デビュー作の『屍人荘の殺人』が大ヒットした今村昌弘による同シリーズのスピンオフ作品に当たるのが本作、『明智恭介の奔走』だ。タイトルに登場する明智恭介はミステリにおける探偵役の典型的なキャラクターで、シリーズ最初の作品である『屍人荘の殺人』であっという間に退場してしまったという経緯がある。『屍人荘の殺人』を読んだ時には、ゾンビものと知ってはいたが、探偵役(実際にはコメディリリーフだったのだが……)があっさりと退場するとは知らなかったので、かなり驚いた記憶がある。
作者自身もそのことが不憫だったのか、あるいは読者から「明智恭介の活躍を見たかった」という要望が強かったのか、本作ではその明智恭介が探偵として活躍する五つの物語が収められている。とはいっても、本作で彼が解決するのは殺人のような本格的な事件ではなく、いわゆる『日常系』のちょっとした謎となる。大学生である彼は、学内で「ミステリー愛好会」と名付けられたサークルで活動をしており、その代表として謎を探し求めて日々活動しているのが主人公の明智というわけだ。
また、彼はあふれる探偵への気持ちが抑えきれず、探偵事務所でもアルバイトをしていることになっている。本作に収められた最後の事件は、その探偵事務所で彼が手伝うことになる本格的な「事件」だ。
本作で収められているそれぞれの事件はいかにも大学生らしい一風変わったもので、簡単に紹介しておこうと思う。
最初でも最後でもない事件
シリーズでは実質的な主人公となる葉村が、ミステリ愛好会に入会してから最初に明智と取り組むことになる事件。学内サークル棟での窃盗騒ぎに首を突っ込んだ二人が、「泥棒が泥棒に襲われる」という奇妙な状況を解き明かすために奮闘する。いかにも学生らしい事件ではあるが、著者の切れ味を存分に味わうことができる一作。
とある日常の謎について
明智と葉村が在籍する神紅大学の近くにある商店街の喫茶店の店主の視点から語られる日常の謎を描く物語。明智は推理をするというよりも、いわば狂言回しとして物語を見守る位置にいる。ドタバタコメディ色の強い本書の中では、一風変わった、しんみりとさせるような作品だ。
泥酔肌着引き裂き事件
酔いつぶれた明智のパンツがなぜか切り裂かれたという騒動に巻き込まれる週末の葉村を描く一作。ばかばかしいような設定ではあるが、真相に至るまでの道のりは極めてロジカルであり、明智のおかしな方向性と葉村の冷静さが漫才コンビのように物語を転がしていく。
宗教学試験問題漏洩事件
夏休みの直前、宗教学の教授の部屋から試験問題が盗まれるという事件が発生する。容疑者は二人の学生であるが、いずれも短い時間の間に盗難を実行することは不可能であり、事実上の「不可能犯罪」が成立してしまう。推理を組み立てては壊すといった、ミステリーの構造を楽しむことができる小編。
手紙ばら撒きハイツ事件
明智が大学生になって間もない一年生の頃、彼がバイトをする探偵事務所に一件の依頼が舞い込む。依頼主はマンションの管理人であり、彼によると住人宛にストーカーのものと思われる手紙が送り続けられているとのこと。後にミス愛で探偵となる彼が「助手」として事件に関わることになる、正真正銘の前日譚。
全体としては、著者が得意とするロジックとコメディが融合した雰囲気で統一されており、いかにも“名探偵然”とした明智のおかしな推理と、時たまのひらめきを楽しむことができる一冊になっている。