柄谷行人のレビュー一覧
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読書会で取り上げた國分功一郎「暇と退屈の倫理学」で、キーワードだった「遊動生活」。その後に、本書を目にし、タイトルに惹かれたのと、昨年「哲学のノーベル賞」と言われるバーグルエン賞を日本人で初めて受賞した柄谷行人さんの本も読んでみたかったので読んでみることに。期待していたこととは全く違う内容だったが、やはり日本人としては知っておきたい柳田國男という人物についてよく知れた。昭和の動乱の最中に、民俗学という分野をなぜ立ち上げたのか。それは日本という一国を深く知ることによって、共同自助の精神を見つけたかったから。そして遊動的な生活では蓄財が困難であるから、おのずと贈与的な分配が行われるなど、今にも役立
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カントとマルクスの思想を横断的に批判、すなわちトランスクリティークに読み込むことで、資本主義社会を乗り越える、言い換えれば、アソシエーションを実現するためにはどうすればいいのかを考察する。
『資本論』を宇野弘蔵の解釈をもとに、資本主義社会は、恐慌や革命が自壊することなく、あたかも永続するかのように続くと著者は見なす。そのため、現状の資本主義を変えるためには、流通過程に注目するべきだと説く。そこで、対抗ガンのような運動を作り出すことで、資本制経済を打破できると仮説する。
ちなみに、この運動は、消費者としての労働者が、非資本的な生産(消費協同組合、代替通貨)、労働力を売らない、資本制生産物を -
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柄谷によれば、マルクス革命論の欠陥は国家主義にではなく、むしろ「国家は資本主義の終焉によりおのずから揚棄されるだろう」という楽観的な“アナキズム”にこそある。マルクスは貨幣のみならず国家も共同体間に生まれることを看過していた。対他的に主権を確立する相対性が国家に自立性を与える。ゆえに一国内に完結する「下から」の革命は頓挫せざるをえない、と言う。そこで柄谷は、世界帝国から世界経済への移行過程において形成された(資本=)ネーション=ステートを超克しうる理念として、カントの言う「世界共和国」を持ち出す。それは諸国家を「上から」抑制する原理であり、その「統整的理念」は我々をして「自由」と「平等」を両立
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ある世代にとっての知識人の典型例が吉本隆明であるように、2000年代に人文社会科学を専攻した私のような世代にとってはの典型例は柄谷行人なのではないかと思っている。本書は2010年に出版された柄谷行人の大仕事であり、『日本近代文学の起源』に並ぶ氏の代表作であろう。
2006年に出版された『世界共和国へ』では、近代社会が、資本=ネーション=国家の三位一体により強固な構成体になっていることを指摘した。本書ではその理論をさらに推し進める。その理論の中心となるのは、マルクスの思想を”生産”ではなく、実際に価値が生まれる”交換”に着目(どんな生産物も、それが交換されなければそこに価値は生じず、むしろ廃棄 -
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柄谷行人 「畏怖する人間 」
夏目漱石の存在論的な恐れ(内側から見た私)を抽出し、その系譜として 小林秀雄、吉本隆明、江藤淳らの思想的到達点をたどる構成。夏目漱石から吉本隆明への系譜はわかりやすかった。
意識と自然(漱石試論1)
漱石小説の二重構造を指摘し、漱石の存在論的な恐れ から漱石の内的世界を論じている
意識と自然とは
*意識=自分に始まり自分に終わる=自分=社会
*自然=当然あるべき世界〜社会の規範と背立する=存在しないもの
*自然と人間の関係〜人間は「自然」を抑圧し、無視して生きるが、それによって自らを荒廃させるほかない
漱石は人間の心理が見えすぎる自意識の持ち主だったた -
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柄谷行人 「世界共和国へ」 資本、ネーション、国家の原理を解明しつつ、資本=ネーション=国家 を超える道筋として、世界共和国を提示した本
著者の結論「各国が軍事的主権を国際連合に譲渡し、国際連合を強化、再編成する〜日本の憲法9条は軍事的主権を国際連合に譲渡したもの」 諸国家を上から封じ込めることによってのみ、分断を免れる
マルクス「資本論」
アンダーソン「想像の共同体」
チョムスキーの国家形態
により 資本、ネーション、国家の原理を解明し
カント「永遠平和のために」により世界共和国の必要性を提示している
名言「国家の自立性は戦争において示される〜戦争は長期的な戦略によって用意されたもの -
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本書と問題関心が共有される『世界史の構造』は、社会構成体の歴史を「交換様式」から見る企てであった。
互酬的=相互扶助的関係(交換様式A)を高次元で回復しようとする交換様式Dについて、著者は思索する。これまでそれは普遍宗教の形で現れてきた。しかし、それは祭司・神官の支配に帰してしまい、宗教は国家に回収されてしまう。それ以外に現れた事例を、著者はイオニアの政治と思想に見出し、その意味合いを本書で論じていく。
キーワードは、イソノミア(無支配)である。それは理念であると同時に、著者によれば、イオニアで実現したものであり、植民者たちがそれまでの氏族・部族的な伝統を一度切断し、それまでの拘束や特権を放 -
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「戦後思想のエッセンス」というシリーズを創刊するに当たり、第0号として、柄谷行人、見田宗介を取り上げたのが本書である。同シリーズは、一冊につき一人の戦後の思想家を取り上げて、後続の世代の書き手たちがその思想家について論じるというスタイルを取る予定だが、ここでは編者である大澤真幸が戦後思想の代表者としての二人にインタビューをする形を取っている。
インタビュー形式は、ことに聞き手が、対象の思考圏に嵌っていて(決して悪いことではない)、対抗的な異論を差し挟む余地が少ないときには、ことさら当たり障りのないものになりがちだ。至極、当たり前のことを言ったような気がするが、本書もそういった状況でのインタビ -
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批評家の柄谷行人(1941-)と浅田彰(1957-)により各種の媒体にて行われた対談六編。学生時代に別の書籍で読んだ対談もいくつか含まれているが、当時はカントもマルクスも未だあまり読んでいなかったので、そのときの理解は甚だ怪しい(今も決して十分に読めているわけではない)。先日読んだばかりのマルクス『経済学批判』の議論を思い返しながら本書を読むことで、却ってマルクスの議論について理解を深めることができた部分もある。
□ 《形而上学》批判
二人とも、一貫して「体系の《外部》を実体的に措定し、それを体系の内部に組み込んでおくことで成立している、当の体系」(例えば、疎外論、オリエンタリズム、「大き