おおたとしまさのレビュー一覧
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「教育虐待」、聞いたことがなかった言葉だったので購入。自分の過去の経験(貧困から教育を受ける機会が限りなく少ない)に重なる部分があるのかと思ったが、本人の許容範囲を超えて習い事や勉強をやらせすぎてしまうというもの。高学歴の両親ばかりではなく、「学」のない自分のような人間にならないでほしい。チャンスはたくさん与えたいと思いながら日々、英会話やピアノ、書道にリトミックなど最初に始めるには何がいいのだろうと考えている私のような親に入れられるメスに気づきも。
子供の人生は子供のものであり、子供は親の分身ではなく別人格。それぞれに人権があり、本人に決める権限があるという当たり前のことをもう一度。 -
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中学受験するか否か、いろんな観点がほしく関連書籍を読み漁る。
教育ジャーナリストであるおおた氏が一歩引いた目線で、プロ家庭教師である安浪氏がリアルな現場目線で、以下の5テーマについて持論を語る。
・なぜ中学受験をするのか
・「本当の学力」をあげる勉強法
・塾を使い倒す新常識
・志望校選びの玄人的着眼点
・親子の信頼関係の育て方
おおた氏の書籍は過去に二冊読んでいるので、ふむふむと持論を確認する感覚で読んだ。
安浪氏の担当の章が勉強する子たちのリアリティをのぞかせる。
まだ我が家は受験期に突入していないが、例えば公文式とそろばんどっちがいい?とか、読書量が国語の成績を決めるか?とか、一定の時間 -
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教育ジャーナリストとして有名なおおたとしまささん
2021年11月初版
以下は気になった話題
・超進学校が幾何と古典をやる理由
幾何を早い段階で徹底的にやることで数学的な素養が高まる。論理的な思考が鍛えられる
古典すなわち古文や漢文を学ぶことは、外国語を学ぶことに似ている。
日常的に無意識で使ている日本語を相対化することで、日本語の論理的構造が認識でき、日本語を論理的思考の道具として使えるようになる。
→思考のOS性能が高まる
・高校受験は世界的に見ても珍しい
14歳からは抽象的思考の次元が高まり、本格的に哲学や科学が出来るようになる年頃。反抗期もある。この大切な時期に入試対策で子ども -
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我が家は夫婦ともに公立育ち。かと言って公立がとても良かったと思っているわけでもない。
中学受験は気になるものの、お互い私立中高への知識はゼロ。
そんな状況で手に取った一冊。
著者は中学受験をメインフィールドに長年取材を続けている教育ジャーナリスト。本書はその著者の「中学受験観」を凝縮した一冊である。
本書では大きく4章にわけて受験の意義が語られる。
①中高一貫校に入る意義、②私学に入る意義、③受験を通して子が得るもの、④受験を通して親子が得るものの4点である。
結論を言ってしまえば、
①大学受験対策ができること以上に、豊かな思春期を恵まれた環境で謳歌できることの意味が大きい
②その学校でし -
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ずっと共学育ちの男である私にとって、未知の存在すぎる女子校。しかし我が子の進路の選択肢の一つとして存在するため、手に取った。
女子校ならではの教育のメリットはいくつか挙げられている。
その中で一番目に留まったのは、
「男性の目線がない世界だからこそ、「女らしさ」を意識しないで、一人ひとりの個性を育める。」「男性の助けをアテにしない自立した女性が育つ。」
という点。
ジェンダーバイアスから比較的自由な環境での6年間というのは、社会に出てから壁にぶつかることもあるかもしれないが、それすら乗り越えられる「個」としての力が育める場なのではないか。
そう感じた。
本書全体の構成でいうと、
著者の持論 -
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3歳から14歳頃まで通っていた公文式。
(自分で言うのもなんですが、結構な進度上位者でした)
懐かしさもあり、この本を見た時に思わず手に取ってしまった。
「公文式は基礎をやらずに基本をやらせる学習法」
この言葉をはじめとして、公文経験者であれば「なるほど」「痛いところついてくるな…」と思わず声が出てしまうような分析がされているなと感じた。
また、公文式は完璧なものではないという前提のもとで、下記3点をデメリットとして上げていた。
① 理解を深める楽しさを奪う
② 完璧主義
③ 便利な道具に頼ってしまう
この中で特に①と②に関しては、今の自分とも重なる部分があるなと感じた。
自身の性格の形成に公 -
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私は自分の地元にある「森のようちえん」に視察に行かせていただいたことがあります。
フィールドは外。何をするか、どこに行くか、先生が少しだけ仲介しながら子どもたちで話し合って決定し、出発する頃にはもうお昼。たくさんの木に囲まれた自然の遊び場では子どもたちが自由に遊び回っていました。
先生方は、子どもの遊びに介入することはほとんどなく、子どもにお願いされたら参加し、子ども同士のトラブルがあった際は子どもらが自らで解決する様子を見守っていらっしゃいました。そして、危険な場面があればそっと止めに入るだけ。保育者が何でも介入し解決を促すと、子ども自身で問題を乗り越える力が育たないし、新たな子ども同士の広 -
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ネタバレ針間貴己さんのお父さん(克己さん)がある日買ってきたという本。
サピックスや鉄緑会がやはり東京の受験の鉄板ということに驚き
とてもリアルな塾事情が書かれている
・要領がよく、東大医学部も涼しい顔をして合格してしまうような生徒でないと鉄緑会を使いこなせない。
・宿題が6〜7時間もかかってしまい、「型」を使うのではなく、「型」を覚えるのに必死になってしまう
・鉄緑会を利用しなくても東大医学部に進む子もいる
・それほど学力なく、部活をがんばりたくて、塾に時間を取られたくない生徒は平岡塾やSEGに通っていたようにおもう。最近はグノーブルも
・筑駒学生:学校は楽しかった。実験もできるし。鉄緑 -
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ネタバレ【要約】
日本の教育は、平等性・画一性に基づいて学習指導要領が決められて、中学受験であれ、大学受験であれ、それに則り試験が課されている。この画一性が、逆に子供たちの能力差を浮き彫りにし、競争を生み出してしまった。
元来、塾があるからこそ、学校はその個性を活かし、多様な学びの場となりえた。上述の受験競争により、受験に期待されるウェイトが増え、学校を侵食してきた。また、本来は受験生自身が勉強のスケジュールをたてたり、試行錯誤したり、という中で人間力を鍛えてきたが、塾の台頭により、いかに効率的に答えに辿り着くかがマニュアル化されてしまい、その言いなりになることが受験競争の勝利への近道となってしまっ