高嶋哲夫のレビュー一覧
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まず、タイトルから3.11をテーマにした小説なのかなと思って出版日を確認したら2008年11月だったので俄然興味が湧いて読み始めた。小説は、高嶋哲夫の想像の産物だが、3.11を経験した日本として本作品をリアリティーのある近未来の予言書として向き合っていれば、減災できたように思えてならない。それほど現実と酷似と似ているケースを小説の随所に見いだすことが出来、専門書や論文を参考にしたとしても、改めて小説家の凄さを感じてしまう。さて、小説では東海、東南海、南海のトラフが同時にズレ未曾有の大災害を引き起こす。東日本大震災を経験した現在では、この描写が過剰とは思えない。むしろ、これくらいのことが起こると心してかからないといけないと肝に銘ずるべきであろう。
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Posted by ブクログ
ネタバレ発生から1年半以上経っている、東日本大震災。
時間こそ経過しているものの、未だに多くの方が行方不明。
進まぬ、瓦礫処理。
この小説は、震災発生前からスタートします。
主人公は阪神淡路大震災を経験した青年。
この青年の実家は中華料理屋。
中華料理店でアルバイトとして働いている女子大学生は、
気仙沼出身。
発生直後から家族との連絡は絶ったまま。
阪神淡路大震災の時被災した、主人公の住む商店街は
即座に支援物資を東北に輸送することを決め、
女子大生を乗せて気仙沼へ向かおうとしていた。
ドライバーをする筈の主人公の父親は出発直前にぎっくり腰に
なってしまう。
仕方無しに、主人公は気仙沼へ向かう事を決意する。
女子大生との2人旅だと思いきや、一人の男性も加わる事になり
3人で出発していく・・・。
実際に、被害が大きかった東北方面には、震災以降行っては
いませんが、被災した方達の苦労、心労を丹念に取材して、
小説にしたという感じが色濃く出ている作品です。
ヒロイン役にあたる女子大生はもっとも幸運なパターンとして、
描かれていて小説であることを認識させられますが、
不幸の中にも希望はあるという作者のメッセージが感じられます。
地震大国、日本。
次に震災が起こるのことは予測されています。
しかし、それがいつで、どこで起きるのか、
それがどの程度の規模になるのかまでは予測されていません。
また、予測できない状況だそうです。
回避できないのであれば、被災を減らすには、
被災した場合はどう対処すべきなのか・・・。
震災直後には減災への取り組み、防災への取り組みが
意識され強化されました。
しかし、時間の経過と共に、減災意識、防災意識が薄れてきていると感じているのも事実。
もう一度、見直さねばと考えさせられた小説です。 -
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東京都立川消防署の消防士・宇津木準は、山火事をヘリから見ながら今までの山林火災とは違う、と感じていた。
二卵性双生児の妹・明子は、日本環境大学准教授で森林火災専門家の立場から広い視野で今回の火災を見ていた。
山火事での出火の可能性は、放火なのか異常気象による自然発火なのか、登山者の火の後始末で火種が飛んだのか…の原因を特定するより、消火が先で、と言ってる間に、埼玉での山林火災が、長野、群馬、山梨と続き、遂には東京都にまで迫ってくる。
人里離れた山で始まった炎、山林が焼けて終息するだろうと遠く離れて暮らしていると思うだろう。
まさか、何十キロも離れた首都を脅かすとは想像すらしなかった。
それが最大の誤算であるとは思わなかった。
誰が指揮をとり、状況を判断し決断するかによって防げる被害の大きさも人命も変わってくる。
火事の恐さを知ったうえで、改めて消防職員の存在の尊さを思う。
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タイトルにある「富士山噴火」を題材とした作品。
富士山噴火と聞いてもなかなか実感がわかないが、作品を読み進めるにつれて、本当にこうなるんじゃないかと思わされる。
これまでの著者の作品の様に災害を通してそこに関わる人達や組織の在り方をしっかり読ませてくれる。
地方自治体、そこにある警察、消防、そして自衛隊。
いざ災害が起きた時はやっぱりこの辺りの力次第だよなと感じる。
幸い作中に登場する人達は苦悩しながらも力強く頼もしい。読んでいて惚れ惚れするね。
組織のリーダーは能力✕実行力なんだなと感じる。
著者のこれまでの作品から登場する人達がいたのも嬉し楽し。 -
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本書を読む前に読んだ本「それでも日本に原発は必要なのか? 潰される再生可能エネルギー (文春新書)」の中では、核融合発電など夢物語と一蹴されていたが、本書では対照的に「2030年代に実現へ」とあり、具体的なスタートアップ企業についての説明もあって、それなりに希望のあるお話であった。
著者の小説はこれまで何冊か読んだことはあるが、原研出身とは知らなかった。
小説家らしく、エネルギーに対する価値観の変化で戦争の無い世界に変わる…というセクションは夢物語のような気もするが、そのくらいの夢はあっても良い。とりあえず、核融合関連銘柄の買い注文を出した。 -
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面白かった。
タイトルのような首都崩壊に至る手前で、国家・組織・個人がもがく様が描かれている。
東京直下型地震により東京が壊滅する事が予測された時さあどうなるか。
地震による被害はどうなるか、それに伴って経済的な被害はどうなふか、それらに政府や官庁、自治体はどう動くか。民衆はどうするか。
ただ、本作の本質はそこではなくて、冒頭に書いたように、崩壊が見据えられた中でどうするのか。
そこを突いて経済戦争を仕掛けられたらどうなるのか。
どれも読み応えがあった。
作中の日本は東日本大震災からの復興途上でさらに首都直下地震が予測され、実際にそれに向かって地震が増えていく。そうすると日本の行く末を案じて暗く、閉塞感のあるしゃかいになる。それを一掃する為に遷都が検討される。
これが実によく出来ていて、今現実の日本でも痒感じられる閉塞感を吹き飛ばすにはこれなんじゃないかとワクワクもさせられるし、よくできている。
先ほど書いた経済戦争や地震でドキドキもさせられるし、本当によくできている。
こんな未来なら面白そうだな。と思わせてくれた。 -
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福島第一原発から、わずか12キロしか離れていない福島第二原発は、巨大な津波の被害にあったが、最悪の事態を免れ「冷温停止」に至った。なぜ、福島第一原発のメルトダウン事故という事態を避けることができたのか?福島第二原発における、第一章は、3月11日からの緊迫した四日間の闘いを描いた本だ。日本原子力研究所で働いた経験がある著者が、その謎について、解明する。
福島第二原発は、楢葉町に1、2号機、富岡町に3、4号機がある。四基とも出力は110万キロワット。計440万キロワットの大型発電所だ。東電の社員約700人、協力企業の2000人余りが働く。
原発は地震・津波の被害などの異常事態が起こると、「止める」「冷やす」「閉じ込める」の3段階によって安全性が保たれる。
本書は、第二原発の「残された命綱」と「現場の迅速な判断・総力戦」の両面から描き出している。
第一原発がすべての電源を失う「全電源喪失」に陥ったのに対し、第二原発は4回線ある外部電源のうち「富岡線」の1回線だけが奇跡的に持ちこたえた。その偶然が、奇跡を引き寄せることになる。
中央制御室の照明や計器の電源が維持されたため、原子炉の圧力や水位、温度などの正確なデータを常に把握し続けることができた。暗闇の中で手探りの対応を迫られた第一原発とは、この時点で差が生まれた。
「現場を目視しないと気が済まない性分だし、日頃から解決の糸口は必ず現場にあるという信念で動いていた。」と増田所長は思っていた。ベントに対する大山の確率論的リスク評価の考え方は、合理的でもある。
第二原発の指揮を執っていた増田所長の、冷静かつ泥臭いロジックに基づくリーダーシップがあった。また増田所長が電気屋でよかったと本書でいう。今回の事故は全電源喪失も含めて、多くの部分が電気関係の故障だった。
津波で海水を循環させる「海水ポンプ」が全滅したため、最終的に熱を海に逃がす手段がなくなった。増田所長らは、バッテリーと蒸気で動く「原子炉隔離時冷却系:RCIC」という暫定的な冷却装置を限界まで動かし続け、数日間の「時間稼ぎ」に成功する。時間稼ぎをしている間に、津波で水没した海水ポンプのモーターを交換し、電源を繋ぎ直す必要があった。超重量級の頑丈な高圧電源ケーブルの総延長約9キロを、重機が使えないガレキの中で、東電社員や協力企業の作業員ら約200名が総出になり、人力で夜通し運び、敷設した。これがタイムリミット寸前で間に合い、冷却機能が復旧した。
3月14日、原災法第十条該当事象、原子炉除熱機能喪失の状況から回復し、原災法第十五条第1項の規定に基づく特定事象、圧力抑制機能喪失の状況から回復したと増田所長は官庁などに報告。ベントする必要がなくなった。そして、福島第1原発は、1号機建屋に続き、3号機建屋が水素爆発した。
第二原発では津波の恐怖が続く現場へ作業員を送り出す際、増田所長が「必ず生きて帰る」ことを大前提とした明確な指示を出していた。リーダーと現場の信頼関係、そして協力企業が一体となった「総力戦」が結実した。第二原発は計器が生きていたからこそ「あと何時間持ちこたえられるか」の計算が成り立ち、逆算してケーブル敷設の作戦を立てることができた。
一歩間違えれば第二原発も水素爆発していた可能性が極めて高く、紙一重の幸運である外部電源の残存に依存していた。絶望的な状況下で諦めずにシステムを復旧させた「人間の底力と組織の連携」を記録した本だ。偶然とそのありのままの状況を受け入れながら、必死に闘った人々の物語。
この物語は、原発の詳細な知識がないと描けない筆力があった。4日間の描写は息もつかせぬほどの展開。そして、増田所長以下のリーダーたちの必死なる知恵と経験に基づいて、現状を打開していった。
著者はいう「原発は絶対に安全という言葉で、その努力を怠ったのだ。原発で、想定外にも対処できないなら運転すべきではない」
そして、被災にあった人々の具体的な行動がつぶさに書かれる。地震、津波、原発事故で、不安の中に押し込まれていく人々の群像。看護する人。なんでもする総務の人。避難する人。残るもの。喪失による精神的ダメージを受けながらも、懸命に復旧に力を注ぐ。あーぁ。こんなことが、あっていいわけない。
増田所長の前の石崎所長が、広報マンだった。どう世間に理解してもらうかという発信することの重傷性をみにしみてわかっていた。そして、地元の人たちと膝を交え、サーフィンを覚え、交流した。そういう基礎が、電気屋の増田所長に受け継がれた。
確かに、現場の必死さは、よく伝わる本だった。ただその時、東電の経営者は、どうしていたのか?そのことが、全く書かれていない。そのことについて、もっと知りたいなぁ。なぜなら、経産省は、2040年代までに、最大5基を建て替える数値目標案を出している。果たして、安全を確保できるのか?そのことは、福島の現実を注視し教訓を汲み出しながら、検討されるべきだ。