ドナルド・キーンのレビュー一覧
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ドナルド・キーンには4種類の自伝があり、本書はそのひとつ。もとはAsahi Evening News日曜版の連載。日本語に出会った時(11か12歳)に始まり、1960年代末(40代後半)までを綴っている。
コロンビア、ハーバード、ケンブリッジ、3つの大学で学んだ。本書では、ケンブリッジ時代(26~31歳)に多くのページが割かれている。
当時、戦争に疲弊したイギリスでは、食事を含め、すべてが質素。あてがわれた部屋も、寮内でもっとも寒かった。しかも、旅行中のミラノで大切なタイプライターと博論の下書きを盗まれた。窮状を見かねた友人の母親(ディッキンズ夫人)が救いの手を差し伸べる。下宿させ料理でもてな -
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若き日のドナルドキーンさんのエッセイ書評集。
1955年から1987年までの約30年間に、ニューヨークタイムズへ寄稿した27本のエッセイを収録している。 日本に関わる様々な本や文化に関する考察、苦労話、旅行記などを紹介しているが、面白かったのは日本文学の翻訳について。 日本語の微妙なニュアンスをどう英訳するか色々苦労があったらしい。
当時の欧米文化人達のアジア文学に対する偏見、戦後の日本人の変化、川端や三島など親しかった日本人作家の話、東京や瀬戸内の旅行記など、様々なジャンルについて自身の考えが述べられており大変面白かった。
またメトロポリタン美術館の日本展示室開設の経緯についてのエッセイも -
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谷崎、川端、三島、阿部、司馬の5名に対する親愛に満ちた論評・エピソード集。いずれも著者のあたたかい眼差しが彼らに向けられている。
谷崎:「この新訳(源氏物語)に費やした四年間を、彼自身の創作に打ち込んでいたならばと思うと、やはり残念と言わざるを得ない。」とは、谷崎に対する最大限の賛辞だと思う。
川端:「美しさと哀しみとの賞讃者にして日本初の前衛映画のシナリオ作者、日本伝統の保護者にして破戒された街の探査者(エクスプローラー)この矛盾した様相が作品に与える複雑さが川端を、現代日本文学の至当なる代表者にしてノーベル賞のふさわしき受賞者にしたのである。」も、至言といえよう。私にとっては難解でとらえど -
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【キーン氏の文章は、謙虚で誠実な“日本への愛”を呼び覚ましてくれます】
日本研究の第一人者、コロンビア大学名誉教授のドナルド・キーン氏が 80年代に綴ったエッセイ集です。全編を通して、米国に生まれたキーン氏が日本に魅せられ、深い知性と謙虚な学びの姿勢で日本の人・文学・文化と向き合ってきた様子が浮かびます。
2011年3月の東日本大震災の後、キーン氏が日本に帰化したことが報じられました。その頃、世代の違う自身は、キーン氏を“日本に詳しい外国の研究者”位にしか認識していませんでした。しかし、本書を読んで、その考えがあまりにも浅かったことを思い知らされました。
本書は、キーン氏の日本との“馴れ初め -
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日本文学研究者のドナルド・キーン氏による英訳がついた『奥の細道』。表紙から読み進めれば日本語版の原文が、裏表紙から読めばキーン氏の翻訳による英語版が読めます。
これを読むまで『奥の細道』が単なる旅先での俳句を集めただけのものではなく、紀行文としてきちんとした文章があり、その中でちょこちょこと俳句が置かれているというものなのだ、ということを知りませんでした。そんな浅学な自分であっても、日本語版を読むと芭蕉の文章の美しさというか、まさに「流麗でさらっと読み進められる」という感覚を味わうことができました。昔の仮名遣いの文章でそれが感じられるというのは、やはり凄いことだと思います。
そんな中で、読