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Posted by ブクログ
渋沢栄一という人物について、ひとつ驚いたことがありました。それは生年と没年です。1840(天保11)年に生まれ、1931(昭和6)年に亡くなっている。江戸時代に生まれた人が昭和まで生きていたことに、驚愕したのです。渋沢栄一にはそんなに昔の人ではないような印象を抱いていましたが、坂本龍馬や西郷隆盛などと同時代、つまり幕末の真っただ中を生きた人だったことを考えると、日本の歴史もまだまだ浅いものだと感じます。
本書を読み、栄一の人生における四つの転機が見えてきました。
一つ目は、幕臣の平岡円四郎との出会いにより、過激な尊王攘夷論者だったにもかかわらず、一橋慶喜に仕えることになったこと。
二つ目は、慶喜の弟昭武にともない万国博覧会使節としてパリへ行ったとき、軍人ビレット(武士)が銀行家フリュリ=エラール(商人)に対し、威張ることなく礼儀正しく接しているのを見て衝撃を受けたこと。
三つ目は、大隈重信と出会い、明治新政府の大蔵省に入ったこと。ここでの働きが、日本経済の近代化(資本主義)を促すことになります。
そして四つ目は、明治6年、33歳のとき、井上馨とともに大蔵省を退職、実業家としての道をまっしぐらに進み始めたこと、です。
私が心打たれたのは、栄一が〈うわべの世の中の動きと、世論の底に流れている地下水脈を見据えていた〉ために、自分の社会的立場に関係なく、すなわち攘夷派でも開国派でもない視点から、あるいはどちらの視点からでも、冷静に考え判断することができたことです。どんなときでも自分の理念を貫き、〈日本国民の生活を豊かにすること〉を第一に動いていた栄一を、心から尊敬します。
本書では、主に渋沢栄一の前半生に力を入れて書かれています。それは、栄一の精神の原点を知ることが、この人物の理解に最も必要だと考えたから、とあります。詳しい後半生については、本が何冊が紹介されているので、いずれ読んでみてもいいかなと思っています。
ちなみに、商業における考え方が生涯合わなかったという岩崎弥太郎との関係が、項羽と劉邦になぞらえて語られているのが、興味深くておもしろかったです。
この評伝を読んで、『青天を衝け』がますます楽しみになってきた!
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