竹宮惠子のレビュー一覧
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ネタバレ竹宮惠子・萩尾望都のエッセイが立て続けに出版され、「おお、今年は当たり年だなあ」と何の予備知識もなく買い求めた。読んでみたら、ファンには衝撃の内容。本著を読んだ人は、萩尾望都『一度きりの大泉の話』にも手を伸ばさずにはいられないだろう。
2冊とも買ってしばらく積んでいたのだが、知人たちがSNSでこれらについて話題にしており、核心的なネタバレに触れる前に慌てて読んだ。どのような点が論争?になっているかはうっすら目にしていたので、どちらを先に読むか悩んだ。こちらの方がいささか薄かった&大泉時代に限らず広義の話かと思ったので、こちらから。
結果として正解だったのでは?と思う。
まず、大泉問題とは?
竹宮惠子と萩尾望都は、今から50年ほど前、お互いまだ駆け出しの頃に2年ほど東京練馬の大泉で共同生活をしていたことがある。今となっては有名漫画家である様々な人たちが友人として、アシスタントとして出入りし、「少女漫画版トキワ荘」と称する人も少なくない。
2016年に発売された竹宮惠子の自伝『少年の名はジルベール』で大泉時代および萩尾望都について言及(私は未読だが、好意的に書かれているらしい)。それを読んだ周辺および全く関係ない人が萩尾望都に、竹宮惠子との対談や大泉時代のテレビ化、竹宮惠子との再会などあれこれ言ってくるようになったとのこと。
そういった一切を受けられない理由として、今まで封印していた大泉の話をする、それが『一度きりの大泉の話』(2021.4発行)というわけ。
さて、本著は2021.3.25発行。読売新聞の連載をまとめたもの。
著者の幼少期から大泉時代、大学教授→学長就任、先日定年して・・・という、自伝である。一読した印象は、一表現者としてだけでなく、漫画という文化を背負う人として常に邁進してきたのだな、ということ。特に少女漫画の位置の低さ( 原稿料が少年漫画より低かったり、女性編集者へのいじめがあったり)と戦ってきたのだなと。
私は幼少の時に初めて読んだ長編漫画が『ファラオの墓』だったこともあり、竹宮惠子はとても好きな漫画家の一人。萩尾望都の絵よりも華があり、『地球へ…』の映画は行けなかったものの長年憧れていた。それなのに、連載当時はとても苦しんでいたなんて!週刊誌のアンケート結果はもとより、スランプ、萩尾望都へのコンプレックスなどは驚愕。
驚愕は『一度きりの大泉の話』によってさらに増幅。人はお互い思うところがあるのは当たり前だが、、、これだけでマンガや映画が何作かできそう。
以下、大泉サロンについての主旨。
『扉はひらく いくたびも』
-「萩尾さんとなら結婚してもいいと思う」→それほど彼女の才能に惚れ込んでいた
-そのことが後に自分を苦しめることに
-萩尾望都などに比べると読書量や映画量が圧倒的に少ない
-スランプ
-萩尾望都:コツコツタイプ。原稿も毎日そうやって描く。自分は逆
-同世代・同居だとニュースソースも経験も似通ってくる。ファンからも作品を混同されることが
↓
長屋の契約更新を機に同居解消
-同居解消後、半年ほどして自分から「距離を置きたい」と萩尾望都に告げる
以来、没交渉
『一度きりの大泉の話』
-幼少期〜デビュー
-増山法恵ほか、東京在住者との出会い
-竹宮惠子との出会い・同居
-竹宮惠子は美人で明るくて親切で才女
-自分はモタモタしていて言葉がとっさに出てこない
-竹宮惠子その他は少年愛にハマっていたが、自分はどうもピンとこなかった
-編集部には「連載はまだ早い」と言われていたので、ポーの一族がテーマの読み切りを何度か描いていた
-同居を解消した後、竹宮惠子と増山法恵が同居していたマンションに呼び出され、「なぜ男子寄宿舎ものを描いたのか?」など、いくつか質問される。
遠回しに盗作ではないか?と言われる。
頭は真っ白になるし、何も話せなかった
-その数日後、竹宮惠子が一人でやってきて「こないだ話したことは忘れてほしい」。「自分が帰ったら読んで」と手紙を置いていく
-手紙には「これからはマンションに来ないでほしい」「本棚を見ないでほしい」「スケッチブックを見ないでほしい」「節度を持って距離を置きたい」などなど。
-心因性視覚障害になる
-何年も経って考えると、自分が男子寄宿ものを描いたことは、『風と木の詩』を華々しく発表しようとしてた竹宮・増山にとっては迷惑だった(排他的独占領域の侵害)。
-しかし、自分の作品も自分から生まれでたものであるし、理解はできたが謝ることではない
-排他的独占領域に気付いてからは、かの方のどこに触れるかわからないので、警戒している。作品も読んでいない。
-2016年、竹宮惠子のエッセイが本人から送られてきたが、マネージャーから返送してもらった。
50年経って、水に流したい?と考えたのかもしれない竹宮惠子。
そうはならない萩尾望都。
本当に、人間関係とは、人間の真理とは、げに難しい。 -
購入済み
地球へ
地球を守るために作られたシステムで弾けれたミュウとシステムに支配された人間社会の戦い。ソルジャーの哀しみが切ないです。共存を模索するこの作品の素晴らしさは色あせません。心に響きます。
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表紙のジルベールが半端なく美しい。単行本で出たときは、購入するのを躊躇ったくらいだった(苦笑)。文庫本は意を決して購入した。サンキュータツオ氏のあとがきの最初の一文は、「これほどシビれる読後感を抱くことはなかなかない」。思わず膝をたたいていまった。全くそのとおりだった。
この本は主に竹宮先生のデビュー間もない頃から、代表作(問題作?衝撃作?)「風と木の詩」の連載時あたりまでの自叙伝。萩尾望都先生の才能へ嫉妬したり、「風と木の詩」の掲載を熱望し画策する自分を赤裸々に書いている。これを読んでいて竹宮先生は、マンガに対する「情熱」と「冷静」を併せ持ち、マンガ学部の教員に向いているなと感じた。
ちなみに「地球へ…」は、月刊マンガ少年連載時にリアルタイムで読んでいて、別冊総集編も全巻持っている。 -
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今や少女漫画は、60代80代になった大人をも満足させられる芸術の一部門になっているが、竹宮さんがデビューした頃はまだ、“女子供のモノ”と少年漫画に比べて少し下に見られる分野だった。
かく言う私も、中学生になると、お決まりハッピーエンドの少女漫画に興味を失い、少年漫画を主に読むようになった。
それゆえ、竹宮さんをはじめとする人たちによって、少女漫画界に革命が起きていることも知らず、『風と木の詩』は後から人に勧められて読んだのだった。
今、市民権を得ているBLは、『風と木の詩』で竹宮さんが描きたかったものとは少し違うような気もするが、『風と木の詩』無くしてはあり得なかった、というのは確かだと思う。
駆け出しの頃、こなし切れないほどの作品を抱えてついにパンク、困った編集者たちに「この子どうしよう」と話し合われるところから始まる。
それが、『風と木の詩』の掲載が認められる頃のことになると、「仕事をきちんとこなし、その中身に責任が持てたことは、自立することにつながった」と書かれている。
そこまでの長い道のりが、この作品には主に語られている。
七転八倒のスランプの日々、頭の固い編集者との戦いも描かれるが、読み終えてみると意外なほどに客観的に書かれた印象で、何かを成し遂げた人にとっては、苦しかった思い出も、今の自分にとっては必要な栄養だったと自覚しているように思えた。
ストーリーを書き慣れている人だからか、小説のように読みやすかった。
この本の中で、同業者の萩尾 望都さんはひときわ大きな存在感をもって描かれている。
大いなる親しみと共感がありながらも、彼女の才能への羨望、嫉妬が竹宮さんを苦しめた。
物語的に言えば、最大のライバルであり、乗り越えるべき壁だった。
もう一人。
初期の頃から竹宮さん、萩尾さんと寄り添い、大いなる芸術の知識とセンスを持ち、いつも的確で、時には毒舌とも言える口調でアドバイスをし続けた、増山法恵(ますやまのりえ)さん。
後々まで竹宮さんのマネージャー兼プロデューサーのような立場でともに歩み続けた。
長く支えてくれた担当の編集さんたちにも、合わせて感謝の気持ちが述べられている。
同時代の人として名前が挙がる漫画家の人たちももちろん、竹宮さんの成長の糧となり、少女漫画界の殻を破って革命を成し遂げた大きな協力者であったのだと思う。 -
Posted by ブクログ
竹宮さんが大学の学長になって学校で漫画を教えているとは知りませんでした。
しゃべりすぎる内田さんとの対談は刺激がたっぷり。
内田さんによる「ボーイズラブ漫画は少女漫画家のアンチアメリカ(仮)説」は
頭でっかちというか、きれいにつじつま合わせてる分だけ鼻息荒過ぎというか。
でも竹宮さんの話で、実際はわりと単純な理由だったのが読んでておかしかった。
以前読んだ内田さんの著作の中に
「いかに労力(勉強)をかけず資格を取るかが、教育におけるコスパの良いこと」な
ミもフタもないことが書いてあったけど、
同じように大学にお金を出して漫画を教わりに学生は
あまり能動的に動いていくということがないみたいだ。
それでもこの学校の、
複数の教授たちから多角的に指導を受けられるシステムはとても面白い。
マンガはもともとオープンソースなもの、という指摘に目からウロコ。
オリジナリティやら、誰が始めたとか、そんなつまらなことで世界を固めてしまうより
イイものはイイで、みんなが取り入れて盛り上げていくという形はとても健全。
漫画は基本的にはすべて一人で作るものなので、
なにからなにまでやらなければいけない、というのも
改めて言われると凄いことなんだよね。
そして漫画は読む人がいなければ意味のないただの紙で、
そのために読者をひきつけるあらゆることを考えて作っていく。
発行部数が文学書などとは比較にならない世界にいた人の言葉は
すごく説得力がある。
竹宮さんが教えることを引き受けたのは、
積み上げてきて前提となっているはずの漫画の基礎が、
受け継がれず形が崩れたまま続いていくことへの危機感や
同じく漫画を作る編集者もまた、サラリーマンとなって経済的な結果ばかりを追い
長い目で育てていくという視点が薄くなってきているということからだそうだ。
最後の章で、内田さんが言っていた「ストックフレーズの乱れ打ち」はコワイ話だった。
気の利いた文章を書く子がさらさらと書き上げた文章ほど、致命的に定型的。
マニアな雑誌の投稿欄、オタクのTwitterみたいに、
誰が書いても同じニオイなんだろうなあ。 -
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相変わらずの内田節と、少女漫画大家の対談。オープンソースであることの重要性を始め、なるほどと思わされる内容でした。確かに漫画の界隈だと、カリパクがどうこうとかいう話、聞かないですもんね。だからこそというか、そこに参入する敷居も低くて、若手がどんどん台頭できる、ってのもこの世界の素敵なところですよね。それでふと思い浮かんだのが、日本と欧米の政治家の年齢層の違い。漫画の世界とは逆転してますよね~。もっと若手が参入していけるようになれば、低迷し続ける国家運営も上向くのでは、と思うんですがね。それはともかく、漫画がもっともっと読みたくなりました。
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竹宮惠子と内田樹が「マンガ」をテーマに大いに語る、という夢のような対談本。タイトルはもちろん「風と木の詩」のオマージュ。竹宮先生が自分の主要作品について、裏話も含めてここまで整理して語るのを見たのは初めてで、それだけでもとても衝撃的な内容。また、若き日の竹宮惠子・山岸凉子・萩尾望都が、一緒にヨーロッパ1周旅行をしていた事実が明らかに。(ヨーロッパ旅行の件、内田樹は「少女マンガ史上の決定的事件」と評した。まさに「その時、歴史が動いた」のかもしれない)
本書の後半は、竹宮先生が15年ほど前から精力的に取り組んでいる「マンガ教育」の重要性と難しさの議論に費やされている。漫画家は本質的に「職人」なので、徒弟制度ならともかく、授業料をとって大人数を均等に教育するモデルとは相性が悪い。それでも、デジタル技術の発達などによりマンガ製作環境が急変しており、最低限の基礎を無視したマンガが広まりつつある中で、手塚治虫や石ノ森章太郎らが苦労して築き上げたマンガ製作の基本リテラシー(これを守らないと、マンガがマンガでなくなってしまう最低限の約束事)を明文化・可視化して、若者に伝授したいという強い思いをもって、マンガ学部の教授職を務めてきたことが痛いほど伝わってきた。竹宮先生は、2014年4月から京都精華大学の学長に就任しており、より広く高い視点から、マンガに代表される新しい日本文化の保全と発展に貢献されるのだと確信している。 -
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これは竹宮氏の上京から始まり、本格的に漫画家としてのキャリアをスタートさせた初期、大泉サロンに住んでいた頃の話。大泉サロンを一緒に始めた当時のこと、萩尾望都氏のこと、他の漫画家のヒット中の作品や、サロンに出入りしていた漫画家のことなど。さらに、マンガ誌に掲載する作品を作り上げる産みの苦しみ、自分の描きたいものを世に出せない葛藤やスランプなど、広く当時の状況を記されているものである。
昔の漫画は文学だった、マンガは文学を絵で表現したものだったとずっと思っていたが、他の漫画家の影響を受けつつも、この頃の漫画家の土台は文学作品や当時の映画なんですね。海外で漫画に取りつかれる人が多いのはそういった作品だからでしょう。昨今の、生まれ変わって最強の〇〇という似たようなものばかりの漫画の蔓延はどうにかならないもんだろうか。
『風と木の詩』については、私はおそらく中学1年生だったと思いますが、友人が貸してくれたので読みました。当時BLという名称もカテゴリーも存在せず、一読して『ふーん』という感想しかありませんでしたね。私のお子様頭では十分に理解できなかったのですが、おそらく今読んでも、作品として惹かれるものでもないと思います。根本的にBLというジャンルに興味がないのでこれは仕方がないですよ。
大泉サロンといえば萩尾望都氏との関係について。いろいろ言われていますが、若い時にありがちな、一時の感情で言ってしまったことが致命的になって、後戻りできなくなってしまったという、よくある話じゃないでしょうかね。そういうことって長く後を引くものですから。 -
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私が小学生の頃二つ上の兄が読んでいた漫画は余り興味が無かったが、萩尾望都は凄い綺麗な絵で他の漫画家とは違うと自分の中で勝手に思っていた。漫画は余り読まなかったが、兄のお陰で買わなくても読める環境にはいたようだ。そうこう言っているうちに自分で本屋に行くような年になると、私は竹宮恵子に出会う。萩尾望都に似たような絵柄と他の漫画家と違うBL的な絵が私を刺激する。こんな世界があったんだ。私は竹宮恵子の漫画を買い集め1人で悦に入っては何が凄いのかもわからないまま同じ本を何回も読んでは兄に萩尾望都と竹宮恵子を語っていた。ある日兄は高校を卒業すると、働きながら東京デザイナー学園に入学することを両親に許して貰い、影で漫画家を目指した。私は凄いと兄を尊敬した。2年後何者にもなれずに兄は地元に戻って来た。ホッとした。絵が上手いだけじゃ漫画家にはなれないのだ。出版社から戻って来た兄の原稿を見たがこれが中々上手なんだけど、誤字脱字が多いと講評に書かれていた。笑笑笑 青春映画の様な兄を私は今でも好きだ。東京に行くということが大事なのだ。挫折の先にあるものは行ったもので無ければわからない事だと思う。私は行くという考えすら無かったのだから...と言うか絵が下手なのだ。大泉サロン知っていれば行ってみたかったなァ。萩尾望都と竹宮恵子の若い頃に会ってみたかったです。本当に...
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序章
鈴木敏夫 スタジオジプリプロデューサー
鈴木敏夫は「風の谷のナウシカ」の制作背景やそのテーマについて語っている。彼は、作品が発表された当時の社会的・環境的状況がどのように影響を与えたのかを考察し、ナウシカというキャラクターが持つ強い意志や優しさが、現代においても重要なメッセージを持っていることを強調している。
風の谷のナウシカの題材は『新諸国物語』(NHK ドラマ1952年)。
ナウシカが旅をして、見聞きしたものによって、読者が世界の秘密を知っていく。宮崎駿は「勧善懲悪」が好きで、それが「自然を守る人がいいひとで、自然を破壊するのは悪人」と言う物語にした。
赤坂憲雄の『ナウシカ考 風の谷の黙示録』を読み、宮崎駿は「おもしろいね。俺ってこんなもの書いていたんだ」と言った。他者からの深い考察が、作者に新たな気づきを与える。
映画では「腐海は自然の象徴で、腐海こそが人類を救う」と謳ったのに、第7巻で「腐海や王蟲が、実は人間の文明が作り上げた人工的な生態系だった」ことが明らかになった。物語全体の構図がまるで変わってしまった。
ナウシカは、本来、風の谷の500人のために闘った。そして、もののけ姫のアシタカは「個人的な理由で戦う主人公」となった。宮崎駿は、どんどんと変わっていく。
杏 俳優
時間の経過とともに死生観や価値観が大きく変わる。そういう時代に生きている。ナウシカは「母は決して癒されない悲しみがあることを教えてくれましたが、私を愛さなかった」という。母は絶対的な存在でなくていい。巨神兵は、ナウシカを母親と思い込んだ。そして王蟲はナウシカを守って死んだ後、「母は私を愛さなかったけれど、オーマは私を愛してくれた」とナウシカはいう。母と娘の関係が全く違うものがある。
叶精二 映像研究家
アニメーションが前提でない『風の谷のナウシカ』、コミック版。なるほど。
連載中に、東西冷戦の終結、ユーゴースラビアの内戦など衝撃的な事件があり、影響を受けている。
小泉悠 軍事アナリスト
現実のウクライナとナウシカの世界、戦争の「ネイチャー」は変わらない。核戦争による世界の破滅は、ウクライナでは現実のものになるかもしれない。戦争を経験した世代、戦争を経験した世代を親に持った世代、戦争を知らない世代。世代によって、大きく戦争の捉え方が違ってくる。
『宇宙戦艦ヤマト』『ウルトラマン』は、作り手の戦争体験が塗り込められている。
庵野秀明は、『宇宙戦艦ヤマト』『連合艦隊』に影響を受け、『エヴァンゲリオン』を作っている。
戦後の日本では、戦争の悲惨さや反戦が訴えられたが、戦争そのものを真正面から描きにくかった。それがサブカルチャーの一部がになった。日本人には「敗戦で自分たちの国は、一度滅びてしまった」という感覚がある。
ナウシカによって、「滅びはやってくる可能性がある」「文明が滅びた後はこうなる」を知らされる。小泉は、戦争が、悲惨であるにもかかわらずかっこよさがある。「人間は本来、こんなひどいことをするはずはない」と小泉は言いたくもないという。宮崎駿は、兵器や飛行機の時として持つエロティックな美しさに魅了されているところがある。戦争の実相は、巨大な悲惨が人々を襲い、世界が破滅の淵に追いやられていくこともある。
川上弘美 作家
ナウシカは不思議な人。自分を傷つけるクシャナ、敵国の人々、深井の動植物など自分の周囲に来たものを全部守ろうとする。ナウシカは、物語の中でみんなを繋ぐ絆になっている。ちょっとした破綻、なんでこんな文章がという驚きや作者自体が制御できないものが雑音としてあっても、ノイズがあることは避けられない。それも受け入れることだ。
精一杯生きること、自らの死を認めることは、両立する。原発の使用済み核燃料は10万年も危険な放射能を出し続ける。その間、人類が確実に存続し、責任もって保管し続けられると考えること自体がおかしい。「滅びはあり得ない」と信じ込もうとしているのではないか。
ボーヴォワールは「人おのおのは死にますが、人類は死ぬべきものではないことを我々は知っています」というが。川上弘美は「人類の未来を自然に委ねる」という選択をする。確かに、『風の谷のナウシカ』は、単純な物差しで測れるようなシロモノではないのだね。
福岡伸一 生物学者
老いるからこそ、死ぬからこそ人は美しい。環境の全体のバランスを考え、人間に害を及ぼしかねない存在とも共存していく。ナウシカは人類のことを「大地を傷つけ、奪い取り、汚し、焼き尽くすだけの、もっとも醜いいきもの」としている。
竹宮恵子 漫画家
物語が始まった時「これから何かが違う世界が始まるんだ」ナウシカはあまり言葉で説明しない。ナウシカの世界でも、たとえ人工的に作られたものでも、生命は常に変化し、創造主の意図を超えていくとして描かれた。素晴らしきディストピアの拒絶があり、それでも自分の意思で生きようとする。
鈴木涼美 文筆家
『娼婦の本棚』を書いた著者は、夜の街=腐海に生きている。腐海に生きる蟲たちは美しい。闇があって光がある。悪の方に魅力を感じる。ナウシカは生に執着せず、死の恐怖がない。
河野真太郎 英文学者
ナウシカは戦う力と、腐海の真実に気づく科学的知識を持ち、包み込むような母性とカリスマ性のない混ぜになった女性。族長の父は「男であったら何もいうことはない」という。
クシャナは、母親が、王家の陰謀の犠牲、家父長制の犠牲になって心を病んだことへの怒りを動機に、父王や兄王子たちと戦ってきた人。女性性を捨て、男性性を獲得しなければならなかった。
ナウシカの物語は、「自然を守ればそれでいい」という考え方とは、異なる思想。
大木毅 現代史家
戦争では多くの住民が飢えや病気で死んでいく。ナウシカは「なんという戦争、いかがわしい正義すらかけらもないなんて」という。戦争はそのような残虐性を持っている。
赤坂憲雄 民俗学者
ゴジラは1954年に発表された。ゴジラの映画には、科学やテクノロジーへの信頼がある。ゴジラを最終的に葬るのは、一人の科学者の自己犠牲。それは宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』の主人公の姿と重なる。ナウシカは、最先端テクノロジーが暴走し、地球環境を破壊してから1000年後の世界。科学や文明への信頼が裏切られていく時代を予感しながら作られている。「何が起こるか分からない」という不気味さ、不安の中に置かれている。ナウシカの世界が、とてもリアルに感じられる時代へ運ばれつつある。
ナウシカの物語は、宮崎さんの巨大な無意識が充満している。それが最大の魅力。宮崎駿はいう「こういうふうにしたい、じゃなくて、こうなっちゃう、ものを作る主体というより、ただ後ろ方くっついていっただけ」
権力に善意は期待できず、権力そのものを無化する仕掛けを作り出すしかないという作品。
王という存在は必然ではない。首長というのは、部族の人々に隷属を求める権力ではなく、むしろ、言葉によって自分の権力を絶えず無化していくことを求められ、それを理念や義務として積極的に引き受ける。ナウシカは、人々に命令を下すことはなく、権力を持たず、深い思索に裏打ちされた言葉だけで人々を励まし、なだめ、導き、ひたすら調停者としての役割を果たそうとする。宮崎駿は「虫愛づる君」に、自らの知性と探究心で腐海の謎を解き明かす役割を与えた。
民主主義は、権力の毒や腐敗を知る人が作り出した暫定的なシステムである。愚かにして美しい人間を完全にコントロールはできない。ナウシカの物語は、それぞれがれっきとした価値を持つ声たちによる真のポリフォニー(多声音楽)が本質なのだ。いやはや。ナウシカを読み解く力の深いことよ。
もう、ナウシカの物語は、実に多面的な見方ができる。いろんな問いかけがあり、考えるきっかけになるいい本である。なぜか、頭の中の芯を熱くする。 -
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『一度きりの大泉の話』を読んだので、こちらも読まなければフェアじゃないと思い、読む。
やっぱり竹宮さんは賢くて情熱的な人だなと思う。
萩尾さんの本でもアシスタントに対する注文が非常に的確だったとあったが、この本を読んで納得した。漫画だけでなくあらゆる芸術作品をきちんと研究・分析し、それをどう漫画の表現に活かすかを考え抜いてきた人だと思う。だから大学で教えるというのも向いていた。
徳島大学に行っていたというのも、当時の世間の常識(女の子は学歴は必要ない、親元から通える学校に行くのが当然)を考えると、相当頭が良かったのだと思う。
この本はスランプに陥りながらも『ファラオの墓』を経て、代表作『風と木の詩』を生み出すまでの過程を丁寧に描いている。大泉サロンの見取り図もあり、当時の様子を想像しやすい。
ヨーロッパ旅行の様子も詳しく、外国の情報を得る手段が圧倒的に少なかったあの時代、若い漫画家たちがヨーロッパ文化にいかに刺戟を受けたかがリアルに伝わってきた。また、たかが少女マンガ、と考えている人が多かったのに、いかにリアルに描くかにこれほどこだわっていたことに胸が熱くなった。
当時の少女マンガの編集者は(もちろん出版社のトップも)全て男性で、「女の子はこんなのが好きなんでしょ」という思い込みのもとに作られていたこともよくわかった。そこに「革命を起こす」(自分たちが描きたいもの、読者が本当に読みたいものを描く)ことを意識してやったのは増山さんと竹宮さんだった。萩尾さんも革命的ではあったが、意識的に行ったわけではない。(なのに萩尾さんの方が先に革新的な作品で評価されたことは、竹宮さんを苦しめた。)
『風と木の詩』の連載が決まったあとはすぐに「大学で教えるということ」になっており、24年間は省略されている。
ここが、ちょっとな…と思った。
大泉サロンが解散したのは仕方ないと思う。ゴッホとゴーギャンじゃなくても、才能のある作家が同居するというのは無理があったのだ。萩尾さんを傷つけてしまったことも自覚しているようだし、そこはもうそっとしておいてあげたい。
しかし、増山さんについては、竹宮さんはきちんと書き残す義務があるのではないかな。
言動はきつかったけれど、まさにミューズであり、彼女が竹宮さんに与えたインスピレーションは多大だった。忠告は的確で、美意識の高さ、教養の深さは目を見張るものがあった。何より少年愛を描くという困難を竹宮さんが成し遂げられたのは増山さんがいたからだと思う。
しかし、マンガのプロデューサーという仕事自体が当時は存在せず、彼女の立場は公式には認められなかった。収入だって契約してないとすれば竹宮さんの意識だけにかかっているわけで、それは心許ないことだっただろう。
そして増山さんは亡くなっているのだから、竹宮さんは増山さんと別れる(実際には亡くなる前に蜜月が終わっていたとしても)までを書くべきだったのではないかな、と。でないと増山さんが浮かばれないと思う。
三人の中で、ただ一人(自分の、と言える)作品を残せていない増山さんの気持ちはどうだったのだろう、と思わずにはいられない。
もともと萩尾さんのペンフレンドだった増山さんと竹宮さんが出会い、増山さんの家のすぐそばで竹宮さんと萩尾さんが暮らし、そこに名だたる少女マンガ家たちが集ったというのは本当に奇跡だと思う。
また、上原きみ子みたいな王道の少女マンガ(今となっては古く感じる)がどのように描かれていたのかもよくわかった。
少女マンガの歴史的資料としても貴重な本だと思う。 -
Posted by ブクログ
一度だけの大泉の話の後に読んだけれど、この本の連載も出版もそれより前の話。一年後に連載して出版していたら、どんな本になっていたのだろうかと妄想してしまう。
語りおろしとなのだけれど、己の弱点に触れると言うより「この人にこんな風に言われた」という形が多い。一見三人称だけど、一人称のような。萩尾望都さんが一人称なのにすごく客観的なのとは別のベクトル。
社会性と人脈と自己プロデュース能力が高い人なのだろうな。格好いい。先生になって教えて欲しいし、学長になって道を示されたい。
精華大学を退職して、これから何を書くのだろうと楽しみになる。腕の力が衰えるからとデジタルを身に付け、どんなものを描くのだろうか。 -
購入済み
伝説の漫画家の
竹宮惠子のSF!子どものころその世界観に圧倒されながら読んだ「地球へ…」。管理社会の恐怖をリアルに紙面から感じていたけれど現代社会はますますそれに似て…そっちのほうが怖いかも。
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Posted by ブクログ
萩尾望都先生の大泉の話を読んだので、もうお一方の側面からと思いこちらも。
デビューから「風と木の詩」で地位を確立されるまでの竹宮惠子先生のお気持ち、葛藤が綴られている。もちろん、萩尾望都さんとの日々や彼女に他強いて感じていた感情も。
望都先生の本にも書かれているエピソードともつながり、こんな私的なお話を御二方から聞いていいのかしら…という気持ちになった。
望都先生の世界の感じ方は少し独特なのかも、と大泉の話を読んで感じたので、竹宮先生の葛藤やお気持ちがうまく伝わらなかった故の決別となったように感じた。
気持ちが分かり合えず決別することは若かりし頃には多かれ少なかれ皆経験するところで、きれいにハッピーエンドにはならないのはむしろありふれた出来事のひとつ。
でも、大きな才能が重なり合った大泉で起こった出来事であるが故に、そして愛されるおふたりのお人柄ゆえに周囲の方々も気を揉んだだろうし、あまり関わりのない人たちは引っ掻き回したかもしれないし、なんともやるせない。
当時、一緒にいることが辛すぎて離別を選んだ竹宮先生も、今、思い出したくない静かに暮らしたいと願い大泉の話を出版した萩尾先生も、そのときそのときの気持ちに沿った行動なのだなと思う。
読んで良かった二冊です。