童門冬二のレビュー一覧
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ネタバレ岩崎弥太郎の変わらない意志の強さを感じた。一貫して「政治」ではなく「経済」で商売を興こそうとする意志だったことだ。生まれが学者一家、弥太郎は漢詩人だった所為もあるかもしれないが土佐勤王派の誘いに乗らず、自分のやるべき道(村民を助け、国民に潤い)を最後まで貫き巨大な三菱財閥を築いたことだ。当初より「世の中は全て人間関係だ」と悟り多くの出会いと政局の情報から事業を拡大させたことだ。その礎になったものは坂本龍馬の築いた「海援隊」であり、政治の世界に首を突っ込みすぎない体制で「新知識を持った知識人が社業の活性化を図る」人を生かし人材育成に励んだ事だろう。岩崎一家の家訓(特に斉家:自分の身を修める)
・人は天道に背かざること
・親たる者は常に子に苦労をかけざるやう心掛くべし
・他人の中傷を聞きて我が心を動かすべからず
・一家を大切に守るべし
・無病の時に油断すべからず
・富貴になりたりといえども貧しき時の心を忘るべからず
・人たる者は常に堪忍の心を失うべからず -
Posted by ブクログ
蒲生正室氏郷が、織田信長に気に入られ、次女冬姫がであったことは知っていましたが、人質として信長に預けられていたのは知らなかったです。そして信長を、自分が死ぬまで慕い続け、信長の爪をずっと大事にしていたのには驚かされた。
柴田勝家の与力として、付き従ったが、賤ヶ岳では秀吉に従い、九州から小田原、東北一揆鎮圧などに活躍した。
その能力を秀吉に買われて、伊達政宗や徳川家康の抑えに会津に領土を与えられるが、小さい領土でも、本人的には都近くにいたかったようだが、最終的には92万石までの大大名になったのは立派です。
家臣に滅んだ柴田や北条の家臣を召し抱えたはのは、家康が武田の家臣団を召し抱えたのに似ているななと思いました。
あまりに有能過ぎて、石田三成に毒殺されたのではと言われていたいましたが、40歳程度で亡くなったのは残念だったなと思います。なお、息子秀行が暗愚で、家臣間のトラブルにより宇都宮12万石に移封、孫は跡継ぎがなく取り潰しになったのは気の毒としか言えないです。
商人の方のお話は、そこまで興味はなかったですが、近江八幡城主を豊臣秀次がやっていて、城下町を発展させ、近江商人発展に関わっていたことも初めて知りました。
著者童門冬二氏は、昨年亡くなりましたが、1年間その死を秘匿していました。武田信玄も同じように、死を1年間秘匿しようとしましたが、すぐに周りにバレてしまいました。童門氏が武田信玄にできなかったことをやってのけたんだという、なんだか男のロマンを感じました。
童門氏は、様々な歴史小説を分かりやすく書いてくれています。私も、上杉鷹山公の小説を読んで歴史小説が好きになりました。ある意味私の歴史の師のように思ってきました。
御冥福をお祈りしたいです。 -
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作家の童門冬二さんが、自身の考える50歳からの勉強法を示した本。
参考になったのは次の点。
○「五十歳を過ぎたら、学びの種は未知ではなく、むしろ既知の分野に探しなさい」とうこと。
○「辞書を読む」というのは、作家として語彙を増やすため、あるいは減らさないようにするためとのことだが、時々言葉が出てこないとか、特に手書きしようとすると漢字が浮かばず焦ることのある自分も、時間があるときにはやってみようと思った。
○仕事は「嫌なことから手をつける」
童門さんが元都庁職員だったとは知らなかったが、その頃の様々な経験も学びとしてうまく活かしてきた方なんだと思った。
そして、原稿を口述で書かれていることに驚いた。そのためには、事前の十分な準備と脳内での十分な発酵作用が大切だが、それは我々一般人の仕事においても言えることだろう。 -
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著者の童門冬二氏は作家として西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮の5人の生涯について小説に書き残すことをライフワークとされていたようです。
この5人は明治の著名なキリスト教研究者であり作家でもあった内村鑑三による「代表的日本人」という著作で紹介された人たちです。
本作では日蓮の生涯とその人柄が丁寧に描写されており、歴史好き、歴史小説好きの私にとっては非常に興味深く読むことが出来ました。
日蓮の不屈の闘志、信念、その生き様は今を生きる私たちにとっても、人生いかに生きるべきかの示唆を大いに与えてくれます。
特に、日蓮の追い詰められた土壇場からの逆襲を行う得意技は凄いとしか言いようがないですね。