鴻上尚史のレビュー一覧
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世間についてなんとなくで認識していたけど「世間」をありとあらゆる方向から言語化してくれてる対談形式の本。
世界と比べて日本人はTwitterの匿名性の高いこと、見知らぬ人への不信感が高くその上見知らぬ人を判断できる自信のなさについて書かれているのも面白かった。
日本人の自己肯定感の低さ、自尊心のなさは「個人」というものがないからだ。という話はすごく腑に落ちた。この個人がない話はいろんな切り口で語られる。
日本には社会がなくて世間がある。自己責任という言葉は個人がない日本でよく使われる不思議な言葉というのもすごく歪んでいて面白かった。
出版された時期がコロナ禍だったのでコロナ禍の日本にフォーカスしているものの言語や宗教、教育制度など幅広く網羅している。
この2人の話は断定的な部分もありつっこみたいところはちょいちょいあるけど面白く読めた。
本の中で挙げられていた岡檀さんの「生き心地の良い町」が面白そうなので読んでみたい。 -
Posted by ブクログ
鴻上尚史(1958年~)氏は、早大法学部卒(在学中は早大演劇研究会に所属)の劇作家・演出家で、日本劇作家協会会長(代表理事)、日本劇団協議会・日本演出者協会理事、桐朋学園芸術短大演劇専攻特別招聘教授等。岸田國士戯曲賞(1995年)、読売文学賞(2009年)等を受賞。TV・ラジオ等への出演、幅広いテーマでの執筆活動等も行っている。
本書は、週刊「SPA!」で1994~2021年の27年間に亘り連載された「ドン・キホーテのピアス」の1,204篇のエッセイの中から、「人間ってなんだ」というテーマで書かれた32篇をまとめたものである。尚、続篇として、『人生ってなんだ』、『世間ってなんだ』の2冊が刊行される。(予定)
私は、これまで、著者の『「空気」と「世間」』、『不死身の特攻兵』を読んだことがあり、また、著者(と関根麻里)がMCを務めるNHK番組「COOL JAPAN」が好きでよく見るのだが、著者の見解・コメントにはバランス感覚があり、本書についても興味を持って手に取った。
本書に出てくるエピソードは、当然ながら著者の本職である舞台・演出に関わるものが多いのだが、一般の目線で見ても様々な示唆が得られる。例えば以下である。
◆「僕は演出家として、すっと「どんな人にも事情がある」と思って仕事をしています。同情するかどうかは別にして、その「事情」を知ることが、共に仕事をするためには必要不可欠なのです。・・・大切なことは、相手の「事情」を考えられることです。これがエンパシーの能力です。・・・シンパシーは、感受性の問題として語られがちです。感受性ですから、ある部分は天性のものだと思われています。育てても限界があると。でも、エンパシーは能力です。能力は育て上げることができるのです。」
◆「「笑い」は知性や感性と密接な関係があると思っています。・・・まず、ある一定の知性という構図があって、それからズレるから、笑いが起こるのです。・・・「構図(シェーマ)」とは、その人の持っている世界観、考え方、感じ方、のようなものです。つまりまあ、世の中とはこんなもんで、人間てのはこんなもんよと、その人が意図的にも無意識的にも思っているルールみたいなものですね。そこからズレたものを見たり経験した時、人は笑うと考えられるのです。」「「親しい友達」や「部活仲間」や「恋人」の間にいる時、僕達は、共同の価値観の中で安心し、この現実を生きるために身につけたさまざまな個人的な知恵=「構図」を手放し、結果的に、子供の「構図」の状態になっているのじゃないか。」
◆「どんなモノにも両面あるわけで、両面のどっちに焦点をあてるかというのは、もう、その人の人間性になったりするわけです。」
◆「僕たちは、自分の想像以上に、じつは自分の体の状態に影響されていると思っています。・・・僕は、「座った体」で考えたものは「座った体」に感動を与えることはできても、「動く体」には届きにくいだろうと思っているのです。「動く体」とは、つまりは「生活する体」です。手足を動かし、うろつき、試行錯誤する体です。それは、そういう体で思考しないかぎり、そういう体には届かないと思っているのです。」
マルチな能力を発揮する演出家ならではの、読み易く、数々の示唆の得られるエッセイ集である。
(2022年8月了) -
Posted by ブクログ
「空気」を読んでも従わないを読んで、その大人版とも言われる本書を読んでみることにした。
改めて基本となる「世間」の考え方を理解。「世間」には5つのルールがあり、その中の何かが崩れたものが「空気」と呼ばれるものになる。
「世間」の方がより強固なものであり自分の力ではなかなか崩せないものではあるが、より正体がわからない、不安定という意味では「空気」の方が厄介なものという感じもした。
また、「空気」を読んでも…の中では、あまり触れられなかった話題として「宗教」という視点での考察がされていた。これが非常に興味深いものであった。
日本人にとっては、基本「世間」が絶対的なもの、唯一信じられるものであるのに対して、西洋ではこの「世間」にあたるものが神、つまり宗教にあたるのではないか。
人は結局何かすがるものがなくては生きていけない。日本人はそれが「世間」「空気」であるから、その呪縛からなかなか逃れられない。西洋では「世間」はない。神のみぞ信じるものであるという意識があるから、日本人のように周囲の人を気にすることはない。
これまで神、宗教というものが自分にとっては得体の知れないものに正直感じていたが、この本を読んでその存在の意味が少しだけだがわかった気がした。
最後に、「空気」を読んでも…にもあったが、改めて一つの「世間」、共同体に属することの危険性、リスクを感じた。ゆるやかに、複数の共同体に所属する。何だかんだでほぼ仕事でのつながりしかない現在の自分を反省し、何かしらの行動に移していきたい。 -
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イギリスの教育は良い日本はダメばかり。
これだけ日本の教育批判してしまうと、共感したモンペが重箱つつきで教師を追い詰め、教師は全てルール化しないと身動き取れないようになるだけだと思う。
教育を良くしたいなら、まずは家庭での教育について議論されてはどうか。
現にそれだけ素敵な教育を受けれるイギリスが、ホームレス増加低所得者の現状、差別など随分日本より世知辛いのは何故か。
教師の肩を持つ気はないが、一生懸命な教師もたくさんいるだろうし、日本の教育の良い部分もたくさんと思う。
批判は簡単。
一つやり玉を作れば総攻撃してそのせいにしてれば簡単。 -
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「僕はイエローで」の著者の対談本。
この方の本を読むと教育の大切さが身に染みる。
海外賛美をするわけでないが、イギリスの教育を知ると、日本はこのままで大丈夫なのかと絶望的な気持ちになる。
同調圧力、村社会というのはもちろんメリットもあるが、現代社会においてはデメリットの方が際立ってしまう。
自民党系の保守おじさん達が権力を握っている以上、あと数十年は変わらないのだと思う。
校則には全く意味がないというのは、私も子供の頃から感じていた。
スカートの丈が短いと目くじらを立てる教師たちは、もっと他に教えることがあるのではないかと。
あと、新卒一括採用の就活。
みんな横並びで同じことをするこの価値観と文化には、ずっと違和感を抱いていきてきた。
著名人たちはそんな個性を生かして活躍しているけど、生きづらさを感じている一般市民は、そこそこ周りに合わせて生きていくしかない。
自分の子供にも同じ経験をさせるのかと思うと本当にこれでいいのかと悩む。
公立教育を受けさせるのはもう一度考え直した方がいいのかもしれない。 -
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著者2人の対談によるもの。新型コロナウイルスの蔓延による騒動を踏まえて話したものが、昨年夏に出版されているわけだからだいぶ短い期間でつくられたんだろう。だから対談なんだろうし、たとえば文字の起こし方とか随所に突貫的なところが感じられる。言い換えれば、著者2人にとってはそのくらいコロナを受けた学校の休校とか、緊急事態宣言とからめた自粛要請、自粛要請と絡めた自粛警察の対応といった一連の国内社会……もとい世間の動きが気になったということだろう。
話の筋としては2カ月ほど前に読んだ佐藤氏の『加害者家族バッシング―世間学から考える―』と同じなだけに、そのお説にお目にかかるのが二度目だからか特に佐藤氏のお話のほうで、何でもかんでも元凶を日本世間のあり方に寄せすぎな気も。とはいえ、おおむね大いに(圧力なしに)同調できる内容。
社会と世間の違いとして、「社会変革」といったことばに耳なじみがあるように、社会は変革できるものであるのに対し、「世間変革」といわないように世間は所与で変革も何もできない(p.145)というのに納得。つけ加えれば、世間が変革できないというのは実態というか、態にあたるものがない、つまりまさに「空気」のように蔓延・充満しているようなイメージ。対すれば、社会だって有形なわけじゃないけど、何らか態があるような感じがするもんね。