あらすじ
資本=ネーション=国家という結合体に覆われた現在の世界からは、それを超えるための理念も想像力も失われてしまった。資本制、ネーション、国家をそれぞれ3つの基礎的な交換様式から解明し、その結合体から抜け出す方法を「世界共和国」への道という形で探ってゆく。21世紀の世界を変える大胆な社会構想。
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柄谷氏の「世界史の構造」(岩波現代文庫)を読んで感銘を受けたので、続けて本書を購入しました。私は「トランスクリティーク」はまだ読んでいないので、そことの比較はできませんが、本書は「世界史の構造」の理解を深めるためにはちょうどよかったと思います。世界史の構造を交換様式から分析するということで、様式AからDまでがあるわけですが、そこの用語は「世界史の構造」から少し変更が加えられていました。個人的には本書の用語の方がしっくりきます。また「世界史の構造」ではよくわかっていなかった点についても本書でだいぶ捕捉された感じがします。よってこれは人それぞれかもしれませんが、難易度が一番低い本書から読んで、そこから「世界史の構造」に進んでもOKですし、「世界史の構造」から読んで、それをさらに補足するために本書を読んでも大丈夫とは思いました。非常に多くの示唆が含まれていると思います。おすすめです。
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世界共和国へ―資本=ネーション=国家を超えて
(和書)2010年08月30日 22:18
2006 岩波書店 柄谷 行人
柄谷行人の言う理念の入門編と言った本らしい。専門家向けにも書いているけれど発表していないって何処かで言っていた。
貸したら新品になって帰って来た本です。
今回で4回目になりました。
自由の相互性というところが大好きです。
P.S.
今回5回目の再読だけど、何回読んでも新鮮に読めてしまう。「世界史の構造」「トランスクリティーク」を読んでみて、改めてこの本を読めてとても良いと思う。
カント 純粋理性宗教 というところ
1 戦争
2 環境破壊
3 経済的格差
いろいろ衝撃があって、なんでいちいち新鮮に衝撃を受けてしまうのか謎ですが、多分とても重要で本質的なことを根気強く丹念に教えられているからだろうな。
次は「世界史の構造」の3回目の再読をしてみます。
Posted by ブクログ
「トランスクリティーク」と、「世界史の構造」の概念を分かりやすくまとめられた一冊。
ネーション→国家→資本と生まれ、それが互いに連関し合っている状態。資本主義がどのように生まれて発達していったかを、前半にて解説されています。そして資本主義に発生する問題より(不平等的なものかと私は感じました)脱出するためにアソシエーションという運動(社会主義など)が発生。
その発生したものの代表として、マルクス(社会主義)とカント(国際連合)を出し、どちらも問題を起こしたし、起こすだろうし、正しく導くための考察を最後に問題提起されています。
現代史というものを、もっと真剣に見る必要を感じ、目を覚まされた本でした。
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岩波新書赤版。先日岩波文庫版で出た「トランスクリティーク」を平易な文章でまとめたもの。時間がない人にはおすすめ。
マルクス主義・資本論って何だ?という人の一夜漬けにも最適だ。タイトルが残念だ。
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今年のベスト候補だな、こりゃ。すんげー分かりやすい。だけど、これって真面目に勉強している学生にとって大部分は普通に知っていることだったりして。一応、資本主義の自由と国家社会主義や共産主義の平等の両立を目指すアソシエーショニズムについて書いた本。mixiで長く書いたから説明は以上で終わり。思想的にはマルクス(実践で失敗)とカントが正解らしい。んで、9条護持と。他のいろんな人の考えがどうダメか、っていうのを順に説明していくのが面白い。分かりやすい。あんまり引っかかる部分がなかったんだけど、無学な俺はこれを鵜呑みにしていいかどうかが分からん。ただ理想でそこに目標を持つべきってのは分かるんだけど、日本の国益追求のほうがそれが身勝手でも、俺にとって支持したい姿勢になるということはありうると思うんだが。
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柄谷によれば、マルクス革命論の欠陥は国家主義にではなく、むしろ「国家は資本主義の終焉によりおのずから揚棄されるだろう」という楽観的な“アナキズム”にこそある。マルクスは貨幣のみならず国家も共同体間に生まれることを看過していた。対他的に主権を確立する相対性が国家に自立性を与える。ゆえに一国内に完結する「下から」の革命は頓挫せざるをえない、と言う。そこで柄谷は、世界帝国から世界経済への移行過程において形成された(資本=)ネーション=ステートを超克しうる理念として、カントの言う「世界共和国」を持ち出す。それは諸国家を「上から」抑制する原理であり、その「統整的理念」は我々をして「自由」と「平等」を両立するアソシエーショニズムに向け漸進せしめるとする。
Posted by ブクログ
柄谷行人 「世界共和国へ」 資本、ネーション、国家の原理を解明しつつ、資本=ネーション=国家 を超える道筋として、世界共和国を提示した本
著者の結論「各国が軍事的主権を国際連合に譲渡し、国際連合を強化、再編成する〜日本の憲法9条は軍事的主権を国際連合に譲渡したもの」 諸国家を上から封じ込めることによってのみ、分断を免れる
マルクス「資本論」
アンダーソン「想像の共同体」
チョムスキーの国家形態
により 資本、ネーション、国家の原理を解明し
カント「永遠平和のために」により世界共和国の必要性を提示している
名言「国家の自立性は戦争において示される〜戦争は長期的な戦略によって用意されたもの〜実行するのは常備軍と官僚機構」
著者が論ずる国家の原理が鋭くて、なるほどと思う
*共同体と共同体の間に国家は発生する〜国家は共同体の中から発生するものではない
*一つの共同体が別の共同体を支配する形態として国家が成立する〜国家は外の国家に対して存在する
*国家は権力を維持するために、略取と再配分に基づく
チョムスキーの国家形態
A共産主義=個人平等+国家統制
Bケインズ主義=個人不平等+国家統制
Cハイエクの新自由主義=個人不平等+国家から自由
Dリベラルな社会主義)=個人平等+国家から自由〜現実的に存在しない
交換
A贈与と返戻(互酬関係)
B略取と再分配(服従と保護)
C貨幣と商品(商品交換)
資本主義的な社会構成体
*C商品交換が支配的な社会
*常備軍と官僚を備えた国家が確立〜B略取と再配分
*ネーション(互酬関係をベースとした想像の共同体)が 資本制下の階級対立を超えた共同性をもたらす
∴資本主義的な社会構成体は 資本=ネーション=国家という結合体
Posted by ブクログ
資本=ネーション=国家の接合体から抜け出し、世界共和国への道筋を探るという、まさに壮大な論考。マルクスやカントの思想が登場するので、門外漢にとっては理解を超えている。しかし、人間と人間の関係を交換様式で分類するところから始めて、国家や商品交換の成立の歴史をたどるのは、人間社会のあり方とその歴史を理解するという意味でおもしろい。
人間と人間の関係としての交換様式は、4つに大別される(p21)。
A.互酬(贈与と返礼)
B.再分配(略取と再分配)
C.商品交換(貨幣と商品)
D.X(理念として存在)
国家は共同体の中からではなく、共同体が他の共同体を継続的に支配する形態として発生する。国家は、共同体からの賦役と貢納を確保して、他の国家から防衛し、灌漑などの公共的事業を行う。支配者の仕事を贈与として、被支配者は賦役や納税をそのお返しとする互酬の擬制(略取と再分配)が成立する(p48、カール・ポランニー「人間の経済」)。エジプト、メソポタミア、中国では、軍事だけでなく、文字言語、宗教、通信網といった人間を制御する技術を持ち、官僚機構によって支配する国家が完成した形態で出現した(p52)。
帝国の周辺であるギリシアでは、農民共同体が集権的な統一国家を妨げたため、都市国家が乱立した。アテネの民主主義は、公職や権限をくじ引きによって決めるもので、部族的な共同体を克服できないところに由来した(p54)。さらに、ローマの周辺であるゲルマンの部族社会で成立した封建制は、主君が家臣に封土を与えるか養い、家臣は主君に忠誠と軍事的奉仕で仕える双務的な契約関係によって成り立つ互酬だった(p57)。
商品交換は、国家が暴力を独占して法による支配を行うことによって成立した(p67)。西ヨーロッパの封建制において、都市は国家に対抗する教会の力を利用して自立し、商業を発展させた。多数の諸侯を制圧して集権的な体制を築いた王は、都市ブルジョアジーと結託して絶対主義王権国家が誕生し、商品交換と貨幣経済の原理が国家によって承認された。これによって、軍と官僚・警察機構を備えた国家が成立し、再分配と商品交換に基づいて国家と資本が接合した(p86,110)。
1848年のヨーロッパ革命によって、4つの社会形態出現した(p9)。
A.国家社会主義(統制、平等。サン・シモン、ラッサール)
B.福祉国家資本主義(統制、不平等。ボナパルト、ビスマルク)
C.自由主義(自由、不平等。古典経済学)
D.アソシエーショニズム(自由、平等。プルードン、マルクス)
1870年、国家資本主義によって急激に重工業化したフランスとプロシャの間で戦争がおこり、勝利したプロシャは、1865年の南北戦争で統一を遂げたアメリカ、明治維新によって産業革命を遂げた日本と並んで、イギリスの自由主義的帝国に挑戦するようになり、実質的な帝国主義時代が始まる(p11)。
社会主義運動は職人的労働者が担っていたが、19世紀末に重工業化が進んだことによってその基盤が失われ、2つの方向に分かれていった。ひとつは、エンゲルスの相続人だったベルンシュタインに代表される社会民主主義(福祉国家主義)。もうひとつは、レーニンに代表されるロシアのマルクス主義(ボルシャヴィズム)で、ロシア革命の結果、国家社会主義に帰結した(p14)。
1930年代の大不況を脱出するために、高賃金によって大量生産と大量消費(フォーディズム)を実現した(p145)。
産業資本主義において労働力商品となった人間は、家族、共同体、民族などから切り離され、互酬的関係を失った。人々はそれをナショナリズムや宗教の形で取り返そうとしてネーションを生み出すが、それは解体された共同体の想像的な回復に過ぎない(p151,166)。
アソシエーショニズムとは、国家や共同体の拘束を斥け、共同体にあった互酬性を取り戻そうとする運動(p179)。プルードンは、競争や自由があり、貧富の格差や資本と労働の対立関係をもたらすことがないものとして、全員が労働者であるとともに経営者である生産者協同組合や、民主主義を経済的なレベルで実現するための代替貨幣、信用銀行といった、国家と資本主義経済から自立したネットワーク空間を形成することを構想した(p188)。
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非常に面白いのだが、NAMの焼き直しじゃやないかと気になる。
地域通貨が出てこないのは柄谷にとってNAMは黒歴史だったんだなー、と理解してよいのだろう。
Posted by ブクログ
「アソシエーショニズムは、商品交換の原理が存在するような都市的空間で、国家や共同体の拘束を斥けるとともに、共同体にあった互酬性を高次元で取りかえそうとする運動です。それは先にのべたように、自由の互酬性(相互性)を実現することです。つまり、カント的にいえば、「他者を手段としてのみならず同時に目的として扱う」ような社会を実現することです。」う〜ん。新書の内容だけじゃ、論点がいまいち分からないなぁ〜。
Posted by ブクログ
この本を読んで思ったこと
共同体と国家の関係は太陽と北風
この本は民衆すべての対等な暮らしを目指した共和国を
模索しているが
社会の成立を物質性だけでとらえているようだ
つまり対立で成り立つバランス性だけを意識して
混乱と不安な世の中を解決しようといているらしい
最も基本である相互信頼から起こる一体感によりハーモニー性を
考慮していないようにみえる
そのためだろうか共生社会の可能性を具体的に示してくれている
宗教は人々に自律ではなく依存心を植え付けてきたわけだし
国家的なシステムと支え合って今現在も民衆を翻弄している
自律することで裏打ちされた自由と対等な互助性を摘み取っている
これは世界共和社会を実現するために大きな弊害である
この本ではカントの言う倫理観と純粋理性によって集うことが必要で
そうしてできる共同体はいわば「神の世界」の出現だという
他者を手段としてしか扱わない資本主義においては不可能なことだけれど
他者を手段と同時に目的とできてこそ「神の世界」が可能となるとも言う
商人資本の支配を無くすためには利益追求型ではなく品質追究の製品を目指した心でつながれる単位の小ぶりな組織で小ロットの個性ある製品が必要となる
当然特許やノウハウや著作権をフリーに公開し
誰もが最高の状態で物を生み出せる環境にしなければならない
利益のために行動するのではなく最高の状況を保ち社会のために生きる事こそ
宇宙すべてにとって平和と自由と対等な暮らしを創れる
共同体は家庭のように愛情と信頼を基礎とした
生産物の交換と分配システムによって成り立つ
その拠り所は家族から民族・宗教族そして利害組織へと広がって大きく強くなる
しかし構成員のお互いを肌で感じられる以上に膨らんでしまうと対等な関係を維持できなくなって内部暴力に発展する
交換と分配には食物・道具・特産物・土地財産・女男子供の奴隷・
時間・技術・知識・まじないなどがあり
そこには自と他の区別がない一体の者達と
他を意識して分散した者達がおり
損得がなく分け合う者達と奪い合う者達に別れる
又、この意識が強くなるに従い
贈与・貢ぎ・租税に伴った見返りとしての再配分など
取引の姿も複雑になる
見返りとしては福祉・治水・防衛・侵略・などの安全と繁栄を見せつけ
公共事業と軍事警察や通行手形などの権利・権限・権威のお墨付きを与える
人間の生活と自己発見に対する創造のための生産は
自然循環エコシステムを破壊することなく発展していくが
資本のための生産は必要性を度外視することにつながって
競うための競いにおちいる
ゴミを作りだしては処分するという不合理を生み搾取の掛け算を始める
労働を無駄にして資源と大地と大気と水を汚し地球丸ごと破壊に追いやる
自らの手で人間自体を教育によってロボット化してしまい
宗教化した資本に恐怖を感じ無条件に支配されてしまう
勿論資本家自体も気づかないうちに資本の虜に成り下がっている
自然にとっても人間にとっても多様性が大切なのであって
地球上のシステムを強制的に一元化することは真空状態にしてしまうことになる
この世に絶対の善なる一つの答えはなく
強いて言うならば無限の多様性が共生することで幸福を得る
無限に異なる色があるからこそ織りなす美が生まれハモル歓びを持てる
一色に塗りつぶされた世界は光も影も失った掃きだめとなってしまう
グローバリーゼーションが一色化することではなく多様性を引き出すものであれば矛盾のない発展となり得るのではないだろうか
ギリシャの民主主義が奴隷によって成り立ったように
21世紀の民主主義は技術と意識の高さによって
支えなければならない
つまり誰の犠牲も借りることなく
自然循環の中で物質的争いなしに暮らせる準備が整っているのだけれど
人間の心の方がまだ自律できておらず恐怖をぬぐえずにいる
そのため現状は未だに合法という暴力で
管理と支配と搾取をし合っている
その見返りに人のフンドシで福祉国家を
装っている政治家や官僚という下層貴族も温存している
共同体には頭や手足という分担はあっても支配者はおらず
一体感による互助の原理が働き国家の形成や国王の誕生を必要としない
敵を想定することによって国家が生まれるのであって
国家は共同体の内側から起こることはない
道徳は「善と悪」による「従順又は精神と物欲」
意識は「美と醜」による「価値又は創造と破壊」
経済は「利と害」による「搾取又は安心と浪費」
政治は「友と敵」による「恩賞又は分配と侵略」
人間はこれらを左右することで社会を構成し
その体験によって自分を確かめることを目指しながら日々を過ごしている
貨幣は商品との社会契約によって対等に成り立つものだとされている
一度交換契約が公になると対等性が薄れ
一般に商品や労働力よりも選択肢が多い分優位に立つ
つまり
貨幣を持っている人は強い立場になり
共同社会での互助性による分配を上回る魔力を潜ませる
人々はその魔力と交換に自由と対等な立場を手放してしまう
守銭奴①の貨幣貯蓄家は使用権を保留する
この守銭奴は無限に権利を保留し続ける禁欲家か無欲者だし
貨幣フェチズムに酔っているとも言える
守銭奴②の金貸し屋は利息システムを作り
質権として貨幣をため消費の権利を貸すことで更なる利益を上げ続ける
この守銭奴は幾分合理的だが貨幣の本質を見失っている
最もこのシステムは自然法則のエントロピーに逆らってもいる
守銭奴③の商品資本家である商人は商品と貨幣の交換を転がして利益を上げる
この守銭奴は合理的であると同時に
一攫千金を夢見て命を賭けて努力する冒険家でもある
守銭奴④の金融資本家は政治を巻き込み不等価交換による利益をだまし取る
この守銭奴は最もドライであると同時に姿を隠した弱虫で
ターゲットを絞り詐欺的合法を駆使して追い詰め搾り取る残忍な人非人である
守銭奴は多かれ少なかれ人間の生きる目的と手段を取り違えて倒錯しているが
思い込みの激しい分一途で強く多勢を相手に分別なく挑む
「無く子と地頭には勝てぬ」勢いで社会を振り回す
Posted by ブクログ
ネットワークの世界がソーシャル化されていくことで、国家、資本に対してどういう位置づけ・価値付けを行い、そして立ち向かうのか、ということを考えてみたくて読んでみるのだけれど、柄谷行人は、そこには言及しない。
インターネットを知らないわけではないだろうし、その人類史的な動きに気づいていないはずもないだろうに、ネットワーク化された世界について具体的な指摘がないとは、どういうことだろう?
マルクスやらカントやらプルードンやら、過去の積み上げや歴史的洞察については、僕なんていう者があれこれ批評するのもおこがましいくらいの突出した内容だが、なんだか過去からの積み上げ(のまとめ)だけに終始されたような読後感。2006年の初版というには内容が古過ぎないだろうか。
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
「資本=ネーション=国家」という接合体に覆われた現在の世界からは、それを超えるための理念も想像力も失われてしまった。
資本制とネーションと国家の起源をそれぞれ三つの基礎的な交換様式から解明し、その接合体から抜け出す方法を「世界共和国」への道すじの中に探ってゆく。
二一世紀の世界を変える大胆な社会構想。
[ 目次 ]
序 資本=ネーション=国家について(理念と想像力なき時代 一九世紀から見た現在)第1部 交換様式(「生産」から「交換」へ 「交換」の今日的意味 ほか)
第2部 世界帝国(共同体と国家 貨幣と市場 ほか)
第3部 世界経済(国家 産業資本主義 ほか)
第4部 世界共和国(主権国家と帝国主義 「帝国」と広域国家 ほか)
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
Posted by ブクログ
柄谷行人が久しぶりに新著を出したと思ったら、岩波の新書版。しかも中を見ると「ですます」調。そんな人ではなかったはずでは...
2001年の『トランスクリティーク』でまとめられた内容から基本的には進展はありません。なるほどあとがきで書いているように「『トランスクリティーク』は専門的すぎたので、普通の読者に理解できるものにしたい」 ということで書いたらしいので、それでいいのかもしれない。ただ、「普通の読者」をどのあたりに置いていたのかどうか不明ですが、その意図が成功したのかどうかは怪しいところです。まさか、ですます調にすると簡単に見えると思ったわけでないでしょうが、内容が変わっているわけではないので、逆に論理が飛んでいるように感じたところもあります。例えば、中心理念となっている「資本=ネーション=ステート」は、最重要概念だだけに最初にもう少し言葉を費やす必要があるのではと感じられます。まあ薄くなって、安くなったのは「普通の読者」が手に取りやすくなったのは確かかもしれません。
また『トランスクリティーク』で提案され、NAMで実践に移された、「権力のくじ引き制」と「LETS (地域通貨)」は基本的に触れられていません。『トランスクリティーク』では、確か「資本=ネーション=ステート」を乗り越えるための重要な要素であったはずです(たぶん)。NAM活動の頓挫を経て、やはりそこには限界があったということだったのでしょうか。
著者は、理想とするアソシエーションについて、「もちろんその実現は容易ではないが、けっして絶望的ではありません。少なくともその道筋だけははっきりしているからです。」と最後に書いています。しかし、少なくとも私たちにはその道筋ははっきりしたものではありません。
やはりこの本を読むよりも、時間はかかると思いますが『トランスクリティーク』を読んだ方がいいと思う。続編がほとんどできあがっているということなので、そちらを期待しています。
Posted by ブクログ
「産業資本主義は、労働者が作ったものを自ら買うことによって成り立つ、自己再生的なシステムである。」
ヘーゲル、マルクス、ホッブス、カントなどを参照しながら、社会を、世界の成り立ちを考察する、社会科学の本。キーワードは、資本=ネーション=国家。この三つは切っても切り離せないものとしてある。
この辺りの議論って観念的に過ぎると感じてしまったりもするが、知って理解しておくことも世界の見方を広げる意味で大切なことだと思う。
Posted by ブクログ
非常に固い本ですが、「国家」と「資本」の関係性と、その未来像について考えてみるという点をしっかりと論じていて面白い一冊でしょう。
水野和夫氏の「終わりなき危機」にも通じる部分が有ったりもして興味深かった。
Posted by ブクログ
国家や共同体(ネーション)を越えたつながりとして、世界共和国の理念を説く。
社会構成単位規模により、生産から交換の発生し、交換様式は変わる。個(贈与)⇒国家(商品交換)。未開社会の婚姻(交換・贈与)⇒親戚⇒国家へと共同体は拡大して、他国家との交換をするための、法が発生する。商品交換、共同体外との交換は貨幣が必要となる。国際的な決裁手段としての金の価値は変わらない。交換以前に貨幣は存在している。金貸しの理論、利息という別な価値。
大航海時代より、一国家単位では考えられない⇒世界帝国、世界経済へ。
国家とは、
1生得的=子、孫への支配と同様。
2服従的=交換と見えない交換である。
資本では、
土地の商品化により、労働力が資本化される。限界がある(土地は有限)。労働力商品:商品が作った商品を商品が買う。
Posted by ブクログ
【「未来の国家」1971年 by チョムスキー】p4
A. 国家社会主義(共産主義)ex. ソ連
B. 福祉国家資本主義(社会民主主義)ケインズ主義的、福祉国家的
C. リベラリズム(新自由主義)アダム・スミス以来の経済的自由主義 cf. ハイエク
D. リバタリアン社会主義(アソシエーショニズム)
【史的唯物論】p18
マルクス主義の歴史観。歴史の発展の原動力は、社会的生産における物質的生産力とそれに照応する生産関係とからなる社会の経済的構造にあるとする立場。その上に政治・法律・宗教・哲学・芸術などの制度や社会的意識形態が上部構造として形成され、やがてその生産関係は生産力の発展にとって桎梏(しっこく)(束縛するもの)となり、新しい、より高度の生産関係に変わるとされる。唯物史観。→弁証法的唯物論(コトバンクより)
【近代世界システム by ウォーラーステイン】p108
世界経済の下に形成される主権国家と資本主義的経済という、政治―経済的なシステム
【消費者としてのプロレタリアート】p138
労働者階級の個人的消費は、資本家にとって不可欠の生産手段である労働力自身を生産し、再生産するものである。労働者は、その個人的消費を自分自身のためにするのであって、資本家のためにするものでないということは、問題にならない。Cf. 自己再生的(オートポイエーシス)
【剰余価値】p142
商人資本が空間的に価値体系の差異から剰余価値を得るのに対して、産業資本は、技術革新や新商品開発をを通じて、価値体系を時間的に差異化することによって、剰余価値を得る。
【ボロメオの環】p175
私は最初に、いわゆるネーション=ステートとは、資本=ネーション=国家であるとのべました。それは、いわば、市民社会=市場経済(感性)と国家(悟性)がネーション(想像力)によって結ばれているということです。これらはいわば、ボロメオの環をなします。つまり、どれか一つをとると、壊れてしまうような環です。
【アソシエーショニズム】p179
商品交換の原理が存在するような都市的空間で、国家や共同体の拘束を斥けるとともに、共同体にあった互酬性を高次元で取りかえそうとする運動。
【人類が直面する三つの課題】p224
①戦争
②環境破壊
③経済的格差
Posted by ブクログ
思想的な側面から「世界共和国」の可能性を考えているんだけど
その歴史的系譜をみるのがつらかった。。。
カントだのマルクスだのよくわかんないし。
世界共和国には資本=ネーション=国家という状況を越える必要がある
みたいな事を説いてたと思うんだけど、
ネーションという聞きなれない言葉が出てきて、他にもわからない言葉が多いせいで
理解度が低いんだと思う。。。
ネーション=理想的な共同体、みたいな定義をしてたと思うけど、
共同体、という言葉も普通に出てくるし、共同体と理想的な共同体の違いも
はっきりかかれてなかったと思うし。。。