベリがこの本の結末に書いたように、本を焼く連中こそ焼き尽くさなければならない。
Posted by ブクログ
本を作ること、所有すること、読むことを禁止された世界の話。
本が禁止された世界で考えることをやめる人々の様子が事細かに描かれ、現代と似たものがあると思い、恐ろしさをおぼえました。
考えないから、本は悪だと疑いもせず、なぜダメなのかを知ろうとしない。
誰もがスマホを持ち、本を読む人が減った今、深く考えることが減ったように感じます。
「国民には穀物生産量1位を当てるクイズを出しておけ」とモンターグの上司の言葉がありました。
現代でもランキング形式のクイズ番組が増えたように感じます。
当たると嬉しいけれど、それがなぜ1位なのか実はあまりよくわかっていない、知っているだけということが多い。
本は自分が主導権を握ることができる旨の言葉がありましたが、テレビ(作品中のラウンジ壁)や音楽(巻き貝)は確かに簡単に快楽を得ることができるけど自分が主体ではなく受動的なもの。
対して本はいつ、どこで、どんな風に読むかも自分次第、読む状況によって感じ方もそれぞれ。
考える余地がかなりあります。
現代のテレビ、スマホ=悪ではないが、うまく付き合っていかないと考えない人間になってしまうなと危機感を感じました。
また時間をあけて再読したい作品でした。
Posted by ブクログ
映像音楽、科学技術の発達による考えることなく人々が楽しく暮らしている世界。人は激しい音楽と映像に浸かることで外からの刺激のみで内側から何も生み出さなくなり。
焚書の広まったディストピア
米国のSF巨匠レイ・ブラッドベリ氏の作品。
本が禁制品となり、本を焼く職業である"昇火士"のモンターグが主人公。
本を焼く立場である彼だが、とある少女クラリスの出会いからモンターグに心境の変化が生まれる。
単純な情報統制としての焚書だけでなく、人に処理できない量の情報の氾濫など、
現代にも通じるテーマも含まれたディストピア物の傑作の一つ。
Posted by ブクログ
本なんておぞましい。昇火。
科学技術の発達、マナーの向上、福利厚生の充実…
私達の世界は日に日に良くなっている、のだろうか。「昔は良かった」「古き良き時代」そんな言葉は何故生まれるのか。老害という言葉で片付ける事は簡単だ。しかし、便利さ、快適さの代わりに失ったものは少なくないのではないか。
物事の真理を、僕らは追求しなければならない。そしてそれが侵害される時は、権力に立ち向かわなければならない。
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詩的な表現が多くて、思った以上に読むのに苦労した。でも、付箋を貼った箇所は沢山あって、面白かった。ベイティーの言葉が特に好き。ドラマ「女王の教室」を思い出した。確かに私たちはぼーっとしたり考える時間がどんどん減っているよな。気をつけよう
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何事にも興味を持ち、自由に調べられる、勉強できる事の素晴らしさを忘れてはならない
知識と知恵の重要さを考えたり、自分を見つめる時間を改めて作ってくれた本作に感謝したいです
Posted by ブクログ
消火、ではなく、昇火士。
あらゆる本を焼き尽くす公務員。人々が余計なこと、例えば生きる意味とか、政治とか、戦争とか。を、考えないように。
そんな未来の反知性主義の極みのディストピアで、「事実の意味」を「考える」ことを知ってしまう主人公、昇火士モンターグ。
空っぽのつるつるとした表面的な楽しさでは、満たされない部分がある。何も聞こえない、何も話さない、何も映し出されない夜の森の闇のなかでだけ、満たされていくものが確かにある。
「書物は命の顔の毛穴をさらけだす。」
物語の冒頭に登場してすぐに消えてしまう少女は言う。「まじめな話のときでも笑うし、返事は間をおかずに出てくるし、わたしがきいたことなんか、ちゃんと考えてくれていないのよ」
この台詞にひやりとするモンターグ。読んでいる私もまた。受想笑いで受け流した大切な言葉のやりとりや、むしろ沈黙は、無かっただろうか。
このようなやや啓発的な読みとは別の、言葉選びの面白さを味わう読みもあった。
「獣脂の肌そこのけに溶けて、垂れて、折り重なり、あまりにも長く燃えつづけた途方もないロウソクのように崩れ果て、消えた。暗闇。」
「夜の街のずっと彼方でページを繰る、あるかなきかのサラサラいう音。」
あまりにナイーブすぎるようなこのような描写が他にもたくさん現れては消えて、本を観ているような感覚を味わった。それこそが本。見えている以上のものが心に立ち浮かぶ。何百年も前の人間の言葉がちゃんと聞こえてくる。そして本は、こちらに主導権がある、考えたくなったら本と目を閉じて巡らす。確かにそれはずっとずっと危険で魅惑的なものであるだろう。
Posted by ブクログ
最初はなかなかシーンの映像が浮かばず、話に入り込めなかった。ただ、どの時点からかはわからないが、どんどん画が浮かぶようになって、どんどん読み進められた。
読書を楽しめる幸せをより一層噛み締めた。
Posted by ブクログ
1953に書かれたディストピア小説
本を焼く仕事のファイアマン
本を読むのは法律違反
物事がどう起こるかではなく、なぜ起こるかを知りたがっていた。
事実については話さない。事実の意味こそ話す。私はここに座っている。だから自分が生きているとわかるのだ。
必要なものは、ひとつめは情報の本質。そしてふたつめは余暇、考える時間。3つめは、最初の二つの相互作用から学んだことにもとづいて行動を起こすための正当な理由。
テレビは「現実」だ。即時性があり、広がりもある。こう考えろと指示してがなりたてる。あまりに早く結論に持ち込んでしまうので、反論する暇もない。
テレビは人を望み通りの形に育てあげてしまう。
「真実」になり、「真実」として存在してしまう。
本は「ちょっと待っていなさい」と閉じてしまえる。
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「書物を燃やして、いろんな考えを制限する」という仕事に誇りを持っていた主人公の隣に引っ越してきた少女が、主人公の考えを変えさせていくというのが大まかな流れで、この少女の出現がこの小説のキーだと思っています。
消火士ではなく、昇火士という名前でちょっと笑っちゃいました。思いっきりのディストピアの世界観の中でのストーリーで面白く読ませていただきました。1953年にこの小説が発表されて70年以上経ちますけど、昔からよくこういう考えを思いつくよなってつくづく感じます。
Posted by ブクログ
★4.5。
書かれた時代はマッカーシズムの時代。
ということは2025年の今、ある意味同じような状況になっていることからして、傑作が生まれ、人々の意識の偏りが何らかの形で是正されていくような。
それくらいのインパクトのあるお話、そして焚書とかタイパとか、いつの時代・場所でもあまり人間の発想と問題意識はあんまり変わらないんだなぁとある意味感慨深くもあり。
Posted by ブクログ
便利な現代社会で深く考えなくなっている自分と、思考をコントロールされる作中の人々が重なって感じられた。色んな本を読んで色んな経験をして、考える力を大切にしながら豊かな人生を過ごしていきたいと思った。
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G•オーウェルの『1984年』を想起させるようなディストピア世界。
本を禁止し、焼き、代わりに手軽で刺激的な娯楽に夢中にさせることで民衆から思考力を奪う。
世界観は非現実的ではあるものの、SNSでは真実であろうとなかろうと、短く過激な内容のものばかりがバズる現代にも通ずるものがあった。
今のところこのアルゴリズムは、主に巨大テック企業が自らの利益を最大化させるために使われているようだが、この技術がもし政府によって国民の洗脳のために用いられるようになったら、と考えるととても怖い。
Posted by ブクログ
この作品は現代SNS社会の鋭い予見を行なっていた。
作中でのテクノロジーや少数派からの圧力によって、制限がされているというのは、まさしく現代を予見していると言える。また、自分で考えているようでいて、実際はある価値観パターンに誘導されていることや絶えず刺激を与えることで、考える時間を収奪しているというのも現代の社会問題をうまく指し示している。
作品内では本による表現を守ることが描かれているが、現代社会に差し替えると、考えることをやめてしまってはいないかということを読者に問い続ける作品であると思う。
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「本を表紙で判断してはいかんぞ」
この言葉が物語に関係なく自分に刺さりました。
ひとつの方向に向かって疑問も持たずに生きるのは良くない。
そんな読後でした。
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実は私たちは、本を燃やされてもなんともない社会に生きているのではないか。
レイ・ブラッドベリのSF小説『華氏451度』を読んで、そんな感覚を抱きました。
描かれる世界は、書物を所有するだけで重罪となる社会。
本を焼くことを任務とする昇火士が、家々に押しかけては蔵書を焼き払う。
それによって社会の秩序は保たれる。
誰もが、「こんな世界、ディストピアだ」と感じると思います。
ただ、現代に生きる私たちも、そんなに変わらないのではないでしょうか。
本に触れなくても困らず、失ってもさして心が痛まない。
ブラッドベリは、「書物を軽視する社会」そのものをディストピアだと示したのだと思います。
救いがあるとすれば、私たちの世界には、まだたくさんの良質な本が残っていることです。
これこそ世界と出会い直す、SF的想像力ですね。
Posted by ブクログ
表現が難しい!
ディストピアは好きだが結構読むのに苦戦した。
本があると、異端思想が発生し、不幸な人が出てくるから燃やすべしという世界の話。
本が人の考え方に影響を与えるのはめちゃくちゃ分かるから、まぁそういう考え方(本がない方が統制された幸福を構築できる)になるのかぁ、
Posted by ブクログ
映画を見てから本書を読み始めたため、イメージがある状態で読み進めることができた。内容は一部異なるが、映画より小説版の方が好み。映画ではシュールに感じていた点が本著では丁寧な文体で描かれており、より深く物語に入り込むことができた。逆に小説だけだと世界観に戸惑ってしまったかも。小説だけで理解が難しかった方は映画見るのもおすすめ。
様々な名著からの引用が巧みに用いられており、巻末の引用まとめの数を見て驚き。またあとがき記載されていたが新訳にあたり、消火士→昇火士とした点が見事な訳で素晴らしい。
今はTVはもちろん、スマホの利用が当たり前になった時代で、改めて本のあり方を感じさせてくれる一冊だった。
Posted by ブクログ
難しい。本の所有を違法として思考そのものを抹消しようとするブラッドベリが描いたこの社会は現代の情報統制や検閲の在り方を思わせてぞっとする怖さがあった。燃やすことは美しく愉しい、そう謳っていたモンタグの心に亀裂を入れた疑問や知ることへの悦び。本を閉じた後も読んだ言葉たちがまだ皮膚の下で息づいている気がした。さあ消費して!
Posted by ブクログ
本が忌むべき禁制品となった未来が舞台のSF小説
爆弾で書物を吹き飛ばした主人公の手にとまった一冊の本を、白い鳩に見立てた描写が秀逸。
迫害や暴力に屈しなかった老女の行く末には思わずためいきが漏れた。
世界観はともかく、表現がかなり独特なので好き嫌いは分かれるだろうなといった所感。
Posted by ブクログ
風景描写に関して、わかりづらさがあります。
モンターグの心風景なのか、実際の風景なのか曖昧になる部分があります。言い回しなんかは海外小説独特なものがあるので、はっきりいうと読みづらいです。エンタメ小説というよりは、もっと文学的。
「情報」がテーマです。
ベイティーとモンターグの掛け合い部分が1番好きです。
本は何も言ってないぞ!
この一言が痺れますね。数々の意味を持ったベイティーだからこそ言える名台詞です。
ジョージオーウェルの1984年を予言の書と言われるのと同様に、この本も予言の書です。
圧縮された情報、おしゃべりな壁。
思い当たる節にギクリとしました。
Posted by ブクログ
起こってることはギリギリ理解できるものの自分の中でうまく想像できず、とにかく読むのに時間がかかって難しかった。あんまり合わなかったのかもしれない。
表現が詩的で美しいなーと思った。
読書初心者なので、苦手分野がわかって良かった。
Posted by ブクログ
暗く饐えた臭いがする街 焚書により書物が失われ、人間の思考力、記憶力が低下したディストピアを描く。ファイアマン(昇火士)の主人公が書物は本当に悪なのか疑問を持つ。
内容にあまりスピード感がない為、単調な印象を受ける。
「きみがさがしているものは、この世界のどこかにある。しかし、ふつうの人間がさがしものの99%を見い出すのは本のなかだ。」 ーp144
「ものの喩えを証と見あやまり、とめどない饒舌を偉大な真理と履きちがえ、おのれのことばを神託と思いこむ愚かさはわれわれに生得のものである」
(ポール・ヴァレリー『レオナルド・ダヴィンチの方法』より引用 本文ーp181)
この引用文にはシビれた。カッコ良すぎる。