童門冬二のレビュー一覧
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ネタバレ佐久間象山がいかなる人物かが凡そ理解できた。松代藩士で、藩主真田幸貫の信認を得ていたこと、横浜村で来航したペリーを観ていること、門下の吉田松陰の黒船で密航企てに賛同したこと、海防の観点から下田ではなく横浜の開港を主張したこと、砲術の教えを江川太郎左衛門英龍とは反りが合わなかったこと、などがエピソードとして記憶に残る。気位が高く孤立しがちだったというが、開国論者なのか国防論者なのか、捉えどころがない。
史実を離れた雑記として、P.211で、日産自動車を再建したカルロス・ゴーンを讃えている記述がある。その後ゴーンのレバノン逃避行が世の顰蹙を買ったことで、人の評価は難しいという例示になっているのが皮肉である。 -
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江戸時代、米沢藩の9代目藩主である上杉鷹山(うえすぎ ようざん)の経営思想について書かれた一冊。
■上杉鷹山とは?
上杉鷹山とは、田沼意次〜松平定信が老中を務めた江戸時代中期に、財政破綻の危機に瀕した米沢藩の藩主を継承した大名。
当時の江戸時代は、士農工商制度による社会であり「民主主義」という概念・言葉はまだありませんでした。
そんな世の中にあって、上杉鷹山は独自の「民主主義的思想」により政策を展開し、窮地に瀕した米沢藩を救いました。
アメリカのジョンFケネディ元大統領が、『最も尊敬する日本人』として上杉鷹山の名を挙げたことで、日本でも一躍有名になりました。
■本書の概要
本書は、そんな上杉鷹山がいかにして米沢藩を救ったか、その政策や根底の思想について記した書籍となります。
なお、本書は童門冬二さん著作の歴史小説「上杉鷹山」の解説本的な位置付けの書籍であり、小説を読んだ人にとっては、その振り返りや解釈理解の助けとなります。
物語を進めながら時代背景等の解説も併記されているので、小説を読んだことがない人にとっても、楽しみながら読み進めていくことができます。
■本書のここが面白い
上杉鷹山の藩政治は、田沼政治と定信政治の変遷の中にあり、これら2つの中央政権との比較がとても面白いです。
田沼意次といえば、賄賂政治。
高度経済成長の裏側で根回し・贈賄による腐敗が進み、政治が混沌を極めました。
かたや、松平定信といえば、寛政の改革。
清廉潔白・質素倹約を重んじた粛清政策により、経済の成長は一気に鈍化しました。
とどのつまり、両政治共に失敗したわけですが、その片隅で、米沢藩は着々と財政改善を重ね、付加価値政策・人材育成において特に大きな成果を残しました。
成功と失敗の違いはなんであったのか?
上杉鷹山の政策は何が素晴らしかったのか?
なぜ一介の大名の名声が、異国アメリカの大統領にまで及んだのか?
本書ではそれらの答えが分かるとともに、
武力ではなく経営思想によって大成した稀有な大名のサクセスストーリーを楽しむことができます。
ぜひ読んでみては。 -
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黒田官兵衛と
信長→秀吉→家康との関係性を、詳しい時代背景と共に説明してくれる、良い本。
【新たな気づき】①官兵衛=権謀術数を思いのままに使った策謀家というイメージがあるが、+人情深い人物という意外な側面があった②自らも軍師であった秀吉は、官兵衛&半兵衛を戦国時代の一つの流行として側に置いた。官兵衛の役割は調略と交渉。③戦国時代の日本一頭脳の鋭い男と称される官兵衛はもちろん、家康も(人質時代に今川義元の軍師太原雪斎から学問を学んだ)大変な読書家であった。④官兵衛は実直=一言多い。バカなふりができない。晩年はユーモアも持ち合わせた。最終章の息子長政への教訓は感動物。
【備忘】信長のマインドで起業し、秀吉のマインドで拡大し、家康のマインドで経営を行えば最強。特に秀吉は経験値が圧倒的←自分が憧れるのは秀吉(常に使われる兵の身になって作戦を立てる)。信頼出来る人に仕えるときは官兵衛のマインド「この人の分身になって、頭の働きの一部を自分が引き受けよう。それも、この人が苦手なことや、あるいは後回しにしたいことを自分が先駆けてやろう」
上司とは、部下が出来ないことを出来る人。だから尊敬され、部下がついてくる -
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渋沢栄一という人物について、ひとつ驚いたことがありました。それは生年と没年です。1840(天保11)年に生まれ、1931(昭和6)年に亡くなっている。江戸時代に生まれた人が昭和まで生きていたことに、驚愕したのです。渋沢栄一にはそんなに昔の人ではないような印象を抱いていましたが、坂本龍馬や西郷隆盛などと同時代、つまり幕末の真っただ中を生きた人だったことを考えると、日本の歴史もまだまだ浅いものだと感じます。
本書を読み、栄一の人生における四つの転機が見えてきました。
一つ目は、幕臣の平岡円四郎との出会いにより、過激な尊王攘夷論者だったにもかかわらず、一橋慶喜に仕えることになったこと。
二つ目は、慶喜の弟昭武にともない万国博覧会使節としてパリへ行ったとき、軍人ビレット(武士)が銀行家フリュリ=エラール(商人)に対し、威張ることなく礼儀正しく接しているのを見て衝撃を受けたこと。
三つ目は、大隈重信と出会い、明治新政府の大蔵省に入ったこと。ここでの働きが、日本経済の近代化(資本主義)を促すことになります。
そして四つ目は、明治6年、33歳のとき、井上馨とともに大蔵省を退職、実業家としての道をまっしぐらに進み始めたこと、です。
私が心打たれたのは、栄一が〈うわべの世の中の動きと、世論の底に流れている地下水脈を見据えていた〉ために、自分の社会的立場に関係なく、すなわち攘夷派でも開国派でもない視点から、あるいはどちらの視点からでも、冷静に考え判断することができたことです。どんなときでも自分の理念を貫き、〈日本国民の生活を豊かにすること〉を第一に動いていた栄一を、心から尊敬します。
本書では、主に渋沢栄一の前半生に力を入れて書かれています。それは、栄一の精神の原点を知ることが、この人物の理解に最も必要だと考えたから、とあります。詳しい後半生については、本が何冊が紹介されているので、いずれ読んでみてもいいかなと思っています。
ちなみに、商業における考え方が生涯合わなかったという岩崎弥太郎との関係が、項羽と劉邦になぞらえて語られているのが、興味深くておもしろかったです。
この評伝を読んで、『青天を衝け』がますます楽しみになってきた!