ドナルド・キーンのレビュー一覧
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ネタバレともかく世界中のどの国、どんな人間の間にも、そういう傾向がある事は認めざるをえません。多分人間と言う特別な動物の場合、衝突する事は本能の1つなのでしょう
吉田松陰は絶えず日本の防衛のことを考えていましたから、どうしても蝦夷地の事について知識が欲しかったのです
西洋人は外に出て盤遊を楽しむ。これ小さな村や町も必ず公園を修るところになり。東洋人は室内にあり惰居するを楽しむゆえにいえいえに庭園を修む
日記を書くと言う事は、極めて興味のあることである。書くその時も興味がある。しかしいく年の後にこれを読む返すときの興味はさらに大いなるものであろう -
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「山田風太郎の日記を読んでわかったのは、それまで人は読んだ本によって自分の性格や信念を形成すると思っていたわたしの考えが間違いであるということだった。」
著者は冒頭近くでこのように述べている。本書は、タイトルこそ「日本人の戦争」とされているが、副題の「作家の日記を読む」の通り、戦争についての著作という要素よりも、作家たちが日記の中で示す戦争に対する態度の紹介を通して、実はもっと普遍性のあるテーマについて書かれていると思われた。
ここで取り上げられているのは、一般市民ではなく、その時点で、またはのちに文豪と呼ばれるほどの作家たちの日記である。すなわち、インテリ層とみなして良いのだが、どんなに高い程度の教養を備えていると考えられる人々であっても、現代の私たちからすれば、およそ理性的とは言えないような考えを日記に記している実例が多くみられる。このことは、自分にとっても驚きだった。
そのこと自体が良いことなのか悪いことなのかについては、著者は安易に見解を述べていないが、あらゆる「主義」に我慢がならなかったという渡辺一夫先生や、自由であることを何よりも大切にしていたという内田百間等は、好意的に紹介されている。本書において理性的であるとは、特定の思想や主張に偏っているのではなく、それらから自由でありフラットであることを意味していると思われたが、戦争のような未曾有の非常時においても、人は理性的でいられるものだろうか。いくらたくさん本を読み、しかも自国のみならず海外文学も相当量を読んでいるとしても、また、海外留学の経験や外国人を配偶者にしている場合でも、それでも人は、後からみればどんなに偏った考えからも、逃れることができないのだろうか。
例えば、これは本書以前にも読んでいて感じたことだけれど、山田風太郎の日記には、敗戦後こそトーンが弱まっているように思うが、戦中は最後の一兵になっても戦う姿勢や、米英憎しの思いが率直に語られている。どちらかというと私は、山田風太郎の「小説」からは、シニカルで、世間ではそう思われていても、実のところ人間なんてそんなものだ、といった思いが読み取れるように感じていた。長いものに巻かれるような考え方ではなく、人の本質を追求するような見方をする作家だと思っていた。しかし本書に引用されている山田の日記からは、今の視点から見れば戦時のプロパガンダ的な典型的思考の仕方に則った主張を繰り返しているように思えた。それは山田風太郎だけではなく、同時代の他の著名な作家・詩人も同様の反応をしていることが本書で紹介されている。
ただ、本書に繰り返し引用されている山田や伊藤整のような日記を読むにつけ、単純にそれらが戦争を正当化したりあるいは欧米を盲目的に否定したりするのみで、まったく理解が示せないかというと、一方でやはりどこか、今から見て全くの茶番であるとか、そのような感じもしない。自分がもしその時に生きていたら、日本人として、やられたままでなるものか、という気持ちになるのだろうか?同胞のためと思って、死地に赴くことができるのか。戦争に関しての読書が興味深いのは、私自身がそのことに興味があるからだ。もちろん、ここに紹介されている作家たちは著者も指摘している通り、いわゆる銃後の存在であって、前線に立つ兵士たちはこんなに悠長な、ご大層な志など持っている暇はなかったのかもしれない。
それから興味深かったのは、キーン先生が対談中、日記文学は日本にしかない、と言っていたこと。日本人は日記をつけるのが好きらしい。面従腹背、ではないが、その場では黙して耐え、後でブログやTwitterで書く。確かに私も同じようなことをしている。またそれこそ現代はブログとかSNSがあるが、日記というものは考えてみると特殊な位置づけだ。本書中では荷風の日記が事後に編集されたことの事例が載っていたが、確かに、日記は自分のための本来つけるのだけど、一方他人に読まれることも想定していなくはない。ここで書いている感想も、本来は自分の読書の記録のために書いていたもののはずなのに、ではなぜブログの形にしているのだろう・・
ともあれ、「八本脚の蝶」を読んで以来、日記を読むことに興味を覚えてきた。本書も有名無名を問わず様々な書き手の日記のエッセンスを紹介していて、とても勉強になった。著者の日本への思いの深さも伝わってくる本だった。 -
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ドナルドキーンさんは、時々TVで見かける日本通の方というイメージだった。
その程度の認識だったので、東日本大震災後に日本国籍を取得する決心をしたという報道をニュースで見た時「なんでこんなことがニュースになるのだろう?」と思った。
今回生前にドラルドキーンさんとのインタビューを収めた本を読んで、キーンさんの半生。コロンビア時代に日本語に興味を持ち、機会を得て海軍の日本語学校で日本語を学び、太平洋戦争では日本兵の日記などを読み、日本軍の次の作戦を調べたり、日本兵の聞き取り調査を実施したりした。と言う話は全く知らない話だったので驚いた。(自分が子供の時に放送したNHK大河ドラマ「山河燃ゆ」の世界だと思った)
この本で学んだ事は
・当時の日本にも宣教師などで滞在した滞在した外国人もいたという事実(幼少期小樽にいた宣教師の息子が同窓だった)
・捕虜に尊厳を持って接していた(実際戦後も長く関係を持てた人もいたらしい)
・世界の大学で日本や中国などについて学ぶ人が存在していたと言う事実
ふと、現在の日本の大学にはこのような懐が深く、広く、多様性のある学問の自由はあるのだろうか?と考えながら読んでしまった。 -
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ちびちびと古代・中世編を読み進めています。
この巻では、枕草子、源氏物語他、物語文学から説話集まで豪華な内容となっております。
「光源氏は恋愛の天才であり、どの女性にも完璧な対応をしている。もし一夫一妻制が厳格に守られている社会に住んでいたらーーあるいは、紫上を理想的な妻と思い定め、他の女性に見向きもしなかったらーー世界はそれだけ貧しくなっていたはずである」
なんかね、この言い回し。批判を浴びるかもしれませんが、好きです。
「『宇津保物語』で語られる宮廷生活の様子は、ある意味で『源氏物語』よりリアルである。宴席では、貴族たちが酔って騒ぐし、名前を聞くだけで食欲を無くしそうな料理を食べる(『源氏物語』では、誰も食べるというような下品なことをしない)」
なるほど。飯テロ小説もびっくり。
ご飯を食べる所を見られるのが苦手な私は、平安貴族だったのかもしれない。冗談です。
血生臭い争いが描かれることはなく、とにかく見目の麗しさと芸術的センスが備わっていることが、ある種の主人公像でありながら。
けれども、心は満たされず、いつも隣に儚さを潜ませている。
平安物語文学に見られる美しさとは何なのでしょうか……。 -
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ネタバレドナルド・キーン氏が、今年(2019年)の2月に96歳で亡くなったことは、まだ記憶に新しい。外国人でありながら、日本文学や日本文化にこれだけ精通している研究者は、まずいないだろう。
そんなキーン氏が自ら選んだ5人の日本人作家について、特別な思い出を語り記したエッセイが本書である。それにしても、日本の文学史上でも巨匠と言われるようなこの5人について語ることができるほどの親密な関係性を持つキーン氏もまた、恐るべき人物であると思う。
最初の谷崎、川端については、おそらくキーン氏の研究対象としての偉大な存在であったのだと思う。キーン氏は、1953年に研究のために日本へ来たが、居を構えたのは、谷崎邸のある京都だった。谷崎のとの初の接点は、谷崎の書作(「蓼食ふ虫」)の翻訳原稿を谷崎邸に届けたことだったようだ。
キーン氏の人物評を読んでいると、自分なんぞは「エロ親父」「西洋かぶれ」という悪い第一印象をもってしまうが、キーン氏は文学の視点でとらえるならば、谷崎を越える存在はいないとまで評価している。一度代表作「細雪」を読んでからその結論を自分なりに考えてみたい。
次に、川端康成、三島由紀夫と続くが、キーン氏にとっては、当時ノーベル賞受賞に最も近い才能の持ち主と認識していたのは川端よりも三島のほうだったようだ。そしてそのことを川端自身も感じていたようだ。川端の受賞の経緯、三島の自殺と川端の自殺について、キーン氏の視点から述べられている。
また、三島との関係も親密だったようだ。三島の遺作となった「豊饒の海」の原稿には、キーン氏にしかわからない謎が隠されていた。「豊饒の海」4部作の最後の原稿をキーン氏はその年の8月に預かったという。三島に代わって出版社に届けてほしいという名目である。
そして、その原稿には「「豊饒の海」完 昭和45年11月25日」と記されていたという。その日こそ、三島が自決した日であった。そういう謎を提起され、未読のこの4部作に非常に興味がわいている。
そして、キーン氏は阿部公房とも親しかったようである。二人の対話が記された「反劇的人間」についても興味深い。
そして、最終章が「司馬遼太郎」について記されている。キーン氏が、司馬氏と対談した折には、司馬氏の膨大な知識量に感嘆し、その対談における司馬氏のキーン氏に対する心遣いについても感動したという。
キーン氏曰く。「私は司馬の著作を高く評価しているが、小説家としてよりも、素晴らしい人間としての彼が、私の記憶の中で生きている。私のこういう見解は、作品に全身全霊を捧げていた彼をがっかりさせるだろうが、成功した作家を発見することなどより、司馬のような人物を見出すことのほうが、よっぽど稀有なのだ。彼は立派な男であった。その意味は、単に間違いをおかさない、といった月並みなことではない。愛国的な情熱によってではなく、日本人であることの、歴史を通じた冷静な認識によって、彼の著作は国民全体を鼓舞したのである。」 -
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今年亡くなったドナルド・キーンさんの最後のエッセイ。
彼はオペラの愛好家で、本職の日本文学と同様にオペラを愛し、深い洞察力を持った聴き手だったようです。この本には、彼のオペラとの出会いからニューヨークメトロポリタンオペラ(MET)でのオペラ鑑賞の日々、コンサートの記録、曲の内容や歌手の評価など、人生に大きく影響を与えた音楽の世界を紹介しています。
音楽の聴き方や歌手の特徴等には、多少マニアックなところがあって、正直、私のような素人にとっては、彼が取り上げた全く知らないオペラや歌手の評価を読んでみても実感が伴わない感じがあります。でもオペラ好きの人にとっては、とても楽しめる内容ではないかと思います。
今年亡くなってとても残念ですが、最後にこのような本を残してくれて、彼のファンとしては、大変有難く思いました。紹介されている曲のいくつかは聴いてみたいと思います。
因みに、私が好きなオペラは、モーツァルトの「魔笛」です。
オペラ初心者向けのファンタジーで、何度も聞いた大好きな曲ですが、キーンさんにはこのオペラは眼中に無かったようで、一言も触れられていなかったのが残念でした。 -
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借りたもの。
キーン氏のオペラ・エッセイ。
オペラに魅了され、METの会員になった経緯や、名作の解説、往年の声楽家たちへの敬意など、読みやすく読み応えのある一冊。
METの歴史も垣間見れる。
先の大戦で戦禍を逃れるためアメリカに渡ったヨーロッパの芸術家たち。それが戦後アメリカに質の高いオペラをもたらしたこと。
そしてオペラには新しい試みをする機会を与えたことを理解する。
モダンな時代設定への変更が、現代人へ親近感を持たせるものではない、という苦言も呈している。
オペラにある古典王道の安心感や、その異界(今、私たちが生活しているリアルとは異なる)への冒険があること
上演時と同時代設定の場合、当時の価値観を知らないと、その本質が伝わらないのではないか……
オペラに関する問題提起や解釈が投げ掛けられる。
光源氏(女性への繊細な心遣いがある色男)とドン・ジョパンニ(女を取っ替え引っ替えするだけの好色)の対比。
『第四章 オペラへの誘い 作品論』は必読。
名作のあらすじ、解説が読みやすく、読んでいてワクワクする。
オペラの奥深さを知る導入として、良い。
プッチーニ『蝶々夫人』創作時の考察など。
アメリカの古きよき時代?の文化の片鱗をみた。 -
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明治天皇は長生きだったので、当時の激動混沌とした社会情勢には深く関係しているはず。
にも関わらず、明治時代の政治家、文化人、軍人などについてはめんみつなけんきゅうがあるのに、明治天皇についての著書は全くないわけではないが、非常に少ない。
本書は、明治天皇の人物像にフォーカス。彼の暮らしぶり、言葉遣い、どんな声で、どんな話ぶりだったのか。皇后、奥さんを何と読んでいたのか、天皇への教育内容、儒教思想が与えた影響などなど。
勲二等旭日重光章を受賞したドナルド・キーン氏による一冊。
大帝と呼ばれた、世界に誇るべき指導者。指導者のあるべき姿が見える。
俺は右でも左でもないが、ビジネス書に危うく涙しそうになる場面もあったな。
良書。