柄谷行人のレビュー一覧

  • 柄谷行人ディスカッション

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     柄谷行人が、ここ20年、何を考えていたのか?
     みんな、どこかで読んだ対談なんですけど、もう一度!
     まあ、そんな感じです。

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    2026年08月17日
  • 定本 力と交換様式

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    『トランスクリティーク』や『世界史の構造』など、著者はこれまでマルクスを生産様式ではなく交換様式という独自の視点で、新たな思想を展開した。本作も交換様式に基づいてさまざまな分野を横断していくが、とりわけ交換様式Dをこれまで以上に徹底深掘りしていく。その為に著者は交換様式Dに潜んでいる霊的なものや、エンゲルスの著作を通して社会主義ないし共産主義のあり方を考察していく。それで、交換様式Dは公式様式Aと不可分な関係だと見出し、人類はこれまで交換様式Dの出現の可能性と、交換様式BとCによる交換様式Aの抑圧が繰り返し発生したことを指摘する。ただし、これまでの著作で言及されたように、Dの到来を人間の意志によるものではなく、むしろ人間の意志を超越した存在だという。

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    2026年04月05日
  • 新版 漱石論集成

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    漱石小説について作品解釈を試みた良書。江藤淳 「 夏目漱石 」より論点が明瞭

    岩波現代文庫 柄谷行人 「漱石論集成」


    驚いたのは、漱石の文では「た」のような過去時制が少ないという指摘。「た」の拒否によって、全体を集約するような視点を拒んでいるとのこと


    「彼岸過迄」を漱石の再出発と位置づけ、そこから「吾輩は猫である」への回帰したという著者の主張は面白い。「明暗」は「吾輩は猫である」に向かう中間点ということになる


    「坊ちゃんとはドンキホーテである〜お清との間に存在しえた正義や秩序を現代社会のなかで疑いもなく生きようとしている」という言葉も面白い


    著者の漱石像も的確に捉えているように思う〜漱石は人間の心理が見えすぎて困る自意識の持主だった〜それゆえ見えない何ものかに畏怖する人間だった〜人間が関係づけられ相互性として存在するとき見出す「心理をこえたもの」を見ている








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    2026年03月04日
  • 遊動論 柳田国男と山人

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    読書会で取り上げた國分功一郎「暇と退屈の倫理学」で、キーワードだった「遊動生活」。その後に、本書を目にし、タイトルに惹かれたのと、昨年「哲学のノーベル賞」と言われるバーグルエン賞を日本人で初めて受賞した柄谷行人さんの本も読んでみたかったので読んでみることに。期待していたこととは全く違う内容だったが、やはり日本人としては知っておきたい柳田國男という人物についてよく知れた。昭和の動乱の最中に、民俗学という分野をなぜ立ち上げたのか。それは日本という一国を深く知ることによって、共同自助の精神を見つけたかったから。そして遊動的な生活では蓄財が困難であるから、おのずと贈与的な分配が行われるなど、今にも役立つ知識がたくさんあった。この勢いで柄谷行人さんの本をもっと読んでみよう。

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    2025年11月24日
  • 畏怖する人間

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    読む、考える、本を読むというのはこういうことだ。批評や評論はこのように描いたらどうだ・・・。
    20代の柄谷行人が巨人に真正面から挑み、荒削りで衒いなく身をもって教える。

    柄谷が文学研究のとば口で人生を賭けて夏目漱石や江藤淳、小林秀雄や吉本隆明などの作品を思索する本質的で奔放な論考を取り纏めたものである。
    31歳で最初に出版した評論集は彼の思考の一里塚であることに違いはない。今でも読む者の心に迫る。

    古井由吉の「内向の世代」の評価は斬新で納得である、彼の作品を読んでみようという気になる。

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    2024年09月18日
  • 遊動論 柳田国男と山人

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    「付論」が、たまたまいま読み始めた、同じ著者の『世界史の構造』の最初の章とほぼ同じことが書かれていて興味深い。この本のあとがきを読むと、最初に付論から読むとよいかも、みたいなことが書いてあって、それせめてはしがきみたいなところに書いておいてほしかった、と思った。ま、『世界史の構造』との重複を考えてそうなってるのかもしれない。『世界史の構造』では抽象化されてわかりにくくなっているものが、この本では具体的なものに仮託されているので、副読本的に有効なのではないか。

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    2024年07月18日
  • 世界史の構造

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    生産形式ではなく交換形式を捉えることで浮かび上がる資本=ネーション=国家のボロメオの輪の史的発展を描く中盤までの議論はトランスクリティークの深化として納得させられる議論だと感じた。
    統制的理念として世界共和国へ向かう展望が述べられる後半部については消化不良感が残る。世界共和国の実現という国家連邦レベルの視点での発展とそこに生きる個々人の発展は果たしてつながりうるのだろうか?という疑問が最後まで拭いきれなかった。
    とはいえ、資本主義をより深く捉えるためには必読と言える本だと感じた。

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    2024年06月16日
  • 政治と思想 1960-2011

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    デモについて考えるために手に取ったが、他の話題含めてとてもわかりやすく、マルクス周辺の思想やアナーキズム、日本の新左翼運動などはじめて触れることに対してなるほどと思うことがたくさんあっ。

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    2024年05月23日
  • 定本 日本近代文学の起源

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    正直に言うと、ほとんどよく分からなかった。
    でもそれは私の背景知識と読解力の不足によるものだと思う。
    しかし、第5章「児童の発見」はよく理解できたし、非常に鋭い考察だった。
    「子供」という概念は,近代に生まれたモノであるという趣旨の論には胸を打たれた。ここだけで星4。

    また文学関連の知識を身につけた時に、他の章もきちんと読み直したい一冊だった。

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    2024年04月03日
  • 世界史の構造

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    歴史の本ですが、交換様式という構造で世界史の流れを捉えているのが、興味深い内容でした。歴史上の出来事を断片とせず、背景を様々に考察し、共通項として読み取れることを交換様式というフレームでまとめていくことの面白さ。物量ともに骨のある内容で、通読するのにある程度の時間を要しますが、年末年始という長い休みには良いものでした。

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    2024年01月05日
  • トランスクリティーク カントとマルクス

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     カントとマルクスの思想を横断的に批判、すなわちトランスクリティークに読み込むことで、資本主義社会を乗り越える、言い換えれば、アソシエーションを実現するためにはどうすればいいのかを考察する。
     『資本論』を宇野弘蔵の解釈をもとに、資本主義社会は、恐慌や革命が自壊することなく、あたかも永続するかのように続くと著者は見なす。そのため、現状の資本主義を変えるためには、流通過程に注目するべきだと説く。そこで、対抗ガンのような運動を作り出すことで、資本制経済を打破できると仮説する。
     ちなみに、この運動は、消費者としての労働者が、非資本的な生産(消費協同組合、代替通貨)、労働力を売らない、資本制生産物を購入しないといった運動で、資本主義社会の内側から変えようと試みる。このように、単に資本や国家を真っ向から否定するだけでは不十分で、労働者が消費者として現れる場において、しかも、個々人が主体的に活動することでのみ実現可能である。
     以上から、資本主義経済がどれほど強固で、恐慌や革命等では簡単に終わらないことが分かる。それと同時に、資本主義経済の内側に風穴を開けるために、個々人(労働者かつ消費者である人々)がいかに対抗して、新しい社会へと移行できるのかを本書から読み取れる。

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    2023年10月13日
  • 新版 漱石論集成

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    めちゃくちゃおもしろい。
    柄谷行人の仕事ってNAMとかやってるのしか知らなかったけど、もともと文芸批評で世に出たわけで、本来はこっちがメインなんだよな。

    しかし、柄谷行人をしても、『三四郎』での美禰子の恋愛の対象は三四郎という解釈になるのが不思議。どう読んだってそうじゃないだろうと思うのだけど、それが多数説だというのからよくわからない。

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    2023年08月31日
  • 内省と遡行

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    21
    43
    79
    94
    105
    118 形式主義
    123
    148
    155 フッサール 生活世界
    158
    170
    193
    198
    220
    293 ☆

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    2023年08月09日
  • 倫理21

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    スピノザ〜カントとたまたま最近の読書が繋がった。「他者を手段とするのみならず、目的として扱え」、円地文子『食卓のない家』の父親(連合赤軍の父としての責任とは?)、天皇の戦争責任、ヤスパースの四段階の戦争責任、共産党の非転向など、現代の諸問題を足がかりに、責任とはなにか、倫理的であるとはどういうことかを考える。

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    2023年04月24日
  • 世界史の構造

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    交換様式のあり方から社会の形を紐解いていく。なるほどこうやって世界を見ていく方法があったんだと。世界が一致団結するために何が出来るのか、どのようなスタイルを取っていくのか、この本を通じて考えたい。まだまだ読み込みが足りないので、関連図書をめぐってまた読み直そう。

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    2023年03月17日
  • 世界共和国へ 資本=ネーション=国家を超えて

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    柄谷によれば、マルクス革命論の欠陥は国家主義にではなく、むしろ「国家は資本主義の終焉によりおのずから揚棄されるだろう」という楽観的な“アナキズム”にこそある。マルクスは貨幣のみならず国家も共同体間に生まれることを看過していた。対他的に主権を確立する相対性が国家に自立性を与える。ゆえに一国内に完結する「下から」の革命は頓挫せざるをえない、と言う。そこで柄谷は、世界帝国から世界経済への移行過程において形成された(資本=)ネーション=ステートを超克しうる理念として、カントの言う「世界共和国」を持ち出す。それは諸国家を「上から」抑制する原理であり、その「統整的理念」は我々をして「自由」と「平等」を両立するアソシエーショニズムに向け漸進せしめるとする。

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    2021年10月05日
  • 日本近代文学の起源 原本

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    書きたい人のためのミステリ入門で照会されており読んでみた。文学批評など普段読まないが、知っている作品について新しい視点を得られたと思う。

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    2021年05月19日
  • 世界史の構造

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    ある世代にとっての知識人の典型例が吉本隆明であるように、2000年代に人文社会科学を専攻した私のような世代にとってはの典型例は柄谷行人なのではないかと思っている。本書は2010年に出版された柄谷行人の大仕事であり、『日本近代文学の起源』に並ぶ氏の代表作であろう。

    2006年に出版された『世界共和国へ』では、近代社会が、資本=ネーション=国家の三位一体により強固な構成体になっていることを指摘した。本書ではその理論をさらに推し進める。その理論の中心となるのは、マルクスの思想を”生産”ではなく、実際に価値が生まれる”交換”に着目(どんな生産物も、それが交換されなければそこに価値は生じず、むしろ廃棄物として余計なコストを産むだけである)する交換様式論である。

    この交換様式に着目し、著者は世界史における交換様式と代表的な政治形態を以下のように整理する。

    ・A:互酬制(贈与と返礼)→ローマ帝国等の古代社会におけるネーション
    ・B:略取と再分配(支配と保護)→封建制を採用した国家
    ・C:商品交換(貨幣と商品)→大航海時代以降の資本主義
    ・D:X

    この整理学の最大のポイントは資本主義に続く、象限DにおけるXである。A〜Cの象限が実在の概念であるのに対して、このXは未だに実在せず、あくまで理論上の存在であるが、古代社会における交換様式のAが否定されつつも高次元で回帰するものだと説明される。その具体的なイメージは普遍宗教・アソシエーションである。

    本書で示されたように交換様式Cの資本主義がアウフヘーベンされて、交換様式Dのアソシエーションが成立するか、と問われればその可能性はほぼゼロであろう。その点で、この思想を空想の産物として否定することは容易い。しかしながら、我々が自明のものとしている民主主義社会というのは、果たして完璧なものなのかと問われれば、もちろんそうではなく、だからこそ、そのプロセスを少しでも目指すべき理念に近づけようと、近代社会は努力を続ける。そういう意味において、交換様式Dの世界が、少しでも我々の現実社会を理想に近づけるための思考の補助線となるのであれば、十分にこうした概念の理論的価値は存在するように思う。

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    2021年04月04日
  • 畏怖する人間

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    柄谷行人 「畏怖する人間 」

    夏目漱石の存在論的な恐れ(内側から見た私)を抽出し、その系譜として 小林秀雄、吉本隆明、江藤淳らの思想的到達点をたどる構成。夏目漱石から吉本隆明への系譜はわかりやすかった。


    意識と自然(漱石試論1)
    漱石小説の二重構造を指摘し、漱石の存在論的な恐れ から漱石の内的世界を論じている


    意識と自然とは
    *意識=自分に始まり自分に終わる=自分=社会
    *自然=当然あるべき世界〜社会の規範と背立する=存在しないもの
    *自然と人間の関係〜人間は「自然」を抑圧し、無視して生きるが、それによって自らを荒廃させるほかない

    漱石は人間の心理が見えすぎる自意識の持ち主だったため、見えない何ものかに畏怖する人間だった

    漱石の内的世界
    *社会に背立する私
    *正体不明の不安〜私はどこから来て、私は何であり、どこへ行くのか
    *行き止まりの先にまだ奥がある

    吉本隆明
    *人間はもともと社会的人間ではない〜孤立して、自由に食べ考える「個人」であればいい〜自立とは孤独であること
    *吉本隆明が自立の根拠にすえているのは「自然」

    吉本隆明は親鸞に「心理を乗り超えたものの影」をみた
    *善悪を決定するのは、人間の心理(意識)でなく、規範でもなく、それらを超えた何か
    *人間の善悪を「無意識の構造〜主観的な恣意性を超えた構造」において見る

    漱石小説の二重構造
    *倫理的位相と存在論的位相
    *他者としての私(外側から見た私)と他者として対象化しえない私(内側から見た私)




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    2020年11月20日
  • 世界共和国へ 資本=ネーション=国家を超えて

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    柄谷行人 「世界共和国へ」 資本、ネーション、国家の原理を解明しつつ、資本=ネーション=国家 を超える道筋として、世界共和国を提示した本

    著者の結論「各国が軍事的主権を国際連合に譲渡し、国際連合を強化、再編成する〜日本の憲法9条は軍事的主権を国際連合に譲渡したもの」 諸国家を上から封じ込めることによってのみ、分断を免れる

    マルクス「資本論」
    アンダーソン「想像の共同体」
    チョムスキーの国家形態
    により 資本、ネーション、国家の原理を解明し
    カント「永遠平和のために」により世界共和国の必要性を提示している


    名言「国家の自立性は戦争において示される〜戦争は長期的な戦略によって用意されたもの〜実行するのは常備軍と官僚機構」

    著者が論ずる国家の原理が鋭くて、なるほどと思う
    *共同体と共同体の間に国家は発生する〜国家は共同体の中から発生するものではない
    *一つの共同体が別の共同体を支配する形態として国家が成立する〜国家は外の国家に対して存在する
    *国家は権力を維持するために、略取と再配分に基づく


    チョムスキーの国家形態
    A共産主義=個人平等+国家統制
    Bケインズ主義=個人不平等+国家統制
    Cハイエクの新自由主義=個人不平等+国家から自由
    Dリベラルな社会主義)=個人平等+国家から自由〜現実的に存在しない

    交換
    A贈与と返戻(互酬関係)
    B略取と再分配(服従と保護)
    C貨幣と商品(商品交換)

    資本主義的な社会構成体
    *C商品交換が支配的な社会
    *常備軍と官僚を備えた国家が確立〜B略取と再配分
    *ネーション(互酬関係をベースとした想像の共同体)が 資本制下の階級対立を超えた共同性をもたらす
    ∴資本主義的な社会構成体は 資本=ネーション=国家という結合体

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    2020年11月16日