「屍人荘の殺人」、「魔眼の匣の殺人」に続く、班目機関の存在を背景とした剣崎比留子を探偵役、葉村譲をワトソン役とするシリーズ第3弾。冒頭は、葉村が友人の小山、矢口との間で、ちょっとした推理対決をする。前2作と比べるとかなり軽い導入だが、頭の体操をしたあと、本筋へと入っていく構成になっている。
かつて、班目機関の施設で研究をしていた不木玄助という人物が、「廃墟テーマパーク」として一部で話題になっている馬越ドリームシティ内の「兇人邸」に住んでいる。そして、その建物には、施設で研究対象となっていた子どもの生き残りがいるという噂があった。班目機関の研究成果を手に入れたい成島IMS西日本社長・成島陶次は、剣崎比留子の「事件を引き寄せる体質」を利用し、「何かを起こす。」ことで、兇人邸への侵入が空振りに終わるのを防ごうとする。成島は、「事件を引き寄せる体質」を持つ剣崎比留子を利用すれば空振りには終わらないと考え、六人の傭兵とともに兇人邸へ潜入してほしいと依頼する。剣崎も、「どうせ事件を呼び寄せるなら、傭兵に守ってもらった方が安全だろう」という理由でこれを受ける。
この時点でかなり特殊な世界観である。前作『魔眼の匣の殺人』が「サキミの予言は当たる。」という前提でロジックを組み立てていたのと同様、本作も「剣崎比留子は事件を引き寄せる。」という前提の上で、成島は剣崎に依頼をしているし、剣崎も依頼を受け入れている。納得しにくい面もあるが、班目機関シリーズは、こういうミステリ、特殊世界ミステリなんだとして受け入れるしかない。
兇人邸では、「満月の夜に身寄りのない従業員が生贄に捧げられる」という噂がある。その情報をもとに潜入した一行は、そこで「隻腕の巨人」に襲われることになる。そして、不木玄助が殺害される。
本作の中心となるのは、「不木を殺したのは誰か」という謎と、「施設の生き残りは誰か」という謎である。しかし、剣崎は巨人のいる別館に閉じ込められ、本館にいる葉村たちと直接合流することができない。会話による推理はできるが、自ら現場を歩くことはできない。そのため、本作の剣崎は名探偵というより、極めて優秀な安楽椅子探偵として振る舞うことになる。
その一方で、物語の合間には四十年前の班目機関の研究施設における追憶が挟まれる。この施設は、『魔眼の匣の殺人』においてサキミが予言していた「極秘研究施設での大量殺人」の舞台でもある。
追憶パートでは、研究員の羽田、不木、そしてケイ、ジョウジ、コウタといった子どもたちが登場する。羽田は通常の人間を超える身体能力や回復能力を持つ子どもたちを研究しており、不木は特殊なウイルスを利用した研究を進めている。しかし、小動物殺しなどの不穏な出来事が続き、サキミは「査察の日に施設で大量殺人が起きる」と予言する。そして実際に惨劇が発生する。
現在の事件と過去の惨劇が少しずつ結びついていく構成は非常にうまい。自然と、「生き残りは誰なのか」「巨人の正体は誰なのか」を考えながら読み進めることになる。
また、本作には倒叙ミステリ的な要素もある。剛力京子が不木を殺害したことが比較的早い段階で明かされるからである。剣崎は葉村に犯人捜しをする必要はないと言いながらも、見事な推理によって剛力が犯人であることを見抜く。この不木殺しの推理は、非常にロジカルではあるものの、やや地味に感じた。
アリと不木の首を首塚に運ぶには、巨人は二度移動する必要がある。しかし、巨人は二度移動していない。隻腕の巨人には二つの首を運べない。不木を殺した犯人は不木より先に部屋へ入っていなければ不自然。そして、剛力だけがアレクサンドライトが赤く輝く場面を目撃できた。
論理はしっかりしている。しかし、エレガントさや意外性よりも、地道な消去法の積み重ねという印象が強い。
その後、雑賀が殺害される。本作には、不木殺しのロジック、雑賀殺しのアリバイトリック、巨人の正体、生き残りの正体、剛力の正体など、多くの仕掛けが存在する。個々の伏線やロジックはよくできているし、読者をミスリードする技術も高い。裏井の名前を意図的に伏せていた点などは非常にうまいと思う。
しかし、トリックやロジックはいいが、その前提となる人物の行動や状況設定に説得力が感じられない。例えば、ケイが隻腕の巨人となり、四十年間もあの夜の中で戦い続けていたという真相である。班目機関シリーズであり、特殊世界ミステリである以上、ある程度の荒唐無稽さは受け入れるべきなのだろう。しかし、それでも私は「いやいや、40年?それはさすがに・・・。」と思ってしまった。
また、そのために従業員を生贄として捧げ続けていたという設定も、どうしてもやり過ぎに思える。
裏井についても同様。裏井が「生き残り」だったという真相には意外性があるし、伏線もきちんと存在する。しかし、ケイとの「何があっても一緒」という約束を果たすために、「正当防衛で殺人をする。」のは行き過ぎだと感じる。共感できない。
雑賀殺しも、ロジックとしては成立している。しかし、物語の流れの中で自然に起きた事件というより、「トリックを成立させるために発生した事件」のように見えてしまった。
最後の、裏井が自らの首を利用して鍵を運ぶトリックもまた、同じ印象を持ってしまった。巨人に首を運ばせることで鍵を届けるという発想自体は面白い。しかし、このトリックを成立させるために、ここで急に裏井が正体を明かし、自ら死を選んだように見えてしまった。
要するに、兇人邸の殺人は、個々のパーツはよくできている。不木殺しの推理も、雑賀殺しのトリックも、巨人の正体も、生き残りの正体も、それぞれ単独で見れば、良いロジックで、意外性もある。
しかし、それらを一つの物語として組み上げたとき、どうしてもいびつさを感じてしまった。
そもそも、いくら廃墟テーマパークとはいえ、その中で巨人を匿い続けるというのも引っかかる。従業員を生贄として捧げ続けるのも、「なんで」という感じ。四十年間も同じ夜を繰り返すか?。剛力という人物も、ミスディレクションとしては機能しているが、どこか作者の都合で配置されたように見えてしまった。裏井やケイの行動原理そのものに納得しきれなかったから、トリックや真相まで浮いて見えてしまったように思う。
評価は難しい。個々のロジックは端正で、伏線も意外性もある。しかし、全体として見ると、荒唐無稽な設定と本格ミステリ的な論理のバランスがうまく取れていないように感じた。
『屍人荘の殺人』も十分にバカミス的な作品だった。しかし、あちらは荒唐無稽な設定そのものが作品の勢いと面白さにつながっていた。本作はバカミスとして突き抜けるわけでもなく、本格ミステリとして納得させるわけでもない。その結果、「大胆な特殊設定ミステリ」というより、「バカバカしい話」に見えてしまった。
★2ではない、★3。個々のパーツはもっと上手く組み合わせれば、かなり良い作品になったと思う。この荒唐無稽さが上手く機能したのが『屍人荘の殺人』であり、上手く噛み合わなかったのが『兇人邸の殺人』だったのかもしれない。
最後に、『屍人荘の殺人』で登場した重元が姿を見せ、物語は次作への引きで終わる。班目機関の謎は依然として多く残されており、続編への興味は強く刺激される。一方で、あまり間を空け過ぎず、早めにしっかり完結まで描き切ってほしいとも思う。シリーズの縦軸は魅力的であるだけに、このまま宙ぶらりんになってしまうのは惜しい。それこそ、綾辻行人の「館」シリーズみたいになってほしくはないと思う。