鴻上尚史のレビュー一覧
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1 どんな本?
世界には「社会」が、日本には「世間と社会」が
あって世間に日本人は悩まされている事を説明す
る本。世間との付き合い方見極め方を説く本はこ
れしか無い。
2 何で読んだの?
(1) 読書本のオススメだったから。
(2) 生きづらさを解消したい。
(3) 具体的な方法を実行出来るように。
3 構 成
全26章183頁
何故先輩に従わなければならないか?〜
から始まり、世間と社会〜外国に世間は無い〜
世間のルール〜自分を大切にする〜と続き、読
者の世間や空気との健闘を祈って終わる。
4 著者の問題提起
生きづらさには日本特有の問題もあるよ。
5 命題に至った理由
外国に世間は無いと著者が感じたから。
6 著者の解
日本特有の村社会が生きづらさの原因
7 重要な語句・文
(1) 世間
(2) 空気
(3) 絶対的支配者(先輩)
(4) 社会話し
(5) 世間のルール
8 感 想
サラッと読める簡単な本だった。
刺さったのは絶対的支配者。居るか居ないかで
身の振り方が変わる。
深く知りたい事は社会話しの仕方。社会の人と
話す機会があまり無い。
人に勧めるなら空気と世間の違い。空気は皆
が作ってる。とても大変なものだ。
図やグラフでは無し
タイトル通りだがその内容は少なめだったと思う。
9 TODO
(1) 世間のボスを見極める。
(2) 空気は読んでも従わない。好きにやる。
10 問 い
一人で生きていける?
11 答 え
無理 -
Posted by ブクログ
単行本 講談社 人生に希望をくれる12の物語 2008
文庫化 ちくま文庫 人生にがっかりしないための16の物語 2025
Chapter13-16は文庫で増補。
ちなみに、Chapter15の「ほか三冊」は、
山口果林「安部公房と生きて」、
中島美代子「らも 中島らもとの三十五年」、
西舘好子「表裏井上ひさし協奏曲」。
著者の経歴と、考え。
生きるエネルギー云々が多かった。
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内容紹介
立ち止まったら、本を開こう。
言葉と対話のプロが届ける不朽のブックガイド!
「人生における希望や勇気の形が決して一つでないことを、物語を巡る旅を通じて深く知る一冊」――辻村深月
劇作家であり、演出家であり、人生相談のエキスパートでもある鴻上尚史──その信念に濃い影響を与えた「とっておきの物語」だけを厳選紹介。発表から何十年の時が経とうと色褪せぬ不朽の名作は、暗がりだらけの世界にも確かな光を見出すチャンスと、毎日を生き抜く希望のヒントを届けてくれる。文庫化に際し4章分を書き下ろした完全版! あなたの道をあなたの力で歩み出すための一冊。
文庫版まえがき
はじめに
Chapter 1『アルジャーノンに花束を』ダニエル・キイス
Chapter 2『百年の孤独』ガブリエル・ガルシア=マルケス
Chapter 3『泣いた赤おに』浜田廣介
Chapter 4『友達』安部公房
Chapter 5『人間失格』太宰治
Chapter 6『贈る言葉』柴田翔
Chapter 7『劇画・オバQ』藤子・F・不二雄
Chapter 8『大いなる助走』筒井康隆
Chapter 9『変身』フランツ・カフカ
Chapter 10『セメント樽の中の手紙』葉山嘉樹
Chapter 11『ガープの世界』ジョン・アーヴィング
Chapter 12『羊をめぐる冒険』村上春樹
Chapter 13『コンビニ人間』村田沙耶香 ※文庫で増補
Chapter 14『ザリガニの鳴くところ』ディーリア・オーエンズ ※文庫で増補
Chapter 15『寺山修司と生きて』田中未知ほか3冊 ※文庫で増補
Chapter 16『傲慢と善良』辻村深月 ※文庫で増補 -
Posted by ブクログ
ネタバレ実在の特攻兵、佐々木友次氏が9回の出撃から生還した生涯を、本人へのインタビューをもとに描いたノンフィクション。絶対命令に逆らい、なぜ命を守り抜けたのか、命を消費する日本型組織の問題に迫る。
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本作、公正は概ね3パートに分かれます。
先ずは、特攻兵佐々木友次氏の生い立ちと9回の出撃および生還の過程。次に筆者鴻上氏と佐々木氏の対談内容、そして最後に所謂日本論のようなもの。
類書を幾つか読んできたため、戦争の悲惨なところ、とりわけ若くて優秀な兵隊が価値のない死に追いやられるシーンは多く読んできました。それは本作でも散見されます。
しかし、今回本作を読んで非常に印象にあるのは佐々木氏の寡黙さです。
これは無口というわけではありません。むしろ敢えて語らず、否、むしろ語りたくないという種類の寡黙であります。
ではなぜ語りたくないかといえば、畢竟それは理解されないからでしょう。というよりも体験者にしか分からない雰囲気というものがあるのだと思います。
当時、日本は、そして軍部はかなりおかしかったとは思います。
爾後、その異常さ声高に叫ぶでもなく、淡々と、たまたま生き残ったと語る佐々木氏の姿勢に、当時の異常さ・彼我の違いの大きさを感じずにはいられません。
それは被災・被害の体験者と周囲との圧倒的な違いに似ているのかもしれません。
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他方、この古傷に塩を塗るかのようにインタビューを行う鴻上氏は、ある意味ちょっと悪者にも見えなくもありません。
でも、氏の考えもやはり分かる気もします。
異常な雰囲気のなか、上官に立てつき、筋を通すことがどうして可能なのか。
日本という国で、雰囲気・気合、精神論が跋扈する。この手のものは、今でもやはり亡霊のごとくあまねく世間に通底していると昭和生まれの私は感じます。その雰囲気・精神論がより明示的だった昭和初期、しかも国家総動員と全体主義が盛り上がるなか、その中でも筋を通す・理を通すということが可能である個人を発見した。その心の持ちようは、日本において、新たな可能性なのでは、と筆者は考えているのかな、と感じました。
因みに最後のパートは鴻上氏による日本文化論の雰囲気が大いにありました。『失敗の本質』や『一下級将校の見た帝国陸軍』もそうでしたが、原因追及を行うと、このあたりの話になりますよね。
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ということで鴻上氏の戦争関連本でした。
これまで幾つか戦争本を読んできました。上官を拒否し、かつ無事に日本に生還したという方は初めて見ました。あるいは戦争末期だったから可能な姿勢だったのかもしれませんが、戦争関連本としてはちょっと新しいテイストであったと思います。 -
Posted by ブクログ
鴻上尚史という人の名前は見たことがあってもよく知らないまま、タイトルにひかれて手に取った。
劇作家としてショーを続けなければならないので現実的な悩み解決をしてきたというところなどが面白かった。
悩まずに考えろ、なりたい自分とありたい自分のギャップの解像度を上げろ、というところは実践していきたい。
印象に残ったこと
・演劇は続けなければならないので具体的で実現可能な解決法を見つけてきた
・悩むことと考えることは違う
・何者かになりたい欲が現代は刺激され過ぎる
・ありたい自分といまの自分との差を埋めるためには、ありたい自分の解像度を上げること
・ありたい自分になれない自分をどう受け入れるか -
Posted by ブクログ
日本の国の本質は、「『世間』と『社会』そして、『空気』に現れて」(p.188)おり、いかに同調圧力が強い国であるのか、ということを解説し、さらに同調圧力に負けないで生きていくための知恵を伝授するという本。
著者はイギリス留学の経験がある劇作家、演出家で、前に読んだ『演技と演出のレッスン』という本がとても面白く、この人の本なら人間や社会を分析した面白い話が読めるかなと思って、読んでみた。
結論から言うと、本自体が小学生向けの感じで、とても明確で分かりやすすぎるのだけど、ちょっと物足りない感じだった。巻末に『「空気」と「世間」』という講談社現代新書が紹介されて、もっと学問的に知りたい人はこっち、と書いてあるので、そっちならもっと面白く読めたかなあ。
以下、印象に残ったところのメモ。まず内容とは全く関係ないメタ的なことだけど、著者は一生懸命まず世間と社会を説明する意義について説いているが、それは「なぜ説明しているのかが分からないことが、一番、残念なことですから。」(p.67)とあって、よく分かる。最悪の場合、なんでその話をしているのか話している自分自身が分からなくなることってないことないよな、と思った。日本語では世間を受け入れているし、天災も多いので、「しょうがない」という言葉を連発する、みたいな話のところで、「実際、英語でも、『しょうがない』という言葉はあまり使われません。一番、ニュアンスが近いのは、『It cannot be helped.』ですが、僕はアメリカ人やイギリス人がこう言っているのを聞いたことがありません。」(p.112)という話で、アメリカやイギリスではないのだけど、フランスに海外旅行したときに、それなりに英語が通じていたはずなのに、最後おれがIt cannot be helped.って言ったら、その言葉だけ通じず、Sorry, I don't understand.みたいなこと言われたのを思い出した。「ぎりぎり、『We have no choice.』です。これは彼らも口にしますが、『私たちはやれることはぎりぎりやった。でも他に方法がない』というかなりポジティブな意味で、『しょうがない』のあきらめとは違います。」(同)だって。というのは勉強になった。あとは後半で「世間と戦う方法」が具体的に紹介されるが、「贈り物が大切」というルールは面白かった。やっぱり日本では物をあげるって大事なことなんだな、とか。あとおれも中高の教員で挨拶と時間と掃除は指導するのだけど、「学校でもクラブ活動でも、『あいさつ』をしようと盛んに言うのは、同じ『世間』のメンバーだという確認をしたいから」(p.167)という、まあ、そういうことかな。修学旅行とかでバス乗ったら降りる時に運転手さんに一言挨拶しろ、とかも指導するけど、この挨拶は「社会」の人への挨拶だから、そういう「社会の人にも挨拶をする世間」を演出したい、ということなんだろうなあ、とか思った。その後に書いてある「『弱い』世間を強くしたい」(p.175)という欲求の現れかな、と思った。最後に話はずれるが、ネットで誰かの悪行を告発したがる心理について、人のルール違反を非難するような文章を「SNSに書いても、否定されません。ネットで見つけて、堂々と告発すると、まるで自分が『何者かになった』ような気分になれます。だから、最近、『正義の言葉』を発信する人が増えてきました。」(p.183)という、確かにそういう心理はあるのかなと思う。誰か敵を作って、みんなで連帯したいとか?そういうのもあるのかな。「ずっとインターネットをさまよい、観察し、告発し続けないといけないのです。とても疲れる人生だろうと思うのです。誰かを憎み、告発することを基本にするのではなく、自分を認めること、つまり『自尊意識』を高めることを目標にした方がいいと思っています。」(同)なんて、まったくその通りだと思った。学校に生徒の言動でクレームをつけてくる人っているけど、もちろん丁寧に指摘してくれる人はいいのだけど、時々怒りに任せて、すごい辛辣なクレームをつける人がいる。学校はとにかく謝るしかないわけで、なんか安全な相手にしつこく激しくやる人ってほんと自分の生活がうまくいってない腹いせなんじゃないか、とか思いたくもなる。
ということで、もっと生きやすい国にするために「世間」の力を弱めよう、というのが著者の主旨なのだけど、学校の教員をやっているおれとしては複雑。著者の話もわかるけど、でも世間でまとまっているからこそ、まとまろうとするからこそ身に付けられる力ってあると思うんだけどなあ。そしてこの日本でそういう力は割と大事だと思うのだけど。と思ってしまうおれは、もう完全な日本人なので。別に極端な昭和の非効率な考えや行動とか、SNS上の「世間」の強化は違うと思うけど。でもこれだけおれ海外行って英語教えて本読んで色々な価値観は分かってるつもりだけど、それでも、この著者のように世間というものを弱くしよう、という価値観にはそんなに賛成できないかな。学校とかクラス運営成り立たなくなっちゃう。教員困る。むしろ同調圧力の文化にある程度耐えられる人間を作りつつ、その価値観だけが全てでも絶対でもないし、大人になったら自己責任で好きに生きればいいけど、いざ必要な時には世間に従える力も発揮できるように備えておこう、と教えることの方が大事だと、現場の一教員として思った。そういう意味で、「複数の世間を持つ」という話には賛成できる。別に一つの価値観が絶対ではない、ということだから。
最後に全く関係ないけど、とても文が分かりやすいので、どっかの大学で和文英訳の素材として使われないかな、とか思った。(25/06/01) -
Posted by ブクログ
Audibleで就寝時に小学生の子どもたちに少しずつ聴かせていました。
前半は、コミュニケーションやスマホの話、自分の頭で考えることなど子どものうちに知っておいてほしい納得のいく内容で好印象でした。
後半は、若干筆者の主観的な意見が多く感じて、100%は首肯しかねると思いました。
対象年齢は、中学生以降がお勧めです。
なぜなら、合理的に考えることの例えで、サンタクロースの存在を挙げているからです。
まだ小学生の子どもたちに、突然正体をばらされてしまい、合理的に考えればおかしな点をズバズバと指摘されてAudibleを聴きながら全員絶句でした。
何もそんな例えを挙げなくてもいいのに、、、。
翌朝、子どもに「サンタクロースってお母さんなの?」とやはり気になったようで聞かれました。
「合理的に考えた場合はね」とだけ答えました。 -
Posted by ブクログ
「他人に迷惑をかけてはいけない」という呪いを親や教師からかけられている。
世間体という技術的な根拠のない恐怖に支配されている。
そして、そんな状況の中でお互いの首を絞め合っているドM集団が「古き良き」日本人だ。
世間という狭い共同体の中では距離感がバグったのかと思うほどベッタリとまとわりつくくせに、社会においては互いを信用しないし理解するつもりもない。
だから過剰に防御的な姿勢になって「させていただく」を連呼するようになる。
高度にマニュアル化されたロボットのような店員を見ると、なんだか寂しくなる。
彼ら彼女らは頑張っているつもりだろうから、なおさらである。
過剰な礼儀正しさは、寂しい。
また本書の中で、「大学は子供が大人になる場所」といった言及があったが、今や大学だけでなく入社式にまで親が来るようになったらしい。
ひどい例になると、面接に親が付き添うケースもあるようだ。
(会社側も会社側で、わざわざ保護者の控え室を用意しているらしい)
個人的には、保護者同伴で面接を受けに来た時点でお引き取り願いたい。
一体いつまで「保護」されるつもりなのだろうか。
気持ちが悪い。
ちなみにアメリカではいわゆる「子供部屋おじさん、子供部屋おばさん」は「Loser」らしい。
日本人よ、頼むからどうか「自分の人生」を生きてくれ。
それが無理なら、せめて干渉してくれるな。
地獄に落ちたいなら、誰も巻き添えにせず自分だけで落ちてくれ。頼む。