おおたとしまさのレビュー一覧
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大全というだけあって、
幅広く教育関連の内容を網羅。
様々な理念に基づく世界の教育法や、
幼稚園保育園など幼少期に過ごす施設のあれこれ、
習い事やお受験のことなどなど。
結構知らなかったこと多し。
さしあたって、幼稚園選びの参考にさせてもらうことにしました。
天才・将棋の藤井くんはモンテッソーリ教育の幼稚園で過ごしたのだそうな。
元々備わっていた彼の素質が、自由にのびのび育つきっかけになったんでしょうねえ。
人生の基礎ともいえる幼少期に、どんなところで過ごし、どんな経験を重ねるのか。
これって結構大事なんだろうなーなんて思いました。
最近、わが家の1歳児くんが習い事をスタートしました。
かわいいわが子のためにいろいろやってあげたいなーという親心がありつつ、
大切なのは子ども本人の人生。
これからの子どもの長い人生の幸せを考えていきたいな、とこの本を読んで感じました。
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毒親や虐待関係の本はいくつか読んできたが、そこには貧困の問題がいつもつきまとっていた。
たしかに、経済的・精神的に余裕がなければ虐待と結びつきやすくなるというのは、ある意味容易に理解できる。
ここでいう「教育虐待」とは、「ペアレントクラシー」の下層に属する人たちの話ではなく、「裕福な家庭に起こる虐待」(本書より)なのだ。
前半で挙げられている個別の事例は、これまでフィクション・ノンフィクション(実際の事件とか)問わず、どこかで見聞きしてきたもので真新しさはそれほどないが、社会構造や教育(学歴)に求められるものが変化してきた結果、「教育虐待」が激化していったという指摘は非常に興味深い。
社会を変える、というのは気の遠くなるような話だが、まずはひとりひとりの親が「自立」することからしか始められないのだろう。
本書で繰り返されているように
「子どもは親の思った通りには育たないが、それなりのものには必ず育つ。親がよほど余計なことをしなければ。」
の言葉を、戒めのように胸にとどめる。 -
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宮台真司が日本再興のカギになるとして自らが運営するワークショップより価値を感じたというこの本に興味を持って手に取った。
幼児期に緑豊かな森を舞台とした幼稚園で過ごすことで、これから待ち受ける社会の競争に晒されても、
耐え抜く能力が身につくという単純な話ではない。
必ずしも都心部では森のようちえん的な教育が不可能だというわけではなく、大事なことは子供との接し方あるいは大人の見られ方を含む環境づくりだという。
田舎と都心では、その環境づくりに濃度はあれど森(または里)が近くになければ意味がないというわけではないらしい。
近代社会以降の偏差値教育により子供の発達の初期
段階から幼稚園受験などの競争に晒されることで、
合否に関係のないモノには目を向けない目が養われることによる弊害、与えられたモノだけをこなすことによる主体性の欠如、大人の顔色を伺うことで自分が
本当にやりたいことをやる集中力の欠如。どれも損得勘定に縛られている。社会を生きる上で必要なことはそれだけではなく、なかなか言語化が難しい
エビデンスが取りにくい領域(非認知能力など)が
育まれるとして森のようちえん的な環境づくりを学んだ。何も特別なことではないが、偏差値教育では
育まれない無意識領域や客観的思考が何を通して
育まれているのか、森のようちえんを巡る筆者と
それに関わる人たちの対話で見えてくる。 -
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ネタバレ21世紀におけるいい男の条件とは?
から始まる。
これからの男性像など
有名男子校先生の言葉やエピソード沢山で面白い本。
第一章はジェンダー、
AI時代、
グローバル、
自由とは?
女の子の母なのに、男の子のほうから読んでしまいました。
子供の親だけでなく、
これから社会で働く大人にも刺さる本。
面白かったです!
ネタバレ、
結婚相手に求める条件は、
一位、人柄(男女共に1位)
二位、家事育児の能力
三位、経済力と仕事への理解が同率
共働きが当たり前の時代となったいま、
男性への経済力だけでなく、
妻のキャリアへの理解力が大切
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「教育虐待」、聞いたことがなかった言葉だったので購入。自分の過去の経験(貧困から教育を受ける機会が限りなく少ない)に重なる部分があるのかと思ったが、本人の許容範囲を超えて習い事や勉強をやらせすぎてしまうというもの。高学歴の両親ばかりではなく、「学」のない自分のような人間にならないでほしい。チャンスはたくさん与えたいと思いながら日々、英会話やピアノ、書道にリトミックなど最初に始めるには何がいいのだろうと考えている私のような親に入れられるメスに気づきも。
子供の人生は子供のものであり、子供は親の分身ではなく別人格。それぞれに人権があり、本人に決める権限があるという当たり前のことをもう一度。 -
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中学受験するか否か、いろんな観点がほしく関連書籍を読み漁る。
教育ジャーナリストであるおおた氏が一歩引いた目線で、プロ家庭教師である安浪氏がリアルな現場目線で、以下の5テーマについて持論を語る。
・なぜ中学受験をするのか
・「本当の学力」をあげる勉強法
・塾を使い倒す新常識
・志望校選びの玄人的着眼点
・親子の信頼関係の育て方
おおた氏の書籍は過去に二冊読んでいるので、ふむふむと持論を確認する感覚で読んだ。
安浪氏の担当の章が勉強する子たちのリアリティをのぞかせる。
まだ我が家は受験期に突入していないが、例えば公文式とそろばんどっちがいい?とか、読書量が国語の成績を決めるか?とか、一定の時間一定の努力をすれば誰でも結果が出るのか?とか・・・・
今の時点でも興味深い論点が多かった。
全体を通して感じたこと。
中学受験をなぜするか、志望校をどうやって選ぶか、親子にとって不幸にならない勉強法とは何か、受験したこと自体からどのような意義を得るか・・・・
その全ては偏差値至上主義から脱することで得られるのであろう。。。 -
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教育ジャーナリストとして有名なおおたとしまささん
2021年11月初版
以下は気になった話題
・超進学校が幾何と古典をやる理由
幾何を早い段階で徹底的にやることで数学的な素養が高まる。論理的な思考が鍛えられる
古典すなわち古文や漢文を学ぶことは、外国語を学ぶことに似ている。
日常的に無意識で使ている日本語を相対化することで、日本語の論理的構造が認識でき、日本語を論理的思考の道具として使えるようになる。
→思考のOS性能が高まる
・高校受験は世界的に見ても珍しい
14歳からは抽象的思考の次元が高まり、本格的に哲学や科学が出来るようになる年頃。反抗期もある。この大切な時期に入試対策で子どもを追い回すのは得策ではない。
・高校募集を始める私立校が増えている
高校入試を行う私立難関校は減っているが、同時にいわゆる私立中堅校が高校募集を再開する動きがある。オオテメディアは難関校の入試動向しか報じないが、一面的な報道には惑わされないで欲しい
・5歳差の先輩から学べること
中高一貫校では12歳の時点で5歳上の先輩の姿を間近に見られる。
中2や中3でたとえ反抗的な態度を取っていても、高3になる頃には落ち着いている。先生もその成長を知っているからこそ6年間を見通した対応をしてくれる。
中学と高校で分断されない利点の一つ。
「ハビトゥス」
・その学校らしさとは「学校の文化」であり「ハビトゥス」(特定の集団に共通してみられる思考やふるまいのパターンを生み出す諸要因の集合)
・教員が異動しないのも私学の魅力
学校の中で生じた小さな成功体験や失敗体験が建学の精神に結び付けられ、学校全体の共通体験として生徒や教員の中に積み重なり、学校全体にとっての当たり前の水準を押し上げる。こうしてつくられた学校ごとの当たり前がハビトゥスの正体だといえる。
・公立学校のハビトゥスは地域の文化を反映したもの
特に戦前からの公立名門校には、地域の文化や風土、期待や誇りが凝縮されている。
・創立者の伝記と学校の沿革は要チェック
・校長の佇まいと国語の課題文を見る
説明会で校長が何を語るのか以上に、どんな佇まいで語るのかを見てほしい。言語よりも非言語的な情報が重要。その雰囲気を見て、わが子にも似たような佇まいを身に付けてほしいと思えるかどうかがポイント
・子どもに損得勘定を刷り込むな
「将来何がやりたいんだ?そのためにいま何をすべきなのか?」と尋ね、結局勉強するしかないという結論に誘導する大人は多い。
しかし、思春期の時点で抱いていた価値意識が高齢期の幸福感を予測する」という研究によれば思春期の時点で「金銭や安定した地位を大切にしたい」のような外発的動機による価値意識が強いと、高齢期に幸福感が低くなる傾向があるということ
「興味や好奇心を大切にしたい」という内発的動機をはぐくむ教育環境を作っていくことで高齢期の幸福感、自己満足感が増す
・ベストな学校がどこかにあるはずだって幻想を抱いている保護者は多い。
でもそんなのないよって。どこの学校も良いところと悪いところがあって、悪いところすら子どもは肥やしにしていくもの。
自分が適した環境に行けば、人間はおのずと目が生き生きしてくる。
学校へ行った時の子どもの様子を見ることが大事。目が輝いているか、体が躍動しているか、心が安らいでいるか
・スキル偏重教育は大人たちの不安の裏返し
「どう美しく生きるか」を伝える学校と「これからの時代はこういうスキルが必要だと」という学校の二つに分かれる。今、スキル系の方に人気が集まっているのは、今の世の中の大人たちの不安の裏返し
・受験エリートの落とし穴
「いい学校」に行けば、確かに就ける職業の種類が増えたり、就活の書類選考で有利になったりはするかもしれない。しかし、「いい学校」に入って増えた選択肢の差分からしか人生を選べなくなることがある。たとえば「せっかく□□中学に入ったのだから、出来れば東大・京大・最低でも早慶」のような
無限にあったはずの人生の選択肢をむしろ狭めてしまうのだ。
さらには自分の選択未満の選択肢を選んだ人たちのことを、無意識で自分未満だと見下す視点を持ってしまう危険すらある -
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我が家は夫婦ともに公立育ち。かと言って公立がとても良かったと思っているわけでもない。
中学受験は気になるものの、お互い私立中高への知識はゼロ。
そんな状況で手に取った一冊。
著者は中学受験をメインフィールドに長年取材を続けている教育ジャーナリスト。本書はその著者の「中学受験観」を凝縮した一冊である。
本書では大きく4章にわけて受験の意義が語られる。
①中高一貫校に入る意義、②私学に入る意義、③受験を通して子が得るもの、④受験を通して親子が得るものの4点である。
結論を言ってしまえば、
①大学受験対策ができること以上に、豊かな思春期を恵まれた環境で謳歌できることの意味が大きい
②その学校でしか得られない生きる指針を授かり、卒業後も教育力が持続すること
③数々の試練を経験し乗り越え、ひととして成長するための大冒険であること
④親子で正しさを話し合い、新たな信頼関係が結ばれ、それが親子双方の人生を支える
となる。
各章に著者のこれまでの経験を活かし、様々なデータと生の声の両方を駆使した著述でなかなかに具体性に富む。
著者の受験観は一貫して、高偏差値信仰を排して「偏差値では表せない果実に目を向ける」べし、である。
①~④の結論にそれがにじみ出ている。
「親がべったりつきっきりにならず、そのぶん偏差値が多少低くなってしまってもそれを良しとして本人の頑張りで入れる中高一貫校に入り、そこで豊かな思春期をすごすのが、私のおすすめだ。」それが著者の中学受験観だという。
中学受験というと、名門校に子を入れるために(子以上に親が)血と汗と涙を流す狂騒曲、というイメージすらあるが、その受験観では親子ともに幸せにならない。
ということである。
本書を読んでぼんやりした受験へのイメージはまた一つ明確になってきたように感ずる。得るものは多かった。
さて、ではこうなると、次は「世の中にはどんな個性の学校があるのか?本当にわざわざ苦労して進むべき学校が世にあるのか」が気になってくるのである。 -
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ずっと共学育ちの男である私にとって、未知の存在すぎる女子校。しかし我が子の進路の選択肢の一つとして存在するため、手に取った。
女子校ならではの教育のメリットはいくつか挙げられている。
その中で一番目に留まったのは、
「男性の目線がない世界だからこそ、「女らしさ」を意識しないで、一人ひとりの個性を育める。」「男性の助けをアテにしない自立した女性が育つ。」
という点。
ジェンダーバイアスから比較的自由な環境での6年間というのは、社会に出てから壁にぶつかることもあるかもしれないが、それすら乗り越えられる「個」としての力が育める場なのではないか。
そう感じた。
本書全体の構成でいうと、
著者の持論としての女子校の教育の特徴及びメリットが1・2章。ここは一般論的。
そこから、3章は数十校の女子校の個性を紹介。4・5章は女子校卒で社会で活躍している女性のインタビュー。そして6章でまとめである。
正直3章はかなり薄く広くという観はあるものの、4・5章と合わせて読むと、何となく女子校という世界や女子校が目指しているものが多層的に捉えられるようではある。
女子校に子を入学させて良いことあるのかな?
という読む前の私の素朴な疑問に対して、一つ二つ以上の回答をくれたと思う。読んでよかった。 -
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3歳から14歳頃まで通っていた公文式。
(自分で言うのもなんですが、結構な進度上位者でした)
懐かしさもあり、この本を見た時に思わず手に取ってしまった。
「公文式は基礎をやらずに基本をやらせる学習法」
この言葉をはじめとして、公文経験者であれば「なるほど」「痛いところついてくるな…」と思わず声が出てしまうような分析がされているなと感じた。
また、公文式は完璧なものではないという前提のもとで、下記3点をデメリットとして上げていた。
① 理解を深める楽しさを奪う
② 完璧主義
③ 便利な道具に頼ってしまう
この中で特に①と②に関しては、今の自分とも重なる部分があるなと感じた。
自身の性格の形成に公文式も大きく関わっていたのではないかと、30半ばにして気付くことになるとは思いもしなかった。
最近、自身の子供にも公文式をやらせようかと迷っていた。
公文式は完璧ではない。ある意味”劇薬”のようなものだということも念頭に置きつつ、うまく活用して子供の学習に役立てていきたい。