あらすじ
責任感の強い長男・開成。要領の良い次男・麻布。マイペースなこだわり屋の三男・武蔵。伝統ある名門中高一貫校の三校は、個性は違うがどことなく似ている。超進学校ゆえに、「詰め込み式の受験予備校」と誤解されがちだが、実は揺るぎない建学精神と「真のゆとり教育」があるからこそ、一流が育つのだ。全国の学校を駆けめぐる著者が、強さの秘密に迫る。
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Posted by ブクログ
結局、
自律や知識を持ち責任を理解した上で主体性を表現するという点で共通するのかなと
ただ、真の自由と主体性が、教育から生まれるものなのかという疑問は消えない。いわば養殖ではなく天然の主体性となるには結局、「自分の意思でその学校を選んだ」というところから主体的でないと、仮初のそれとなってしまうのでは?等々。
本書にあるように、
しっかり者の長男開成
イケイケの次男麻布
のんびりな三男武蔵
というイメージ。
願わくば誰しも生き生きと青年時代を過ごせますように。
Posted by ブクログ
おおたさんの本は結構読んでいるのですが
語り口も面白いですし偏りの無い(感じさせない)
分析にいつも感心させられます。
息子が開成行くと息巻いていることもあり
(本当に行けるかは分かりませんが)
開成関連の本は結構読んできましたが
麻布や武蔵についてはあまり知らなかったなと感じました。
私立中学の中でも難易度・知名度共に最高峰に位置する
御三家だけあってそれぞれが明確なポリシーを持って
学校運営を行なっていることがよく伝わってきましたし
自分も御三家に行っていたわけではありませんが
それなりに名門と呼ばれる学校に通っていたので
普段の授業から言外の色々な知識などを受け取っていたのかなぁ
などと今更ながら感じました。
Posted by ブクログ
東京の男子校、開成、麻布、武蔵の教育を紹介すると共に、その共通点を探る。
それぞれの個性はあるが、長期的な視点に基いた一貫した教育方針、liberal arts を追求し受験を目的としないという共通項がある。
中等教育が受験で分断されている日本の学制の不利、男女別学の有利を説く。
当然、この三校に限られることではなく、例数を限って書くためにこの三校を選んだと考えるのがよい。東京の女子校、他地区の学校、新設で同様の教育方針を採る学校も紹介されている。
Posted by ブクログ
子供と向き合ってる学校は素晴らしい。こういう学校に行くには基礎学力があってこそ。下地がないと自由は成り立ちにくいんだろうか、自由だから学力が伸びるのか。不思議だ。
Posted by ブクログ
中学入試のお勉強。その2。
【開成】
・現代の社会を生きる若者に一番欠けている「生活力」
生活力を向上させるためには、子供自身に、有限なものの管理をさせることが必要です。有限なものとはたとえば時間とお金です。これらをいかに効率的に使えるか、その能力が生活力の土台となります。そして日常の繰り返し。炊事・選択・掃除。これを手際よくできるようにしなければならない。
・リーダーシップをみにつける3つの条件
まず、自分をリードできる強い自己を持つこと。次に集団の中で役割分担をしたことがあること。つまりフォロワー経験をしたことがあるということ。そして集団をリードした経験があることです。
・JAXA堀さんの生徒たちへのアドバイス3つのP
・purpose:全体像を把握し目的をはっきりさせよ
・professionality:世界レベルを目指せ
・passion:好きなことを自ら探せ
→好きなものがあることはとても大切なことです。最終的には、好きかどうかがものを言います。好きであれば、限界を超えられるのです。
【麻布】
・流されない
信念に生きようとすると必ずぶつかります。多くの人はそこで妥協します。自分の信念は曲げても人に譲ることがいいことだとする文化すら日本にはあります。でも、必要なときには最後まで信念を貫く強さをもってほしい。おかしいことにはおかしいと言える人間になってほしい。
【武蔵】
・いきなり答えを知りたがる子は武蔵には向かない
「勉強好きでないと、武蔵に来ても厳しいでしょうね。」…
「勉強好き」とは計算ドリルや漢字練習が好きということではない。理科の実験をやってみて、どんな理屈なのかはわからなくても、とにかく面白いと思える感性をもっていること。
【共通】
・3項が自由な校風を保てるのも、学校が生徒に全幅の信頼を置いているからだ。教員からの信頼を感じるから、生徒たちもそれなりに振る舞おうとする。「あれをしろ」「これはするな」といちいち指図されないから、生徒は自分で考え、判断し、結果に責任を持つことを覚える。
信頼に足る生徒になってから信頼しようとするのでは、いつまでたっても信頼に足る生徒は育たない。信頼されるから、生徒は信頼に足る生徒に育つのだ。
・逆に言えば、つい管理的に子供に接してしまう大人たちは子供たちに裏切られるのが怖いのかもしれない。自分が傷つくのが怖いのかもしれない。気持ちはわからなくなはない。しかし大人がそんな逃げ腰では、激動の思春期を過ごす子供たちの心を、誰が受け止めてあげればいいというのか。