ドナルド・キーンのレビュー一覧
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キーンさんがインタビューに答え、自分の日本語修行だけでなく、先生、テキスト、教え子だけでなく、日本文学をはじめとする学問とのかかわりを語ったもの。インタビュアーは,日本語教育学専攻の東京外大の河路さん。河路さんがインタビュアーを引き受けるきっかけになったのは、キーンさんが使っていた長沼直兄のテキストが、長沼学校から東京外大に寄贈され、それを整理していたことからだそうだ。この長沼学校、ぼくは1980年頃日本語教育学会の研究例会で発表をしたあと、そこの浅野鶴子先生という方に案内され訪れ、紀要までもらったことがある。浅野先生にはとてもかわいがっていただいたが、その後ご無沙汰しているうちにお亡くなりになった。閑話休題。キーンさんという人は好悪をはっきり言う人だ。出会ったテキストでもよくないものはよくない、先生でもこの人は立派だ、この人はだめだ、ということをはっきり言う。テキストの中でとりわけキーンさんの日本語修得に大きな影響を与えたのが、上で述べた長沼直兄がつくったテキストだった。このテキストの特徴は、日本文とともに最初から漢字が出てくることだ。外国人の日本語教育ではまずローマ字で基礎を教えて、ある段階になってから漢字が導入される。こうすると、会話力は伸びるが、漢字を導入した段階で、スローダウンしてしまうと言う。これはおそらくキーンさんたち日本語が大好きで勉強熱心な学生を相手に使ったからこそ成功したのではないだろうか。中国語の世界でも倉石武四郎さんなどは、日本人が目に頼りすぎる、ことばは音であると言ってローマ字による中国語テキストを編み、日中学院などで使ったことがある。のちに、長谷川良一さんらが批判して、今の漢字にピンインというかたちになった。ぼくは日本人のように漢字を知っている人間には最初から漢字を導入するのが理にかなっていると思う。もっとも、キーンさんも最初会話はできなかった。いや、当時キーンさんが学んだアメリカの海軍日本語学校では、会話よりも(会話は日系アメリカ人や日本からの帰国子女たちにできるものがいた)戦死した日本兵の残していった日記、文書を読むことの方が大切だった。だから、だから、そこで教えられた漢字も行書なのである。今日楷書に慣れきった私たちには理解しがたいことだが、昔の日本人は(今の中国人のように)行書を書くのが基本だった。耳だけで日本語を覚えた日系アメリカ人はしゃべることは得意でも漢字が読めない。行書ならなおさらだ。(これは、アメリカからの帰国子女を見てみればわかる)キーンさんたちの出番である。キーンさんは語学が好きで、中国語、フランス語だけでなくいくつもの語学に挑戦している。朝鮮語などは、ケンブリッジ大の朝鮮語講座の設立の基礎をつくったほどだ。キーンさんたち海軍日本語学校で学んだ人たちは多くの立派な日本人の恩師に恵まれた。だから、捕虜を扱う際も決して虐待したりせず尊重して接した。したがって捕虜との友情も生まれた。これは、海軍日本語学校がかれらに軍事を教えず、ただただ日本語学習をやらせたことによる。陸軍だったら事情はもっと違っていただろう。日本と比べればその差はさらに大きい。だから、日本人を好きになり、日本を愛し、最後には日本人になったのである。キーンさんは中国語やフランス語を勉強し、どの道を行くか迷ったことがあった。そんなとき、かれの恩師たちは、日本語はアメリカでは少数だから、日本語をやるべしとかれを押したそうだ。中国語は最初『論語』からはいったが、ギリシア哲学等を学んだキーンさんには、これは親孝行すべしとかあまりに当たり前のことが書いてあって面白くなかった。のちに本当に中国語を専門にしようと思い『紅楼夢』を読むがこれも面白くない。ついていた先生にそれを言うとその先生も、君は日本文学をやるべきだと、またまた後押しをしてくれた。先生方も偉い。これはアメリカのプラグマティズムによるのかもしれないが、なにをやることがアメリカにとって、キーンさんにとって有益かをみんなわかっていたのである。もっともキーンさんは『荘子』や杜甫には興味を覚えたらしく、こうした書物がかれの日本文学の研究にも影響を与えた。キーンさんが日本文学の英訳に精力を注いだのも、日本文学者と同じことをしていてはかなわない。それより、それをより美しい英語に訳し、英語のわかる人々に日本文学のよさをわかってもらうことの方が大事だと考えた。英語圏での第一人者になれというわけである。これは外国文学、外国語学をやる者にとっても言えることだ。外国人と競い合っても仕方がないのである。本書にはキーンさんを恩師とする弟子たちの思い出話も収められ、キーンさんという人を多重に見ることができるようにもなっている。
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いよいよ古代・中世篇のクライマックスともいえる「枕草子」と「源氏物語」が登場です。それにしても、1000年前が女性の才能をこれほど花開かせる社会だった、というのは、日本は女系社会だった、という証左でしょうか。
おもしろかったのは、「説話文学」の章で述べられている日本的ヒーロー論。河合隼雄氏の浦島太郎論“このヒーローは英雄的な戦いで女性を獲得するのではなく、むしろ女性によって捕らえられる”を引用し、日本的ヒーローは受動的で、西洋人にとっては不完全と思われる、と述べています。これも、日本が女系社会だったということと関連していそう。
西洋の視点からみた日本文学史っていうのも、この本の面白さの一つです。 -
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古代・中世篇一を読んで、ドナルド・キーン氏の吸引力に巻き込まれ、篇二を購読。そして、篇二を読み進めるうちに、その吸引力がキーン氏の論旨によるものというより、その文章・文体に端を発していることにハタと気が付く。そう、その訳文自体に心が持っていかれている。訳者は土屋政雄。調べてみると、その昔、麻薬のようにうっとりとさせられた「イギリス人の患者」の訳者だ。なんてことだろう。ホント、びっくりした。「イギリス人の患者」もストーリーよりも訳文の方にうっとりきてたのかも。
閑話休題、古代・中世篇二は、古今和歌集に始まる勅撰和歌集と平安時代の日記文学。花といえば桜、桜といえば吉野といった、日本人の常識がこの時代に始まっている。日記文学では、歴史の教科書では影の薄い堀河天皇の人気ぶりが意外。藤原長子の『讃岐典侍日記』や右大臣藤原宗忠の『中右記』に若くして亡くなった賢帝への思慕がつづられていて、心打たれる。 -
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気軽な気持ちで何気なく手に取ったのに、著者の日本文学を愛する情熱に引きずり込まれて、なんだか全巻読まなければならいような気にさせられてしまった。といっても、全巻あわせると18巻にもなるから、とりあえず、古代・中世篇は購入しよう。おそるべし、ドナルド・キーン氏の吸引力。
古代・中世篇一は、古事記から平安時代前期の漢文学まで。特に、山上憶良に対する見方が変わった。子煩悩なお父さんってだけではなく、社会派だったのね。あとは、空海。“文学史に空海?”って思ったけど、「三教指帰」という戯曲仕立ての著作について、扱われている分量としては少ないながら、その特異性が際立っている。まずは、司馬遼太郎の「空海の風景」を読まないとな。あ~、ますます読みたい本が増えてしまう。 -
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ネタバレ費用がかかるからと、新皇居建設に反対されたり、あて布をした服を着用されたり。
でも、香水は3日で空にする程、好き。お酒も好き。
明治天皇の人柄が垣間見れる本でした。
劣悪な環境や天候の中、訓練中の兵たちを見つめ微動だにせず、何時間も同じ場所に立ち続け、見守っている姿。
・・・何も言わなくてもただ、そこにあるだけの重要さって確かにある。
日露戦争で勝利の報せを受けた明治天皇の第一声が
「降伏した将軍の武人としての名誉を大切にせよ」
だったというのに感動しました。
明治天皇が乃木を学習院長にしたことは有名ですが、ずっと腑に落ちないでいたのですが、この本を読んで解消されました。
・・・そっか、そっか。納得。 -
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著者には、「明治天皇」という大作があるが、本書はその本の紹介というかエピソードなどを記した本である。明治天皇は、当時の諸外国の皇帝と比べて最も立派で大帝と呼ぶににふさわしいと著者は言う。近代日本の立役者であるのに、その実態は知られていないというか書くのは畏れ多くて手付かずになっていたのを、外国人である筆者だからこそ客観的に書いて評価しているのだろうと思うが、それでもそこまで言い切るのだから、本当に偉大だったのだろう。そのような天皇がいたことをなぜか誇りに思ってしまうし、もっと知りたくなってしまう。つまり、この本を読むと、筆者や出版社の思惑通り「明治天皇」を読みたなってしまうのだ。
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私にとって天皇とは、同じ人間だからこそ神のような存在に映る。
著者ドナルド・キーンはあとがきで言う。
「明治天皇には、こういった(当時のドイツ皇帝や朝鮮国王のような(栗原・注))横暴な言動は一度もありません。やろうと思えばできたことなのです。十分な権力がありながら行使しなかった」
このような人物は、同じ人間として全く信じがたい。私だけではなく、皆心ひそかに思っているのではないだろうか。北朝鮮の独裁体制を口では非難しながらも、自分が金正日と同じ立場に立たされたら、あんなものでは済まないほど富と権力を我がもの顔、したい放題にするのではないかと。そしてそれは恐らくそのとおりなのだ。
私は照れ隠しもあり、自らを「皇室マニア」「天皇マニア」などと呼んで憚らないが、本当はそんなものではないのは重々判っている。私がここまで天皇のことを調べてやまないのは、どこかに、同じ人間としてのどうしようもない弱さを見つけ出し、その存在を腑に落としたいのだ。
結果はその逆で、時間が経てば経つほど逆になっていく。
著者はアメリカ人だからその記述はどこまでも客観的だ。あくまでも公平に、明治天皇が若干理不尽な理由で癇癪を起こした様も伝えるが、それさえも後で、
「自分が悪かった、今後も自分に悪いところがあれば言ってくれ」
と臣下に謝罪するというのだから、ほとんど脅威的ですらある。繰り返すが、当時の明治天皇は金正日などとは比較にならないほどの権力を握っていたのだ。
結局、この本を読んでも、ただただその人物に感心するばかりで、求めてやまない『何故あのような偉大な皇帝が生まれたのか』という答えは見つからなかった。
ただ、『信じがたいほどの偉大さ故、その偉大さが忘れ去られようとしている』ことだけは解ったのである。 -
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[ 内容 ]
前線兵士の苦労を想い、率先して質素な生活に甘んじる。
ストイックなまでに贅沢を戒めるその一方で、実は大のダイヤモンド好き。
はたまた大酒飲みで風呂嫌い―。
かつて極東の小国に過ぎなかった日本を、欧米列強に並び立つ近代国家へと導いた偉大なる指導者の実像とは?
日本文化研究の第一人者が、大帝の素顔を縦横無尽に語り尽くす。
[ 目次 ]
第1章 一万ページの公式記録(完璧な資料『明治天皇紀』;外国人が見た明治天皇 ほか)
第2章 時代の変革者(十六歳で突然の即位;理想の花嫁候補 ほか)
第3章 己を捨てる(明治天皇の義務感;前線兵士を想う ほか)
第4章 卓越した側近に支えられて(贅沢嫌いのダイヤモンド好き;天皇を取り巻く女性たち ほか)
第5章 天皇という存在(無関心だった自身の健康;惜しまれた崩御 ほか)
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
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▼ドナルド・キーンさんと言えば、ガイジンさんですけれど日本文学者。ということは知っていて、このエッセイ集がどこかでたれかが褒めていて、ふらっと買って読んでみました。
▼そしたらびっくり、あまりと言えばあまりにも日本語が洗練されていて。こりゃぁ只者じゃないぞ、と、このエッセイ集を一旦止めて、「ドナルド・キーン自伝」を読み始めたんです。それはそれは面白くて・・・。
▼自伝に大満足して。しばらくしてから、このエッセイに戻りました。そうしたら・・・まあ、予想通りなのですが、自伝に比べたら面白くない。当たり前なのですが。高峰秀子さんだってたれだってそうなのだから。
▼キーンさんがお気に入りの街や思い出の場所について書いたもの、という枠組のようですが、まああちこちの雑誌に出したものたちをまとめた印象。それらの土地や町についての動機がなければ、中身のコクとしては自伝に比べると薄味二次利用感がどうしても・・・。でも、文章は変わらず清新。キーンさんの文章はサラサラのミネラルウォーターの如き美しさがあります。 -
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ドナルド・キーン氏の「明治天皇」(新潮文庫)は、近代日本史を知る上で、読むべき本だと思う。
この本は、その後に出されたもので、随筆的な作品になっている。
また、歴史本というよりも、明治天皇の”人間面”、詰まり、その性格、生活に関することが中心となっており、その意味で貴重な情報を知ることができる。
(著者は、当時のサイド情報、特に海外の情報も含めて多くの情報を収集した模様)
明治天皇は深酒で必ずしも健康ではなかったが(61歳で亡くなる)、立憲君主の範を貫いた中に大変なストレスがあったのかもしれない。
著者の明治天皇観として、一貫していることが、明治天皇へ敬意であり、それは日本の近代化への貢献を意味するのだと思う。