島田荘司のレビュー一覧
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昭和五十七年の秋、高沢秀子という老婦人が御手洗潔のもとを訪ねてくる。世間話程度に彼女がはじめたのは、親友である折野郁恵という女性の話だった。榎本武揚の子孫であり、ロシアの皇帝陛下からの贈り物であるセント・ニコラスの長靴を受け継いだ、というエピソードを持つ女性だ。そんな彼女の様子が今日おかしかった、と秀子は御手洗たちに語る。雨を見たことによるショックで倒れて救急車で病院に運ばれた、というのだ。しかも息子夫婦はそばにいたのに救急車に同乗しなかったらしい。秀子の話を聞き、御手洗は大事件のにおいを嗅ぎ取る。
ということで本作は、何十億の価値があるかもしれないセント・ニコラスのダイヤモンドの靴をめぐって二転三転する中で、意外なラストへと向かっていく作品になっています。今年もクリスマスが近付いてきていますが、本書はそんな時期にぴったりな一冊。世の中は決して良いことばかりではないけれど、同時に悪いことばかりではない、と解き明かされた謎の先に立ち上がる優しい奇跡に、心地良い余韻が残る作品でした。 -
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ネタバレ(上巻の感想からの続き)
しかし、本作の目玉と云えば、やはり島田荘司氏2大シリーズの主役、御手洗と吉敷のコラボレーションだ。
とはいえ、この2人が邂逅するわけではなく、御手洗は下巻の211ページ、全体の6/7あたりで前回同様、電話での出演のみ。
しかし吉敷はもう物語も終盤を迎える段になって妻と子を迎えに貝繁村まで出て来て、実際に石岡と初対面するのである。
この趣向は両シリーズを読み通して来た者にとって、なんとも感慨深い、心憎い演出である。
『涙流れるまま』以降、吉敷と通子のその後をこんな形で知らせてくれるとは思わなかった。これこそ一級のファンサービスだろう。
そして吉敷は事件の1つを解決して去っていく。それも石岡から御手洗の残したヒントを聞いて。
両者のファンの中にはこのコラボレーションに物足りなさを感じる者もいるだろう。
しかし、私はもうこれだけで十分だ。強烈な個性の2人が一所に集まるよりも、石岡という緩衝材を間に介する必要があった方がいいと感じた。
そしてこの2人と石岡が挑む事件、これも豪腕島田氏の健在振りを強くアピールするものだ。
地震で起きた地割れで厚いコンクリートの下から出て来た死体。2つのバラバラ死体を合わせ、甲冑を着せた死体が甦り、悪を討つ。そして最後には100年前に行方不明となった森孝が現れる。
今回はもうほとんど論理的解決は不可能だと思っていた。実際、日照とナバやんの2つの死体を合わせて甦った森孝魔王の真相は石岡も解明できず、手記にて真相が暴かれる。
で、これら3つの大きな謎の真相だが、大いに偶然が重なっているなあとの印象が強い。『暗闇坂の人喰いの木』、『疾走する死者』、『北の夕鶴2/3の殺人』らに共通する豪腕ぶりだ。実に島田氏らしくて呆れるというより微笑ましく思った。まだこういう物を堂々と書く、その若さが嬉しく思った。
そう、そしてこの死体を繋ぎ合わせて1つの魔王を甦らせるというのは奇しくもデビュー作である『占星術殺人事件』のモチーフとなったアゾートを連想させる。
これは御手洗と吉敷を一同に会するために敢えて原点に戻ったということなのだろうか?
これら謎の真相については首肯せざるを得ないが、やはり島田氏の物語の力は素晴らしいと思った。どんどんその世界に引き吊り込まれていく。そして必ず胸に去来するものがある。
こういうのを読むと推理小説は驚愕のトリックも大切だが、やはり物語があってのものだと実感する。
推理小説界の巨人とも云うべき存在においてその精神を失わない島田氏。
いやだからこそ巨人とも云うべき存在なのか。
もう一生ついていくぞ! -
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前作『龍臥亭事件』に引き続き、業の深さが主題になっている。
閉鎖された村社会に伝わる因習。
妄信のように今に伝わる差別。
主従関係の厳格さから生じる男と女の色の縺れ。
そして御手洗シリーズの定番となっている物語を彩る逸話ともいうべきエピソードが今回も添えられており、それこそが森孝伝説、そして森孝魔王といった話だ。
上の梗概にも述べた森孝伝説は島田氏が常々テーマに挙げている日本の歪な上下関係・主従関係を扱った悲しい物語。
さらに挿入される森孝魔王の物語も悪徳代官が百姓をいたぶる話だ。森孝伝説の内容を受け、死体に森孝の霊が乗り移り、甲冑を身に纏い、代官に処刑を下すといった内容だ。虐げられた弱者を救済するために、人智を超えた存在が現れ、惨殺する。
同様の挿話は『魔神の遊戯』にも見られたが、この弱者救済の話はデビュー以来、島田氏が一貫して扱ってきたテーマだ。
そして本作ではこの森孝に纏わる話に加え、他に第二次大戦中の日本軍が秘密裏に行った人体実験の話などの戦時日本の暗部、そして上にも書いたが、獣憑き、獣子といった村社会独特の妄信による人種差別についても述べられている。
特に気のいいお手伝いとして登場した斉藤櫂が、その過去には小さい頃に獣憑きの疑いがあって里子に出された、先祖が首切り役人で呪われた家系だった、引き取られた両親と反りが合わず、子供を置いて夫と共に逃げた、といった業の深い人生を歩んできたことに驚いた。
最後の方で明かされるこの女性の凄まじいまでの虐待の日々は、本作のもう1つのテーマだろう。
この櫂の人生を通して語られる、村人の、その村に強く根付いた独特の道徳観に基づく嫁婿夫婦への躾なども、深く考えさせられる重い内容だ。
物語はこの他にも日本の鎧に関する薀蓄、からくり人形の歴史と江戸との係わり合いなど、興味深いエピソードが物語を彩る。
とは云え、前作に比べると比較的内容は明るいようだ。
犬坊家は特に前作に見られた一家の業の深さなどは微塵も描かれず、犬坊里美の若者特有の軽さや寺の住職日照、神社の神主二子山などの漫才の掛け合いのような方言交じりの会話などで重苦しい雰囲気を淡くしている。
事件自体は非常に陰惨なのだが、特にこの日照と二子山の語り口の面白さがそれを軽減している。
そして石岡も以前に見られた情けなさから幾分復調して、女々しさが消えている(それでも好きな女性に振られて、ストーカーになるのかと自問した時に、自分にはそんな事やる元気がないと云ったのには苦笑したが)。
また加納通子が娘を歌手にしてステージママになりたがっているなんていう意外なエピソードも面白い。
そのほか、里美が語る日本の司法試験とその採用制度の話も面白かった。裁判官が司法試験の成績上位者しかなれないなんて初めて知った。
(下巻の感想に続く) -
Posted by ブクログ
一時期ハマって御手洗潔シリーズを読んでいた。この短編集は数年前に購入して積読していたがようやく読めた。先日テレビでジョンレノンのイマジンについて見たばかりだったので、「SIVAD SELIM」は興味深かった。御手洗の都合を考えない石岡にちょっとイライラしたのは私だけ?笑でも、自分がコンサートで挨拶することになってあがり症なのになんとか責任を果たそうとするところや高校生たちの取り組みに素直に関心できるところはいいと思う。金田一少年の事件簿が「占星術殺人事件」のトリックをパクったと最近SNSでまた話題にされていたのもタイムリーだった。けっこう忘れているのでまた読み直そうかな。