おおたとしまさのレビュー一覧
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2021年ですら、東大入学者の女性の割合は20%だと知って驚愕。医学部はほぼ5割なので医学部の感覚だと30-40年くらい前の世界だなぁと。
家事や、育児と仕事とのジレンマの内容については世間はまだこんなことでジタバタしてたのかと正直思ってしまいました。コレはまだまだ大変だぞ、と。医療界はまた別の問題がありますけどね…。
しかしながら、労働人口は減少の一途で四の五の言ってられない状況に追い込まれることは確実で、男女ともに学力の他に、生活能力を身につけることと、ケア労働を軽視しないこと。ケア労働(育児と介護)を外注するにせよ、分担するにせよリスペクトの気持ちを持つことが大事だと言うことなのかなと思いました。
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ネタバレ行動指針
①子供にスマホを渡すときは、ナイフを渡すのと同じくらいの気持ちで渡す。
②幼児期は、自然に親しむ、ひとと関わる、身体を動かして遊ぶ
③結局のところ、親は実は無力である。これを理解した上で、「だからあなたは自分で生きていくしかない。でもあなたにはそれが必ずできるはず」というメッセージを送る
以下、印象に残ったこと。
これからの男性は仕事ができるのは当たり前で、そのうえにパートナーの仕事への理解があって、育児や家事もそつなくこなせなければいけない
ネットの事件に対して、あんた、こんなことしてないでしょうね』という話題の振り方がいちばんまずい。信用していないというメッセージ。『あなたはどう思う?』とかいう形で話題を振ってほしい。
スマホはナイフと同じ。鉛筆削ったり、皮をむいたり便利だが、使い方を誤れば人を殺すこともできる。スマホも同じ。スマホを渡すときは、ナイフを渡すのと同じくらいの気持ちで渡そう。
感性が大事。人間は、自分のまわりに無限の宇宙が広がっていることを直感的に知っている。自分には計り知れないことがあることを大前提に、畏怖の念を抱きながら生きている。
字を覚える、計算ができるではなくて、実体験が大事。
「幼児期に大切なのは身体をつくること、そして知識よりも感性を磨くこと。そのために必要なことが3つあります。自然に親しむこと、ひとと関わること、遊ぶことです」
自然に親しむのは、たとえば生き物と触れ合うとか、海や山に行ったり、星や月や太陽を見たりとか、そういうこと。生き物は犬や猫でもいいし、昆虫でもいいし、花でもいい。そういう具体物にたくさん触れることが大切です。
それから、遊ぶ。ビデオとかを観るんじゃなくて、体を動かして遊ぶということ
子供は、授業を聞いているときではなくて、自分の頭で考え没頭しているときにいちばん伸びます。子供が没頭するには二つの条件が必要です。一つは自分のやり方で自由にできること。もう一つはモヤモヤが置かれるってことです。自分のなかにモヤモヤしたものがあると解決してスッキリしたいと思うでしょ。だから答えを言わないでしばらく放っておいたほうがよい。
もしいい年齢になっても「困った行動」がやまないとしたら、原因はしつけではありません。なんらかの不満があり、無意識的に成長することを 拒んでいる状況と考えられます。ありのままの自分の姿を認めようとしてくれない親に対して、 無意識的にわざと 親の望むのとは逆方向へ進もうとするのはよくある
一度死のうと思った子供の親は、「ただ、生きていてくれればいい」と、それだけを願うようになるのだそうです。「いい成績なんてとらなくていい。学校なんて行かなくてもいい。わが子が生きていてくれるだけでありがたい」とようやく思えるようになる。逆にいえば、その気持ちを忘れていたからこそ、子供はわが身を犠牲にしてまで、それを伝えなければならなかったということです。
心をボロボロにされてしまった子供に接する大人に必要なのは、心理学の知識でも、法律の知識でもないと、その運営者は言いました。「私たちにできることは、結局子供といっしょにオロオロしあげることだけなんです。でもそれがいちばん大切」
「あなたのために」とあれこれ考えるのは親の 性 です。しかしだからといって自分の期待通りの人生を子供に望むことは、親のエゴにほかなりません。
子供が育つうえで、もちろん親の影響は絶大です。しかし、あえて言います。「結局のところ、親は実は無力である」 そう思って、「だからあなたは自分で生きていくしかない。でもあなたにはそれが必ずできるはず」と無言のメッセージを伝える
大学時代のアメリカンフットボール部の創立 50 周年記念パーティに参加したときのことです。そこで 僭越 ながら、壇上からひと言申し上げる機会をもらいました。私は現役選手に向けてこう言いました。 「僕は教育に関わる仕事をしています。その経験から言わせてもらえば、学ぶべきことの優先順位は常に『いましかできないことをしろ』です。社会で活躍している大人たちが、君たちのことを思って、いろいろなアドバイスをしてくれるでしょう。でも、こんなスキルを身につけておいたほうが将来仕事で有利だとか、スタートアップをするつもりならいまのうちから人脈をつくっておいたほうがいいとか、そんなこざかしいことは考えるな。いましかできないことをしてください。君たちにとってそれは何か? 練習と恋愛です。
心底誰かを愛する経験をすれば、世界を見る目が変わります。宇宙に対して無責任ではいられなくなります。そうすれば、自分がこれまで得てきた力をどういう方向性に使っていけばいいのかが、自然にわかるようになります。それでこそ精神的に自立した一人前の大人ではないでしょうか -
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「サピックス→鉄緑→東大」という「王道のエリート教育」の姿を、塾関係者、学校関係者、生徒自身、生徒の保護者という4者の声を集めて描き出し、どんな生徒がこの王道路線を歩むにふさわしいのか、私学教育の役割は何なのかについて考える本。
結論は明快で、要するに出来る子もいれば出来ない子もいるので、出来る子でない限りはこの「王道」を歩むことでかえって潰されてしまうということ、そして潰される子どもの背後には、おそらく弱い、あるいは不勉強な(ブランドにしがみつく)親がいるだろうという事実がある、という話だった。
東京の私学に子どもを通わす、通わそうとする人は読んでも損はない?かも。自分がそうでなくても、周りのお友達の親はこんな感じ、ということを知る意味でも。でもやっぱり親の冷静さ(良い意味での。クールすぎるということではなく。)や懐の大きさが子どもを救うのだと思った。冷静になる材料として、この本はおすすめ。
それにしても、鉄緑生が謙虚な理由、というのは納得した。そういう環境がそうさせてしまうのか、と思った。
著者の、全方位への気の遣いようを感じながら読む本だった。おれは関西だったからなあ、関西の「王道」について書いた本もあるのだろうか。(21/03/23) -
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虐待の中でも特に教育虐待は「我が子のため」という気持ちが強い上でなされることから、かえって問題が複雑化してしまうと感じた。
文中に幾つかの塾講師や教育機関の側から見た内容があるが、虐待する親、されている子への対応など、今の自分にとって参考になることも多くあった。
(教室内で荒れる子に対しては客観的に指摘する。塾の自習室のほうがかえって落ち着いて勉強できる子供が増えている、など)
結局のところ、教育虐待する親自身が、自分の学歴にコンプレックスを持っていたり、逆に高学歴なためにそれ以外の道を歩ませることが怖いのだろう。
自分自身の我が子に対する接し方や、仕事柄生徒保護者への対応がある場合、それらについて再考することに役立つ本。
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ネタバレ東大女子の卒業後
就職、結婚、子育て
男の方が学歴が高くなきゃいけないという
プライド
女は子供ができたら仕事を辞めなきゃいけないという
先入観と葛藤
今の男女平等は女が男に合わせてる
だけど、男が女に合わせるべき。
東大に来たのは将来の選択肢を増やすためだが、
それまでの頑張りを考えると
その選択肢の中で他の人には選べないものを
選びたくなる。
が、専業主婦(主夫)よりも働く方が偉いとかは無い。
育児と仕事、どちらも人生にとって大切なこと。
夫婦でお互いに支え合い、
お互いがどうすれば物事が上手くいくかを考える。
逆算して考える。
どちらかが育児休暇をとっている間
どちらかは働ける。
また、お金があればベビーシッターや家政婦(夫)を雇って
効率的に生きれる。
東大を頂点にした
偏差値のピラミッド
働き方改革と大学入試改革
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パパの気持ちがわかる…でもなんでママが本読んで歩みよらないといけないんだ〜?!
パパがママに向けて書いた、ママがパパをどう扱えばママ育児ストレスが軽減できるかという本
【ママのトリセツ】って本もあれば夫に読ませたいって思いました。夫が読みたい・ママを理解したいって思っていればの話ですが
個人的には案外既に実践できているものも多いものの、それでも夫の育児への関わり方について意見があるのはパパのスキルの問題かママの「こうしてほしい」という気持ちが強すぎる問題なのでしょうか…
●特に印象的だったところ
・ウンチの拭き残しがあっても指摘しない、指摘するとパパのやる気を削ぐ
確かにそうだけど、お尻荒れちゃうから!って思いました
・夫婦ゲンカをうまくやる
大切なのはわかりました!勝ち負けなしに終わりってわたしもやりたい。
が…論破したい型のコンピュータタイプのパパは勝負にこだわって(相手に非を認めさせたい)まぁしつこいんです。パパが、この章を読んだら変わるかなぁ
コンピュータタイプの記述は結構あてはまってました!
・夫婦だけの大人時間も忘れない
色々なコラムや本にも、記述がありますよね
●読んだきっかけ
なんで分かってくれないんだ?
男性についてわたしの理解不足や取扱の方向性が間違ってるのかと思って読みました -
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毒親たちによって被害に遭ったこどもたちの実体験が
筆者の言葉をつうじて赤裸々に書かれており、
その人たちがどう克服したかということも触れられています。
上記のような構成のため、
「毒親はどうして毒親になってしまうのか」
という毒親にならないための教訓本としても使えますし、
「自分の親が毒親だった場合、自分はどうすればいいのか」
という子どもたのための処世術が学べるという、
どちら側にも参考になります。
毒親も実は被害者。
毒親に育てられるとその親も毒親になる可能性が高いからです。
それを避けるためには、やはり知識武装をした上で子育てに挑むのが
毒親のカルマを断ち切る唯一の方法だと思いました。
自分の子どもは伸び伸びと幸せになってもらう。
彼らの選択を尊重する。絶対に強制しない。
心に誓います。 -
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習い事の取捨選択に役立ちます。
コンピテンシー能力、つまり認知能力という学力だけでない非認知能力も必要
これからは、いかに社会が変化しようと自分で課題を見つけ、自ら学び、考え、主体的に判断し行動し解決でくきる生きる力を
そして自らを律しつつ他人との協調し、他人を思いやる心や感動する心
でも習い事しすぎて、時間のつかいかたがわからない、やるべきことがないろ落ち込むではダメ、自分の時間を自分でデザインできる時間を
何をやるかより
どのようにやるか
別に習い事でなくても
とにかく一生懸命夢中になれることを
そしてグリット、非認知能力も磨かれる
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ネタバレ最近の中学受験事情について。様々な話題が各章ごとに扱われており、どこから読んでもよいが、短くなる分浅い感じは否めずちょっと週刊誌的か。私立大学附属中学のコスパ、公立中高一貫校、インターナショナルスクール、大学入試改革など最近の話題についても触れられている。
・中学受験には、高校受験の準備期間がなくなることによって反抗期における抵抗や中だるみを経験できる環境を確保するという意味もある
進学校の評価としてよく東大合格者数が挙げられるが、これには隔年現象(現役生がたくさん合格すると次の年は浪人生の合格者が少なくなるので全体としては数が減る)と7年現象(合格者が多かった翌年の中学入試で人気化し、その入学生が卒業する年にはまた実績があがる)がある。
・全国の高校約5000のうち女子校は306(6.2%),男子校は109(2.2%)にすぎない。70年代には女子校が750.男子校が450あったので激減している。しかし東大合格者ランキングでみるとトップ20のうち男子校が14,女子校が2と圧倒的多数になる。イギリスや韓国、豪州などでもやはり別学のほうが共学よりも実績がよい。
男女の能力差というものは一人ひとりを見ると差がないのかもしれないが、集団としての行動は差がある(たとえば運動会は男子校はクラス対抗、女子校は学年対抗など)ように、歴史ある男子校・女子校ではそれぞれの性別に最適な教育法が自然と確立されているのかもしれない。 -
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本書の「おわりに」はこうはじまる。
「テストで高得点を取ることを”勝ち”とするならば、大量の課題をこなす能力と忍耐力、そして与えられた課題に疑問を抱かない力が有利に働きます。この3条件を持つ人が、日本の受験システムの”勝ち組”になりやすい」
こういった考え方には、「受験の弊害」が叫ばれたり「一定の効用」といった意見を見聞きする。多くの人が教育を享受してきた経験があるため、みな一家言ある。正解があるわけではないのだ。
その正解がない教育のメインストリームにある、従来の教育(少しずつ変えようとはしているようだが・・・)とは異なるアプローチをとる「オルタナティブ教育」と呼ばれる海外発の教育について本書は紹介してくれる。
世界2大教育法と呼ばれるモンテッソーリ教育、シュタイナー教育と、それらに加えてレッジョ・エミリア教育、ドルトンプラン教育、サドベリー教育、フレネ教育、イエナプラン教育という5つの教育法が取り上げられる。
モンテッソーリとシュタイナーの名前くらいは聞いたことある、くらいだったので、様々な教育法の名前を見て、こんなに色々あるのか・・と思っていた。ところが、本書を読み終えてみると、それぞれの教育法は考案者や発祥地、時期、細かな思想の違いこそあれ、子どもの興味関心を大切にし、自由と裁量を与え、大人と子どもの関係ではなく対等な関係として接することなど、共通している点が多く感じられた。それぞれの教育法は既存教育の「オルタナティブ」として登場してきているので、「既存教育にない教育方針」という点で一致しているのかもしれない。
既存の教育方針の批判ばかりしていても仕方ないが、このモデルが構築された時代背景と今日の子どもたちが置かれている時代背景が大きく異なる以上、教育方針も変わっていかなくてはならない。しかしながら、著者であるおおたとしまさ氏も「本書を著す中で得た私にとってのいちばんの発見は、今と100年前とを比べても、教育者の嘆きや問題意識が恐ろしいほどに変わっていないという事実です」と語っているように、そう簡単にはいかないようだ。
本書で紹介されるオルタナティブ教育が掲げる教育方針(子どもの自立、協調、感性、平等性、自由、民主的な学校運営などの重視)は、言葉としてはとても美しく、素晴らしい理念だ。これらを学校という限られたコミュニティーの中だけでも実現させるためには、教師をはじめとした学校運営者の並々ならぬ情熱と努力のおかげで運営されてていることは間違い。
一度、学校というコミュニティの外に出れば、子どもたちは、これらの輝かしい理念と矛盾する事態に出会い、葛藤していくことになる。その時、挫けることなく、自分の頭で考えて生きていけるような子どもを育てることが重要だし、それは決して子どもだけではなく、大人にも共通して言えることなのだろう。
子どものためだけではなく、むしろ大人にこそ、本書で紹介されている「オルタナティブ教育」の考え方は気づきを与え、日常の思考様式を問うチャンスを与えてくれる。こう書いていて、「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」という、森達也氏の言葉を思い出した。大人でも(大人こそ?)、本当に自分が何にが好きなのか、興味があるのかわからなない人もいるだろう。他者への想像力を欠き、協調性の低い人もいる。子どもだから、大人だからということではなく、社会を構成する一員として充実した人生をおくるために、何が必要なのかと逆算してくると、「オルタナティブ教育」が提示する考え方は重要になってくるのかもしれない。