おおたとしまさのレビュー一覧
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本書の「おわりに」はこうはじまる。
「テストで高得点を取ることを”勝ち”とするならば、大量の課題をこなす能力と忍耐力、そして与えられた課題に疑問を抱かない力が有利に働きます。この3条件を持つ人が、日本の受験システムの”勝ち組”になりやすい」
こういった考え方には、「受験の弊害」が叫ばれたり「一定の効用」といった意見を見聞きする。多くの人が教育を享受してきた経験があるため、みな一家言ある。正解があるわけではないのだ。
その正解がない教育のメインストリームにある、従来の教育(少しずつ変えようとはしているようだが・・・)とは異なるアプローチをとる「オルタナティブ教育」と呼ばれる海外発の教育について本書は紹介してくれる。
世界2大教育法と呼ばれるモンテッソーリ教育、シュタイナー教育と、それらに加えてレッジョ・エミリア教育、ドルトンプラン教育、サドベリー教育、フレネ教育、イエナプラン教育という5つの教育法が取り上げられる。
モンテッソーリとシュタイナーの名前くらいは聞いたことある、くらいだったので、様々な教育法の名前を見て、こんなに色々あるのか・・と思っていた。ところが、本書を読み終えてみると、それぞれの教育法は考案者や発祥地、時期、細かな思想の違いこそあれ、子どもの興味関心を大切にし、自由と裁量を与え、大人と子どもの関係ではなく対等な関係として接することなど、共通している点が多く感じられた。それぞれの教育法は既存教育の「オルタナティブ」として登場してきているので、「既存教育にない教育方針」という点で一致しているのかもしれない。
既存の教育方針の批判ばかりしていても仕方ないが、このモデルが構築された時代背景と今日の子どもたちが置かれている時代背景が大きく異なる以上、教育方針も変わっていかなくてはならない。しかしながら、著者であるおおたとしまさ氏も「本書を著す中で得た私にとってのいちばんの発見は、今と100年前とを比べても、教育者の嘆きや問題意識が恐ろしいほどに変わっていないという事実です」と語っているように、そう簡単にはいかないようだ。
本書で紹介されるオルタナティブ教育が掲げる教育方針(子どもの自立、協調、感性、平等性、自由、民主的な学校運営などの重視)は、言葉としてはとても美しく、素晴らしい理念だ。これらを学校という限られたコミュニティーの中だけでも実現させるためには、教師をはじめとした学校運営者の並々ならぬ情熱と努力のおかげで運営されてていることは間違い。
一度、学校というコミュニティの外に出れば、子どもたちは、これらの輝かしい理念と矛盾する事態に出会い、葛藤していくことになる。その時、挫けることなく、自分の頭で考えて生きていけるような子どもを育てることが重要だし、それは決して子どもだけではなく、大人にも共通して言えることなのだろう。
子どものためだけではなく、むしろ大人にこそ、本書で紹介されている「オルタナティブ教育」の考え方は気づきを与え、日常の思考様式を問うチャンスを与えてくれる。こう書いていて、「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」という、森達也氏の言葉を思い出した。大人でも(大人こそ?)、本当に自分が何にが好きなのか、興味があるのかわからなない人もいるだろう。他者への想像力を欠き、協調性の低い人もいる。子どもだから、大人だからということではなく、社会を構成する一員として充実した人生をおくるために、何が必要なのかと逆算してくると、「オルタナティブ教育」が提示する考え方は重要になってくるのかもしれない。 -
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新しい知見は広がらなかった。
解決策さえなかった。
それでもよかった。
それは励ましの書だと感じたから。
満足だ。
P5の「奇跡的なくらいに恵まれた状況にいる男性でないと口にできない超贅沢なセリフ」というのは、当事者にとってはそんなことさえ霞むくらいにつらい、そんな「恵まれた状況」が見えないくらい厳しい、のだが、端々にあるエールに勇気づけられたり、本書に出てくる旦那さんよりは夫人に恵まれていると感じたり、この旦那さんよりはがんばっているから俺は偉いと励みになったり、とにかく救われる気持ちになる。
P44「イクボスは『業績も向上するということを実証』しなければいけないのだ」あたりは度し難い。生産性の文脈に限定してイクメン、イクボスという語を軽々しく使うからつらいのだ。使い方がわざとらしいのだ。どうせなら仕事以外に関することは全部禁止だけど給料が異常に高い、いろいろフリーだけど給料はそこそことか、潔く宣言しておいてほしい。
P74「30代、40代という出世競争の真っ最中に育児が重なってしまいます。それが問題を大きくしています。育児・家事と出世はトレードオフの関係になってしまいます」とある。本書が案内するように短期的には成果を落とす覚悟を持っても、この時期の数年はとても痛い。私の経験を思い返すと、同僚や後輩の出世が目前で行われ、ただ指をくわえて見ているのはつらい。めまいがしそうだった。5年たっても、取り返すどころか、その差が縮んでもいない。ただの能力不足だってこともじゅうぶんありうるけれど。
それでもP200からの「成果を落とす覚悟をもつ」という項目はよかった。成果が落ちても、冷遇されても、勇気づけられる。バランスをとって、よく働き、よく家族と過ごし、生活していくためには、一つ一つ課題に取り組み、処理能力とメンタルを鍛えながら、それを楽しむ価値観を見出していくことが大事だった。
P201の引用。「既存事業の業績悪化を最低限に抑えるために最も有効なのは、さっさと新規事業を軌道に乗せることである。そのために人員や予算配備も新規事業に集中させるべきであろう。」これはよいたとえ話だ。ストレスをコントロールできる。たとえうまく回らなくても前進しているかもしれないという予感があれば、大いなる救いとなる。
以上、読んでよかったと感じる理由を並べてみた。 -
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都内で子育てをする人向け。
ビジネスマンとして、将来、40~50代になったとき、こういった受験戦争を戦ってきた若者と対等にやりあっていくには今、さらに頑張るしかないと思った。
地方受験の自分にとって、詰込み式の学習しかやってこなかった自分ため、現在の教育前線を学ぶのは今のビジネスマンとしての生き方にも役に立つ。
特に、思考能力を試す試験についてレゴを使う学校も現れており、その趣旨としては、頭の整理のためのツールとしてレゴがあり、自分の作品から答えを導き出すという考え方は面白かった。
また、個人的に、公文式の在り方についての記述が自分に当てはめてることができ、面白かった。4歳~10歳まで公文式で自己学習の習慣をみにつけ、そこから受験のための勉強をおこなうというステップは納得。公文式は万能ではないが、要は使い方の問題。 -
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・『コンピテンシー(能力)』とは、単なる知識や技能だけでなく、技能や態度を含む様々な心理的・社会的なリソース(資源)を活用して、特定の文脈の中で複雑な要求(課題)に対応することができる力
・親が選ぶのか、子供が選ぶのか?→大事なのは子供が自分で選んだ気になること。親がある程度の枠を決めてあげて、その中から選ばせる。先生との相性は子供の直感も重要。
・いつやめるか?→「どうなったらやめるか」について事前に親子で話し合っておく。例えば、少なくとも半年は続けるとか、目標をクリアしたら辞めるとか。時々区切りを設けて、やめるか否かの前向きな判断をしないと、結局惰性で続けることになる。 -
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中学入試のお勉強。その2。
【開成】
・現代の社会を生きる若者に一番欠けている「生活力」
生活力を向上させるためには、子供自身に、有限なものの管理をさせることが必要です。有限なものとはたとえば時間とお金です。これらをいかに効率的に使えるか、その能力が生活力の土台となります。そして日常の繰り返し。炊事・選択・掃除。これを手際よくできるようにしなければならない。
・リーダーシップをみにつける3つの条件
まず、自分をリードできる強い自己を持つこと。次に集団の中で役割分担をしたことがあること。つまりフォロワー経験をしたことがあるということ。そして集団をリードした経験があることです。
・JAXA堀さんの生徒たちへのアドバイス3つのP
・purpose:全体像を把握し目的をはっきりさせよ
・professionality:世界レベルを目指せ
・passion:好きなことを自ら探せ
→好きなものがあることはとても大切なことです。最終的には、好きかどうかがものを言います。好きであれば、限界を超えられるのです。
【麻布】
・流されない
信念に生きようとすると必ずぶつかります。多くの人はそこで妥協します。自分の信念は曲げても人に譲ることがいいことだとする文化すら日本にはあります。でも、必要なときには最後まで信念を貫く強さをもってほしい。おかしいことにはおかしいと言える人間になってほしい。
【武蔵】
・いきなり答えを知りたがる子は武蔵には向かない
「勉強好きでないと、武蔵に来ても厳しいでしょうね。」…
「勉強好き」とは計算ドリルや漢字練習が好きということではない。理科の実験をやってみて、どんな理屈なのかはわからなくても、とにかく面白いと思える感性をもっていること。
【共通】
・3項が自由な校風を保てるのも、学校が生徒に全幅の信頼を置いているからだ。教員からの信頼を感じるから、生徒たちもそれなりに振る舞おうとする。「あれをしろ」「これはするな」といちいち指図されないから、生徒は自分で考え、判断し、結果に責任を持つことを覚える。
信頼に足る生徒になってから信頼しようとするのでは、いつまでたっても信頼に足る生徒は育たない。信頼されるから、生徒は信頼に足る生徒に育つのだ。
・逆に言えば、つい管理的に子供に接してしまう大人たちは子供たちに裏切られるのが怖いのかもしれない。自分が傷つくのが怖いのかもしれない。気持ちはわからなくなはない。しかし大人がそんな逃げ腰では、激動の思春期を過ごす子供たちの心を、誰が受け止めてあげればいいというのか。 -
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学術的な本でないため、非常に読みやすい。
ただ、根拠が薄いかな?という印象、
講演を聞いているようなテンポの良い話の展開だった。
オバタリアン教師と言われている人達も、もともとは教師として高い志をもって現場に立っている。
それでも、育児や介護など様々な要因で自分がやりたいように仕事もできず自己肯定感が下がっている。
特に小学校は女性教師が多数を占めている。
彼女たちにとって働きやすい職場をつくらないと、日本の学校という仕組みそのものが壊れてしまう。
教育は日本の未来をつくるものだ。
子どもたちにより良い教育を提供できる学校と社会をつくらなければならない。 -
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これから受験を迎える子供を持つ親として興味を持って読んだ。
自分たちの時代と比べて、今の時代の方が付属校を希望する人(親を含む)が多いと思う。
付属校の特徴や、設立の経緯、内部進学率等自分でまとめるのが面倒な情報がわかりやすくまとめられていたのでそれだけでもためになった。
その中で大学と連携して講義や簿記や司法の勉強が出来る仕組みなど大学の付属らしい仕組みは親として魅力的だと思った。
自分たちが学生の頃は、学歴社会だとさんざん批判されていたが、日東駒専や大東亜帝国と総称される大学でも就職時ではスタート地点にそれほど差がなかったと思った。
しかし現在はネットでフィルタリングなどをかける事が出来るので、そもそも就職説明会への参加で関門が出来てしまうらしい。
(まあ、我々の時代でも東大、一橋、東工大、早稲田、慶応は特別枠があったかもしれないけど・・・)
今回紹介されている学校には、少なくともそのような脚切りを行わないべれるという事らしい。
そういう点では超がつく一流企業に就職を希望する場合MARCHレベルが最低限のラインという事になるので、今の方が学歴社会じゃないのかな?と感じてしまった。
付属校のよい点
・受験勉強に煩わせれず、長期的な視点で幅の広い人間教育が可能
→ミスを恐れない教育
・大学の資金力、人的資源を利用できる
・社会に出るまで1つの集団の中で育つ
・内部進学制度で大学に行ける
→大学受験がない事を生かすも殺すも本人次第
付属校のよくない点
・世間知らずの井の中の蛙になってしまう
→井の中の蛙を自覚する謙虚さも必要
・大学への内部進学のメリットのみで、長期的な視点で学ぶ視点や意思を持つ学生は少ない
また分かっている事だが、早稲田と慶応が日本の私学としてトップであり、MARCHと呼ばれる5校とは別格であるという事が改めて感じた。