柄谷行人のレビュー一覧
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ネタバレ11 意識への問い、すなわち内省からはじまる哲学は、ある決定的な隠蔽を侵している。
・私達が意識できるレベルのことは、徹頭徹尾、先ず調整され、単純化され、図式化され、解釈されている。
21 ニーチェの戦略は、意識に問いながらそこから身をかわし、すり抜けること、中心化を解体しながら、その解体作業がひそかに前提とする"中心"をさらに解体することである。
27 主観性のパラドックスとは、われわれが主観性を歴史的な幻想・病だと断定し否定したとしても、それもまた主観性にすぎないということだけでなく、逆に、主観性に対する最大の批判は最も主観的な領域からしか生じ得ないということを意味 -
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2024年、最初の本のご紹介は、柄谷行人氏の主著の一つ『世界史の構造』。昨年柄谷さんの『遊動論 柳田国男と山人』を読んで深い見識に触れた。「哲学のノーベル賞」と言われるバーグルエン賞をなぜこの人が受賞されたのか、この本を読んで少し分かった気がする。
世界の歴史を「交換様式」から説明するその説得力がとにかく圧巻。世界史の教科書はすべてこの考えた方をベースに作り直した方が良いと思うぐらい、世界の見え方が変わる。(教科書は国家の都合が入るので難しいと思うが・・)歴史は学んでいてもつい違う世界を学んでいるような感覚を受けるが、今現在を歴史のつながりの先端として捉えることができる。そして、日本がなぜ今 -
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著者は『トランスクリティーク』以降、マルクスを生産様式ではなく交換様式で、また、カントの世界共和国をベースに、今後の世界の展望を考察してきた。近代国家は、資本=ネーション=ステートの3つの要因を孕んでおり、依然として、これらは強く結ばれている。資本の力が強まると、新自由主義社会となり、ネーション=ステートの力が強まると、国家資本主義あるいは福祉国家社会となる。しかし、これらに囚われている限り、近代を超克することはできない。その為、著者は、資本=ネーション=ステートを超えた社会システム、すなわち、交換様式Dが主力となる世界を考えてきた。本書もその一環として、交換様式A〜Dに触れているが、今回は
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ネタバレ8 資本と国家に対する対抗運動は一定のレベルを超えると必ず分断されてしまう。
23 貨幣(交換様式C)に基づく力は、互酬性や再分配に基づく力とは異なっている。それは、他者を物理的・心理的に強制することなく、同意に基づく交換によって使役することができる。
33 産業資本は労働者を搾取するだけでなく、いわば自然をも搾取=開発(exploit)している。しかし、この「人間と自然の関係」は人間と人間の交換関係に根ざしている。ゆえに、人間を収奪する国家が最初にあり、それが自然の収奪に繋がることを見ないかぎり、本質的ではない。
45 互酬的交換Aが支配的な共同体の種類
農業共同体、宗教的共同体、想像 -
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「世界史の構造」から深い感銘を受けていたので、深く考えずに本書を購入しました。結論は大変満足しています。毎回思うのですが、柄谷氏の論考は正しい/正しくない、という軸よりも面白さ、あるいは技量で評価すべきではないかと思います。私が思う柄谷氏の面白さとは、思いもよらぬ点を結びつける力です。本書の冒頭では柳田国男とジャレド・ダイアモンドを結びつけておられますが、この2人を結びつけられるのは世界で柄谷氏だけでしょう。その後も素人には予想もつかない分野の思想が新たに結び付けられて、柄谷ワールドとも呼べる立体曼荼羅的な世界観が繰り広げられています。その意味では、あたかもチベット密教の僧侶が多彩な色の砂を使
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柄谷さんの本は毎回期待しながら読むのですが、今回も期待を裏切らず面白く拝読しました。柄谷さんの本は、書いてあること自体正しいか正しくないか、という視点で読むのではなく、素直に「そう来たか」というところを面白がって読む方が私は好きです(正確に言えば私のレベルでは正しいかどうかなどわからない)。本書は複数の講演録をもとにつくられているので、章の間のつなぎというか、論理展開が飛躍している感じのある箇所もあったのですが、全体的には面白く拝読しました。憲法9条はなにか仏教で言うところのお布施、見返りを求めない純粋贈与であって、純粋贈与に対してつばを吐きかけるような国があれば世界中から非難を浴びる、よって
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柄谷氏の「世界史の構造」(岩波現代文庫)を読んで感銘を受けたので、続けて本書を購入しました。私は「トランスクリティーク」はまだ読んでいないので、そことの比較はできませんが、本書は「世界史の構造」の理解を深めるためにはちょうどよかったと思います。世界史の構造を交換様式から分析するということで、様式AからDまでがあるわけですが、そこの用語は「世界史の構造」から少し変更が加えられていました。個人的には本書の用語の方がしっくりきます。また「世界史の構造」ではよくわかっていなかった点についても本書でだいぶ捕捉された感じがします。よってこれは人それぞれかもしれませんが、難易度が一番低い本書から読んで、そこ
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本屋でふと目につき、あまり深く考えずに購入しました。その意味では本当に偶然の出会いで、お恥ずかしい話著者のこともまったく知らずに「題名が面白そう」ということだけで購入しました。しかし本書は本当に面白かったです。これだけ読み応えのある本は久しぶりでした。世界史をダラダラと時系列に記述している本は巷にいくつかあるのですが、本書はまさに題名にあるように世界史の「構造」ということで、フレームを通じて世界史を分析されています。具体的には交換様式A、B、C、Dという4つの形式から世界史を紐解いていて、私自身このフレームには初めて触れましたがユニークなだけでなく説得力があるとも思いました。2016年におこっ
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漱石の写生文についての論考に刺激を受けた。
柄谷は、漱石の写生文がやがて小説に発展すべきものとみる見方を退ける。そうではなく、漱石は近代小説の終わりから出発したのだと。ローレンス・スターンを日本に紹介したのは漱石だが、漱石にとって近代小説はスターンで終わっていた。そのスターンはイロニーが発生する時点に、それと対立する精神態度としてヒューモアを描いた人である。
漱石がロンドンから書き送った「文」に、まさにこのヒューモアが描かれており、柄谷は次のように評する。
「これは西洋人のなかに混じって劣等感に打ちのめされているときに、そのように『おびえて尻込みしている自我』に『優しい慰めの言葉をかける』も -
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遊動論 柳田国男と山人 (文春新書)
(和書)2014年02月13日 22:52
柄谷 行人 文藝春秋 2014年1月20日
「思考実験=抽象化」ということと遊動性。
抑圧されたものは強迫的に回帰する。
柄谷さんの言いたいことを理解しようとそれぞれ考え思考実験(抽象化)してきた人たちにとっては柄谷さんがかなりわかり易い言葉と柳田国男という日本人にとってかなり具体的な例より解説されている。
今まで自分の中で疑問になっていた部分が氷解されています。
柄谷さんは人間が思考実験と遊動性をどのように実践していけばいいのか?抑圧された自然状態(遊動性)が強迫的に回帰するということが思考実験とど -
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世界共和国へ―資本=ネーション=国家を超えて
(和書)2010年08月30日 22:18
2006 岩波書店 柄谷 行人
柄谷行人の言う理念の入門編と言った本らしい。専門家向けにも書いているけれど発表していないって何処かで言っていた。
貸したら新品になって帰って来た本です。
今回で4回目になりました。
自由の相互性というところが大好きです。
P.S.
今回5回目の再読だけど、何回読んでも新鮮に読めてしまう。「世界史の構造」「トランスクリティーク」を読んでみて、改めてこの本を読めてとても良いと思う。
カント 純粋理性宗教 というところ
1 戦争
2 環境破壊
3 経済的格差
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文学的に相当訓練を積まないと、本書を了解していくことは困難だ。しかし、その大意を掴むことができれば、本書が扱う問題に関して、現代にも通じている事情が分かるはずである。キーワードの一つが風景の発見であるが、それは今まで人々が見てこなかった風景を発見するということである。ただ、そうした新たな風景を発見するには、同じく新たな方法を会得する必要がある。明治期は、ヨーロッパ文学の新しい潮流に触れたことで、日本文学の新しい動きが起こり、日本人は風景を発見したと本書は論じる。結びに、そんな近代文学も活力を失ってしまったという。近代文学の革新性は俳諧文学の再構成からも来ており、正岡子規の写生文にせよ、夏目漱石
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神さま、ご先祖さま、ありがとう!
私たちは
これまでの無窮の時間を紡いできた見えなくなった先人達と、
有機的なつながりを持って、親しく関わって今を生きているのです。
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本居宣長が見出した「古の道」は、
「作る」「作為」ではなく、「なる」ということ、「自然(じねん)」。
日本神話においては、中国と違い、宇宙や国を「つくる」という要素が存在しない。
「うむ」「なる」という要素が強い。
神道は理論ではなく、事実、人間が現実に生きている有様に見出されねばならないとし、
宣長は古の道を古事記に見出した。
古事記や日本書紀は大和朝廷による国内統治の正統性を示すものであった。
中国で -
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産業資本の本質はあくまで、「労働力の商品化」にある(本書p.319)
ここにはカールポランニーの悪魔の碾き臼をさらにわかりやすくしている。土地、資本、労働力(労働ではない)の商品化のうち、土地や資本の商品化は昔からあったが労働力の商品化によって全面的な商品化が可能となる。万物の商品化とウォーラーステインの指摘とも一致する。
「そして信用とは商品交換の困難をとりあえず超える手段」(p319)
信用創造という機能を銀行が持つこと、それは誰かの借金でなければならないこと。
信用は儚いものである、誰かの借金と誰かの返済能力は労働力商品の評価という会計的に非常に困難な人的価値の評価を含んでいるからだ。価